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3:スーツ/目隠し/手を繋ぐ
しおりを挟むピピピピ、ピピピピ。
「っ!」
週末。
俺は仕事が休みにも関わらず、平日よりも早く目を覚ます。
「今日の事前予約は……六人、と」
うん、まずまずだ。
俺はスマホの予約アプリから、予約人数を確認すると思わず表情が緩むのを止められなかった。最近、少しずつ予約してくれるお客さんが増えてきた。
口コミも悪くない。というか、むしろ良い。ありがたい事だ。
「今日は、お仕事相談が二件。相性診断が二件。恋愛相談が三件、結婚相談が一件……あれ、八件?」
数えてみると、全部で予約は八件あった。どうやら、寝ぼけて「6」と「8」を見間違えたらしい。うん、いつも通り。殆どが恋愛関係の悩みだ。
「恋愛ってそんなに悩むモノなのかな……?皆、真面目過ぎるんじゃないかな」
まぁ、二十七年間。恋愛で悩んだ事など一度もない俺からすれば、一周回って羨ましくもある。
と、土曜日で仕事が休みであるにも関わらず、俺はスーツに腕を通しながら思った。それに、ネクタイだってちゃんと締める。すると、鏡には平日と一切変わらないメガネ姿の俺が、映し出された。
唯一変わる所と言えば、平日と違って前髪を両側に分けていない事くらいだろうか。
「よし、と」
最後に、俺は薄い青色のリボンを手に取ると、ソッとポケットに仕舞った。これが無くては俺の占いは始まらない。
「……皆、占いなんか来てるけど、結局皆本当は悩んでないんだよなぁ」
これが、ここ数か月の「占い師」としての俺の結論。何人かお客さんを見てきたが、皆そうだった。
自分の中にある「やりたい事」、もしくは「やりたくない事」は明確にあって、それを肯定して欲しいだけ。
所詮、未来なんてモノは、本人の行動の末にもたらされる“変化”でしかない。だから、手相やカードや水晶を見るより、相手の意思がどこにあるのかを見た方が、よっぽど未来予測になる。
「占いで……未来を当てる必要なんて、無い」
そう、それを俺はあの日の占い師の言葉で確信した。
『占いは決して未来を予測し、断定するモノではありません。貴方の今後に幸福をもたらす“手段”の一つだと思ってください。依存したら、未来は貴方の手から離れます』
-----星は貴方の行動を制限しない。貴方が星を利用してください。
感動した。
だって、まるで自己啓発本に書いてある事とまるきり同じ事を言うのだから。星とか何とか神秘的な事を言ってはいるが、結局のところ「自分次第でどうにでもなるから頑張れ」と言っているのだ。
更に、その後に続いた言葉も、酔っぱらった俺にズバズバと刺さった。
『自分にピッタリの副業を見つけたい。そう、ですね。貴方の引いたこのカードは、“冒険”を示すカードです。別に大冒険じゃなくても良いんですよ。いつもと違う道を通って出勤をしてみる、とか。そういう些細な冒険が、貴方に新しい道を示してくれます』
『はぁ』
えーー!
それ、どこかの自己啓発本で読んだような内容だけど!人生を変えるには、まず些細な行動から、そしてそれが後々大きな変化に繋がっていく、って。“行動”を“冒険”って言い換えてるだけで、コレって誰にでも言える事じゃないか!
全部、自己啓発本に書いてあった!
そして、極めつけがこうだ。
『今日、貴方がこうして私の占いに来た事もまた、貴方の冒険の一つと言えますね。もしかしたら、貴方はもう天職を見つけているのかもしれませんよ?』
『はぁ』
凄いと思った。
占い師は「誰にでも当てはまる事」を、あたかも俺だけに対する星の導きのように口にした挙句、最後は、今の俺自身がこの占いに足を運んだ事を「肯定」して、満足感と自己肯定感を上げにかかってきたのだ。
わお、なんてことだ!
『……ありがとうございました!』
『いいえ、貴方に星の導きがあらんことを』
そう、分かっていても、なんか嬉しかった。だって、それは全部俺の言って欲しかった言葉だったのだ。
そして、俺は占い師に気持ち良く三枚の千円札を手渡しながら、アルコールで痺れた頭の片隅でぼんやりと思った。
『これなら、俺にもやれそう』と。
だって、本に書いてあった。「出来そう」と思ったら、とりあえずやってごらん、と。
------もしかしたら、貴方はもう天職を見つけているのかも。
なんて、最後に意味深に言われたあの言葉。
結果的に、あの占い師の言う事はしっかり当たっていたのだ。いや、俺自身が勝手に占い師の言葉に当たりに行った、と言っていいだろう。
そう!これが、“占い”の真理なり!
俺が未来を当てに行く必要なんてない。だって、お客さんの望んだ言葉さえ口にすれば、勝手に皆が“当たり”に行ってくれるのだから!
「よーし、今日も頑張ろう!」
そんなワケで、占いの館の1スペースを、一日一万円でレンタルし、週末副業占い師を始めたのであった。
◇◆◇
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはよう、今日も律義だね」
「あぁ、おはよう。スーツさん」
まだお客さんの居ない「占いの館」で、他の占い師にペコリと頭を下げながら、自分のブースへと向かう。皆、各々個性が凄まじい。袈裟を着たり、黒の魔女っぽい服を着たり。まぁ、色々だ。
俺は、ここでもやっぱり「没個性」の「鉄の凡人」だった。
俺は占いをする時「スーツ」を着る。だって、仮にも「占い」はサービス業だ。相手に不信感を与えない格好が良いだろうと思い、敢えてのスーツである。……ウソ。わざわざ服を用意するのが面倒だったから。
でも、これだと全然占い師っぽくない。占い師なんだから、ちょっと「不思議」な感じも欲しいところだ。
だから――。
「よいしょ」
俺は、かけていたメガネを外すと、ポケットに入れていた青色のリボンを目元に巻いた。最初は結ぶのにも時間がかかったけど、もう慣れた。
「よし」
うん、これで何も見えない!そう、未来どころか前も見えない!
というか、本気で気を付けないと、色々なモノにぶつかってしまう。以前、間違って隣のブースに突っ込んで行ってしまった事がある。いやぁ、あの時は本当に迷惑をかけた。
「……気を付けないとな」
でも、これは大事な事なのだ。だって、商品開発の会議の時に、皆口を揃えて言っていた。商品は「ブランディング」が大事なんだって。
だから、俺は「目隠し」をする事にした。「ブランディング」って良く分からないけど、他と人と被らないって事だろう。
口元を隠している占い師は見た事があるけど、さすがに目を完全に隠している占い師は、ネットで検索しても出てこなかった。だから、敢えての目隠し。
そして、もう一つ。俺には他の占い師がしない事をする。
「ねぇねぇ!ここじゃない?」
「そうみたいだね」
すると、スペースに誰かが入ってくる気配を感じた。どうやら、もう予約の時間になったらしい。
ここから俺の週末占い師としての仕事がスタートする。
「こんにちは」
俺は入口に向かってニコリと微笑む。多分、もう、二人は此方を見ている筈だ。
「っあ、はい。こんにちは」
「おじゃましまーす」
「はい、どうぞお掛けください」
そう、俺が声をかけると「ねぇ、ほんとに目隠ししてるよ」「もう、聞こえるってば」と、女性二人の声が聞こえてくる。
うんうん、そう思うよね。俺も、占いを受ける立場だったら、きっと同じ事を思っていたと思う。
最初のお客様は女性二人。こういう女性二人組は、特に「占い」やすい。なにせ、一人より相手の反応が分かりやすいから。
「わー、占いなんて初めて!緊張するー」
「ちょっと、もう少し静かに」
片方は、明るく天真爛漫な声。
もう片方は落ち着いた、少しこもり気味の声。
タイプの違う二人だけれど、仲は凄く良さそう。
「今日はお二人の相性診断占いでよろしかったですか?」
「はい、あの……私達二人共アルファなんです」
今日の一組目のお客様は「相性占い」を希望する女性二人。
しかも、珍しい事にアルファ女性二人のカップルらしい。アルファとアルファの同性カップル。それは、今まで色々大変だっただろう。ベータ性の俺には、想像する事しか出来ないが。
「承知しました。では、本日はどうぞよろしくお願いします」
「あ、はい」
「よろしくお願いしまーす!」
この時点で、俺が言う事は決まった。でも、それはすぐには言わない。
大事な事は、“最後”に言う。これは、俺のちょっとしたこだわり。
「それでは、これから三十分間。お二人の相性を占わせて頂き……」
「あの、その前にいいですか!」
俺がスマホのタイマーに手をかけようとした時だ。明るく無邪気さを含んだ声が俺の言葉を遮った。
「なんで、目隠ししてるんですか?」
「ちょっと、やめなさいってば!すみません。この子、思った事は何でも口にしちゃう子で……」
「えー、でも。気になるじゃん!」
うんうん、気になるよね。俺も自分じゃない人が目隠ししてたら気になるし。
俺は、女性の無邪気な声に内心うんうんと頷きながら、手元のタイマーを親指で押した。さて、どう答えたものか。
「俺が目隠しをしてる理由。それはですね」
「うんうん」
俺は、机の上に両手を差し出しながら思案する
うん、こういう素直な子の場合は、こう言った方が良いかもしれない。
「ひみつ」
「ひみつ?教えてくれない?」
「はい、秘密です」
重ねて口にされた俺の答えに「秘密かぁ、気になるー!」と、更に弾んだ声がブース内に響いた。そう、こういう子に理屈は必要ない。ノリで大丈夫。
そんな俺達の会話に、もう一人の女性が小さく笑う声が聞こえてきた。うん、今日のお客さんは良い人っぽい。
きっと、今日は“当たり”の日だ。
「さぁ、お二人共。俺と手を繋いでもらっていいですか?」
そうして、俺の両手に温かい手とひんやりした手が触れた。これが、もう一つの俺の「ブランディング」。
占いをする時、その相手と手を繋ぐのだ。
「三十分間、どうぞよろしくお願いします」
「はーい!よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
二人の楽しそうな声に、俺はペコリと頭を下げる。
さて、ここから三十分。お値段にして三千円。俺の楽しい副業の時間が幕を開ける。
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