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19:運命だから③
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◇◆◇
『……手つなぎさん?目隠しさんの間違いだろ』
『ジル!失礼だって!』
その占い師は明らかに「変なヤツ」だった。
目隠しなんかして、それなのに、ごくありふれた格好のスーツ姿。正直、どこからどう見ても不審者以外の何者でもない。
こんなモノに世の女共は夢中になるのだから、本当にワケが分からない。頭がおかしいとしか思え……。
と、思った所で俺の隣で、占い師に謝る俺の運命に、俺は考えを改めた。それ以上言うと、完全にブーメランになってしまう。
しかし、俺の不躾な態度を前に、相手は酷く穏やかだった。
『ふふ、いいですよ。俺が“目隠しさん”なのは、その通りなので』
いや、穏やかというより一切此方の事など意に介していない。そんな感じだった。
ただ、手を繋げと言われた時は、正直嫌悪しかなかった。なんで、こんなワケの分からない……しかもベータの手を握らなければならないのか。
『ジル、お願い』
『……分かったよ』
そう思ったものの、隣には何故か真剣な顔で占い師の手を握るアイツの姿。ここまで来て四の五の言っても仕方がない。
俺は指先だけで、ソッと占い師の手に触れた。
ただ、話される内容はごくごく一般的な、誰にでも当てはまるような内容ばかり。世界から「運命」を約束された俺達に対して、こんなエセ占い師の言葉が通用する筈もない。
それなのに――。
『別に、今の運命と番わなくても死にませんよ』
占い師は、目隠しをした状態で俺の方を見てハッキリと言った。俺だけ取り残されて、こんな変なヤツと二人きりにされて、正直苛立っていた。いや、苛立っていた筈だった。
しかし、占い師は俺の言葉など気にせず淡々と言葉を続ける。
『幸福は“運命”だけで決まるワケではないからです』
『大丈夫ですよ。今の運命と番わなくても死にはしません。ベータの俺達にも出来るんです。アルファの貴方に、自分自身を幸福に出来ないワケがない。それに』
-----自分の意思より強い“運命”なんて、この世界にはありませんから。
まるで、誰にも言えなかった俺の心の全てを覗き見られているような気持ちだった。
『……意思は、運命に勝る。本当に?』
------おめでとうございます。貴方はアルファですよ。
------運命の番と結ばれるなんて、お前はなんて幸福なんだろうな。
------ジル。お父さんみたいに、責任もって一生大事にしてあげるのよ?
本当に大丈夫だろうか。「運命」に従う事は、何よりも幸福ではないのか。アルファの俺はオメガを幸福にする義務があるのではないか。
『……「運命」を手放して、俺は幸せになれるのか?』
その自問自答の度に、声が聞こえる。
-----大丈夫。運命と番わなくても死にませんよ。
俺はあの占い師の言葉が『大丈夫ですよ』と口元に笑みを浮かべて伝えてくる。まるで、幼い子供に言い聞かせるように。見えていない筈の目が、優しく微笑んでいるような気がした。
-----自分の意思より強い“運命”なんて、この世界にはありませんから。
『確かに、その通りだ』
自らの「意思」と、世界が決めた「運命」。
その狭間の檻に閉じ込められていた俺。コイツはアッサリとそのカギを開けたのだった。
『なぁ、少し。話さないか?』
『うん、いいよ。ジル。話そう』
その日、俺は初めて運命ではなく、“アイツ自身”の目を見た気がした。
◇◆◇
結局、俺達は婚約を解消した。
ただ、番の解消を解く事はなかった。そんな事をすれば、オメガであるアイツが今後、まともな人生を歩めなくなる。それだけはどうしても避けたかった。
そんな俺に、アイツは見慣れた顔で笑った。
『ふふ。ジル、君は本当に真面目だなぁ』
『……真面目なものか。本当にすまない』
『いいよ。俺も……同じだから』
そう、俺だけではなかったのだ。
「運命」に疲れ果てていたのは。
『俺も……もう普通に生きたいんだ。オメガの本能は、普通に生きるにはキツ過ぎる』
アイツは、元ベータだ。
定期的に訪れる発情期も、本能的にアルファを求める性も、オメガ性によりもたらされる全ての欲求が、アイツから“当たり前の生活”を奪っていた。今なら分かる。俺達は“運命”によって、自らの“意思”を抑え込まれていたのだ、と。
『大丈夫。今はね、俺みたいなオメガも少なくないみたいで。抑制剤も体に負担がかからないものが多いから』
『そう、なのか』
番関係を残したままであれば、アイツのオメガとしてのフェロモンが、他のアルファを惑わす事もない。それに、アイツはずっと抑制剤を飲みたがっていた。それを拒んでいたのは、他でもない、この俺だ。
『……その金は、俺が払う』
『いい。ここからは、俺は俺の人生を生きるから。ジル……いや、ジラルド。君も、自分のやりたい事を全力でやるんだ。だって、人生は一度きりしかないんだから』
『……そうだな』
どこかスッキリした顔で口にするアイツは、妙に幸せそうで。
『ねぇ、ジラルド』
『どうした?』
そんな、“元”俺の運命を前に、あの占い師の言葉を思い出した。
『占い、行って良かったでしょ?』
-----自分の意思より強い“運命”なんて、この世界にはありませんから。
『あぁ、行ってよかった』
その日、俺は自らの意思で、再び“手繋ぎ占い”の予約を取った。
『……手つなぎさん?目隠しさんの間違いだろ』
『ジル!失礼だって!』
その占い師は明らかに「変なヤツ」だった。
目隠しなんかして、それなのに、ごくありふれた格好のスーツ姿。正直、どこからどう見ても不審者以外の何者でもない。
こんなモノに世の女共は夢中になるのだから、本当にワケが分からない。頭がおかしいとしか思え……。
と、思った所で俺の隣で、占い師に謝る俺の運命に、俺は考えを改めた。それ以上言うと、完全にブーメランになってしまう。
しかし、俺の不躾な態度を前に、相手は酷く穏やかだった。
『ふふ、いいですよ。俺が“目隠しさん”なのは、その通りなので』
いや、穏やかというより一切此方の事など意に介していない。そんな感じだった。
ただ、手を繋げと言われた時は、正直嫌悪しかなかった。なんで、こんなワケの分からない……しかもベータの手を握らなければならないのか。
『ジル、お願い』
『……分かったよ』
そう思ったものの、隣には何故か真剣な顔で占い師の手を握るアイツの姿。ここまで来て四の五の言っても仕方がない。
俺は指先だけで、ソッと占い師の手に触れた。
ただ、話される内容はごくごく一般的な、誰にでも当てはまるような内容ばかり。世界から「運命」を約束された俺達に対して、こんなエセ占い師の言葉が通用する筈もない。
それなのに――。
『別に、今の運命と番わなくても死にませんよ』
占い師は、目隠しをした状態で俺の方を見てハッキリと言った。俺だけ取り残されて、こんな変なヤツと二人きりにされて、正直苛立っていた。いや、苛立っていた筈だった。
しかし、占い師は俺の言葉など気にせず淡々と言葉を続ける。
『幸福は“運命”だけで決まるワケではないからです』
『大丈夫ですよ。今の運命と番わなくても死にはしません。ベータの俺達にも出来るんです。アルファの貴方に、自分自身を幸福に出来ないワケがない。それに』
-----自分の意思より強い“運命”なんて、この世界にはありませんから。
まるで、誰にも言えなかった俺の心の全てを覗き見られているような気持ちだった。
『……意思は、運命に勝る。本当に?』
------おめでとうございます。貴方はアルファですよ。
------運命の番と結ばれるなんて、お前はなんて幸福なんだろうな。
------ジル。お父さんみたいに、責任もって一生大事にしてあげるのよ?
本当に大丈夫だろうか。「運命」に従う事は、何よりも幸福ではないのか。アルファの俺はオメガを幸福にする義務があるのではないか。
『……「運命」を手放して、俺は幸せになれるのか?』
その自問自答の度に、声が聞こえる。
-----大丈夫。運命と番わなくても死にませんよ。
俺はあの占い師の言葉が『大丈夫ですよ』と口元に笑みを浮かべて伝えてくる。まるで、幼い子供に言い聞かせるように。見えていない筈の目が、優しく微笑んでいるような気がした。
-----自分の意思より強い“運命”なんて、この世界にはありませんから。
『確かに、その通りだ』
自らの「意思」と、世界が決めた「運命」。
その狭間の檻に閉じ込められていた俺。コイツはアッサリとそのカギを開けたのだった。
『なぁ、少し。話さないか?』
『うん、いいよ。ジル。話そう』
その日、俺は初めて運命ではなく、“アイツ自身”の目を見た気がした。
◇◆◇
結局、俺達は婚約を解消した。
ただ、番の解消を解く事はなかった。そんな事をすれば、オメガであるアイツが今後、まともな人生を歩めなくなる。それだけはどうしても避けたかった。
そんな俺に、アイツは見慣れた顔で笑った。
『ふふ。ジル、君は本当に真面目だなぁ』
『……真面目なものか。本当にすまない』
『いいよ。俺も……同じだから』
そう、俺だけではなかったのだ。
「運命」に疲れ果てていたのは。
『俺も……もう普通に生きたいんだ。オメガの本能は、普通に生きるにはキツ過ぎる』
アイツは、元ベータだ。
定期的に訪れる発情期も、本能的にアルファを求める性も、オメガ性によりもたらされる全ての欲求が、アイツから“当たり前の生活”を奪っていた。今なら分かる。俺達は“運命”によって、自らの“意思”を抑え込まれていたのだ、と。
『大丈夫。今はね、俺みたいなオメガも少なくないみたいで。抑制剤も体に負担がかからないものが多いから』
『そう、なのか』
番関係を残したままであれば、アイツのオメガとしてのフェロモンが、他のアルファを惑わす事もない。それに、アイツはずっと抑制剤を飲みたがっていた。それを拒んでいたのは、他でもない、この俺だ。
『……その金は、俺が払う』
『いい。ここからは、俺は俺の人生を生きるから。ジル……いや、ジラルド。君も、自分のやりたい事を全力でやるんだ。だって、人生は一度きりしかないんだから』
『……そうだな』
どこかスッキリした顔で口にするアイツは、妙に幸せそうで。
『ねぇ、ジラルド』
『どうした?』
そんな、“元”俺の運命を前に、あの占い師の言葉を思い出した。
『占い、行って良かったでしょ?』
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その日、俺は自らの意思で、再び“手繋ぎ占い”の予約を取った。
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