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修行5:たくさん発散しろ(3)
しおりを挟む「あぁ、クソ。解毒剤持って来てねぇわ」
最近はシモンが怪我もなくモンスターを掃討してしまうので、荷物は最低限にしていた。
「まぁ、そこまでヤバイのじゃないでしょ。ほっといていいよ」
「おい、そういう油断がダメなんだよ。皮膚が壊死したらどうすんだ」
俺は腰に付けた道具袋から水を取り出すと、傷口へとゆっくりかけた。本当はこういう野生っぽい事はしたくないのだが、まぁ、今回は仕方がない。
「シモン。俺が毒を吸うから、ちょっと嫌かもしれないけど……我慢しろよ」
「別に、師匠なら全然嫌じゃないよ」
「……ナラヨカッタ」
本当は自分でやって欲しいんだけど。
なんて、やって貰う気満々で腕を差し出してくるシモンに言えるワケもなく……。俺は静かに腰を折ると、患部に唇を押し当て血液を一気に吸い上げた。
「っ」
頭の上でシモンの息を呑む声が聞こえる。同時に、舌の上にはシモンの血の味が広がった。
あぁ、これが勇者の血の味か。なんて、ちょっと気色悪い事を考えてしまった思考を消すべく、俺は毒を吸い上げる行為に没頭した。
吸っては吐き、吸っては吐き。それを数度繰り返した所で、最後に自分の口を水でゆすいだ。
「こんなモンでいいだろ。痛かったか?」
「ちょっと」
「あいあい、よく我慢しました」
俺が少しばかり揶揄うようにシモンの頭を撫でてやると、どうやら揶揄われているとは露程も思っていないシモンが、更に自分から頭を差し出してきた。
他人の目がある時は決して見る事の出来ないシモンの子犬のような姿が、修行の時ばかりはナイトパレードの如く目白押しとなる。
「今度は包帯巻くから、もう一回腕を出せ」
「うん!」
俺はシモンに差し出されたガシリとした太い腕に、ぼんやりと思った。
「大きくなったなぁ、シモン」
「そうかな?」
「そうだよ。腕もこんな太くなって。今度はもう少し刀身の太い剣の方が、今のお前には向いてるかもな」
「うん、師匠が言うならそうだと思う」
「……お前はどうなんだ?」
「別に。師匠が言うのがいい」
「あいあい」
シモンのレベルも85になった。もう少し強くなったら魔王にも追いつけるだろう。でも、まだだ。
「シモン、勝てば良いんじゃなくて、ダメージは最低限に抑えて勝てるようにしろよ。魔王は力押しだけで勝てるような奴じゃないからな」
「うん、師匠が言うならそうする」
向こうに居るのは「魔王」だけじゃない。その手下も相当な強さだった。本当はシモンにもパーティを作ってやれれば良いのだが、如何せんこの世界の人間は皆レベル5以下。唯一その壁を越えた俺も、たったのレベル30ときたもんだ。
俺はシモンに包帯を巻いてやりながら、チラと自らのステータス画面へと目をやった。
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名前:キトリス Lv:30
クラス:剣士
HP:2541 MP:453
攻撃力:158 防御力:98
素早さ:68 幸運:24
次のレベルまで、あと 0
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シモンは三年でこんなに成長したのに、俺ときたらあの頃と何も変わっちゃいない。「一緒に魔王を倒そう」とは言ったものの、多分、俺が一緒だと足手まといになるのは目に見えてる。
「シモン、お前さ……」
「ん?」
もう、一人でも大丈夫じゃないか。
包帯を巻いてやりながら、喉まで出かかった言葉を俺はゴクリと飲み込んだ。いや、コレは言わない方が良い。
「なに、新しい技でも教えてくれんの?」
「前も言っただろ?技を自分で考えんのも修行だって。サボんな」
「はーい」
レベル30の俺が、レベル85のお前に教えられる技なんて、もう何も無い。
素直に頷くシモンを前に、俺は巻き終わった包帯の上からポンと手ではたいた。
「よし、そろそろ帰るか」
「えー、もう少し奥まで行こうよ。師匠」
「あんまり奥まで行くと、帰る頃には朝になっちまうだろうが」
「いいじゃん。皆もそこまでガキじゃないし、朝飯くらい自分で食べるよ」
「……俺は眠いんだよ」
「じゃあ、ちょっと此処で休んでから行こう!ね、お願い!」
パン!と俺の目の前で両手を合わせるシモンに、俺は深く息を吐いた。
「分かったよ。あと少しだけだからな」
「やった!俺、新しい技覚えたんだ!見てよ!」
「あいあい」
あぁ、シモンは素直で真っ直ぐだ。
何を言っても「うるせぇ!」と叫び散らかしていたあの頃は、今や幻だったのではとさえ思える。
「ねぇ、師匠。俺、師匠の弟子の中で何番目に強い?」
「……俺には、お前しか弟子は居ないよ」
俺の言葉に、シモンはその整った顔にゆっくりと深い笑みを浮かべた。その手は、先程俺が巻いた包帯をゆったりとした手つきで撫でている。
「じゃあ、師匠の弟子の中で俺が“一番”強いって事だもんな?」
「うん、お前が一番だよ」
「そっか!」
もう、何度目になるか分からないこのやり取り。
シモンは俺に凄まじいまでの憧憬の念を抱いている。
シモンが見ているのは「俺」であって「俺」ではない。思い出フィルター越しに見ている「俺」は、婉曲と屈折を繰り返し本来は存在しない「最高の師匠」という崇高な存在にされてしまった。
「二人で一緒に魔王を倒そうな!」
「……お、おう」
「師匠が居れば、俺、何でも出来そうな気がする!」
「ソダネ」
ただただ勘違いで勇者扱いを受けてきた凡庸な俺が、こうしてホンモノの勇者の前で「天才」を演じなければならないのは、そりゃあもう最高に重い。
重くて重くて仕方がないのだが……!仕方がない!
これも魔王を倒す為だ!
でも、いつからだろうか。
「ねぇ、師匠……」
いつの間にか、俺の体はシモンの大きな体にすっぽりと抱きしめられていた。
「シ、シモン?」
「……ちょっとだけ、休憩して行こ?」
耳元で響く、熱を帯びた深い吐息。ピタリと密着する体。ハッキリと熱を主張するシモンの下半身。
「ししょう、コレどうしたらいい?」
「シモン……ソレは、自分で」
「できない」
そうやって、甘えきった大型犬のように俺に擦り寄ってくるシモンは、包帯の巻かれた腕でスルリと俺の腕を取った。
「ねぇ、ししょう」
「ぅ、ぁ」
シモンの腕に導かれたその先には、俺がシモンの傷口に口を付けた時からずっと主張し続けていた強靭な猛りの源があった。
「シて」
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