【書籍化】親愛なる友へ 今日も僕は、鞭に打たれています。

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4:お星さま現る

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「ラティ殿下。ごきげんはいかがですか」
「は、はい。とても、き……気分が良いです。パイチェ先生」

 ウソ。ちっともご機嫌なんてよくありません。気分はとても悪いです。まるで、グチャグチャの泥水に飛び込んだ気分……あれ?それってもしかして、とても楽しそうなのでは?ええ、ええ。それはとても楽しそう!

「ふふっ」
「あら、本当にご機嫌がよろしいようですね?ラティ殿下」
「っあ、いや。は、はい!」

 いやいや、今はそんな事はどうでも良いのです。僕は泥水でご機嫌になっている場合ではないのですから!
 だって、昨日はお星様を見たお陰で、一日中とっても良い気分だったのに……。

「それでは、今日は期待してもよろしいのでしょうね?」
「え?」

 このパイチェ先生の厳しい顔を見た途端、全部が夢であったような気がしてきました。

「きちんと復習はされておりますか?」
「は、はい!」
「そうですか。では今日の授業が楽しみですね」

 あぁ、どうしたら良いのでしょう。パイチェ先生のつり上がった目が怖すぎて、僕はとっさにウソを吐いてしまいました。
 なにせ、昨日は窓の外に居たお星様について考えていたら、一日が終わっていたのです。だから、もちろん復習なんて少しもしていません。

「……ん?」

 でも、見たところパイチェ先生の手に、ムチは握られていないようです。良かった、と僕がホッとした直後の事でした。

「しかし、その前に。本日はラティ殿下に紹介したい方がいらっしゃいます」
「っ!」

 紹介したい方。
 そう、パイチェ先生の口から発せられた言葉に、僕は絶対に「ムチ」の事だと思いました。きっとムチを打つ専用の従者を雇ったのかもしれない。まさか、後から出してくるなんて、そんなのってない。

「あ、あの。パイチェ先生。昨日、僕……ちょっとだけ、熱っぽくて」
「今朝、食事は全部召し上がったとうかがっていますが?それに、先程までとてもご機嫌なように見受けられましたが」
「あ、あの……えっと」

 こんな事なら、朝食を少し残しておくんだった。それにもっと具合が悪そうにしておけば。でも、今さらそんな事を思っても、もう遅いのです。時は来てしまったのですから。

「殿下。紹介させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ぁう……はい」

 パイチェ先生は、僕のウソなんてお見通しですと言わんばかりの顔で僕を見下ろすと、すぐに扉に向かって「入りなさい」と声をかけた。すると、その声に部屋の扉がキィと静かに開きました。

「っぅ」

 思わず扉から目を逸らします。
 パイチェ先生は手に教本を持っているから、間違った時にムチで僕を叩く専用の使用人が入ってくるに違いありません。きっと、その使用人の手には、太くて硬いムチが握られているのでしょう。あぁ、まだ叩かれていないのに腕がピリピリしてきました。そう僕がフルリと体を震わせた時でした。

「これから殿下の友となる者ですよ」
「へ?」

 友?パイチェ先生の口から漏れた聞き慣れない単語に、僕はそれまで足元を見ていた視線をパッと上げました。その瞬間、僕は息をするのを忘れてしまいました。そう、僕はこの瞬間、一度死んでしまったのです!そのくらいの衝撃でした。

「っぁ、あっ!あっ!!」

 なんと、そこには昨日窓から見たお星様がジッと此方を見つめながら立っていました。お星様を見た途端、僕の心臓は生き返りました。そして、早馬の足音のように鳴り響き、体中がジンと熱くなりました。息も上がって苦しいです。
 僕は病気なのでしょうか。

「さぁ、殿下にご挨拶を」
「はい、先生」
「っ!」

 お星様はピンと背筋を伸ばし、僕の前へと一歩踏み出しました。
 僕と同じぐらいの身長で、少し固そうな金色の髪の毛。真っ直ぐこちらを見つめる大きな瞳はエメラルドグリーンの宝石を思わせるほど鮮やかでした。そして、瞬きをする度に長い金色のまつ毛が光をかすめて輝いています。
 そのあまりにも凛とした美しさに、もう僕は一度死んでしまうかと思いました。息が苦しい。

「ラティ殿下、この度はお会いできる機会を頂き、心より感謝申し上げます。私の名はケイン。クヌート家の者でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 天使様が僕の前で、両手を交差させて深く頭を下げます。その声は小鳥のさえずりのように華やかで明るく、耳にするだけで元気が湧いてくるような響きでした。

「……はぅっ」

 僕は声にこそ出しませんでしたが、この瞬間、もう十回以上は頭の中で「ケイン様」と、彼の名前を呼びました。
 ケイン様。キラキラしてる!お星様みたい!触ってみたい!


「クヌート家の者は、代々スピルの国防の要である金軍の軍団長を務められる家柄です。将来ラティ殿下が王位に就かれた際、ケイン様が共にこのスピルを守り治める事となるのですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、そうです。政で民を治めるのがラティ殿下。武力で外敵から民を守るのがケイン様。役割は違えど、あなた方の目指される先は同じ“泰平の国家”です」

 クヌートの一族。
 確かにその姓は、食事の席で父の口からもよく出てきます。「金軍」という、国の兵を一挙に束ねる「軍団長」となる一族の御方。

「ケイン様が?」

 まさか、こんな輝くお星様のようなケイン様に「武力」とか「戦争」なんていう乱暴な言葉がくっ付いてくるなんて。そんな事をして、ケイン様が怪我でもされたらどうするのでしょう!
 そう、僕がケイン様をこわごわと見つめていると、その愛らしいお口が再び明るいさえずりを響かせました。
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