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第4章:俺の声を聴け!
207:一度のノックは、
しおりを挟む同じくらいイーサも好きになってしまった。
「……っはぁ、っは」
俺は卑怯だ。そんな自分の卑怯さに、呼吸が少しずつ荒くなる。
こんなの、金弥の時と同じだ。金弥が寝ている俺にキスをする。仕方ないから、黙ってキスを受け入れてやる。俺の意思じゃない。
俺はイーサとキスをする。だって、キスしないと俺は声が出せないから。仕方ない。だって俺の意思じゃないから。
「っはぁ、っはぁ」
いつだって、俺はそうやって逃げて「仕方ないなぁ」って折れてやってるフリをしていた。頭でっかちで、理屈にこじつけて、本心を隠した。卑怯者だ。
こんなの、俺の好きな“主人公”じゃない。二人共好きなんて卑怯だ。イーサの言う通り、「浮気性で、とても酷い男」だ。人の心を弄んでいる。二人共俺の事が好きだって分かってるから。
「っは、っは、っは」
自覚すると同時に襲ってきた津波のような罪悪感に、俺は意識が揺れるのを感じた。苦しい。息が出来ない。なんで。俺がこんな風になる?俺は苦しがって良い立場じゃないのに。
そう、苦しさの中でジワリと視界が涙で滲んだ時だった。
「っは、ん」
「ん、」
イーサの柔らかい唇が俺の口を塞いだ。
お陰で、それまで吐き出す事に必死になっていた呼吸が落ち着いていく。まるで、イーサから息を貰っているみたいだ。
そうやって、しばらく口を塞ぐだけのキスを続けた。そして、俺の呼吸が完全に落ち着いたのを見届けて、ゆっくりとイーサは離れていった。それを、俺は物足りないと思って目で追ってしまう。
最低だ。
「……サトシ。お前は本当に無駄な事ばっかり考えるんだな?」
「いーさ」
「泣かなくていい。イーサが嫌な言い方をしたからな。悪かったな」
「いーさ、ごめん。お、おれは……卑怯な。ヤツだな。おれは、いつも……そうだ」
イーサとイーサ王の混じった男が、俺の事を抱き締めてくれた。その優しさが、今の俺には有難くもあり辛くもある。
「おれは、おれが、きらいだ」
「そうなのか?」
「だいきらいだ!ぎらいだ!ちっども、おれの、おもってるような、おれにならないっ!もう、ごんなおれいやだ!」
「……ふふふ」
泣き喚く俺に対しイーサは口元に浮かべた笑みを更に深めた。どんな感情だよ。泣いてる俺の顔が、そんなに面白いのか。
「かわいいな、サトシ」
「がわいぐないっ!」
「かわいい。こんな風に他人をかわいいと思ったのは、生まれて初めてだ」
涙で濡れる俺の頬にイーサが容赦なく頬ずりをしてくる。その顔は興奮したように赤く、イーサの尖った耳も、ほんのりと色付いていた。
「許す、許すぞ。サトシ。イーサ王は、サトシを許す」
「……は?」
「こんなに可愛いサトシが言う事だ。何もかも許せる。サトシは凄いな。王様に全部を許させるなんて」
イーサが何を言っているのか、イマイチ理解できない。ただ、イーサの俺を見る目はもう、なんと言ってよいのか。本当に俺の事を「かわいい」と思っているのがハッキリと分かる目をしていた。正直言って、少し恥ずかしい。
金弥にだって、こんな風に見られた事はない。だって、金弥の時はいつも寝たふりをしていたから。
「サトシが他の男もイーサと同じくらい好きでも許せる!それくらい、イーサはサトシが好きだ!それに、サトシは言ってくれた!」
「……」
イーサの金色の目が、幸せそうに揺れた。
「サトシがイーサを好きな理由を知ってるのはイーサとサトシだけだ!それは金弥にも分からない事だろう?だから、イーサはいい!それで十分だ!」
「っ!」
イーサがギュッと俺に抱き着いてきた。そんなイーサを、俺は心底可愛いと思っていた。ちょっと、どうしたらいいのか分からないくらいの凄まじい感情だ。こんな気持ち、初めてかもしれない。
いや、金弥にも思ったか?もう、分からない。ただ、今の俺に言えるのは、ただ一つだ。
可愛い可愛い可愛い。イーサが可愛くて堪らない!
「イーサ」
「ん?」
「おまえ、かわいいな」
「ふふ!そうだろう、そうだろう!イーサは可愛かろう!当たり前だろう!なにせイーサは王様だからな!」
「うん」
深く頷く。金弥も変わらず俺の中に居るのに。俺の腹の中には、金弥とイーサが同時に立って居る。仕方ないだろう。だってどっちも可愛いんだ。どっちも好きなんだ。どっちも大事なんだ。
どっちも、居てくれなきゃ困るんだ!どっちも俺のじゃないと嫌だ!
それが、俺の紛れもないクズみたいな本心だ。
「それにな?お前ら人間はどうだか知らないが、そもそも愛する人は一人に絞らねばならない概念は、エルフの王には無いのだ!」
「……でも、それは王様だからだろ」
「ふむ。それは違うぞ、サトシ。お前は物事の本質を何も分かっていない」
「え?」
俺の顔をイーサの両手が包み込む。先程からピッタリと体をくっ付け合っているせいで、体がムズムズする。
「こういうのは、惚れた方の負けなんだ!イーサは負けた!サトシに完敗だ!あははっ!」
どうだ!と言わんばかりの勢いで口にされる言葉は、まぁ俺の思いつきもしないような考え方だった。そりゃあそうだ。現代日本でそんな事を言ったら、どこへ行っても袋叩きだろう。しかも、この俺だぞ?身の程を弁えろってもんだ。
ピタリとくっ付く体が、次第に妙な熱を帯びてくる。もう、ムズムズを通り越して少し辛い。きっと、それはイーサも同じだ。だって、ほら。俺だって男だし。分かる。
「このネックレスを渡した時、イーサはサトシを自分のモノにしたと浮かれていたが。どうやら違ったな!」
「……ぅ、あ」
イーサ、イーサ、いーさ。
俺はお前になりたかった。ずっと、お前になりたくて、毎日毎日お前の事だけを考えて過ごした日々があった。けど、なれなかった。だって俺はこんなお前みたいに、太陽みたいに笑えない。でも、それでも。
「イーサが、サトシのモノだったようだな!」
「っ!」
俺は太陽を掴んだ。
「サトシ。変な事を考えて泣く必要はないから、イーサを愛してくれ。それで、もう」
十分だ。
というイーサの言葉を、俺は最後まで聞かなかった。今まで理屈をこねて武装しながらしていた口付けを、俺は裸のままする事にした。丁度、体も熱かった。くすぐったかった。服も邪魔だと思っていた。多分、裸が一番気持ち良い。
「っは、ん」
「ん、ん」
俺は、“俺の”太陽を可愛がってやりたくて仕方なかったのだ。上に跨るイーサの首に腕を回しながら、初めて俺は気持ちのままに振る舞った。
「さとし」
口付けの合間に、僅かばかり離れたイーサが目を細めて見下ろして俺の名前を呼ぶ。あぁ、良い声だ。この声が、俺は昔から好きだった。
「イーサ、おいで!俺がたくさん可愛がってやるよ!」
「!!」
その瞬間。イーサの顔に浮かんだ子供のような笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
夜更けと共に、俺はイーサと再び離れる。それまで俺はイーサを思い切り可愛がってやろうと、目の前の可愛い子を目一杯だきしめてやったのだった。
〇
そして、その夜。
一向に目覚めないイーサの頭を一撫でしてやると、俺はスルリとベッドから抜け出た。
「……っふぅ」
少しだけ重い腰と、妙にスッキリした気持ちを携え、俺はイーサの寝室の扉に手をかけた。ふと、振り返る。窓から漏れ入る月の光に照らされるイーサは、離れてもキラキラと輝いていた。
「イーサ、いってくるな」
それだけ言うと、音を立てないように扉を開け、そっと部屋を後にした。部屋守で何度も立って居た扉に背を向け、誰も居ない通りを歩く。
そしたら、聞こえた。
コン
「っ!」
振り返る。振り返った先には誰も居ない。何も居ない。でも、確かに一度だけ、イーサの部屋からノックの音がした。
「はははっ!そうだった。そうだった」
コン。
一度のノックは、もう言わなくても分かるだろう。
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※サトシとイーサのR18【207.5:サトシの性教育講座~テキストに頼るな~】はサイトのみ掲載しております。R18設定で書いていなかったので、こちらに掲載できませんでした……。
もちろん、それを読まなくても今後の物語には差支えありません!
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