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いつもの日課
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窓から照らされる陽光がまぶたの奥を刺激する。
もう少しだけ、などとお決まりの口上を心の中で呟きながら硬い掛け布団に包まろうとするが、日課となっている修行をしなければという義務感が、軽く残っている睡魔に打ち勝った。
「……ったく、面倒くさいな」
愚痴りつつも継続は力なりというトルマリン家の家訓を思い出しながら、空斗(ソラト)・トルマリンは勢いよくベッドから飛び出し、大きく伸びをしながら短い黒髪をボリボリとかく。
「あ、そういえば野菜切らしてたんだった。また肉を市場で交換してもらうか」
机に作り置きした干し肉を挟んだパンを見て言う。大して好きというわけでもないが、意識して摂取しなければまた幼馴染のゼラから小言を言われてしまう。これはお前のためを思って言っているんだぞと、眉間にシワを寄せながら説教する可愛い顔を想像してニヤけながらソラトは窓ガラスを鏡代わりにして、この地域では珍しい東洋人の顔を水で洗い、5年間共に狩猟をしてきた相棒の小銃を肩にかけて外に出る。
顔なじみだが特別親しくもない住人達に挨拶しながら、ギリギリ洗濯物が干せるスペースの庭へと進む。小銃を地面に寝かせ、未だ睡眠を要求する頭を振った。
「よし、やるか」
パンッと両手を叩き、11歳から始めて5年間毎日続けている日課の開始だ。
大きく深呼吸をして精神を集中。空気中の魔力を体内に取り込み、心臓によって体の隅々まで行き渡らせる。
(よし、これはいつもどおり)
肝心なのはここからだ。張り巡らせた魔力を体の表面へと押し出す。それを分かりやすく形作るように外へと出し、現在の衣服から置き換えるように。
(いけるぞ!)
思ったよりも手応えがある。失敗続きだった毎日が遂に報われるか。淡い希望を抱きながら魔力で編んだ戦闘服、ローブを纏うための呪文を放つ。
「エクイップ!」
ドゥシュッ!!
だが体表面にへばりついた魔力は服の形にならず、周囲を押しのける強い衝撃波となって拡散した。
「クソッ。今日もだめだったか!」
いい線行っていると思っていたが甘かった。極限まで集中力を要したことで大きく体力を消耗し、ソラトはその場で座り込む。
「相変わらず無駄な努力をしてるみたいだな」
軽く自己嫌悪していると、聞き慣れた声がした方向へと首を傾けると、そこには平均的な身長のソラトに比肩する背の高い少女が顔を出していた。
「何だよゼラ。また嫌味か?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。これでも親切心で言ってやってるんだぞ?」
幼馴染、ゼラ・アクアマリンは後頭部でまとめて腰まで垂らした灰色の髪と、少しかがんでしまうだけで下着が見えてしまいそうな黒色のミニスカートを揺らしながら、意地の悪い笑顔を向ける。
「ローブの発現者は十万人に一人と呼ばれる希少な才能だ。いくら努力しても、肝心の素質がまったくなければ意味がないと前も言っただろ」
いつもの正論を述べながら形の整った端正な顔を向けてくる。薄い白地のボタン付きのブラウスから見える同年代よりも遥かに成長している深い谷間と整った顔立ち。異性を引きつけてやまない美しい造形に、見慣れているはずのソラトはときめきながらも大きく首を振ってごまかす。
「まったくないわけじゃない! 普通の人は大気中の魔力を取り込むことすらできないんだ。だから後は体外に放出しながら形作るだけでいけるはずなんだ」
「それを含めて才能なんだ。中途半端にできるから余計な希望を持ってしまってるが、そこから成長したのか?」
重たそうな胸を支えるように無自覚に両手を組みながら疑問をぶつけるゼラに、ソラトは口ごもる。
「毎日飽きもせずに命がけの練習をして何の意味があるんだ。これから森に入って動物を狩るんだろ? 余計な体力を使って返り討ちに合うかもしれないのに正気じゃない」
容赦のない言葉遣いに、ソラトはムッと顔をしかめる。
無駄な努力だの才能がないだの言われるのはしょうがない。傍目から見てそう思われてもしょうがない自覚はあるからだ。それよりもたかだか熊やヘラジカ程度に遅れを取ると考えていることが気に食わない。5年間もこの日課を続けながら狩猟もこなしてきた幼馴染の勇姿を忘れているのではないか。
「うるさいな。そういうのは俺がヘマした時に言ってくれ。この程度の準備運動でヘバッて熊に殺されるようなら俺は今日まで生きてないよ」
伊達に狩猟で食い扶持を稼いで生きていない。
いずれはローブを纏う戦士、クレリックとして王国軍に入って戦功を上げようと考えているソラトにとって野生動物など驚異にもならない。独学で武器の扱いを学び、自然の中で実戦を積み続けた結果、11歳で大人達が手も足も出ない村で一番の男になったのだから。
だからこそ、より高みを目指した結果、もっとも手に入れたい才能がないという現実が歯がゆいのだが。
「あのなソラト。どんな達人だって油断すればすぐ死んでしまうぞ。特に最近は妙な連中が暴れてるせいで王国もきな臭くなってるしな」
「その妙な連中がいるのは遠く離れた戦地だろ? 心配ないだろ」
「悪人はそういう心理を利用するんだぞ。お前みたいに慢心してるような奴はいいカモだ」
痛いところを点く。だが言っていることは間違いなく正論なので反論もできない。
大義名分も理念もない。ただ世界を滅ぼすという一点のみを至上として世界に戦いを挑んだ魔王の信奉者。ソラト達が暮らしているイルカルラ王国でもこの思想にかぶれた野盗崩れが暴れているという話は、戦乱から遠いこの村からも聞こえていた。
「ソラトは生身今でも十分強くて、村の人間達からの助け無しで生きていけるんだ。ローブなんか使えなくたって良いじゃないか。私だってできないんだから、何も恥ずかしがることなんてない」
嘲笑的な表情が消え、困ったような顔で諭してくる。表面上は嫌味なことを口にしても、性根は人を思いやってくれる優しい女の子だ。最初の挑発的な物言いも、煽りではなくただ無理をしてほしくないという親切心からである。
生まれて間もなく両親に捨てられ、この村で一緒に育った幼馴染の献身が眩しくて、それに甘えたくなるが。
「それだけじゃダメなんだ。かつて世界を救った戦士、クレリックの末裔であるトルマリン家の人間が、ローブを出せませんなんて恥ずかしいだろ? 俺はこんな村で細々と狩りをするだけの人生で終わるつもりはない。王族の人間らしく、でっかく偉くなりたいんだ。それができないと平和のために戦ってきたご先祖様に合わせる顔ない」
太古の昔。魔王の侵略から人々を守る盾と、邪悪を貫く矛となって戦った超戦士達。トルマリン家は、由緒正しきクレリックの力をもっとも色濃く残した末裔と言われている。
そのトルマリン家の血が流れている自分が、先祖のようにローブを纏えないなんてあってはならない。世界の平和を守ってきた者達に連なる人間として、せめてスタートラインに立ちたい。
「……何が合わせる顔がないだ。お前を捨てた薄情な両親は、その王族の人間じゃないか」
ゼラの鋭い正論に、ソラトは顔をしかめる。
「16年前のクーデターで没落し、血の繋がった息子すら見捨てるような家がそんな崇高なものと思えるなんてどうかしている。少なくとも私は、私を捨てた家を許せないし、誇るなんて絶対できないな」
ソラトと同様、顔も知らない家族に捨てられた人間だからこそ説得力があった。
少なくともゼラには、子供を捨てるような両親が偉大なんて口が裂けても言いたくないのだろう。そんな人間が世界を救った英雄の血を引いているなんてバカげていると。
今ではクレリックの意味も世界を救った英雄ではなく、ローブを装着して戦う人間へと意味合いが変質してしまっている。それで末裔だから、なんて空虚な単語に踊らされて無駄な努力をしているのは滑稽かもしれない。
「ゼラの言いたいことは分かるよ。俺だって、もしも両親が今現れても、許せないかもしれない」
「ならもうやめよう? ソラトならローブなんて出せなくても今のまま王国軍に入隊すれば将来は小隊長の地位に登れるかもしれないんだから。私はできもしない夢を追いかけて疲れるソラトをこれ以上見たくないんだ」
「でも、そこ止まりだろ?」
ゼラはぽかんとした表情で固まった。ソラトは照れくさそうに言葉を続ける。
「小隊長なんてちっぽけな役職じゃ満足できない。軍功を上げて貴族の位を頂いて、王国に次ぐ地位を手に入れて、やがては独立して一つの国の代表になる。そして没落したトルマリン家を再興して、俺を捨てた連中の鼻をあかしてやれるんだ」
16年しか生きていない男の青い理屈だと言われても反論できない。
だが男だからこそ大口を叩き、理想を現実のものへとしたい。今では童話の中でしか聞かない過去のクレリックの活躍を、自分の力で現実にしたい。
……少なくとも好きな女の子の前では、笑われても妥協を口にしたくないというのがソラトの本音だった。
「誇大妄想もここまで来ると呆れるな」
はっと鼻で笑いながら小馬鹿にするゼラの冷ややかな目線にソラトはかあっと顔が熱くなっていく。
「いちいち癇に障るな! 誇大妄想で悪いかよ!」
「悪いに決まってるだろ。現実を見ずにできもしない理想論なんて年齢一桁で卒業するべきものだ。それを未だに引きずってるなんて、これじゃいくら腕っぷしが強くても男としては落第点未満だな」
やれやれと肩をすくめて再び鼻で笑い、キリッとした鋭い目をさらに細めながら見下してくる。あまりの態度にソラトも切れた。
馬鹿にされるのは慣れてると言っても、相手が好きな女の子であろうと、ここで引き下がっては男が廃る。
「よーし。それならもう一度やってやる! 今まここで、ゼラの目の前でローブを着てやるよ!」
「すぐにムキになって本当に子供だな。さっきまでできなかったものがいきなり成功するわけないだろ」
「今日は良い線行ってたんだ。もう一度やれば絶対成功する!」
根拠のない戯言を口にしながら、心中で後悔する。
ただでさえ最初の失敗でかなり体力を使ってしまった。この状態で再チャレンジしとして結果は見えている。
だがそれでも、やっぱりやめますとは言えない。たとえ失敗すると分かっていても、想い人の前で挑戦する前から逃げるようなマネだけはしたくない。
ニヤニヤと意地の悪い顔を向けるゼラを一瞥すると、再び精神を集中して深い呼吸をして体内に魔力を込める。
適切な魔力量を体感で調整し、少しでも暴発のリスクを下げる。同じ失敗でもなるべく笑われない方向へと持っていければと後ろ向きな考えをしていると。
「……どうせできるわけないから無意味だが。もしも成功したら、昔みたいにご褒美を上げても良いぞ?」
蚊が泣くようなか細い声。しかしそれを聞き逃さなかった。
「っ!?」
ゼラのご褒美。ソラトの知る限り、それはひとつしかない。
(頬へのキスっ!)
子供の頃は大きな獲物を持って帰ったり、市場で貴重な野菜と交換するたびに恥ずかしそうにやってくれた思い出が蘇る。ここ数年はお互いに成長したのもあってやってくれなくなったが、まさかここでもう一度あの柔らかい唇を堪能できる可能性ができるとは。
「絶対に成功させる!」
「ば、バカ。何をやる気になってるんだ!?」
言質は取った。後から取り消しなんて絶対にさせないし、今更慌ててももう遅い。
(成功しろ成功しろ成功しろっ!!)
煩悩によって押し出される魔力を体に張り付かせる。このまま形作り、ローブとなれば晴れてクレリックに。何よりもゼラからのキスが待っている。
「エクイップッ!!!」
目を見開き、今までもっともでかい声量で唱える。それに応えるように周囲の魔力はソラトの体に纏わり付き。
ドゥシュウウウウッ!
やはりと言うか何と言うか。抑えきれなかった魔力は拡散し、周囲を轟かせる膨大な衝撃波が波打つ。その波はゼラへとぶつかり。
ヒュウウウッ!
竜巻もかくやという強力な風圧によって、彼女の灰色髪のポニーテールがなびき、黒のミニスカートが大きくめくれ上がった。
「……ふぇ?」
「おおおっ!」
何が起こったのか、ゼラは理解が遅れた。
だがソラトの締まりのない伸び切った鼻とイヤラシイ視線の先。水色と白が交互に入った横縞模様のパンティ。いわゆるストライプが丸見えになっていることを理解し。
「きゃあああああああっ!!?」
普段の彼女からは想像もできない甲高い叫び声を上げながら両手でスカートを抑え込む。だが溜めすぎた魔力の暴風は続いており、両手の隙間から今もなお見えるパンティがソラトの視線を離さない。
(ぜ、ゼラ。あんな下着を履いてたのか)
スタイル抜群で絶世美女の幼馴染が、意外にも可愛らしいパンティの持ち主であることに鼻息を荒くするソラト。
衝撃波が止み、名残惜しそうにスカートが重力に従ってゼラの下半身に蓋をする。長い静寂の後、ギロリと涙目で睨みつけるゼラに。
「さ、最高」
あまりにも配慮に掛けた感想を述べてしまったソラト。
「……てい」
「え?」
「この最っ底男っ。いつまで鼻の下を伸ばしてるんだっ!!」
顔を真っ赤に染めながら、目にも留まらぬ速さで繰り出されるゼラの右足。弾丸もかくやという蹴りは吸い込まれるようにソラトの股間へと直撃する。
「うごぉっ!?」
同年代の男に比肩する身長のゼラの蹴りは、見た目に違わぬ重みがあった。幼い頃に暴れ馬と正面衝突した時よりもこの金的の方が遥かにダメージが深い。
両手で股間を押さえ、声にならない悲鳴を上げながらその場でうずくまるソラトに、目尻にいっぱいの涙を溜めたゼラは踵を返して背を向けて足早に離れていく。
「そのまま熊にでも食い殺されろスケベ男っ!」
嫌悪感マックスの罵詈雑言。だが惚れた弱みか、ゼラから向けられる罵声すら美しい音色のように聞こえる。
「ま、待ってゼラ。俺が悪かったから……」
よだれと鼻水で地面に汚いアートを描きながら、ソラトは掠れた声で謝罪するも、その場にゼラはもういなかった。
もう少しだけ、などとお決まりの口上を心の中で呟きながら硬い掛け布団に包まろうとするが、日課となっている修行をしなければという義務感が、軽く残っている睡魔に打ち勝った。
「……ったく、面倒くさいな」
愚痴りつつも継続は力なりというトルマリン家の家訓を思い出しながら、空斗(ソラト)・トルマリンは勢いよくベッドから飛び出し、大きく伸びをしながら短い黒髪をボリボリとかく。
「あ、そういえば野菜切らしてたんだった。また肉を市場で交換してもらうか」
机に作り置きした干し肉を挟んだパンを見て言う。大して好きというわけでもないが、意識して摂取しなければまた幼馴染のゼラから小言を言われてしまう。これはお前のためを思って言っているんだぞと、眉間にシワを寄せながら説教する可愛い顔を想像してニヤけながらソラトは窓ガラスを鏡代わりにして、この地域では珍しい東洋人の顔を水で洗い、5年間共に狩猟をしてきた相棒の小銃を肩にかけて外に出る。
顔なじみだが特別親しくもない住人達に挨拶しながら、ギリギリ洗濯物が干せるスペースの庭へと進む。小銃を地面に寝かせ、未だ睡眠を要求する頭を振った。
「よし、やるか」
パンッと両手を叩き、11歳から始めて5年間毎日続けている日課の開始だ。
大きく深呼吸をして精神を集中。空気中の魔力を体内に取り込み、心臓によって体の隅々まで行き渡らせる。
(よし、これはいつもどおり)
肝心なのはここからだ。張り巡らせた魔力を体の表面へと押し出す。それを分かりやすく形作るように外へと出し、現在の衣服から置き換えるように。
(いけるぞ!)
思ったよりも手応えがある。失敗続きだった毎日が遂に報われるか。淡い希望を抱きながら魔力で編んだ戦闘服、ローブを纏うための呪文を放つ。
「エクイップ!」
ドゥシュッ!!
だが体表面にへばりついた魔力は服の形にならず、周囲を押しのける強い衝撃波となって拡散した。
「クソッ。今日もだめだったか!」
いい線行っていると思っていたが甘かった。極限まで集中力を要したことで大きく体力を消耗し、ソラトはその場で座り込む。
「相変わらず無駄な努力をしてるみたいだな」
軽く自己嫌悪していると、聞き慣れた声がした方向へと首を傾けると、そこには平均的な身長のソラトに比肩する背の高い少女が顔を出していた。
「何だよゼラ。また嫌味か?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。これでも親切心で言ってやってるんだぞ?」
幼馴染、ゼラ・アクアマリンは後頭部でまとめて腰まで垂らした灰色の髪と、少しかがんでしまうだけで下着が見えてしまいそうな黒色のミニスカートを揺らしながら、意地の悪い笑顔を向ける。
「ローブの発現者は十万人に一人と呼ばれる希少な才能だ。いくら努力しても、肝心の素質がまったくなければ意味がないと前も言っただろ」
いつもの正論を述べながら形の整った端正な顔を向けてくる。薄い白地のボタン付きのブラウスから見える同年代よりも遥かに成長している深い谷間と整った顔立ち。異性を引きつけてやまない美しい造形に、見慣れているはずのソラトはときめきながらも大きく首を振ってごまかす。
「まったくないわけじゃない! 普通の人は大気中の魔力を取り込むことすらできないんだ。だから後は体外に放出しながら形作るだけでいけるはずなんだ」
「それを含めて才能なんだ。中途半端にできるから余計な希望を持ってしまってるが、そこから成長したのか?」
重たそうな胸を支えるように無自覚に両手を組みながら疑問をぶつけるゼラに、ソラトは口ごもる。
「毎日飽きもせずに命がけの練習をして何の意味があるんだ。これから森に入って動物を狩るんだろ? 余計な体力を使って返り討ちに合うかもしれないのに正気じゃない」
容赦のない言葉遣いに、ソラトはムッと顔をしかめる。
無駄な努力だの才能がないだの言われるのはしょうがない。傍目から見てそう思われてもしょうがない自覚はあるからだ。それよりもたかだか熊やヘラジカ程度に遅れを取ると考えていることが気に食わない。5年間もこの日課を続けながら狩猟もこなしてきた幼馴染の勇姿を忘れているのではないか。
「うるさいな。そういうのは俺がヘマした時に言ってくれ。この程度の準備運動でヘバッて熊に殺されるようなら俺は今日まで生きてないよ」
伊達に狩猟で食い扶持を稼いで生きていない。
いずれはローブを纏う戦士、クレリックとして王国軍に入って戦功を上げようと考えているソラトにとって野生動物など驚異にもならない。独学で武器の扱いを学び、自然の中で実戦を積み続けた結果、11歳で大人達が手も足も出ない村で一番の男になったのだから。
だからこそ、より高みを目指した結果、もっとも手に入れたい才能がないという現実が歯がゆいのだが。
「あのなソラト。どんな達人だって油断すればすぐ死んでしまうぞ。特に最近は妙な連中が暴れてるせいで王国もきな臭くなってるしな」
「その妙な連中がいるのは遠く離れた戦地だろ? 心配ないだろ」
「悪人はそういう心理を利用するんだぞ。お前みたいに慢心してるような奴はいいカモだ」
痛いところを点く。だが言っていることは間違いなく正論なので反論もできない。
大義名分も理念もない。ただ世界を滅ぼすという一点のみを至上として世界に戦いを挑んだ魔王の信奉者。ソラト達が暮らしているイルカルラ王国でもこの思想にかぶれた野盗崩れが暴れているという話は、戦乱から遠いこの村からも聞こえていた。
「ソラトは生身今でも十分強くて、村の人間達からの助け無しで生きていけるんだ。ローブなんか使えなくたって良いじゃないか。私だってできないんだから、何も恥ずかしがることなんてない」
嘲笑的な表情が消え、困ったような顔で諭してくる。表面上は嫌味なことを口にしても、性根は人を思いやってくれる優しい女の子だ。最初の挑発的な物言いも、煽りではなくただ無理をしてほしくないという親切心からである。
生まれて間もなく両親に捨てられ、この村で一緒に育った幼馴染の献身が眩しくて、それに甘えたくなるが。
「それだけじゃダメなんだ。かつて世界を救った戦士、クレリックの末裔であるトルマリン家の人間が、ローブを出せませんなんて恥ずかしいだろ? 俺はこんな村で細々と狩りをするだけの人生で終わるつもりはない。王族の人間らしく、でっかく偉くなりたいんだ。それができないと平和のために戦ってきたご先祖様に合わせる顔ない」
太古の昔。魔王の侵略から人々を守る盾と、邪悪を貫く矛となって戦った超戦士達。トルマリン家は、由緒正しきクレリックの力をもっとも色濃く残した末裔と言われている。
そのトルマリン家の血が流れている自分が、先祖のようにローブを纏えないなんてあってはならない。世界の平和を守ってきた者達に連なる人間として、せめてスタートラインに立ちたい。
「……何が合わせる顔がないだ。お前を捨てた薄情な両親は、その王族の人間じゃないか」
ゼラの鋭い正論に、ソラトは顔をしかめる。
「16年前のクーデターで没落し、血の繋がった息子すら見捨てるような家がそんな崇高なものと思えるなんてどうかしている。少なくとも私は、私を捨てた家を許せないし、誇るなんて絶対できないな」
ソラトと同様、顔も知らない家族に捨てられた人間だからこそ説得力があった。
少なくともゼラには、子供を捨てるような両親が偉大なんて口が裂けても言いたくないのだろう。そんな人間が世界を救った英雄の血を引いているなんてバカげていると。
今ではクレリックの意味も世界を救った英雄ではなく、ローブを装着して戦う人間へと意味合いが変質してしまっている。それで末裔だから、なんて空虚な単語に踊らされて無駄な努力をしているのは滑稽かもしれない。
「ゼラの言いたいことは分かるよ。俺だって、もしも両親が今現れても、許せないかもしれない」
「ならもうやめよう? ソラトならローブなんて出せなくても今のまま王国軍に入隊すれば将来は小隊長の地位に登れるかもしれないんだから。私はできもしない夢を追いかけて疲れるソラトをこれ以上見たくないんだ」
「でも、そこ止まりだろ?」
ゼラはぽかんとした表情で固まった。ソラトは照れくさそうに言葉を続ける。
「小隊長なんてちっぽけな役職じゃ満足できない。軍功を上げて貴族の位を頂いて、王国に次ぐ地位を手に入れて、やがては独立して一つの国の代表になる。そして没落したトルマリン家を再興して、俺を捨てた連中の鼻をあかしてやれるんだ」
16年しか生きていない男の青い理屈だと言われても反論できない。
だが男だからこそ大口を叩き、理想を現実のものへとしたい。今では童話の中でしか聞かない過去のクレリックの活躍を、自分の力で現実にしたい。
……少なくとも好きな女の子の前では、笑われても妥協を口にしたくないというのがソラトの本音だった。
「誇大妄想もここまで来ると呆れるな」
はっと鼻で笑いながら小馬鹿にするゼラの冷ややかな目線にソラトはかあっと顔が熱くなっていく。
「いちいち癇に障るな! 誇大妄想で悪いかよ!」
「悪いに決まってるだろ。現実を見ずにできもしない理想論なんて年齢一桁で卒業するべきものだ。それを未だに引きずってるなんて、これじゃいくら腕っぷしが強くても男としては落第点未満だな」
やれやれと肩をすくめて再び鼻で笑い、キリッとした鋭い目をさらに細めながら見下してくる。あまりの態度にソラトも切れた。
馬鹿にされるのは慣れてると言っても、相手が好きな女の子であろうと、ここで引き下がっては男が廃る。
「よーし。それならもう一度やってやる! 今まここで、ゼラの目の前でローブを着てやるよ!」
「すぐにムキになって本当に子供だな。さっきまでできなかったものがいきなり成功するわけないだろ」
「今日は良い線行ってたんだ。もう一度やれば絶対成功する!」
根拠のない戯言を口にしながら、心中で後悔する。
ただでさえ最初の失敗でかなり体力を使ってしまった。この状態で再チャレンジしとして結果は見えている。
だがそれでも、やっぱりやめますとは言えない。たとえ失敗すると分かっていても、想い人の前で挑戦する前から逃げるようなマネだけはしたくない。
ニヤニヤと意地の悪い顔を向けるゼラを一瞥すると、再び精神を集中して深い呼吸をして体内に魔力を込める。
適切な魔力量を体感で調整し、少しでも暴発のリスクを下げる。同じ失敗でもなるべく笑われない方向へと持っていければと後ろ向きな考えをしていると。
「……どうせできるわけないから無意味だが。もしも成功したら、昔みたいにご褒美を上げても良いぞ?」
蚊が泣くようなか細い声。しかしそれを聞き逃さなかった。
「っ!?」
ゼラのご褒美。ソラトの知る限り、それはひとつしかない。
(頬へのキスっ!)
子供の頃は大きな獲物を持って帰ったり、市場で貴重な野菜と交換するたびに恥ずかしそうにやってくれた思い出が蘇る。ここ数年はお互いに成長したのもあってやってくれなくなったが、まさかここでもう一度あの柔らかい唇を堪能できる可能性ができるとは。
「絶対に成功させる!」
「ば、バカ。何をやる気になってるんだ!?」
言質は取った。後から取り消しなんて絶対にさせないし、今更慌ててももう遅い。
(成功しろ成功しろ成功しろっ!!)
煩悩によって押し出される魔力を体に張り付かせる。このまま形作り、ローブとなれば晴れてクレリックに。何よりもゼラからのキスが待っている。
「エクイップッ!!!」
目を見開き、今までもっともでかい声量で唱える。それに応えるように周囲の魔力はソラトの体に纏わり付き。
ドゥシュウウウウッ!
やはりと言うか何と言うか。抑えきれなかった魔力は拡散し、周囲を轟かせる膨大な衝撃波が波打つ。その波はゼラへとぶつかり。
ヒュウウウッ!
竜巻もかくやという強力な風圧によって、彼女の灰色髪のポニーテールがなびき、黒のミニスカートが大きくめくれ上がった。
「……ふぇ?」
「おおおっ!」
何が起こったのか、ゼラは理解が遅れた。
だがソラトの締まりのない伸び切った鼻とイヤラシイ視線の先。水色と白が交互に入った横縞模様のパンティ。いわゆるストライプが丸見えになっていることを理解し。
「きゃあああああああっ!!?」
普段の彼女からは想像もできない甲高い叫び声を上げながら両手でスカートを抑え込む。だが溜めすぎた魔力の暴風は続いており、両手の隙間から今もなお見えるパンティがソラトの視線を離さない。
(ぜ、ゼラ。あんな下着を履いてたのか)
スタイル抜群で絶世美女の幼馴染が、意外にも可愛らしいパンティの持ち主であることに鼻息を荒くするソラト。
衝撃波が止み、名残惜しそうにスカートが重力に従ってゼラの下半身に蓋をする。長い静寂の後、ギロリと涙目で睨みつけるゼラに。
「さ、最高」
あまりにも配慮に掛けた感想を述べてしまったソラト。
「……てい」
「え?」
「この最っ底男っ。いつまで鼻の下を伸ばしてるんだっ!!」
顔を真っ赤に染めながら、目にも留まらぬ速さで繰り出されるゼラの右足。弾丸もかくやという蹴りは吸い込まれるようにソラトの股間へと直撃する。
「うごぉっ!?」
同年代の男に比肩する身長のゼラの蹴りは、見た目に違わぬ重みがあった。幼い頃に暴れ馬と正面衝突した時よりもこの金的の方が遥かにダメージが深い。
両手で股間を押さえ、声にならない悲鳴を上げながらその場でうずくまるソラトに、目尻にいっぱいの涙を溜めたゼラは踵を返して背を向けて足早に離れていく。
「そのまま熊にでも食い殺されろスケベ男っ!」
嫌悪感マックスの罵詈雑言。だが惚れた弱みか、ゼラから向けられる罵声すら美しい音色のように聞こえる。
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