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第1章
妻の期待と息子の心配
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「あなた、もう半分くらいまで来たみたいですよ」
あなた、ともう一度呼びかけがあったところで、アークは漸く、それが自分に向けられた言葉であることに気づいた。
アークはソファに座って熱心に絵本を読んでいるアイエラを横目に、考えごとに耽っていた。そのせいで、エリサの言葉を半分聞き逃してしまった。
「半分くらいとは何のことかな」
「勇者ですよ。ちょうど中間地点の街を超えたところだそうです」
「そうか」
アークは再び思考の波に引き寄せられた。半分ということは、もうじきケルベロスが待ち構えるダンジョンに来る頃だ。マーチカかイベルに連れられて、もう向かっているだろう。
私の敗北は、各地にボスとして配置された私の部下や仲間たちが、敗北したことも意味している。アークは先程から、ずっとそのことを考えていた。
「あなた、大丈夫ですか」
エリサが病人を気遣うような声で尋ねる。
アークはイべルにも同じようなことを言われたことに気づき、余程悩んでいるのだなと感じた。
「また負けるのかと思ってね。イべルにも言ったが、私の敗北は、仲間たちの敗北だから、申し訳なくてね」
「考え過ぎですよ。皆、あなたを慕ってるはずです」
エリサは本心から夫を気遣うように言った。
アークは心から部下たちを信頼している。それは部下たちも同じであろうことはわかる。しかし、勇者に負け続けている中で、信頼もなくなってきているのではないかと思うと、不安が募る。それにこうして、エリサに心配をかけてしまっていることも、心を痛める原因の一つだ。やはり俺がもっと強くならなければならない。
しかし、今のアークにはどうすることもできなかった。
アイエラはまだ熱心に絵本を読んでいる。その絵本では、やはり魔王は最も強かった。アイエラも魔王は強いと信じているだろう。
「お父さん、また勇者と戦うんでしょ。頑張ってね」
視線が合うと、アイエラは眼を輝かせた。純粋に魔王である父の強さを信じている眼であり、次こそは勝ってくれると信じて止まない眼であった。
その何も疑わない眼を見て、アークはやはり息子のために強くあるべきだと思わずにはいられなかった。しかし何をすれば良いのかわからなかった。
もうじき勇者が来るだろう。また何もできず負けるのだ。
アイエラの視線は絵本に戻っている。返答をしていないことにアークは気づいたが、そっとしておくことにした。
空はまだ晴れている。ドラゴンが火を吹いた。
「あなた、本当に大丈夫ですか。顔色が良くないようですよ」
「すまない。問題はない」
エリサはそれでも心配そうに見つめる。
「勇者もすぐに来るだろうし、少し体を温めておくよ」
アークは立ち上がった。アークの自信が揺れるように、軽い目眩がした。
「大丈夫ですか」
エリサが駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。ただの立ち眩みだ。ギリギリまで寝るから、勇者が来たら呼んでくれ」
「無理しないほうがいいんじゃないですか。私、あなたの代わりに行きますよ」
エリサは冗談ではなく、本心で言っているようだ。いつもより声を低く響かせ、その目には決意を滲ませ、輝いている。
「ありがとう。でも、それは無理なんだ。この世界にはこの世界の秩序があるからね。魔王は、俺でないとだめなんだ」
「そうですか。わかりました。時間になったらお呼びしますね」
「心配かけてすまない」
アークはやっと立ち上がって寝室へと向かう。妻の表情には、先程の決意を示した輝きとは一転、心配の色が滲んでいる。
「お父さん、無理しないでね。でも、頑張ってね」
部屋を出る間際に、アイエラが言った。その声には、心配と期待の両方が入り混じっていた。
あなた、ともう一度呼びかけがあったところで、アークは漸く、それが自分に向けられた言葉であることに気づいた。
アークはソファに座って熱心に絵本を読んでいるアイエラを横目に、考えごとに耽っていた。そのせいで、エリサの言葉を半分聞き逃してしまった。
「半分くらいとは何のことかな」
「勇者ですよ。ちょうど中間地点の街を超えたところだそうです」
「そうか」
アークは再び思考の波に引き寄せられた。半分ということは、もうじきケルベロスが待ち構えるダンジョンに来る頃だ。マーチカかイベルに連れられて、もう向かっているだろう。
私の敗北は、各地にボスとして配置された私の部下や仲間たちが、敗北したことも意味している。アークは先程から、ずっとそのことを考えていた。
「あなた、大丈夫ですか」
エリサが病人を気遣うような声で尋ねる。
アークはイべルにも同じようなことを言われたことに気づき、余程悩んでいるのだなと感じた。
「また負けるのかと思ってね。イべルにも言ったが、私の敗北は、仲間たちの敗北だから、申し訳なくてね」
「考え過ぎですよ。皆、あなたを慕ってるはずです」
エリサは本心から夫を気遣うように言った。
アークは心から部下たちを信頼している。それは部下たちも同じであろうことはわかる。しかし、勇者に負け続けている中で、信頼もなくなってきているのではないかと思うと、不安が募る。それにこうして、エリサに心配をかけてしまっていることも、心を痛める原因の一つだ。やはり俺がもっと強くならなければならない。
しかし、今のアークにはどうすることもできなかった。
アイエラはまだ熱心に絵本を読んでいる。その絵本では、やはり魔王は最も強かった。アイエラも魔王は強いと信じているだろう。
「お父さん、また勇者と戦うんでしょ。頑張ってね」
視線が合うと、アイエラは眼を輝かせた。純粋に魔王である父の強さを信じている眼であり、次こそは勝ってくれると信じて止まない眼であった。
その何も疑わない眼を見て、アークはやはり息子のために強くあるべきだと思わずにはいられなかった。しかし何をすれば良いのかわからなかった。
もうじき勇者が来るだろう。また何もできず負けるのだ。
アイエラの視線は絵本に戻っている。返答をしていないことにアークは気づいたが、そっとしておくことにした。
空はまだ晴れている。ドラゴンが火を吹いた。
「あなた、本当に大丈夫ですか。顔色が良くないようですよ」
「すまない。問題はない」
エリサはそれでも心配そうに見つめる。
「勇者もすぐに来るだろうし、少し体を温めておくよ」
アークは立ち上がった。アークの自信が揺れるように、軽い目眩がした。
「大丈夫ですか」
エリサが駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。ただの立ち眩みだ。ギリギリまで寝るから、勇者が来たら呼んでくれ」
「無理しないほうがいいんじゃないですか。私、あなたの代わりに行きますよ」
エリサは冗談ではなく、本心で言っているようだ。いつもより声を低く響かせ、その目には決意を滲ませ、輝いている。
「ありがとう。でも、それは無理なんだ。この世界にはこの世界の秩序があるからね。魔王は、俺でないとだめなんだ」
「そうですか。わかりました。時間になったらお呼びしますね」
「心配かけてすまない」
アークはやっと立ち上がって寝室へと向かう。妻の表情には、先程の決意を示した輝きとは一転、心配の色が滲んでいる。
「お父さん、無理しないでね。でも、頑張ってね」
部屋を出る間際に、アイエラが言った。その声には、心配と期待の両方が入り混じっていた。
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