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第1章
行方
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アークは寝室に着くと、明かりを消して、そのままベットに身を横たえた。
目を閉じたが眠りにつくことはできなかった。暗闇に身を置いていると、エリサとアイエラの顔が浮かんでくる。二人の心配そうな顔が頭から離れない。今まで、こんなふうに思い悩んだことは一度もなかったはずだ。負けるのが嫌だと思いながらも、本気で恐れていた訳ではない。それがなぜ、こんなにも恐ろしいのだろうか。期待に応えなければならいという思いと、惨めに負けるだけだという思いが混じり合って、どうすれば良いかわからない。
これが変化なのだろうか。
だとしたら、とんだ迷惑だ。勇者を恐れる魔王がどこにいるだろうか。いや、もしかしたら、魔王は皆本心では勇者を恐れているのかもしれない。どんなに強くても、最後は必ず負ける存在。勇者は何度でも挑戦できるが、魔王は基本一度負けたらそこで終わり。その後は、勇者の娯楽とも言える冒険のラスボスとして配置され、ただ嬲り殺しにされるだけ。魔王とは本来、その程度の存在なのだ。
だから、そんな世界を変えたいと願った。そしてその時、客人が訪れた。彼は言っていた。自分の意思で世界を変えられると。すでに変化は起きていると。自由に生きられると。
それならば、この気持ちの変化もその一つなのだろう。認めたくはないが、認めるしかない。本当は負けるのが、怖いのだ。もうこれ以上負けるのは嫌だ。
アークは思考の沼にはまり込み、気持ちを落ち着けることができなかった。起き上がり、ベットに腰をかける。手が震えている。両手で握りしめて、震えを抑えようとしても虚しいだけだ。一層震えが強くなった気さえする。
「私、あなたの代わりに行きますよ」
先程のエリサの言葉が、アークの頭に浮かんだ。浮かんだ言葉は宙空を漂い、宛てもなく彷徨う。そしてそれらが一つに集まり、実体をもった。アークはその言葉の一つ一つを感じて、それが本心であることを確信した。
エリサの表情と言葉が現実味を帯びてくる。本当に代わりに行こうとしているのだろうか。考えれば考えるほど、本心であるとしか思えない。
この世界には秩序というものがある。魔王はもう決まっていて、代わりにエリサが行くことはできないはずだ。アークは立ち上がり、分厚く紅いカーテンを開けた。
アークは息を呑んだ。手に汗が滲む。心臓が嫌な鼓動を鳴らし、早く動けと訴えかける。
窓の外は暗闇が広がっていた。夜が来たわけではない。雲が低く垂れ込めている。あたりの暗さに反して、雲は紅く奇怪な光を放っている。周辺の切り立った山脈が、その光に反射して、来るものを拒む死を連想させた。演出のためのモンスターの呻き声は、不気味さを一層掻き立てる。頼りない蝋燭が城を囲むようにして、怪しく火を揺らす。
勇者が来たのだ。
アークは慌てて寝室を出た。なぜ知らせが来なかったのだろうか。エリサに頼んでおいたはずであるし、そうでなくともマーチカかイべルのどちらかが伝えてくれるはずだ。それが、なぜ何の知らせもないのか。今までにこんなことは一度たりともなかった。
乱暴に重い扉を開け、自室を乱雑に引っ掻き回す。クローゼットを物色して、お決まりの深紅のマントを引っ張り出す。クローゼットのそばに置いてある紺の禍々しい鎧を身につけて、その上から引っ張り出したマントをかける。適当に髪を後ろで固める。三日月よりも細く鋭い鎌を手に取る。姿を確認することもなく、アークは部屋を飛び出した。
もしかしたら本当に、エリサが最後の部屋に行ってしまったのかもしれない。そんなことは不可能なはずだ。しかし、もし本当にできたのだとしたら、大変なことになる。
神を自称する訪問者が言っていたことが再び蘇る。
この世界は変わったらしい。
アークは息を切らしながら走る。重たい鎧が酷く邪魔に感じる。
すまない、エリサ。俺が不甲斐ないばかりに。
目を閉じたが眠りにつくことはできなかった。暗闇に身を置いていると、エリサとアイエラの顔が浮かんでくる。二人の心配そうな顔が頭から離れない。今まで、こんなふうに思い悩んだことは一度もなかったはずだ。負けるのが嫌だと思いながらも、本気で恐れていた訳ではない。それがなぜ、こんなにも恐ろしいのだろうか。期待に応えなければならいという思いと、惨めに負けるだけだという思いが混じり合って、どうすれば良いかわからない。
これが変化なのだろうか。
だとしたら、とんだ迷惑だ。勇者を恐れる魔王がどこにいるだろうか。いや、もしかしたら、魔王は皆本心では勇者を恐れているのかもしれない。どんなに強くても、最後は必ず負ける存在。勇者は何度でも挑戦できるが、魔王は基本一度負けたらそこで終わり。その後は、勇者の娯楽とも言える冒険のラスボスとして配置され、ただ嬲り殺しにされるだけ。魔王とは本来、その程度の存在なのだ。
だから、そんな世界を変えたいと願った。そしてその時、客人が訪れた。彼は言っていた。自分の意思で世界を変えられると。すでに変化は起きていると。自由に生きられると。
それならば、この気持ちの変化もその一つなのだろう。認めたくはないが、認めるしかない。本当は負けるのが、怖いのだ。もうこれ以上負けるのは嫌だ。
アークは思考の沼にはまり込み、気持ちを落ち着けることができなかった。起き上がり、ベットに腰をかける。手が震えている。両手で握りしめて、震えを抑えようとしても虚しいだけだ。一層震えが強くなった気さえする。
「私、あなたの代わりに行きますよ」
先程のエリサの言葉が、アークの頭に浮かんだ。浮かんだ言葉は宙空を漂い、宛てもなく彷徨う。そしてそれらが一つに集まり、実体をもった。アークはその言葉の一つ一つを感じて、それが本心であることを確信した。
エリサの表情と言葉が現実味を帯びてくる。本当に代わりに行こうとしているのだろうか。考えれば考えるほど、本心であるとしか思えない。
この世界には秩序というものがある。魔王はもう決まっていて、代わりにエリサが行くことはできないはずだ。アークは立ち上がり、分厚く紅いカーテンを開けた。
アークは息を呑んだ。手に汗が滲む。心臓が嫌な鼓動を鳴らし、早く動けと訴えかける。
窓の外は暗闇が広がっていた。夜が来たわけではない。雲が低く垂れ込めている。あたりの暗さに反して、雲は紅く奇怪な光を放っている。周辺の切り立った山脈が、その光に反射して、来るものを拒む死を連想させた。演出のためのモンスターの呻き声は、不気味さを一層掻き立てる。頼りない蝋燭が城を囲むようにして、怪しく火を揺らす。
勇者が来たのだ。
アークは慌てて寝室を出た。なぜ知らせが来なかったのだろうか。エリサに頼んでおいたはずであるし、そうでなくともマーチカかイべルのどちらかが伝えてくれるはずだ。それが、なぜ何の知らせもないのか。今までにこんなことは一度たりともなかった。
乱暴に重い扉を開け、自室を乱雑に引っ掻き回す。クローゼットを物色して、お決まりの深紅のマントを引っ張り出す。クローゼットのそばに置いてある紺の禍々しい鎧を身につけて、その上から引っ張り出したマントをかける。適当に髪を後ろで固める。三日月よりも細く鋭い鎌を手に取る。姿を確認することもなく、アークは部屋を飛び出した。
もしかしたら本当に、エリサが最後の部屋に行ってしまったのかもしれない。そんなことは不可能なはずだ。しかし、もし本当にできたのだとしたら、大変なことになる。
神を自称する訪問者が言っていたことが再び蘇る。
この世界は変わったらしい。
アークは息を切らしながら走る。重たい鎧が酷く邪魔に感じる。
すまない、エリサ。俺が不甲斐ないばかりに。
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