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蟷螂の偵察・蟷螂の斧
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蟷螂の偵察
白城先輩に言われた通り俺は蝶たちを学校に連れていくことにした。連れていくと言うよりは勝手についてきていると言った方が良いのかもしれないが。
目立たないというわけではなかったが特別目立つわけでもなかった。生物学の研究の促進といった生態研究科が掲げる目標のもと基本的に学校に生き物を連れてくるのは禁止されていなかった。さらに授業中教室内を動き回らないようにするといった条件で教室に入れることまでできたのだから驚きだ。そういうわけで時折生き物を連れてくる生徒はいたらしい(俺は見たことはないが)。
「青条。」
突如背後から声をかけられた。声の主は俺の親友である(少なくとも俺が学校に行っていた時はそうだった)麝香憲嗣だ。長身だが猫背気味で海藻のように揺らめく髪に隠れた目が不気味に光る。その様相でかつぼそぼそとはっきりしない口調で話しかけられれば誰だって鳥肌がたつ。毎日会っていた時期の俺でさえ鳥肌がたっていたのだから久しぶりに会った時なんかは言うまでもない。
「どこへ行ってたの。俺、青条まで死んだかと思った。」
青条“まで”というのは彼は数年前最愛の妹を事故で亡くしているのだ。
「はは、まさか。色々物騒だったから外に出なかっただけだよ。」
「物騒?」
「物騒じゃないか。例の寄生虫騒ぎからずっと。寄生虫自体の脅威だけじゃなく暴力沙汰も急増したし。」
「そうだったかな。俺周りのことには興味が無いからわからないや。」
あれは周りへの興味の有無の範囲を超えているのではないだろうか。
「ってことはお前は特に事件に巻き込まれたりとかはしてないってことか。良かった。」
「ふふ、心配しないで。俺は平和で楽しい毎日を過ごしているよ。」
至って普通の対応のはずなのに麝香の場合不気味で何か裏がありそうにも思える。いや、人を見かけで判断してはいけない。
麝香とは別のクラスだったので廊下で別れることになった。シャツの襟に入っているラインの色を見ればクラスは容易にわかる。一応高校進学時に申請した研究対象の生物によってクラスが分けられている。微生物が好きな長崎はかつて一文路先輩が所属していた赤ラインのクラス。俺は昆虫と水生生物選択者の青ラインクラス(別にこれといって研究テーマが決まっているわけではないが昆虫や魚類が好きだったからここを選んだのだ)。麝香は…確か緑だったな。黄色が植物選択、紫が人体・医学選択だという話は聞いているが緑が何のクラスかは知らない。そういえば麝香との付き合いはそれなりに長いが彼が好きなものとかはよく分かってない。果たして妹さん以外で彼に好きなものはあったのだろうか。
そんなことを考えながら教室に入った途端、俺は白衣の少女に壁ドンされていた。
「あ、あの、どちら様でしょうか…。」
当然のことながらクラスメイトの視線が集中している。朝から面倒なことに巻き込まれたようだ。
「お前がアオスジだな。」
「えっ、はい?いや、俺の名前はセイジョウですが…。」
「そんなことはどうでもいい。突如蝶を連れてきて何のつもりだ。」
一応クラスメイトとはいえ会話もしたことがないような人間に彼女はなんて失礼な態度をとるのだろうか。
「べ、別に籠に閉じ込めておくのも可哀想だな、と思っただけだよ。大人しいしきっと迷惑はかけないよ。」
「迷惑とか、そういうのはどうでもいい。…だが何か考えがあるというわけでも無さそうだな。…いいか、その蝶の使い方を誤ればお前諸共ぶった斬る。」
「えっ、は、はあ…。」
よく分からない捨て台詞を吐いて彼女は去っていった。
とりあえず席についた俺に隣の席のやつが話しかけてきた。
「お前、朝から災難だったな。」
「ま、まあね。だいぶ注目されていたのはちょっと嫌だったな。」
「御門さんは正直よく分からない人だってみんな避けてるから。なんか怖いし。」
…御門というのか。同じクラスだが全く彼女の存在を把握していなかった。だが彼女とはあまり関わりを持たない方が良さそうだ。
「御門さん、蝶が嫌いなのかな…?」
「は?蝶?」
「俺がいきなり蝶を連れてきたから怒ったのかなって。」
「あー、そういえばなんでいきなり蝶なんて連れてきたんだよ。」
「ほら、見ての通りちょっと特殊な蝶だろ?何か害がないか心配で外に出せなかったんだ。でもとりあえず観察する限り何も無さそうだったから、外に出してあげたんだ。」
「なるほどー。」
「あっでも、御門さん、蝶の使い方に気をつけろって言ってた。どういう意味なんだろ。」
「使い方?昆虫の使い方ってなんだよ。やっぱ意味わかんないやつだな。」
「ね。」
蝶の“使い方”という表現をしたということは恐らく彼女はこの蝶が普通の蝶ではないということを知っているのだろう。何故知っている?どこでそれを知った?俺がこの蝶の話をしたのは白城先輩だけだし、俺は今日初めて蝶を連れて外に出た(白城先輩はつい数日前蝶を外に連れ出していたが)。そもそも彼女の言っていた“ぶった斬る”という表現も妙だ。ここは現代であって古代人のように敵を刃物で斬り捨てるのが日常茶飯事な社会に俺たちは住んでいるわけではない。何故か教室で白衣を着ていたわけだし、まさか彼女は研究者であの蝶は彼女自身が作った人工生命体なのでは…。いや、流石に考えすぎか。
「…ということなんですよ、どう思いますか?」
青条の話はただ朝の一コマの筈なのにやたら情報量が多かった。どう思うかと聞かれてもそう一言で表せるような感想が出てこない。
「あー、やっぱりそのミカド?さんがこの蝶を作ったって説が濃厚じゃないか?私の発明品を手にしたからには一文路みたいに馬鹿な使い方をするなってことじゃないか?」
「やっぱりそういうことでいいんでしょうかね…。でもそうだとして何故彼女は自分が作った蝶を外に放したりしたんですかね。」
「元々そういうものじゃないか。」
「どういうことですか?」
「一文路が作った寄生虫を駆除するために作ったのなら研究室に閉じ込めておいても意味ないだろ。」
「あー、確かに。ってことは俺、既に誤った使い方をしていた…!?」
「斬られるな。」
「えっ、嫌だ!というか何で斬られるの!?」
「さあ、なんだろうな。1回斬られてみれば分かるんじゃないか?」
「いや、死にますって!」
俺だったら斬られた程度じゃ死なないので試してみる価値はあるなと思った。
「冗談だよ。ちなみに真剣勝負ならちょっと自信があるぜ?」
「え、随分物騒ですね。」
「昔剣術を習っていたからな。伝説の剣豪と呼ばれた人に習ってたんだぜ?弱いはずがない。」
「へ、へぇ…。そんなすごい人に…。」
「何かあったら任せとけ。」
「そもそもあなた魔法みたいなのも使えるでしょう。…俺もっとあなたの冒険の話聞きたいです!」
「いいだろう、ネタは色々あるからな。」
そういいつつ俺の年齢がバレないように部分部分を掻い摘んで話した。それに俺自身の話はボロが出やすいから出来るだけ避けることにした。
蟷螂の斧
あれから数週間が経過したが俺はまだ生きている。どうやら蝶を正しく扱えているようだ。そういったわけで俺は毎日御門さんに様子を観察されているのだが気分は良くない。一般的な男子生徒ならクラスの女子に見つめられているというシチュエーションを喜ぶのだろうけれど、彼女の場合憧れや恋情ではなく完全に監視の目で俺を見てくるうえ、そもそも俺はどういうわけか女という存在が苦手である。俺もそろそろストレスの限界だったのか、妙な思いつきで逆に彼女のことを観察してやることにした。ちょっとした腹いせなのかもしれない。
放課後、すぐさま研究室あたりに向かうと思っていたが意外なことに御門さんは街の方へ向かった。一応年頃の女子だ、街へ遊びに行くことくらいするのだろう。いや、違うな。彼女の場合おそらく資料などを調達しに行くのだろう。俺はひっそりと後をつける。
人が多くなってくると彼女はあたりをキョロキョロと見渡し始めた。誰かを探しているのだろうか。すると何かを見つけたのか突然彼女の表情が険しくなったかと思うと1人の男の方へ早足で向かって行き、次の瞬間―
鈍い音を立てて男が倒れた。俺には正直何が起きているのかわからなかった。よく見るとその男の耳は無かった。だが耳を切られただけで人は倒れないだろうし、切り口からは一切血が出ていなかった。そしてそのすぐ近くには例の寄生虫の死骸が転がっていた。男の生死を確認しようとしたその時、また何かが倒れたような鈍い音がした。音がした方を見ると倒れた人の近くには御門さんがいた。やはり“ぶった斬る”とはそういうことだったのだろう。だが今ここで倒れている彼らが一体何をしたというのだろうか。そして何故誰も倒れている人たちに目をやらないのだろうか。
倒れている人を放っておくのはどうなのかと良心が責め立てる。だがそれよりも今は彼女の後をつけるのが先だ。いかにして一瞬で大人の男を“斬った”のか。それを確かめないわけにはいかなかった。
だが彼女は思いもよらぬ方法で人を“斬って”いた。観察力だけが取り柄の俺はすぐさま御門さんを視界に捉えた。俺の目に映ったのは三人目が倒れる姿、そして…巨大な蟷螂の斧だった。
…思わず逃げてきてしまったから三人目がどうなったかはわからない。だが彼女は道行く人々を無差別に殺すわけではなく(俺には実際相手が死んだかまではわからない。殺した、というのは推測に過ぎない)、ターゲットを特定の人物に限定しているようだ。だとして一体ターゲットとなる条件はなんだろう。俺のケースと同様自らが作った人工生命体を各所にばら撒き、使用方法を誤ったものを処分する、といったテストのようなことでもしているのだろうか。しかしそんな行為になんの意味があるのだろうか。いや、考えても仕方ないことだ。それを知るには危険を冒してでも彼女の行動を観察し続ける必要があるだろう。…なんだか俺、ストーカーみたいだな。
「青条、昨日何があった。」
翌朝当然麝香に話しかけられた。
「えっ!?いや、何も?むしろ麝香は何か見たのかい?」
まさか人をつけて人につけられるとは。俺も迂闊だった…いや、単純に麝香も偶然街にいただけかもしれない。
「見た?俺が?何かを?…そっか青条は何かを見たのかぁ。」
「え、待ってどういうこと?」
まさか麝香は街にはいなかった…?
「いや、青条の様子がちょっと変だったかなって。1年くらい会ってなかったし気のせいかと思ったけど…何かあったんだね。」
「しまった…。」
「なあに?俺には言えないこと?…うーん、腹を割って話せる仲では無かったのか。」
「は、はは…。」
思い違いなら良いが“腹を割る”という言葉を発した時だけ声の圧が増した気がした。更には麝香の隠れた右目の眼光が若干鋭くなったような…。
「まあ昨日の今日で頭がぐちゃぐちゃなんだね。いいよ、何かあったらいつでも言ってね。」
まただ。今度は“頭がぐちゃぐちゃ”というあたりで。
「な、なあ、麝香。お前の研究テーマってなんだっけ…?」
「ん?言ってたかったっけ。俺の研究テーマは遺伝子操作だよ。」
「い、遺伝子操作?そんなことやっていいのか?」
「ここならある程度自由があるからね。突然変異種とかも作れて楽しいよ。」
「そ、そっか。」
だがいくら研究のためとはいえ遺伝子組み換えによって新たな生き物まで作り出してしまうのはまずいのではないだろうか。…生き物を…作り出す…?
「っ、麝香まさか、お前…!」
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ。遅刻しちゃうからね。」
「…あ、ああ。」
「ばいばい。…またお話聞かせてね。」
白城先輩に言われた通り俺は蝶たちを学校に連れていくことにした。連れていくと言うよりは勝手についてきていると言った方が良いのかもしれないが。
目立たないというわけではなかったが特別目立つわけでもなかった。生物学の研究の促進といった生態研究科が掲げる目標のもと基本的に学校に生き物を連れてくるのは禁止されていなかった。さらに授業中教室内を動き回らないようにするといった条件で教室に入れることまでできたのだから驚きだ。そういうわけで時折生き物を連れてくる生徒はいたらしい(俺は見たことはないが)。
「青条。」
突如背後から声をかけられた。声の主は俺の親友である(少なくとも俺が学校に行っていた時はそうだった)麝香憲嗣だ。長身だが猫背気味で海藻のように揺らめく髪に隠れた目が不気味に光る。その様相でかつぼそぼそとはっきりしない口調で話しかけられれば誰だって鳥肌がたつ。毎日会っていた時期の俺でさえ鳥肌がたっていたのだから久しぶりに会った時なんかは言うまでもない。
「どこへ行ってたの。俺、青条まで死んだかと思った。」
青条“まで”というのは彼は数年前最愛の妹を事故で亡くしているのだ。
「はは、まさか。色々物騒だったから外に出なかっただけだよ。」
「物騒?」
「物騒じゃないか。例の寄生虫騒ぎからずっと。寄生虫自体の脅威だけじゃなく暴力沙汰も急増したし。」
「そうだったかな。俺周りのことには興味が無いからわからないや。」
あれは周りへの興味の有無の範囲を超えているのではないだろうか。
「ってことはお前は特に事件に巻き込まれたりとかはしてないってことか。良かった。」
「ふふ、心配しないで。俺は平和で楽しい毎日を過ごしているよ。」
至って普通の対応のはずなのに麝香の場合不気味で何か裏がありそうにも思える。いや、人を見かけで判断してはいけない。
麝香とは別のクラスだったので廊下で別れることになった。シャツの襟に入っているラインの色を見ればクラスは容易にわかる。一応高校進学時に申請した研究対象の生物によってクラスが分けられている。微生物が好きな長崎はかつて一文路先輩が所属していた赤ラインのクラス。俺は昆虫と水生生物選択者の青ラインクラス(別にこれといって研究テーマが決まっているわけではないが昆虫や魚類が好きだったからここを選んだのだ)。麝香は…確か緑だったな。黄色が植物選択、紫が人体・医学選択だという話は聞いているが緑が何のクラスかは知らない。そういえば麝香との付き合いはそれなりに長いが彼が好きなものとかはよく分かってない。果たして妹さん以外で彼に好きなものはあったのだろうか。
そんなことを考えながら教室に入った途端、俺は白衣の少女に壁ドンされていた。
「あ、あの、どちら様でしょうか…。」
当然のことながらクラスメイトの視線が集中している。朝から面倒なことに巻き込まれたようだ。
「お前がアオスジだな。」
「えっ、はい?いや、俺の名前はセイジョウですが…。」
「そんなことはどうでもいい。突如蝶を連れてきて何のつもりだ。」
一応クラスメイトとはいえ会話もしたことがないような人間に彼女はなんて失礼な態度をとるのだろうか。
「べ、別に籠に閉じ込めておくのも可哀想だな、と思っただけだよ。大人しいしきっと迷惑はかけないよ。」
「迷惑とか、そういうのはどうでもいい。…だが何か考えがあるというわけでも無さそうだな。…いいか、その蝶の使い方を誤ればお前諸共ぶった斬る。」
「えっ、は、はあ…。」
よく分からない捨て台詞を吐いて彼女は去っていった。
とりあえず席についた俺に隣の席のやつが話しかけてきた。
「お前、朝から災難だったな。」
「ま、まあね。だいぶ注目されていたのはちょっと嫌だったな。」
「御門さんは正直よく分からない人だってみんな避けてるから。なんか怖いし。」
…御門というのか。同じクラスだが全く彼女の存在を把握していなかった。だが彼女とはあまり関わりを持たない方が良さそうだ。
「御門さん、蝶が嫌いなのかな…?」
「は?蝶?」
「俺がいきなり蝶を連れてきたから怒ったのかなって。」
「あー、そういえばなんでいきなり蝶なんて連れてきたんだよ。」
「ほら、見ての通りちょっと特殊な蝶だろ?何か害がないか心配で外に出せなかったんだ。でもとりあえず観察する限り何も無さそうだったから、外に出してあげたんだ。」
「なるほどー。」
「あっでも、御門さん、蝶の使い方に気をつけろって言ってた。どういう意味なんだろ。」
「使い方?昆虫の使い方ってなんだよ。やっぱ意味わかんないやつだな。」
「ね。」
蝶の“使い方”という表現をしたということは恐らく彼女はこの蝶が普通の蝶ではないということを知っているのだろう。何故知っている?どこでそれを知った?俺がこの蝶の話をしたのは白城先輩だけだし、俺は今日初めて蝶を連れて外に出た(白城先輩はつい数日前蝶を外に連れ出していたが)。そもそも彼女の言っていた“ぶった斬る”という表現も妙だ。ここは現代であって古代人のように敵を刃物で斬り捨てるのが日常茶飯事な社会に俺たちは住んでいるわけではない。何故か教室で白衣を着ていたわけだし、まさか彼女は研究者であの蝶は彼女自身が作った人工生命体なのでは…。いや、流石に考えすぎか。
「…ということなんですよ、どう思いますか?」
青条の話はただ朝の一コマの筈なのにやたら情報量が多かった。どう思うかと聞かれてもそう一言で表せるような感想が出てこない。
「あー、やっぱりそのミカド?さんがこの蝶を作ったって説が濃厚じゃないか?私の発明品を手にしたからには一文路みたいに馬鹿な使い方をするなってことじゃないか?」
「やっぱりそういうことでいいんでしょうかね…。でもそうだとして何故彼女は自分が作った蝶を外に放したりしたんですかね。」
「元々そういうものじゃないか。」
「どういうことですか?」
「一文路が作った寄生虫を駆除するために作ったのなら研究室に閉じ込めておいても意味ないだろ。」
「あー、確かに。ってことは俺、既に誤った使い方をしていた…!?」
「斬られるな。」
「えっ、嫌だ!というか何で斬られるの!?」
「さあ、なんだろうな。1回斬られてみれば分かるんじゃないか?」
「いや、死にますって!」
俺だったら斬られた程度じゃ死なないので試してみる価値はあるなと思った。
「冗談だよ。ちなみに真剣勝負ならちょっと自信があるぜ?」
「え、随分物騒ですね。」
「昔剣術を習っていたからな。伝説の剣豪と呼ばれた人に習ってたんだぜ?弱いはずがない。」
「へ、へぇ…。そんなすごい人に…。」
「何かあったら任せとけ。」
「そもそもあなた魔法みたいなのも使えるでしょう。…俺もっとあなたの冒険の話聞きたいです!」
「いいだろう、ネタは色々あるからな。」
そういいつつ俺の年齢がバレないように部分部分を掻い摘んで話した。それに俺自身の話はボロが出やすいから出来るだけ避けることにした。
蟷螂の斧
あれから数週間が経過したが俺はまだ生きている。どうやら蝶を正しく扱えているようだ。そういったわけで俺は毎日御門さんに様子を観察されているのだが気分は良くない。一般的な男子生徒ならクラスの女子に見つめられているというシチュエーションを喜ぶのだろうけれど、彼女の場合憧れや恋情ではなく完全に監視の目で俺を見てくるうえ、そもそも俺はどういうわけか女という存在が苦手である。俺もそろそろストレスの限界だったのか、妙な思いつきで逆に彼女のことを観察してやることにした。ちょっとした腹いせなのかもしれない。
放課後、すぐさま研究室あたりに向かうと思っていたが意外なことに御門さんは街の方へ向かった。一応年頃の女子だ、街へ遊びに行くことくらいするのだろう。いや、違うな。彼女の場合おそらく資料などを調達しに行くのだろう。俺はひっそりと後をつける。
人が多くなってくると彼女はあたりをキョロキョロと見渡し始めた。誰かを探しているのだろうか。すると何かを見つけたのか突然彼女の表情が険しくなったかと思うと1人の男の方へ早足で向かって行き、次の瞬間―
鈍い音を立てて男が倒れた。俺には正直何が起きているのかわからなかった。よく見るとその男の耳は無かった。だが耳を切られただけで人は倒れないだろうし、切り口からは一切血が出ていなかった。そしてそのすぐ近くには例の寄生虫の死骸が転がっていた。男の生死を確認しようとしたその時、また何かが倒れたような鈍い音がした。音がした方を見ると倒れた人の近くには御門さんがいた。やはり“ぶった斬る”とはそういうことだったのだろう。だが今ここで倒れている彼らが一体何をしたというのだろうか。そして何故誰も倒れている人たちに目をやらないのだろうか。
倒れている人を放っておくのはどうなのかと良心が責め立てる。だがそれよりも今は彼女の後をつけるのが先だ。いかにして一瞬で大人の男を“斬った”のか。それを確かめないわけにはいかなかった。
だが彼女は思いもよらぬ方法で人を“斬って”いた。観察力だけが取り柄の俺はすぐさま御門さんを視界に捉えた。俺の目に映ったのは三人目が倒れる姿、そして…巨大な蟷螂の斧だった。
…思わず逃げてきてしまったから三人目がどうなったかはわからない。だが彼女は道行く人々を無差別に殺すわけではなく(俺には実際相手が死んだかまではわからない。殺した、というのは推測に過ぎない)、ターゲットを特定の人物に限定しているようだ。だとして一体ターゲットとなる条件はなんだろう。俺のケースと同様自らが作った人工生命体を各所にばら撒き、使用方法を誤ったものを処分する、といったテストのようなことでもしているのだろうか。しかしそんな行為になんの意味があるのだろうか。いや、考えても仕方ないことだ。それを知るには危険を冒してでも彼女の行動を観察し続ける必要があるだろう。…なんだか俺、ストーカーみたいだな。
「青条、昨日何があった。」
翌朝当然麝香に話しかけられた。
「えっ!?いや、何も?むしろ麝香は何か見たのかい?」
まさか人をつけて人につけられるとは。俺も迂闊だった…いや、単純に麝香も偶然街にいただけかもしれない。
「見た?俺が?何かを?…そっか青条は何かを見たのかぁ。」
「え、待ってどういうこと?」
まさか麝香は街にはいなかった…?
「いや、青条の様子がちょっと変だったかなって。1年くらい会ってなかったし気のせいかと思ったけど…何かあったんだね。」
「しまった…。」
「なあに?俺には言えないこと?…うーん、腹を割って話せる仲では無かったのか。」
「は、はは…。」
思い違いなら良いが“腹を割る”という言葉を発した時だけ声の圧が増した気がした。更には麝香の隠れた右目の眼光が若干鋭くなったような…。
「まあ昨日の今日で頭がぐちゃぐちゃなんだね。いいよ、何かあったらいつでも言ってね。」
まただ。今度は“頭がぐちゃぐちゃ”というあたりで。
「な、なあ、麝香。お前の研究テーマってなんだっけ…?」
「ん?言ってたかったっけ。俺の研究テーマは遺伝子操作だよ。」
「い、遺伝子操作?そんなことやっていいのか?」
「ここならある程度自由があるからね。突然変異種とかも作れて楽しいよ。」
「そ、そっか。」
だがいくら研究のためとはいえ遺伝子組み換えによって新たな生き物まで作り出してしまうのはまずいのではないだろうか。…生き物を…作り出す…?
「っ、麝香まさか、お前…!」
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ。遅刻しちゃうからね。」
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https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
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