蝶、燃ゆ(千年放浪記-本編5下)

しらき

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それぞれの思惑

孤高の蟲・人魚と蟷螂

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孤高の蟲
 最近御門さんの監視が緩くなったような気がする。おそらく俺が長崎の所に頻繁に通い始めたあたりからだろう。何故かはわからないけれどとにかく解放されたようで気分はいい。
 ―と思っていたのに…。
「アオスジ、お前も一文路を支持するのか。」
「…はい?そもそも俺の名前はせいじょ…」
「やはりお前には死んでもらうしかない。この蝶はお前なんかのために作られたものじゃない!」
御門さんは右手を振り上げた。この動きは先日大人数人を倒したあれだ…!こんなところで俺は死ぬのか…
「御門、だめ。」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと何かに引っ張られたように御門さんは後ろに倒れ込んだ。
「じゃ、麝香…!なんで…」
「思い出した。青条は寄生虫が嫌で部屋にこもっていたんだよね。心から一文路先輩を支持しているわけがない。きっと青条は優しいから長崎に言われて断れなかったんだよね。」
「おい、麝香っ、離せっ!」
麝香は暴れる御門さんを軽々と抑える。
「だめだよ。君に青条は殺させない。そう簡単に失うわけにはいかないんだ。」
「こいつが一文路に賛同していないなんて信じられるか!こんなやつに蝶を預けておいたらロクなことが起きない!」
「蝶…?」
「っ、しまった…」
「蝶って青条が連れてるアオスジアゲハのこと?」
「そうそう。麝香には言ってなかったけどその蝶には―」
「待て、言うな!」
「なに、御門俺のこと警戒してる?大丈夫だよ俺一文路先輩には全く興味無いから。」
「…そう。なら…。」
やけにあっさりと御門さんは蝶について話した。そもそも2人が知り合いだったことに驚きだが。
「ふーん。だから青条は外に出始めたのか。でもその蝶にそんな能力があるならスパイとしても都合がいいんじゃない?」
「…スパイ?」
「はは、やっぱり麝香は俺の考えに気付いていたんだね。今まで何もわからないまま隠れてただけだったから情報を集めようと思ったんだ。まあ、実際はクラスの友達に誘われて断れなかっただけなんだけど。」
「…ふん、なら仕方ない。おいアオスジ、命拾いしたな。」
そう言い放つと御門さんは去っていった。しかし何故彼女は俺の名前を覚えてくれないのだろう。
「それにしても麝香、御門さんと知り合いだったんだな。」
「まあね。中学の時同じクラスだったことがあるから。相変わらず孤高の人のようだね。」
「お前もなかなか人のこと言えないと思うけどな。」
「でも確か彼女には…」
「ん?」
「いや、何でもない。」

 「…それにしてもまだ直也さんの居場所は掴めないのか!」
この“一文路恢復の会”には情報収集のプロも招いたはずだった。デジタル面、アナログ面双方から攻めているはずなのに未だ直也さんの居所は掴めない。早くお会いして俺が直也さんを守らねばならないというのに。
「情報はあるんだ。だがあまりにもガセネタが多過ぎて…。」
「これならむしろ情報が無い方がマシだ。」
「確かに一文路先輩は偉大な方だが何故長崎はそこまで彼を見つけ出すことにこだわるんだ?」
「まず一つとしては直也さんをお守りすること。そしてゆくゆくは直也さんの復活を…!」
「だが一文路先輩は件の寄生虫騒ぎで相当心に傷を負っている。そう簡単に研究活動を再開して下さるとは思えないが…。」
「それは俺もわかっている。だが俺たちで直也さんの傷を癒すんだ。そして直也さんの研究がいかに偉大か申し上げることできっと直也さんも自信を取り戻して下さることだろう!」
「なるほど、お前の意志は相当なものだな。だとしたらアレを使うか。」
「アレ、とは?」
「俺のペットさ。」
「お前のペット…?」
「嗅覚をちょっとばかりいじった犬だよ。そいつに発信機を付ければ先輩の場所がわかるだろ。何かしら先輩のにおいがついたものがあればいいんだが…。」
まさか行方不明の直也さんをこんな広大な理研特区の中から犬の嗅覚だけを頼りに探し出そうというのか。普通に考えれば馬鹿げている。だがここは理科研究特別地区生態研究科…とんでもない研究をしている者もいたもんだ。そしてそんな切り札があるなら何故もっと早く使わないのだ。
「直也さんのにおい…?そんな行方不明の人物を探すのに本人のにおいなんて…。」
そうだ。そもそも直也さんは一年前に失踪したのだ。私物だって見つかるはずないだろう。
「…まずはそちらを探すことにするか。僅かでもにおいが分かればなんとかなるはずだ。」

 一文路直也の捜索が一歩進んだかと思いきやまた泥沼化したようだ。そもそも彼の私物が見つかるようなら本人も見つかるのではないだろうか。
「青条、最近どう…?」
「麝香。どうって何が?」
「長崎が立ち上げた変な団体にまだ所属しているんでしょ?大丈夫?何か危険なことはない?」
「あはは、大丈夫だよ。何もないない。ただ一文路直也の手掛かりを掴むにはまだまだ時間がかかりそう。」
「結構人を集めているのにね。」
「なんか一文路の私物が見つかればなんとかなるとか…」
「…話は聞かせてもらった。一文路直也の私物ならある。」
「御門さん!?いつから聞いてたの!?」
「麝香の『青条、最近どう…?』からだ。」
「それ、最初からじゃ…」
「先日一文路直也の白衣を見かけた。場所は…我が家だ。」

人魚と蟷螂
 しかしいくら一文路直也の私物を取りに行くためとはいえ何故俺は女子の家に向かっているのだろうか。そして麝香は何故俺が女嫌いだとわかったうえで俺の代わりに取りに行くなどせず付き添いとして来ているのだろう。そもそも何故御門さんは翌日一文路の私物を持ってくるという選択を取らなかったのだろう。もっと根本的な話として何故一文路直也の白衣が御門さんの家にあるのだろうか。だがそんな疑問は彼女の家に着いた瞬間吹き飛んだ。
「こ、ここは…」
「ここが私の家だ。」
「いや、ここって生態研究科本部の…」
「…そっか、青条は知らないよね。御門の父親は生態研究科本部のトップだよ。」
「えっ!?」
「ここは資料室兼研究者寮兼御門家だ。一文路直也もここを出入りしていた。」
「なるほど…だから私物があるのか…。」
「さあ、中へ。一文路の白衣は瑞希さんの部屋にある。」
「瑞希さん…?」
「アオスジ、お前…瑞希さんを知らないのか?…これだから一般人は…。」
御門さんの言う一般人の基準がよくわからないがとりあえず馬鹿にされているのは確かである。それにしても建物の中も家というよりは施設である。
「杉谷瑞希さんは高校2年生にして本部の研究員に選抜された史上最高レベルの超エリートだ。専門とするのは魚類の研究だが工学も得意で様々な機械を発明している。」
「そんなすごい人が…」
「ほら、ここが瑞希さんの部屋だ。待ってろ、一文路の白衣を取ってくる。」
「あ、待って。この手袋をして。」
「手袋…?何故?」
「一文路以外のにおいが付着するとまずいんだ。」
「…?まあいい。とりあえずこれを着ければいいんだな。」
とりあえず一文路直也の私物を得ることはできた。白衣なら彼のにおいが残っているかもしれないので都合がいい。しかし、いくら御門さんの親がここのお偉いさんだとして勝手に人の部屋に立ち入ってもいいのだろうか。
「杉谷先輩の部屋、そのままなのか…。」
「そのまま…?麝香、どういうこと?」
「確か杉谷先輩は去年亡くなった…」
「えっ!?すごい人だったのに…!?」
「死体は見つかってないけど最後の目撃情報が海岸であることから海に飛び込んで自殺した説が有力らしいよ。まだまだこれからって時期だったのにねぇ。」
「おい、持ってきたぞ。ほら、これが一文路の白衣だ。」
「あ、ありがとう。…ねえ、御門さん。ひとついいかな。」
「…なんだ。」
「御門さんはその、杉谷先輩のことを尊敬していたの?」
「…もちろんだ。お前にはわからないほどな。」

 「一文路先輩の白衣だ。これなら多少においが残っているのではないか?」
俺が一文路の白衣を持っていくと組織の奴らは目を輝かせた。
「よくやった!これなら…!」
「青条、お前意外と使えるな。」
「さすが長崎会長の親友だ!」
一文路直也の白衣を持ってきた、たったそれだけのことだったがすぐに人に囲まれた。一文路直也に一歩近付いただけで彼らには大きな喜びなのだろう。だが俺も一文路直也という人間に会ってみたいとは思う。
「いやあ、青条も直也さんの復活を楽しみにしているんだな!お前、静かだからわかんないんだよ!」
「は、はは…。そうだね…。」
…わからないのはこっちの方だ。長崎に裏があるようには見えない。彼は純粋に一文路直也を尊敬し、応援しているようにしか見えない。誰かを慕うことは悪いことではないはずだ。だとしたらおかしいのは長崎たちではなく俺の方なのだろうか…。

 「…そんなわけないだろ。」
「…そ、そうでしょうか…?」
「スパイのお前が流されてどうする。確かに長崎に悪意はないのかもしれない。だからといって一文路直也のやったことを許すのは違うのではないか?」
「そ、そうですよね…。」
「それにしても何故杉谷瑞希の部屋に一文路の白衣があったのだろうか…。」
「さ、さあ…。俺にはさっぱり…。」
確かに一文路直也と杉谷瑞希は仲が良かった。だが寄生虫の騒ぎ以降杉谷瑞希はほとんど人に会おうとしなかったようだった。それはもちろん親友の一文路直也も例外ではなかった。杉谷の部屋が当時のままであったのは御門という少女が関係するのだろうが何故彼女は杉谷の部屋をそのままにしておいたのだろうか。そもそも何故杉谷はあの時海に身を投げたのだろうか…。
「せ、先輩…?」
「ああ、お前の話を踏まえて色々考えていただけだ。」
「そうですか…。その…俺はずっと1人で閉じこもっていたからあの寄生虫騒ぎで何があったか全然わからないし…そんな俺が深く干渉していいものなんでしょうか…。」
「知らなくたっていいんだよ。お前は一文路や長崎が間違っていると思うから行動しているんだろ。ならそれでいいじゃないか。…まあ外に出て現実を見ろと言ったのは俺だが。」
「…あなたがそう言うなら…。」
また俺は偉そうにものを語ってしまったようだ。だが今回の場合、ただ一文路直也が騒ぎを起こしただけでは済まされない。様々な裏事情が存在しているように思える。果たして青条は事の真相にたどり着くことが出来るのだろうか。そしてそれに耐えうる強さを持っているのだろうか…。

まさか青条が直也さんを見つけるための重大な手がかりを見つけてくるとは。俺の計画に対して消極的だと思われたがここに来て展開が変わってきた。
「長崎、一文路先輩の居場所がわかりそうだ。」
「本当か!?…ああ、ついに…ついに俺はあの人と会えるのか…!ふふ、ふふふ、ふははははははっ!」
「なんという狂人の顔。憧れの人に会える喜びってこんなんだっけか。」
「ああ、そうだよ。そういうもんさ。俺はあの人にお会いするのが死ぬほど待ち遠しかった!狂おしいほど嬉しいに決まっている!」
「…こいつは…なかなかの狂人だ…。」
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