蝶、燃ゆ(千年放浪記-本編5下)

しらき

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理研特区の

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理研特区の
 あれから数週間経ったがそれなりに街の機能は復活している。非常時への対処もしっかりと計画されているのだろう。しかしそろそろ一年経ってしまう。さすがにこれ以上ここに留まるのは良くないだろう。
「やあ、あなたはまた旅に出るのか?」
「ホルニッセか。…そうだな、ここには長居し過ぎた。」
「そうか。俺もそろそろ母国に帰ろうと思うのだがどうだ、道中を共にするのは。」
「生憎だが、それはお断りしよう。ちょっと寄るところがあるし、何より何故自分を切りつけてきやがったやつと旅をしなければならないのだ。」
「ふっ、それもそうだな。」
「そういえば目的は果たせたのか?」
「いや、さすがに科学技術を頼っても不老不死になるのは無理そうだ。別の方法をあたる。」
「諦めはしないのな。」
「ああ。俺は剣崎雄より先に死ねない。」
「ふーん。せいぜい頑張ってくれ。」
「何故応援するんだ。」
「別に俺はあいつの友達とかそういうのではないからだよ。目の前で死なれても困るからノリで助けたんだよ。」
「…そうなのか。では俺は数日後には旅立つ。まあヴァッフェルに来ればまた会えるだろう。」
「おうよ。達者でな。」
ホルニッセの故郷、ヴァッフェル王国。ここからさほど遠くないところにあるがあそこは魔法使いの国だ。別に理研特区の科学技術に頼らずとも魔法に頼れば不老不死くらい容易いのではなかろうか。いや、さすがにいくら魔法でもこんなチートはできないのだろうな。
 ホルニッセの姿が見えなくなった。ふと考える。そういえば俺は青条のところに何かひとつでも私物を置いてきただろうか。食べなくても生きていける俺は食事や金の心配は無いし、垢も出ないから着替えの心配も無い。荷物なんて必要ないのだ。ならば今すぐにでもこの地を去ることはできるのではないか。もう少しここの復興を見ていたい気もするがあまり長居をしてはボロが出てしまうかもしれない。そうだ、あの場所に寄ってさっさとここから立ち去ろう。…待てよ、青条はどうする。彼に何も言わず姿を消すつもりか、俺は。だがあいつはいきなりここを去ると言って素直にわかりました、と言うやつだったか。旅立ちの妨げになるのも困りものだ。何度旅してもその地を去る瞬間は慣れないものだ。…決めた。やはり何も言わずにここを去ろう。俺も非情な人間になったものか、いや青条に対して罪悪感を抱くあたりまだまだ俺にもまともな心があると言ったところだろうか。

 理研特区生態研究科から少し離れたところ、具体的には生態研究科本部から徒歩で1時間くらいの場所にある丘。西側には先程までいた生態研究科の街が、東側には電子工学研究科の街が見える。100年前ここで俺は剣崎雄と電子工学研究科が誇る大戦艦を眺めた。そしてここに木製の慰霊碑を作ったのだ。あの時たくさんの未来ある若者の命が失われたが今ここから見える電子工学研究科は見違えるほど発展しているようだ。確か当時は生態研究科と死ぬほど仲が悪かったらしいが今はどうなのだろう。もし彼らが生きていれば街はまた全然違う姿になっていたのだろうか。タラレバで語るのは俺の悪い癖だがまだ残っていた木製の慰霊碑を見て色々想像してしまう。
 「あー!やっと見つけた!」
俺はその声に驚いた。
「青条!?なんでこんなところに…!」
「朝からいないから探したんですよ!まさか俺に内緒でここを出ていくつもりだったとか!?」
「よくわかったな。」
「よくわかったな、じゃないですよ!そんな…いきなりいなくなるなんて…。」
「別にお前に報告する義理もないだろ。」
「それは…。」
さすがに我ながら非情だっただろうか。だがこれくらいが良い。何故なら俺たちはただの他人だからだ。
「それにいきなりここを出ていくって言ったところでお前は聞かないだろ。」
「さすがにそんなことはしませんよ。というか止めたところで意味はないでしょう。」
「こりゃ意外だ。」
「もしかして必死に引き止めて欲しかったんですか?」
「いや、それはそれで旅立ちにくくなる。」
「なら良いじゃないですか。俺はきちんと割り切るタイプなんですよ。」
「ほーん。そうか。」
「まあでも最後に何か一言残して欲しいとは思いますね。」
最後に一言だと…。なかなか難しい要求だ。
「そうだな…出来ればここでお前に会いたくなかったと思わせるような難題だが…えーと、…そうだ。そこに慰霊碑があるだろう。」
「え、その木でできた古い…?」
「そうそう。それの一番最初にある名前。」
「一番最初…?“ 須藤”さんですか?」
「ああ。その人も一文路の一族と戦った勇敢な人物だ。」
「へー。って最後の言葉はそれですか!?」
「そうだが。」
「何故昔の人の話を!?しかもなんでその人のこと知ってるんですか!?」
「理研特区の偉人について調べた。」
「偉人を見習えってことですか?随分月並みな…。」
「それしか思いつかなかったんだよ!俺に大喜利のセンスを問うな!」
「へへ、勝手にいなくなろうとした罰です。…では。」
「ああ。…気が向いたらまたここに来るかもな。」
 珍しく過去の話をしてしまった。たぶん見違えるほど発展した電子工学研究科の街を見て彼らが忘れ去られてしまうことを恐れたのだろう。須藤は“ 歴史”だ。だが俺にとっては彼は未だ青条たちと同じように“ 現在”であり、同時に青条たちもいつか“ 歴史”になるのだろう。
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