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これはただのストレッチですよ?

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 いよいよ大会当日。
 今回の大会は全国に繋がるような大会ではない。だが、その前大会ということで、気合を入れている者もいる。
 それは、各々が持つ自信の差なのかもしれない。


 会場に着いた俺達は部員や保護者が使うテントの設営を終えた。
 一休憩しようとしていると、隣に居る愛海の異変に気付いた。

「おいおい、緊張してんの?」
「うん、心臓が飛び出しそう」
「じゃあ、一緒にストレッチでもするか」
「え、でもいいの? もうアップの時間始まってるよね」
「あー、あれよ。アップ時間は一時間ぐらいもあるのに、時間いっぱいに泳いでたら疲れるだろ?」
「たしかに」

 人通りのない裏通路にストレッチマットを敷いて、二人でストレッチを開始。

「はい、息を吸って、伸ばす時に吐いてー」

 愛海は言われるままに呼吸をする。

「そうそう、そんな感じ。あ、せっかくだし、俺が押すよ」
「え、いいっていいって!」
「まあまあ、この際だし遠慮すんなって」
「じゃあ、お願い……」

 俺が背後に回るなり、髪をかき分け背中を差し出された。
 そんな些細な仕草を目線で追ってしまった。
 今更ながら、俺から愛海に触れるなんて初めてのことで、ここに来てドクンドクンと心臓が跳ね始めた。

「ちょっと、押してくれるんでしょ……は、早く押してよ」
「お、おう」

 今になってそんな反応されると俺だって緊張しちゃうだろ。
 それに、こいつの背中ってこんなに小さかったんだな。
 これが女子の……背中なんだな……。
 下心は無い。そうだ、これはストレッチなんだ。

 意を決した俺は力加減に困惑しつつも触れることができた。
 男の筋肉質の背中とは違い、筋肉を感じつつも耳たぶのような柔らかさを感じる。
 後でビンタでもお見舞いされるのではないかと若干怯えつつも、背中や腕を押し抑えた。


 ストレッチを初めて十分程度経った。
 様々なストレッチを経て、愛海の表情が開始前より晴々している。

「んーっ! 凄いね。なんか、色んな疲れも一緒に吹き飛んだ感じがする」
「だろ? てか思った以上に体が硬いのがちょっと意外だったな」
「やっぱり、こういうのって大事なのかな? 部活では、なあなあでやってて、家では全くやってないんだよね」
「そんな感じはしたけど、まあ結構大事だよ」
「じゃあ、さ。今度家に来て教えてよ」

 ん、今俺は何かと聞き間違えたか? 愛海がそんなこと言うわけないよな。

「今なんて」
「だーかーら、今度私の家に来て、色々と教えてよって言ったのー」
「俺は別に良いけど……その、良いのか?」
「直輝が私の家に来たって別に良いじゃない、逆に何か問題でもあるの?」
「いいえ、ありません」
「じゃあ、来週の金曜日とかどう? ついでにお泊り会とかどうかな!」
「いやお泊り――」
「じゃあ決定! あーっ、来週が楽しみ~」

 こちらの意見は耳に入れる気が無いらしい。
 半強制に決まったにしろ、初めて女子の部屋に入るということに、緊張の色は隠せない。
 動揺のせいで、愛海の最後に発した言葉の意味を考えることはできなかった。

 諸々終えた俺達は、準備を整えプールへ向かうのだった。
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