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第五章

第44話『もしも、俺達だけじゃなかったら』

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「おい、この村はいったいどうなってんだよ……」

 冒険者の男がそう呟き、右側にいる男二人は固唾を飲んで目線を合わせる。
 急ぎの旅であったため、三人の冒険者は詳細の説明を受けていなかった。
 アルマ達も、片道だけの付き合いであり、村の動向が気になりすぎて説明するという配慮まで行き着けなかったというのもある。

「見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。報酬金をお持ちいたしますので、少々お待ちください」

 アルマは冒険者達に不信感を抱かせないためバルドをこの場に残し、屋敷へと急ぎ向かった。

「お三方、先の依頼ではお世話になりました」

 バルドは両手を脇に揃え、深々と頭を下げる。
 なんせ、その冒険者達はカナト達と一緒にアルマ達をバネッサへと送り届けたメンバーだったからだ。
 帰りの依頼を受けたのは偶然の組み合わせだったものの、道を知っていたからこそ説明が要らず、距離感を知っているからこそ馬を用意し、圧倒的な時短を計ることができたのだ。

「バルドさん、頭を上げてください。俺達だって、依頼を受けたにもかかわらずほとんどあの若人達に任せっきりで、仕事という仕事をほとんどできていなかったんだ。今回はしっかりと依頼をこなしただけですよ」
「そう言っていただけるとこちらの気持ちも楽になります」
「こちらこそごめんなさい。あの時いただいた報酬、あの子達に渡してしまいました」
「お気になさらず。こちらが知らなかったとはいえ、一度手渡したものをどう使おうがそちらの自由です。それに、その選択は間違っていなかったと思いますよ」
「――ありがとうございます」

 互いの心に刺さっていた棘が抜け、ようやく晴れた気持ちになれた。
 後はアルマの到着を待ち、報酬を受けった後に帰るのみ。

 空は生憎の曇りではあるが、森から吹く風は穏やかで、近くに繋いで待機させている馬達も気持ちよさそうに穏やかな顔をしている。

 しかしそんな折、事は起きてしまった。

『ワオォオオオオオオオオオン!』

 全員が体をビクッと跳ね上がらせ、大体の声の方へ振り向く。

「なんだ今のは」
「お三方、これは由々しき事態になってしまいましたぞ」
「なるほど……」

 今までの状況を踏まえ、もはや説明は要らない。

「報酬は、きっとお払いしますので――命大事に、お逃げください」
「……」

 バルドの言う通り、これからこの村が辿る悲劇を考えれば、報酬が支払われる保証なんてどこにもない。
 本来であれば、冒険者の力というのは喉から手が出るほど欲しいところではあるが、バルドは自らより半分も歳を重ねていない彼らに対し情が沸いていた。
 モンスター群の勢力がわからず、しかし力を借りたとしても多勢に無勢となるのは想像するに容易い。
 ならばいっそのこと、共倒れとなってしまうのであれば、その命だけでも助かってほしいと思ってしまうのは致し方がないだろう。
 もしもそれが主であるアルマの意思とは反するものであったとしても。

 その提案を聞き、彼らは互いに目線を交わし合い――そして頷く。

「バルドさん、報酬は上乗せってできるんですか? 馬代とかそういうの」
「ええ。それはもちろんでございます。アルマ様はそこら辺も考慮されてくださっていると思います」
「なら、俺達の考えは決まった」

 こんな時に非常識な、ということを言われても受け入れる姿勢で彼らは問いを投げかけていた。
 バルドも、これで心置きなく彼らを見送ることができ、アルマからの叱りを受け入れる心の準備ができたと思う。

 しかし。

「バルドさん、俺達は残って戦うぜ」
「……今何と?」
「俺達はこの村に残って、戦う。一人でも多くの人を助ける」
「……ありがとうございます」

 バルドは、その好意を拒絶しなければならないとはわかっていながらも、彼らの目を見てわかってしまった。
 この人達は拒絶されたとしても残って戦ってくれる――のだと。

「バルドさん。そうと決まれば即行動だ。あいつらはもう既にあの橋を渡ってきていると思う。この村へ出入りできるのってあの橋だけなんですか?」
「いいえ、反対側にもあります」
「じゃあ一人でも多くの人を逃がしてください。俺達は、ここで少しでも多くのモンスターを倒し、交戦と撤退を繰り替えして時間を稼ぎます」
「……ありがとうございます。絶対に無理をなさらないでください」
「はい。冒険者としての実力を存分に発揮してやりますよ」

 彼らは剣を抜刀し、準備を始める。

『ワオォオオオオオオオオオオン!』
『ガアァ!』

 姿は見えないが、先ほどより距離が縮まってきている。

「さあバルドさん、行ってください!」

 バルドは馬車に急ぎ乗り、鞭で馬の叩き駆け出した。

「見栄を張ってはみたものの、俺達にどれぐらいの仕事が務まるんだろうな」
「そんなのわからないけれど、やるしかないさ」
「そうよ。私達だって冒険者なんだから、力がない人を護るのは当然のことよ」
「ああ、そうだな」

 不安はあれど、正義の心は捨て去らず。
 しかし、死への恐怖は拭えず、各々が武器を握る手には力が入る。

「なんだかな。こういう時だからかもしれないが、あいつらの顔が思い浮かんでくるな」
「同じことを思っていたよ。今頃元気にしてるんじゃないかな」
「そうね。私達より若いのに礼儀なんて覚えちゃって。元気にしてなかったら後で叱りつけてやるんだから」
「もしも、俺達だけじゃなかったら――いや悪い。俺らしくもないな、弱音なんて」
「こういう時ぐらい、良いんじゃない?」
「そうね、こういう時だけだから」

 それぞれ、思う。
 もしも逃げ出したとしても、きっと誰からも責められはしないだろう。
 しかし――思う。

「俺達三人で街に戻って、あいつらに武勇伝でも語ってやろうぜ」
「いいねそれ」
「賛成っ」
「さあ、行くぞ!」
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