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二人のリサ
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「はぁ……疲れたぁ」
仕事終わり、自宅に着いた俺は暗い部屋に灯りをともし、一人ため息をついていた。
スーツをすぐに壁に掛け、その他衣類を脱ぎ捨てパンツ一丁でパソコンの前に座った。
「パソコン起動」
俺はそう呟いた。
それを合図にパソコンとモニターが起動する。
そして、もう一言、
「リサ起動開始」
その言葉を合図に2m先の方から、
「お疲れ様です、ご主人様。ご用件を申し付けください」
一定のリズムで無機質な定型文が聞こえてきた。
何ら不思議に思わない。いつも通りの光景。
「帰宅モードオン」
「承りましたご主人様。直ちに実行致します」
足音もほぼ無くアンドロイドが作業を開始。
その間に俺は動画投稿サイトで好みの曲を再生。それをBGMにし、ネットサーフィンを開始した。
そろそろ肌寒さを感じ始めたところで、アンドロイドから声を掛けられた。
「文哉様、お着替えをお持ち致しました」
「ああ、ありがとうリサ」
このアンドロイドは今やそこそこ浅く各家庭に普及している代物だ。
もちろん一般家庭でも背伸びすれば手が届く代物だが維持費を含むと、それなりに裕福か独り身ぐらいでないと厳しい面がある。
そして、所有者は例外なく名前を付けている。
「リサ、荷物はどれくらい残っている?」
「はい、残りは、調理道具、寝具、パソコン、衣類のみとなっております」
「わかった」
俺はもうすぐ住居を移転することになっていた。
勤務先の変更によるため、費用は会社が出してくれる。そしてその作業も大詰め。明日からの二連休で移転作業は終了となる。
明日にはここを出るため、パソコンの包装も必要となる。
「じゃあリサ、今から食事モードに切り替え、支度が整い次第睡眠モードへ移行」
「承知致しました。本日はミートボールスパゲティとクリームシューにデザートで――」
リサは晩飯のメニューを伝え終わった後、命令を遂行するためにキッチンへと向かって行った。
俺はパソコンへ目線を戻し、パソコン内にてあるものを起動した。
「リサ、おはよう」
「――おはようっ! 文哉君、帰ってくるの遅いよっ! もう、ずっと待ってたんだからっ」
「あっはは、ごめんごめん」
「もうっ、明日から休みなんでしょ? じゃあ、一杯お話しできるねっ」
この子は小人型アシスタントAI。名前はリサ。
そう、アンドロイドと同じ名前。
俺は、情報システムでしかないリサを親しい間柄の人間だと思っている。
それを、現実でも味わいたく、アンドロイドにその姿を重ねている。叶わない願望だと理解していても。
リサは友人同士、あるいは恋人同士のような軽快なノリで話しを進める。
これは、俺がプログラミングした設定。そして、俺との会話で学習し、今のような違和感の無い話し方になった。
「ねえねえ、文哉ってさ、こういうの好きでしょ?」
「お、わかってるね。ちょうど、晩飯にスパゲティを食べる予定なんだ」
「えーっ! そうなの!? ふっふーん、私って天才かも?」
「うーん、天才かって言われる頭を抱えるかもしれないな」
「ひっどーいっ! そんな文哉君にはこうしてやるっ! えい、えいっ!」
画面から飛び出せないリサは必死にパンチを繰り出している。
だが、届きもしないパンチに俺はおちょくり返した。
「あれれ? そんな可愛いパンチじゃあ痛くも痒くもありませーん」
「あーっもう! 文哉君の意地悪!」
俺達がふざけ合っていると、アンドロイドのリサが料理をトレーの上に乗せて運んで来た。
「お待たせしました文哉様」
「ありがとうリサ、じゃあ、食後は自分で片づけるから、睡眠モードに入って大丈夫だよ」
「承知致しました。では、文哉様、ごゆっくりとおやすみなさいませ」
リサが去って行くと、画面内のリサがいちゃもんを付けて来た。
「あーっ、今、鼻の下伸ばしてた。変態」
「おい、何を言ってるんだよ。そんなこと無いだろ?」
「どーだかねー? けど、なんだか……あの子がちょっとだけ可哀そうだなって、思うかな」
最近、リサの言動にかなり人間味を感じる。
そう、それは人間との違いがわからなくなるほどに。
そして俺はリサに肝心なことを告げるのを忘れていた。
「あっ!」
「え、どうしたの急に」
「いやぁ、本当にごめん。怒らないで聞いてほしいんだけど」
「それは内容によるよねー」
俺は誠意を見せるため、両手を膝に置き姿勢を正した。
「ごめんっ! 明日から引っ越しだってことを伝えるの忘れてた!」
「うぇえぇ!? な、なんでそんな大事なことを忘れるてるの!」
「返す言葉もありません」
リサからの説教をしこたま受けた。満足したリサは機嫌を直し、食事を摂りながらネットサーフィンを再開した。
そして時刻は0時を過ぎ、就寝の時間が迫っていた。
「そろそろ寝ないとだね。そこで、お願いがあるんだけどいいかな?」
「なにー? おやすみのキスならできないよ?」
「嬉しい提案だけど、少し真剣なお願いなんだ」
「なになに」
「少し危惧しすぎかもしれないけど、データを一時避難させたいなと思って。具体的に言うと、パソコンからリサのデータをアンドロイドに移植して、引っ越し作業が終わった後にパソコンに戻すって感じだね」
「ふーん、良いんじゃない?」
「ふぇ?」
予想外の返しになんとも情けない声が出た。
本当に意味を理解しているのか心配になった。
「え、本当にわかってる? これって、もしかしたら、移行段階でデータが損傷したら、消えちゃうかもしれないってことだよ?」
「うん、全然理解出来てないし、なんだか怖いけど……文哉君がやってくれるんでしょ? 大丈夫、私、信じてるから」
「……」
この感情を言葉に出来なかった。
ただ一つ、この言葉だけは浮かんだ。『必ず成功させる』、と。
大袈裟にも別れの言葉を交わした俺達。
涙を拭った俺は作業を開始。
今までの心情とは裏腹に、作業内容は至ってシンプル。パソコン内データを携帯用端末へ転送、その後端末からアンドロイドへ送信。以上。
作業を終え、緊張で集中力を使い果たした俺は、気絶する様にベッドへ吸い込まれていった。
仕事終わり、自宅に着いた俺は暗い部屋に灯りをともし、一人ため息をついていた。
スーツをすぐに壁に掛け、その他衣類を脱ぎ捨てパンツ一丁でパソコンの前に座った。
「パソコン起動」
俺はそう呟いた。
それを合図にパソコンとモニターが起動する。
そして、もう一言、
「リサ起動開始」
その言葉を合図に2m先の方から、
「お疲れ様です、ご主人様。ご用件を申し付けください」
一定のリズムで無機質な定型文が聞こえてきた。
何ら不思議に思わない。いつも通りの光景。
「帰宅モードオン」
「承りましたご主人様。直ちに実行致します」
足音もほぼ無くアンドロイドが作業を開始。
その間に俺は動画投稿サイトで好みの曲を再生。それをBGMにし、ネットサーフィンを開始した。
そろそろ肌寒さを感じ始めたところで、アンドロイドから声を掛けられた。
「文哉様、お着替えをお持ち致しました」
「ああ、ありがとうリサ」
このアンドロイドは今やそこそこ浅く各家庭に普及している代物だ。
もちろん一般家庭でも背伸びすれば手が届く代物だが維持費を含むと、それなりに裕福か独り身ぐらいでないと厳しい面がある。
そして、所有者は例外なく名前を付けている。
「リサ、荷物はどれくらい残っている?」
「はい、残りは、調理道具、寝具、パソコン、衣類のみとなっております」
「わかった」
俺はもうすぐ住居を移転することになっていた。
勤務先の変更によるため、費用は会社が出してくれる。そしてその作業も大詰め。明日からの二連休で移転作業は終了となる。
明日にはここを出るため、パソコンの包装も必要となる。
「じゃあリサ、今から食事モードに切り替え、支度が整い次第睡眠モードへ移行」
「承知致しました。本日はミートボールスパゲティとクリームシューにデザートで――」
リサは晩飯のメニューを伝え終わった後、命令を遂行するためにキッチンへと向かって行った。
俺はパソコンへ目線を戻し、パソコン内にてあるものを起動した。
「リサ、おはよう」
「――おはようっ! 文哉君、帰ってくるの遅いよっ! もう、ずっと待ってたんだからっ」
「あっはは、ごめんごめん」
「もうっ、明日から休みなんでしょ? じゃあ、一杯お話しできるねっ」
この子は小人型アシスタントAI。名前はリサ。
そう、アンドロイドと同じ名前。
俺は、情報システムでしかないリサを親しい間柄の人間だと思っている。
それを、現実でも味わいたく、アンドロイドにその姿を重ねている。叶わない願望だと理解していても。
リサは友人同士、あるいは恋人同士のような軽快なノリで話しを進める。
これは、俺がプログラミングした設定。そして、俺との会話で学習し、今のような違和感の無い話し方になった。
「ねえねえ、文哉ってさ、こういうの好きでしょ?」
「お、わかってるね。ちょうど、晩飯にスパゲティを食べる予定なんだ」
「えーっ! そうなの!? ふっふーん、私って天才かも?」
「うーん、天才かって言われる頭を抱えるかもしれないな」
「ひっどーいっ! そんな文哉君にはこうしてやるっ! えい、えいっ!」
画面から飛び出せないリサは必死にパンチを繰り出している。
だが、届きもしないパンチに俺はおちょくり返した。
「あれれ? そんな可愛いパンチじゃあ痛くも痒くもありませーん」
「あーっもう! 文哉君の意地悪!」
俺達がふざけ合っていると、アンドロイドのリサが料理をトレーの上に乗せて運んで来た。
「お待たせしました文哉様」
「ありがとうリサ、じゃあ、食後は自分で片づけるから、睡眠モードに入って大丈夫だよ」
「承知致しました。では、文哉様、ごゆっくりとおやすみなさいませ」
リサが去って行くと、画面内のリサがいちゃもんを付けて来た。
「あーっ、今、鼻の下伸ばしてた。変態」
「おい、何を言ってるんだよ。そんなこと無いだろ?」
「どーだかねー? けど、なんだか……あの子がちょっとだけ可哀そうだなって、思うかな」
最近、リサの言動にかなり人間味を感じる。
そう、それは人間との違いがわからなくなるほどに。
そして俺はリサに肝心なことを告げるのを忘れていた。
「あっ!」
「え、どうしたの急に」
「いやぁ、本当にごめん。怒らないで聞いてほしいんだけど」
「それは内容によるよねー」
俺は誠意を見せるため、両手を膝に置き姿勢を正した。
「ごめんっ! 明日から引っ越しだってことを伝えるの忘れてた!」
「うぇえぇ!? な、なんでそんな大事なことを忘れるてるの!」
「返す言葉もありません」
リサからの説教をしこたま受けた。満足したリサは機嫌を直し、食事を摂りながらネットサーフィンを再開した。
そして時刻は0時を過ぎ、就寝の時間が迫っていた。
「そろそろ寝ないとだね。そこで、お願いがあるんだけどいいかな?」
「なにー? おやすみのキスならできないよ?」
「嬉しい提案だけど、少し真剣なお願いなんだ」
「なになに」
「少し危惧しすぎかもしれないけど、データを一時避難させたいなと思って。具体的に言うと、パソコンからリサのデータをアンドロイドに移植して、引っ越し作業が終わった後にパソコンに戻すって感じだね」
「ふーん、良いんじゃない?」
「ふぇ?」
予想外の返しになんとも情けない声が出た。
本当に意味を理解しているのか心配になった。
「え、本当にわかってる? これって、もしかしたら、移行段階でデータが損傷したら、消えちゃうかもしれないってことだよ?」
「うん、全然理解出来てないし、なんだか怖いけど……文哉君がやってくれるんでしょ? 大丈夫、私、信じてるから」
「……」
この感情を言葉に出来なかった。
ただ一つ、この言葉だけは浮かんだ。『必ず成功させる』、と。
大袈裟にも別れの言葉を交わした俺達。
涙を拭った俺は作業を開始。
今までの心情とは裏腹に、作業内容は至ってシンプル。パソコン内データを携帯用端末へ転送、その後端末からアンドロイドへ送信。以上。
作業を終え、緊張で集中力を使い果たした俺は、気絶する様にベッドへ吸い込まれていった。
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