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第三章
第13話『――長月一華』
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「ただいま……」
そう言い終え、玄関のカギを締める一華。
玄関に並ぶ靴はなく、「おかえり」という声ではなく、ただ静寂が返ってくる。
段差の縁に座り靴を脱いでは端の方に揃え、木造の廊下から居間へ真っ直ぐに向かう。
「今日は何にしようかな」
物音しない部屋の中、鞄をソファーに置いた後、台所に足を進める。
まずは水道で手を洗い、台所端にある炊飯器の中に目を通す。
開けると、中から白い湯気がぶわあっと噴き上がり、熱さに顔を一瞬背ける。
再び目線を戻すも、中身は一人分しかない。
「食べて、お米炊かなくっちゃ」
ちょちょいとしゃもじでお米を茶碗に盛り、次は保冷庫の中身を確認。
「お野菜……お肉……卵……」
当然のことながら、今朝に確認したままの食材が並んでいる。
「よし、私のは簡単に済ませちゃって、お父さんとお母さんの作り置きをっと」
保冷庫から食材をパッパッと取り出し、調理開始。
包丁で器用に切り刻み、フライパンの上に放り投げる。
魔力コンロに着火し、点火。
軽快な音を立てながら野菜たちを菜箸で転がす。
調理にはそこまで時間が掛からなかった。
出来上がったのは質素なラインナップ。
白米に野菜炒め、そして汁物。
この短時間で自分の食事と両親用の作り置きを完成させた。
皿に盛った料理を机まで運ぶ。
そして小さく、
「いただきます」
こんな生活を続けて、もう五年は経つ。
中学校に進学した頃を境に、母も働きに出始めた。
最初の頃は母が作り置きをしてくれていたけど、それも次第になくなっていった。
もちろん料理なんてできなかったため、家庭科の先生に料理を教わったり、自分で挑戦してみたり。
食事だけではない。
今では、洗濯・掃除などの家事全般を一人でこなしている。
両親は帰宅すれば、食事をし、お風呂を終えれば寝てしまう。
タイミング良く顔を合わせても、世間話の一つもなく、それは両親同士も同じ。
それに加え、一人っ子。
そんな愚痴を中学の友達に話したこともあった。
でも、最初こそ心配されるも、友達は次第に距離を置くようになってしまった。
いつかの記憶を薄っすらと思い出していると、皿の中身は既に空っぽ。
「ごちそうさまでした」
誰に見られるわけでなくても、しっかりと手を合わせる。
「小さい時、お母さんが教えてくれたっけ……」
そんな小言を零し、食器を台所まで運んで洗い始める。
もやは全てが手慣れたもの。
洗濯物も干し終え、自室に向かうため木造の階段を上がる。
部屋に着くと荷物を入り口付近に投げ、明かりをつける。
最初に向かうはベッド。
ベッドの上に畳んで置いてある部屋着に手を伸ばし、着替え始める。
脱いだ制服をハンガーに纏わせて壁に掛け、着替え終了。
次に向かうは勉強机。
普段であれば、このまま勉強を始めるのだけど、最近までテスト勉強に根詰めていたため、あまり気が進まない。
それに、突拍子もないテストではあったけど、あれのおかげで今学期の総テストがないというおまけがついている。
ともなれば、勉強より趣味を優先。
椅子に座り、机の一角にある小さな本棚へ手を伸ばし、一冊の本を手に取る。
タイトル名『彩国の宝姫』。
魔力で宝石が創れる世界では、その色が魅せる輝きで位が決まってしまう。そんな世界で、無色透明な宝石しか創れない女の子が成り上がる物語。
一華は、主人公であるミカに憧れを抱いていた。
彼女は、この世の全ての人間から蔑まされようとも、自分を貫き、諦めない。
どんな逆境に打ちひしがれようとも、どん底に叩き落されようとも、何度も立ち上がり、その困難へと立ち向かう。
自分もいつかはこうなりたい。
自分もそうありたいと願った。
……だけど、そんな勇気は一度も奮わえたことはない。
常に相手の顔色を窺い、相手に合わせる。
自分の思いを言葉にできたこともない。
ましてや、逃げ出すことすらできない。
そんな自分に苛立ちを覚えることすらできない。
――諦め。
それしかない。
でも、この本を読んでる時だけは、全てを忘れられる。
そして、主人公のミカに自分を重ねるのだ。
ミカは物語の中では、沢山の人を助けたりもする。
みんなからは英雄なんて呼ばれてもいる。
物語に没頭して、想う。
「私も、こんなかっこいい英雄になりたいな」
そんな、今の自分には絶対に叶えられない夢を、長月一華は儚げに呟いた――。
そう言い終え、玄関のカギを締める一華。
玄関に並ぶ靴はなく、「おかえり」という声ではなく、ただ静寂が返ってくる。
段差の縁に座り靴を脱いでは端の方に揃え、木造の廊下から居間へ真っ直ぐに向かう。
「今日は何にしようかな」
物音しない部屋の中、鞄をソファーに置いた後、台所に足を進める。
まずは水道で手を洗い、台所端にある炊飯器の中に目を通す。
開けると、中から白い湯気がぶわあっと噴き上がり、熱さに顔を一瞬背ける。
再び目線を戻すも、中身は一人分しかない。
「食べて、お米炊かなくっちゃ」
ちょちょいとしゃもじでお米を茶碗に盛り、次は保冷庫の中身を確認。
「お野菜……お肉……卵……」
当然のことながら、今朝に確認したままの食材が並んでいる。
「よし、私のは簡単に済ませちゃって、お父さんとお母さんの作り置きをっと」
保冷庫から食材をパッパッと取り出し、調理開始。
包丁で器用に切り刻み、フライパンの上に放り投げる。
魔力コンロに着火し、点火。
軽快な音を立てながら野菜たちを菜箸で転がす。
調理にはそこまで時間が掛からなかった。
出来上がったのは質素なラインナップ。
白米に野菜炒め、そして汁物。
この短時間で自分の食事と両親用の作り置きを完成させた。
皿に盛った料理を机まで運ぶ。
そして小さく、
「いただきます」
こんな生活を続けて、もう五年は経つ。
中学校に進学した頃を境に、母も働きに出始めた。
最初の頃は母が作り置きをしてくれていたけど、それも次第になくなっていった。
もちろん料理なんてできなかったため、家庭科の先生に料理を教わったり、自分で挑戦してみたり。
食事だけではない。
今では、洗濯・掃除などの家事全般を一人でこなしている。
両親は帰宅すれば、食事をし、お風呂を終えれば寝てしまう。
タイミング良く顔を合わせても、世間話の一つもなく、それは両親同士も同じ。
それに加え、一人っ子。
そんな愚痴を中学の友達に話したこともあった。
でも、最初こそ心配されるも、友達は次第に距離を置くようになってしまった。
いつかの記憶を薄っすらと思い出していると、皿の中身は既に空っぽ。
「ごちそうさまでした」
誰に見られるわけでなくても、しっかりと手を合わせる。
「小さい時、お母さんが教えてくれたっけ……」
そんな小言を零し、食器を台所まで運んで洗い始める。
もやは全てが手慣れたもの。
洗濯物も干し終え、自室に向かうため木造の階段を上がる。
部屋に着くと荷物を入り口付近に投げ、明かりをつける。
最初に向かうはベッド。
ベッドの上に畳んで置いてある部屋着に手を伸ばし、着替え始める。
脱いだ制服をハンガーに纏わせて壁に掛け、着替え終了。
次に向かうは勉強机。
普段であれば、このまま勉強を始めるのだけど、最近までテスト勉強に根詰めていたため、あまり気が進まない。
それに、突拍子もないテストではあったけど、あれのおかげで今学期の総テストがないというおまけがついている。
ともなれば、勉強より趣味を優先。
椅子に座り、机の一角にある小さな本棚へ手を伸ばし、一冊の本を手に取る。
タイトル名『彩国の宝姫』。
魔力で宝石が創れる世界では、その色が魅せる輝きで位が決まってしまう。そんな世界で、無色透明な宝石しか創れない女の子が成り上がる物語。
一華は、主人公であるミカに憧れを抱いていた。
彼女は、この世の全ての人間から蔑まされようとも、自分を貫き、諦めない。
どんな逆境に打ちひしがれようとも、どん底に叩き落されようとも、何度も立ち上がり、その困難へと立ち向かう。
自分もいつかはこうなりたい。
自分もそうありたいと願った。
……だけど、そんな勇気は一度も奮わえたことはない。
常に相手の顔色を窺い、相手に合わせる。
自分の思いを言葉にできたこともない。
ましてや、逃げ出すことすらできない。
そんな自分に苛立ちを覚えることすらできない。
――諦め。
それしかない。
でも、この本を読んでる時だけは、全てを忘れられる。
そして、主人公のミカに自分を重ねるのだ。
ミカは物語の中では、沢山の人を助けたりもする。
みんなからは英雄なんて呼ばれてもいる。
物語に没頭して、想う。
「私も、こんなかっこいい英雄になりたいな」
そんな、今の自分には絶対に叶えられない夢を、長月一華は儚げに呟いた――。
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