上 下
69 / 129
第三章

第22話『――西田一樹』

しおりを挟む
 爽快感のある授業も全員無事に終了。
 これまでに経験したことのない連帯感と高揚感。
 足取り軽く帰路に就いた一樹は自宅へと帰宅した。

「ただいまー」

 すると、居間の方から複数の足音が一樹へと接近する。

「おっかえりー!」
「お兄ちゃんおかえり!」
「あーもう、早く遊ぼうよ!」
「おうおう、今荷物を置いてくるからちょーっとだけ大人しくしててな」

 小学生3人の兄妹たち。
 両親は今だ帰宅しておらず、一樹の帰宅するのを今か今かと待ち遠しくしていたのだ。

 一樹は疲れてはいるが、弟たちの笑顔に癒され、元気が沸き上がってくる。



 荷物を置いた一樹は、勢いよく駆け、弟たちが待つ部屋へと向かう。

「よしよし、覚悟はできてるかー!?」
「でたなかいじゅう! ぼくがたおしてやる!」
「わたしもたたかう! かくごしろ!」
「ぼくがうしろからえんごする!」
「がっはっは、俺に勝てると思うなよー!」

 体を大きく開いて一樹が威嚇するも、それに負けじと立ち向かう弟たち。
 戦い――というには随分と生温くかわいらしいもの。

「はっはっは、そんなんでおしまいかー? まだまだピンピンしてるぞー!」

 一回、二回と小さな拳が一樹の体に叩き込まれるも、その小さな体から放たれる一撃はマッサージ程度。
 

「くー、こうなったらひっさつわざだー!」
「それしかない。じゅんびしなくちゃ!」
「今は、かいじゅうがゆだんしているぞ。やるならいまだ!」

 バラバラに戦っていた3人は一点に集まる。

「いくぞー!」
「「「ひっさつあたーっく!」」」
「ぐわあ! やーらーれーたー!」

 3人同時攻撃のタックルをされ、そのまま一樹は倒れ込む。
 勢いのまま3人の下敷きになり、全員の頭をワシャワシャと撫で回す。

「よくもやってくれたなー! このこのこの」
「わー!」
「いたーいっ」
「うわー!」

 兄妹仲良く遊ぶ癒しの時間。
 この場に居る全員が、こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに。と思っている。

 だけど、そんな時間ももうすぐ終わり。

「じゃあ、そろそろ母ちゃんが帰ってくるから終わりにしような」
「えー」
「もう少しだけあそぼーよ」
「ちょっとだけならだいじょうぶだよ」
「俺ももう少し遊んでいたいんだけど……」

 中々言うことを聞いてくれず、駄々を捏ねて離れようとしない3人。

 こんな些細な時間でさえも愛おしいけど、一樹は強引に体を起こす。

「ほら、良い子だから言うことを――」

 ガチャッ――と扉が閉まる。

「ほら! またそうやって遊んでばかり! 宿題は終わったの!? 明日の準備は!?」
「「「おわってない」」」
「じゃあなんで遊んでるの! そんなんだから――」
「母さん、そこまでにしてやってくれ。遊びを持ち掛けたのは俺なんだ」
「またそうやってあの子たちを庇って。わかってるんだよ、あんたがまたそうやって甘やかすからいけないんだ!」
「……」
「それに、あんただってちゃんと勉強してるのかい?! 私には成績の良し悪しはわからないけど、ちゃんと勉強してないと良い所には就職できないんだから!」

 一樹は母親に見えないように拳へ力を込める。

「ああ、わかってるよ。今はまだ学力の方はまだまだだけど、ちゃんと勉強して――」
「ほらそうじゃない! 遊んでる暇があったら、ちゃんと勉強して良い点数を取るんだよ! 泊り会だって、勉強会だからって許可したんだからね」
「…………わかったよ」

 反論したい気持ちをグッと堪えてスッと立ち上がった一樹は、今で勉強を再開する兄妹たちを置いて自室へと向かった。



 早速机に向かう一樹。
 机の上に教材を広げ、勉強を始めようとした時だった。

 本日の授業内容が脳裏に過る。
 心躍る体験、自分の思い通りにできる快感。
 
 心が、腕が、足がウズウズとしてしまう。
 
「あー、勉強なんて無理だ」

 一切の手を付けず立ち上がり、窓を開けて風通しを良くする。

 そして、一度だけ考える。

「音が出ないやるは……よし、これだ」

 足を肩幅まで開き、スクワットを始める。

「次は、腕立て伏せか。――四、五、六――」

 一樹は常日頃、こう考えている。
 全ては裕福でないことからこうなってしまっているのだ、と。

 両親は共働きで、母親は夕方に、父親は夜に帰宅する。
 仕事疲れしている両親は、弟たちに構うことなくご飯を作り家事を行う。

 そして、決まって口を揃えてこう言う。

 ――「ちゃんと勉強しているのか」と。

 耳に胼胝ができるぐらい聞かされているこの言葉は、その声が聞こえないところでも呪いのように聞こえてくる。
 
 だが、その考えも理解している。
 学が無ければ、給料の良い所に就職できず、再び苦しい生活を強いられる。
 そんな思いをして欲しくないという一心で、両親は口酸っぱくそう言っている。ということを。

 実際問題、一樹は痛いほどそれを理解している。
 体を動かすことには誰よりも自信はあるが、勉強の方はいつもギリギリ。
 周りの人間はその両方で結果を出している。
 それに焦りを感じないわけがなかった。
 それだけではない。
 単純な学力だけではなく、その戦い方も一味も二味も違う。
 自分みたいに猪突猛進ではなく、回避し、弱点へ的確に攻撃を加えていた。
 まさに、頭を使って戦っている。

 ――自分との差。

 周りの人間に恵まれた、と同時に、周りの人間より劣っているのが明白となった。

 焦りを感じないはずがない。
 だが、勉強に集中できないのもまた事実。

 そんな葛藤を打ち払うように、一樹は一心不乱に体を鍛え続ける。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,407pt お気に入り:192

私のスキルが、クエストってどういうこと?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:576pt お気に入り:178

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,966pt お気に入り:35,165

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,336pt お気に入り:3,345

前略、愛されない系ヒロインに転生しました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

王太子の婚約者

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,239pt お気に入り:44

とあるおっさんのVRMMO活動記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,342pt お気に入り:26,591

処理中です...