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第九章

第67話『その劣等感を払拭するには』

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「それでは西田一樹君、こちらにサインを」

 一樹は内容に目を通し始める。

(大丈夫だ、落ちつけ俺。深呼吸を何回もした。体のどこにも余計な力が入っていない。大丈夫だ、俺は冷静だ)

 全て読み終え、サインをする。

(光崎生徒会長は言っていてた。目標がある人は今回の試験を突破できるって。大丈夫だ、俺にはちゃんとした目標がある、大丈夫だ)
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫です」

 一樹は気づいていない。
 平静を装ってはいるものの、先生から見れば緊張の色が前面に出ている。
 肩を何度も上げ下げし、手を何度も握り直して、呼吸が浅く早くなっていて緊張していませんというのはあまりにも無理しかない。

「最後に確認します。時間を空けなくて大丈夫そうですね?」
「はい大丈夫です。このままお願いします」
「わかりました。では始めます。――【ダゾール】」

 先生は懸念を残したまま、スキルを発動させた。
 すると、すぐに一樹の体からは力が抜けていく。



 なんてことのない、日常的な風景。
 目の前には弟たち、視線を上げるとそこには買い物するエリアが多数あるショッピングモール。
 この日は休日であろう、沢山の人が右に左に行き交っている。

(あれ、今日は何の予定でここに来たんだっけ)
「ねえ兄ちゃん……」

 悲しそうな声と服をギュッと握られる感覚。
 それは一つではなく、3人全員のものだった。

(今日は……そうだ、今日はこいつらとご飯を食べに来たんだ)

 目的を思い出すと共に、右手に握る物を思い出す。
 風呂敷に包まれた大きな三段弁当。
 そう、目的地はここではなく、この先にある広々とした公園だった。

 目的を思い出し、歩き始めようとした時だった。

「今日のご飯、とっても美味しかった!」
「あらあら、今日のお店がとっても気に入っちゃったのね」
「だったらまた来週の休日にでも来るとしよう」
「やったーっ!」

 と、仲睦まじい家族の声が聞こえてくる。
 次も。

「この後はどのお店に行くの?」
「どうしようかしらね。お洋服のお店とかおもちゃのお店に行きましょうか」
「それはいいな。ついでに晩ご飯も買って帰るか」
「じゃあじゃあ、甘いの沢山食べたい!」

 と。
 自分にはない、羨ましい光景がそこにはあった。

(わかってる、そんな贅沢はできないってことぐらい。俺は今までも我慢して、あのキラキラした光景を見ないようにしてきた。だから、目の前にある他人の幸せを恨んだり嫉んだりはしない)

 一樹は自分の服が先ほど以上に引っ張られる感覚がした。
 視線を下げると、弟たちの目には薄っすらと光るものがある。

(そうだ、だから俺は冒険者になってお金を稼ぐんだ。俺が今まで我慢してきたからって、こいつらまで同じ目に会わなきゃいけないってことはない。そうだ、俺が頑張ればいいんだ)

 一樹は地面に膝を突き弁当を置く。
 そして弟たちをギュッと抱き寄せ、誓う。

「兄ちゃんが頑張るから。お前たちをもっと幸せにしてやるから。だから」
(だから?)

 瞬きを終えた瞬間、弟たちは姿を消し、光景が切り替わっていた。
 目の前に居るのは前のパーティメンバー。
 誰と言葉を交わすことはない、最後にある記憶。

(ああ、そうだったな。俺は本当に馬鹿なやつだ)

 呼吸を整え、立ち上がる。

(俺は前のパーティを自らの意思で抜けた。いろんなタイミングが重なって、パーティを離脱するのにちょうど良かったってのもあるが、そうじゃない。俺はこのパーティではダメだって、このままじゃ全然目標に近づけないって、そう思ったからパーティを去った。自分にはもっと実力がある、悪いのは俺じゃなくてお前らだって)

 両拳に力が入り、歯を食いしばる。

(そして、今回の学事祭。俺は焦ってパーティを探した。そんな最中、偶然にも志信たちのところがメンバーを探していると聞こえ、声を掛けた。――ふっ、笑えるな。あの時も、本当にこいつらは大丈夫かって、俺の実力に見合っているのかって、そう思い上がっていた)

 目線を上げ、無限にも広がる真っ暗な空を見つめる。

(最初は好調だった。好調だと、やっぱり自分の実力は確かなもので、このパーティでは随一の力を有しているとそう疑わなかった。情けねえ話だ、それはただの偶然でただの思い上がりだった)

 そして、あの時のことを思い出す。

(思い上がった俺は、一華に辛辣な言葉を吐いた。『頼むからパーティの邪魔だけはするな』って。本当に俺はクソ野郎だ。だってそうだろ、思い出せよ自分の無力さを。ただの力任せに全てをやってきた俺は成長するどころか失敗ばかり。対する一華は目まぐるしいほどの成長を遂げ、今ではパーティにいなければならない存在となっている。――じゃあ、俺はなんだ。何をしているんだ。勉強もできない、パーティの役にも立たない、じゃあ俺は別の誰かでも良いだろ。そうだろ)

 様々な感情が込み上げ、一つ、また一つと涙が溢れてくる。

(ああ、きっと志信はこんな俺でも必要にしてくれるんだろうな。クソが、本当に情けねえ。仲間だからって、そうやって手を差し伸べてくれるんだろうな。……自分では人には言えないような目標だったのに、初めて他人に話したのに、笑わずに褒めてくれたよな)

 溢れる涙を腕で拭い、視線を前方に向ける。

(じゃあ、こんな俺は――どうやったらみんなの役に立てる? …………そうだ、この試験を突破すれば良いんだ。そうだ、答えは最初から決まってる。俺は俺自身の目標を叶えるだけじゃなく、今のみんなと一緒にこの学事祭を優勝するんだ。こんな俺を拾ってくれたみんなのために……っ!)

 決意を示した一樹は意識を取り戻し、手を上げる。

「西田君、お疲れ様でした。良かったら帰りに水道まで案内するのでそこで顔を洗うと良いでしょう」
「は、はい」

 その言われている意味を理解するのにそう時間が掛からなかった。
 試験が終わって冷静になったからわかる。
 物凄い手汗に額の汗、そこから顎まで伝い床まで汗が流れ落ちていた。

「そして、かかった時間ですが……」

 一樹は固唾を飲む。

「残念ながら、三十一分でした。試験は不合格になります」
「……」
「ですが、規則に基づきパーティメンバーがクリアしていれば何も問題ないのでそこまで気を落とさずに」
「……はい」
「それでは試験終了になりますので、退室を。その他の処理はこちらでやっておきますので」
「わかりました。ありがとうございました」

 一樹は案内に従い、部屋を後にした。
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