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正編

08

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 イザベルがティエールの手を取ると、つい先程まで薄暗い牢獄にいたことが嘘のように周囲が明るくなり、見知らぬ花畑に転移していた。青空には虹が架かっており、昼間にも関わらず満月が煌めく。流れ星が行き交う一方で、穏やかな雲がゆったりと流れていた。

(昼も夜もない、不思議な空だわ)

 ふと遠くに目をやると川がさらさらと流れていて、蝶や小鹿が楽しそうに水辺で遊んでいる。人間の姿はイザベルと彼女を連れ出したティエールのみだが、川を渡るための船が一つだけ待機していた。

「私は死んでしまったのかしら。ねぇティエール、ここは天国? それともあの川を渡り切ると天にあげられるのかしら」
「いや、イザベルの予想は半分は当たっているけど、半分は違う。ここは人間と精霊の分岐点、人として死を選ぶ場合は天にあげられるけど、精霊として生きる場合は死を見ずに不老の肉体を得るんだ。さて、イザベルはどちらを選びたい?」
「不老の肉体? けれど、精霊に自分がなるなんて信じられないわ。だって私、小さな頃からずっと精霊様にお祈りしていたのよ。それなのに、自分が信仰対象だった精霊になるなんて、信じられない」

 謙虚なイザベルからすると、自分が人ではなく精霊として、不老不死の存在となることに抵抗があった。この先自分が精霊となった後に、人間から祈りを捧げられても神としてやっていく自信がないのだ。
 だからといってせっかく牢獄から逃げて来たのに、再び死の恐怖がある地上へと戻る勇気もない。

「では、こうしよう。このまま人として死を迎えて再び輪廻転生出来るその日を待って、魂を滞在させるのか。それとも精霊の花嫁となって、妻として精霊入りを果たすのか。自身が精霊神になる事に抵抗があっても、精霊に嫁ぐのであれば、キミでも役割を果たせます」
「精霊様に嫁ぐ……それって、ティエールもしかして」

 ふとティエールの美しい緑色の瞳と目が合う、イザベルが幼い頃から祈り続けてきた精霊神と瓜二つの男ティエール。幼馴染みであり、信仰の対象だった彼からのプロポーズ。

「イザベル、僕は長年精霊神としてキミを見守ってきたけど。それとは別に少年時代の初恋の相手でもある……信仰深いキミを好きになってしまったんだ。僕の妻になってくれませんか?」
「えっ……えぇっ? わ、私が精霊様の花嫁にっ?」

 唐突に告げられた愛の告白は、イザベルを混乱させるものだった。初恋の相手とはいえ、イザベルからするとあまりにも尊い存在だったため、嫁ぐことは考えていなかったのだ。心の奥底から嬉しく思う反面、身分が違いすぎるという不安がイザベルを襲う。

「うん、だって僕達は初恋同士で、縁あって今こうして再会している。小さな頃は野原をかけて一緒に遊べるだけで満足だったけど、今はもう家庭を作る年齢だ。そして人間と精霊が結ばれるには、片方が精霊入りしなければならない」
「そうだったの、けどティエール。人間から精霊になるなんて、本当に出来るのかしら?」
「キミには今日から七日間、精霊界にとどまってもらう。七日目に結論を出そう」

 答えをすぐに出せるはずもなく、告白の返事は七日間の時間を空けてからとなった。そしてその間は、しばらく精霊界でティエールと共に暮らすことになったのだ。
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