王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした

星井ゆの花

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幕間2

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「行ってらっしゃいティエール。ゆっくり朝食の支度をしてるから」
「あぁ行ってくるよ」

 精霊族の朝は、早い。ティエールは日課である朝の散歩を行うために、ロッジの扉を開けた。すると、物陰からティエールの方へと近寄ってくる小動物の気配。素早い動き、しなやかなシルエット、そして細長い尻尾がゆらりと揺れる。

「んんっ?」
「にゃっ……?」

 サッと現れた小動物の正体は、大人になりたての年若い白猫だった。ロッジの出入り口の前で、ちょこんとお座りしてティエールを『じっ……』と見つめている。短毛の白い毛並みは貴公子のように麗しく、澄んだ水色の瞳は宝石の色、ピンッと立った耳は、好奇心旺盛な性格を現しているかのようだ。
 この白猫は俗に言う地域猫というもので、この辺りの森に住む精霊達の住まいを転々と渡り歩いている。

「おはよう白猫君、今朝もいい天気だね。いろいろと人間界は混み入った事情で大変そうだけど。何とか良い方向に導いていきたいものだ」
「みゃああんっ」

 おはようの挨拶もほどほどに、ティエールの足のあたりにスリスリと顔をくっつけて来て、甘える仕草。どうやら今日はティエールの家で、ご飯を貰いたい様子。

「んっなんだ。朝ごはんが欲しいのか、ちょっと待てよ……ここに備蓄が。ほら……小魚だよ」
「ふみゃっ!」

 森のフリーエリアに備え付けられた地域猫用の餌ケースから、保存食である煮干しの小袋を取り出して白猫に与えた。すると、待ってましたと言わんばかりに、小魚をほおばっている。

「ふふっ【早起きは三文の徳】って言葉が異国にはあるらしいよ。お前も食事にありつけたから、三文分くらい得したかな? 僕は朝のお散歩に行ってくるから、見張りよろしくね」
「みゃおおおんっ」

 朝靄が消えぬ街路樹をゆっくりと、慣れた足取りで歩き始めたティエールを見送る白猫。ロッジの玄関前で外敵を警戒するように佇むその姿は凛々しく、ちょっとした番人のような気分なのである。


 * * *


 まだ靄がかかっているような早朝にも関わらず、森林の中心的な存在である湖には多くの精霊が憩いの時間を過ごしていた。植物を依代とする精霊族にとって、朝に花を深呼吸させるかの如く新鮮な空気を吸うことは重要だ。ティエールも森林や湖の水辺から発せられるマイナスイオンを全身に感じながら、自らの精霊力を充満させていく。
 すると数日ぶりに、馴染みの散歩仲間である老樹様とペットの狼犬に出会った。

「おはようございます老樹様、今朝は良い【気】がみなぎってますね」
「ややっティエールさん、この数日は早朝のお散歩をお休みでしたが、今朝から再開ですかな?」
「わうん?」

 尻尾を振りながら擦り寄ってきた狼犬の頭を撫でつつ、老樹様に挨拶をするティエール。老樹様はかなり昔に隠居した精霊神で、ティエールとは遠い親戚に当たる。いや、この森林に住まう精霊の殆どが、ティエールの遠い遠い親戚と言っても過言では無い。
 皆、菩提樹やオリーブなどの木々を依り代にした精霊であり、この森林そのものが彼らの命の息吹なのだ。

「えぇ。イザベルの方もだいぶ精霊界に慣れてきたと思うので、僕も日常に戻ろうかと」
「ほうほう! うちのポチもティエールさんに会えなくて寂しがっていたので、安心しましたぞ。ではまた……」
「きゃうんっ」

 湖の辺りをぐるりと一周するまでに、ティエールは何人かの顔見知りに出会い、その都度軽い世間話を交わした。そろそろ帰りのルートに着こうとした時に、一人だけ自分達の森林とは異なる依代を持つ精霊の姿。

「先日は、お世話になりました。ティエール様……今朝はイザベルさんはご一緒ではないのですか?」
「えぇと、貴方は……精霊庁直属騎士の……ロマリオさん! えぇとすみません、イザベルはロッジで朝食の支度中でして」

 端正な顔立ちの騎士は、イザベルが精霊候補として招かれた初日に怪我の手当てをしたロマリオだった。礼儀正しく紳士的な好青年のロマリオだが、その瞳の奥にはほんの少しの違和感が。

「出来ればその……イザベルさんに直接お礼を申し上げたかったのですが」
「そうだ! 宜しければうちで朝食を摂っていきませんか? そうすれば、イザベルとも直接会話出来ますし」
「……! さ、流石に二人の新居に直接乗り込む根気は自分には……。多分、今日のお仕事でご一緒することになると思いますので、その時はよろしくお願いします! では見回りに戻りますので!」

 ティエールはフレンドリーに接するが、ロマリオはまだ少しギクシャクした仕草で、そそくさと見回りに戻ってしまった。

(ロマリオさん、だいぶ具合は良いみたいだけど。もしかして、まだ本調子じゃないのかな?)

 慌てて踵を返すロマリオに、首を傾げてその背中を見つめるティエール。

 ――まさか立ち去っていく好青年が、自分の婚約者に片想いしているとは夢にも思わずに。
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