王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした

星里有乃

文字の大きさ
47 / 79
精霊候補編3

08

しおりを挟む
「いよいよだけど……。本当に一人で大丈夫? お目付役の小精霊としては、アタシも一緒に行きたいけど」
「ふふっ嬉しいけど、流石にこればかりは、リリアについてきてもらうわけにはいかないから」

 先祖の代から継承している過去の因果に、魂をアクセスさせる水鏡の儀式。修道院の中でも滅多に使われない儀式部屋は、一部分だけ天に窓がついており、あかり取りの機能を果たしていた。水鏡はそこに設置されて、水面には星や月が映し出されている。

「私のご先祖様が、何故ずっと葡萄のゼリーをこの教会に捧げているのか。代々捧げ物をするようになるまでには、精霊様に懺悔をしなくてはいけない【何か】があったはずよね。その正体がこの水鏡で分かる……!」
「……それにイザベルさんが引き継いだ因果と、かつての精霊候補レイチェルさんの因果が交差しているのならば、この水鏡の儀式で判明するはずです。その正体を掴んでからではないと、神として教会の壇上に立つことは許されないでしょう。因果の繰り返しに陥ると、浮遊精霊として行き場がなくなる可能性もありますゆえ」

 それまで語られることすらタブー視されていた『浮遊精霊』の存在について、精霊神官長が触り程度に語る。人間の魂も行き場がなくなり成仏できないと浮遊霊として、ふらふら地上を彷徨うとされている。幼少期から精霊として育っているならともかく、イザベルは人間から精霊に転身する特殊な精霊候補生というポジション。ひとつ道を踏み外せば、浮遊精霊という忌むべき存在に堕ちてしまう可能性も否めない。

「精霊としてのチカラを所有しながら、魂が天と地を行ったり来たりする浮遊精霊は厄介です。イザベルさんにはそのような姿になって欲しくありません。いえ、大丈夫……このロマリオ、儀式が上手くいくように悪霊どもから、イザベルさんを……水鏡を守り抜いて見せます!」
「私も同じく。イザベルさんの安全を守るために頑張るよ」
「ロマリオさん……ミンファちゃん。頼りにしてるわ」

 儀式中は水鏡にイザベルの魂は吸い込まれることになり、それは即ちイザベルという存在の命そのものが無防備に水鏡に収まることを意味していた。もし万が一、水鏡が何者かの手によって割れることでもあれば、イザベルは悪霊に魂を奪われて浮遊精霊になってしまうだろう。剣を片手に水鏡の保護を誓うロマリオと、頷きながら杖を手にするミンファは頼もしいボディガードだ。
 イザベルが水鏡の前まで足を進めると、付き添い役のティエールが最後の助言を述べる。
 
「地上では毎日のように、イザベルの家族が天の教会に向けて、捧げ物をしに訪れている。壇上に立った瞬間から、イザベルは離れ離れになった家族と対面する羽目になる。その時に精霊としての軸がブレて、ご先祖様の因果に引きずられるわけにはいかない。ここが、精霊候補生としての正念場だよ。キミにとっても、一緒に祈りの秘術を行う僕にとってもね」
「えぇ……分かっているわ、ティエール。ご先祖様の因果が、私にどう影響していようとも。必ず、乗り越えてみせるっ。行ってきます……」

 一人前になるための覚悟を決めて、イザベルが水鏡に手をかざすと、みるみるうちにその水の滴がイザベルの周囲を取り巻き……。ポチャンッという音と共に、イザベルは水鏡の中へと吸い込まれていくのであった。


 * * *


 水の波紋に導かれて、イザベルの脳裏にゆらゆらと揺れる何処から懐かしい屋敷の映像が浮かぶと、次に眠気が襲ってきた。必死に抗おうとしても、気力だけでは抵抗しきれないほどの深い深い眠り。魂ごと強制的に休まさせられるような眠気は、イザベルが体験したことのないような未知なる現象を引き起こした。

「……ベル様、起きてくださいな。ララベル様」
「おかしいわね、普段なら私達が起こしに来るより早く起きていらっしゃるのに」

 ハキハキとした女性達の声が、イザベルの目覚まし代わりとなって、頭に響いてくる。しかしながら、女性は名前を勘違いしているらしく、イザベルのことをララベルと呼んでいた。名前を訂正したいが、ふかふかのベッドの吸引力はかなりのもの。安眠中の猫のようにキュッと丸くなって、このまま眠り続けたいのだ。

「お疲れ気味のララベル様を、このまま寝かせてあげたい気持ちもありますが、今日は特別な日ですし。取り敢えずは、起きていただかないと……どうしましょう?」
「致し方ないですね、これもメイドの使命です……ララベルお嬢様。ごめん遊ばせ……せーのっ!」

 バッッッ!
 突然、イザベルの掛け布団を思いっきり剥がし始めるメイド達。規則正しい生活を求められるご令嬢の宿命なのか、半ば無理矢理起こされてしまう。

「あぁせっかくの布団が……う、うん? あら、私……一体」
「ふう……ようやくお目覚めですわね、ララベル様。本日は精霊界へと旅立つレイチェル様への餞別に、特別な葡萄菓子を作らなければいけません。さっ……頑張らなくては!」

 人間から精霊になったとされる伝説の女性の名も、確かレイチェルという名前だったはず。イザベルは自分が誰と間違えられているか、という問題は後回しにして、今日という日が一体いつなのかを問うことにした。

「レイチェル……様の? あ、あの……今日は何年で日付けは、いつでしたっけ」
「まぁ本当に寝ぼけていらっしゃるのね、珍しいわ。今日は【アリアクロス暦1720年】の9月26日ですわよ」
「アリアクロス暦……1720年?」

 メイドが告げる【アリアクロス暦1720年】は、イザベルが生きていた頃より遥か昔のもので。これが水鏡の儀式の結果なのだろう……イザベルは、過去の時代に生きるララベルという女性として逆行転生してしまったのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

処理中です...