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逆行転生編2
02
しおりを挟む突然過去の人間界から現代の精霊界へと誘われた巫女ララベルは、さしづめ時の旅人と呼ぶべきだろう。急激な時間移動に魂が追いつかなかったせいか、儀式の部屋の真ん中でぐったりと倒れ込んでしまった。
「ララベル・ホーネット。まさかとは思うが、イザベルの魂と先祖の魂が入れ替わったという訳か」
ティエールをはじめ、精霊神官長やロマリオ達もララベルに駆け寄り、安否を確認する。
「大変じゃ……すまないがリリア、お主の魔法でララベルどのの魂の気の流れを診てやってくれんかのう」
「分かりました、精霊神官長様! 妖精の粉よ……この人間の魂の命の指数を教えてっ」
小妖精リリアが妖精の魔力で、ララベルの生命エネルギーの流れを調べる。キラキラとララベルの魂に振りまかれる妖精の粉は、やがて水色の光に変化した。
「粉の色が変化していく……色の種類で、魂が如何なる状態か判別する特殊スキル。噂には聞いたことがありますが、間近で見るのは初めてです」
「小妖精が人間の魂を見守る役割を任せられている理由は、おそらくこの魂の判定スキルを持っているからなのだろうね」
医者や医療魔法による治癒は見たことがあるものの、魂そのものの判定を見るのはこの場にいる殆どの者が初めてだ。小妖精の隠されたスキルに目を見張りつつ、ロマリオもティエールも感心している様子。
「判定終了……良かったぁ……この色はね、魂が生きている証拠よ。気を失っているけれど、命に別状はないわ。取り敢えず、何処かで休ませてあげないと」
「おぉっ。この者は、生きた魂じゃったか。あの例の黄泉の使いを呼ばずに済んで、ホッとしたぞい。今回は生きた魂が迷い込んで来ただけだった為、黄泉の使いを呼ばずに済んだが……教会に彼らを呼ぶのは、ちと考えてしまうからのう。ふむ、救護室のベッドが空いているはずじゃから、そこで休ませるのが良かろう」
もし万が一、死んでしまった魂がこの精霊界に迷い込んできた場合には、然るべき場所に送り届けてやるのが精霊の役割。精霊神官長は、黄泉の使いをこの教会敷地に入れることに抵抗があるのか、心底ホッとしたようだ。
「では、ここは騎士たる自分が、ララベル嬢を救護室まで運びましょう。失礼……」
儀式部屋にいるメンバーの中で最も力自慢であるロマリオが、率先してララベルを運ぶ役割を引き受ける。
「ロマリオお兄ちゃん、ティエール様。私、ララベルさんに付き添うことにします。多分、目が覚めた時に一人じゃ不安だと思うから」
「そうだな。女性の看病は、やはり同じ女性が引き受けた方がいろいろと都合が良いだろう。けどミンファ、お前も疲れているだろうから無理するなよ」
ララベルに付き添ってそれぞれが儀式部屋を退室し、精霊官吏のティエールだけがただ一人部屋に残った。ほんの僅かであっても、過去へと旅立ったイザベルの余韻が心の奥にあるうちは、この部屋を立ち去る気になれなかったのだ。
「イザベル、君は今……過去で無事なのだろうか?」
呼びかけに対する応えは……無い。
行く宛のないティエールの声が、ポツリと水鏡に降りて小さな波紋を描いた。
* * *
朝露が庭の花々に溢れると、その雫に宿る魔力の恩恵を預かるために、小妖精達が蝶のように飛び交う。精霊界ではよくある光景だが、過去の人間界から喚びだされた魂には、その密やかな羽音すら敏感に聞こえるらしい。その中に、何か『異質なモノ』が混ざっていれば尚更。
微かに聞こえるざわついた音が、巫女ララベルの途切れていたはずの意識を次第に取り戻していく。
「う……ううん。私は、夢でも見ていたのかしら?」
「まぁ! 良かった……元気そうね。おはようございます、ララベルさん。私はミンファ、こう見えても鉱石精霊よ。貴女が元の場所に戻れるまで、お目付役を担うことになったの。よろしくね。あっ一応、人間の魂は滞在期間中、この修道女の服で過ごすのが決まりだから……はい」
「えっ……鉱石精霊のミンファ……様? おはようございます。そ、そのよろしくお願いします……」
清潔なベッドからゆっくりと身を起こすと、ララベルの起床に気づいた鉱石精霊ミンファから朝の挨拶。カーテンの向こうから、小さな蟲の黒い陰と朝の日差しを感じる……が、服を脱ぐ都合上、カーテンはそのままだ。修道女用のグレーのワンピースに袖を通しながら、ふと無言になる。
「……ララベルさんは、魂の状態でこの精霊界に転移してしまっているの。肉体のない魂の状態って、精霊界においてすごく不安定なのよね。だから朝食に、魂安定効果の高い特別な薬膳スープをのんで貰うけど、大丈夫?」
「はっはい! いろいろとご迷惑をおかけして、申し訳ありません。ところで……私がここに喚ばれた理由は、やはり姉の婚姻が原因でしょうか?」
目の前で甲斐甲斐しく身支度を手伝ってくれる少女ミンファが、『鉱石の精霊様』だということに動揺しつつ、ララベルはここが精霊の住む世界であることに気づき始めた。近い将来、姉が嫁ぐ予定の精霊の世界……だが、何かがおかしい。
「それは、あとで朝食時に神官長様からお話が……はっいけない! ララベルさん、耳を塞いで」
――再び、窓の向こうに黒い陰。
『聖女ミーアス様ニ、ソノ魂ヲ捧ゲヨ』
ジリジリ、ジリジリ! ギリギリ、ジリジリ!
(聖女ミーアス? 一体、誰? 耳が、頭が……痛い)
窓に張り付いたジリジリと鳴く蟲の声が、ララベルとミンファの耳を痛く攻撃する。魂を乗っ取られそうな音に思わず耳を塞ぐと、外を見回り中だった小妖精リリアが黒い蟲を針でひと突き。
バチンッッッ!
「ふい~外の害虫が煩かったね! 二人とも大丈夫だった? ララベルさん、詳しい事情は、後できちんと説明するよ! さっ……行こう」
「はっはい」
ララベルは小妖精リリアが倒した害虫の正体が何であったか訊くことは控えて、自らの身の安全を優先することにした。
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