修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)

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第一章

06

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「聖なる神の守りにより、この国が悪魔の手から守られますように……」

 ふわっ!
 ルイーゼの全身を柔らかい光が覆い、祈りに呼応して城壁にまで輝きが満ちる。

「「「おおおっ」」」
「凄い! これが、聖女様のチカラ」

 くらりっ!
 祈りを終えるとエネルギーの殆どが失われたのか、ルイーゼは立ちくらみを起こしてしまう。

「大丈夫か? ルイーゼ嬢」
「ええ。少し休めば、歩けるようになるわ」

 マリウス王子がお姫様抱っこで、ルイーゼを宮廷医務室に運ぶ。アランツ王国の城壁四方に結界を張る作業は、今日で最終日だ。ルイーゼは聖女としての務めを真面目に果たし、1日のうち使える全ての魔力を結界に託した。
 気づけば医務室のベッドで1時間ほど眠っていたようで、目が覚めるとマリウス王子が傍らでずっと見守ってくれていた。

「う……ん。私、眠っちゃったのね」
「みんなのために、魔力を全部使ったんだ。無理もないさ……もうじき、日が暮れるよ。聖女としての重大なお仕事、本当にお疲れ様だったね」
「マリウス様、護衛を引き受けてくださってありがとうございました。私も安心して魔法が使えたわ」

 橙色の夕陽が、城壁に影を落としていく。
 空を舞う鳥達も、各々の巣へと帰るようだ。

「なぁに、祖国を守る大事な祈りだ。みんなが帰る場所を守るのは王子の仕事だ。けれど……済まない、キミはもう祖国には帰れないのだったね。気が回らなかった」

 けれど、ルイーゼにはもう帰る家はない。敢えて言うなら、修道院が新たな家になるのだろうか。

「修道院は行くところのない私を、優しく受け入れてくれました。最初は想像よりも貧しい食事にショックを受けたけど、倹約しながら栄養を取れるように案を出し合って。最近ではデザートまでつくようになったわ」
「そうか……それは良かった。前も話したが、あの辺りは、土地が余っているし教会の所有地を上手く活用すれば、農園経営で修道院も豊かになるだろう。もちろん、周辺に住む人々もね」
「問題は国境付近で所属国が未だに曖昧なことかしら。中立国の所属という設定になっているけど、植民地のようなものだし」

 辺境地が極端に貧しい原因は、きちんとした所属国が定まらないせいだった。領土としてはコルネードとアランツの間にあるが、所属管轄は遠い中立国である。

「実は聖女派遣の中心部が、いまだに植民地状態というのもどうかという意見が多く上がっていてね。今回の交流を機に、我がアランツ王国の領域にして面倒を見たいと考えている」
「確かに、国境さえ越えれば半日で着く場所にあるし。ほぼアランツの領土と言っても不思議ではないけれど。コルネードが黙ってるかしら」
「以前は、コルネードに遠慮があったけど。聖女であるキミはコルネード国の土地を踏めない契約をしてしまっているし、アランツの所属になった方が安全だと思うんだ」

 かつて植民地として支配されていたため、所属国との連携はイマイチ悪く、周辺国に援助されながらようやくという状態だ。聖女派遣の本拠地が不安定では、今後の人間族の社会前半が危うい。アランツ王国の領土として認可するようにと、書簡が各国連盟本部へと次々送られた。

(もし、修道院のある辺境地がアランツ王国の領土になったら国境を意識しなくても、すぐに移動が出来るのね。物資の往来も増えるから、少しずつ拓けていくわ)


 * * *


 翌日、天気はいつもより穏やかで、暴風などの被害も減っている。どうやら聖女の祈りは魔族だけでなく、自然災害にも効果があるようだ。
 農業大臣直々に、宮廷魔法使い宿舎を訪れてルイーゼに礼を述べる。

「これで国民達も、気持ちを穏やかに過ごすことが出来ましょう」
「私達は一旦報告のために、修道院へと戻ろうと思うの」
「えっ……しかしですね、ルイーゼ様。実は防御壁魔法完成のパーティーを予定しておりまして、是非ルイーゼ様にも出席して欲しいのです」

 大臣が手にしていたのは、数日後に行われる正式なパーティーいわゆる夜会の招待状だった。初日に行われた歓迎会とはまったく違う、上流階級の社交の場。

「ですが、私は公爵令嬢の身分を剥奪された身。今は公爵令嬢ルイーゼではなく、修道女セシリアです。修道女は俗世と離れて暮らすのが基本ですし、華やかな場所には出席出来ないわ」
「ふうむ、困りましたなぁ。国民達に安心感を与えるためにもぜひ……と思っていたのですが」

 見事に防御壁魔法も完成し、一旦アランツ王国から修道院へと帰還しようと話し合ってる最中、意外な知らせが飛び込んできた。

「大変です! 実は、聖女ミカエラ様がアランツ王国を来訪したいとの頼りが届きました」
「えっ。聖女ミカエラが……」
「はい。なんでも本物の聖女のチカラを使わないと、アランツ王国の防御壁魔法は完成しないとか仰ってるそうで。チカラを貸してあげても良いと」

(なんて馬鹿なことを! 自分の国の防御壁魔法すら完成させられないくせに、わざわざこちらに来るなんて。まさか、横取りをしようと……?)

「どうされます? 聖女セシリア様がルイーゼ嬢ご本人であることは、殆どの人が知る事実。因縁深い聖女ミカエラ様にお会いするのは、気が引けると思いますが。名誉を挽回するチャンスでもある」
「けれど立場は向こうのほうがずっと上よ。何を言われるか分からないし、会わない方が良いかしら」
「……幸い、修道院とアランツ王国は国境を挟んで馬車で半日の距離。揉めても良くないですし、一度、戻られて対策を練られても良いかも知れませんな」

 わざわざ確執のある二人を再会させることは、万が一の場合に危険だと判断したようだ。滞在期間中、何かと気遣ってくれたマリウス王子に別れの挨拶をする。

「マリウス様、一度修道院に戻りますわ」
「……そうか。僕も、正式にキミをこの国に迎えられるように動くとするよ。それまで、しばらく休んでて……」

 ちゅ……と、軽くマリウス王子の唇がルイーゼの唇に触れた。

「あ、あの……マリウス王子」
「続きは、キミを鳥籠から出してから……ね」
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