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第1章 一周目

第06話 噂をすれば影がさす

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「どうしましょう? 噂をすれば影がさすとはよく言ったもの。まさか、こんなに早く、ジーク様がルキアブルグ邸に来られるとは!」
「さすがに、我が神聖ミカエル帝国の勇者様を、門前払いするわけにもいかないし。取り敢えずは、我々でもてなしましょう」

 ヒルデ嬢の気持ちを考えると断った方が良いのだろうが、次期国王候補でドラゴン退治の英雄を門前払いするわけにはいかず。メイド達は内玄関へ続くドアを開けて、客間へと通し紅茶とクッキーを素早く用意する。

 その隙に下宿人の青年フィヨルドが、すかさず内部電話を使い、ヒルデ嬢にジークの来訪をお知らせ準備に入る。

「フィヨルドさん、ヒルデ様に連絡をお願いね」
「はっ。このフィヨルドにお任せを!」

 自然溢れる小国からの留学生でもあるフィヨルドは、都会への憧れ気質も手伝って、ヒルデ嬢に片想いしている可哀想な男性の一人だ。本当はただの下宿人だったが、頭に雷撃を打たれて以来治療費が嵩んでしまい、使用人としてアルバイトもしている。自らが第4王子であったことさえ、頭に滞在する雷のせいで、思い出せない日が度々増えた。
 ヘラヘラと上機嫌で給湯室へと向かうフィヨルドに、新人メイドが声を掛ける。

「あら、フィヨルドさん。随分とご機嫌ね、何かいいことがあったの」
「いやぁジークさんがいらしたので、ヒルデ嬢に内部電話で連絡するんですよぉ」
「そ、そうなの。お仕事頑張ってね」

 事故から生還したフィヨルドの生き甲斐は、ヒルデ嬢に罵倒されつつも、彼女の風呂上りや着替え中に遭遇してちょいエロ体験をすることだった。かつての典型的なインテリ系金髪碧眼王子様はすっかり息を潜めて、今やラッキースケベ系ラノベ主人公ポジションである。
 そんな彼は常日頃、『童貞を殺すファッション』を愛用しているヒルデ嬢に、心を射抜かれているのだ。

(さて、ヒルデ嬢にお電話しないと。そういえば、今日の童貞を殺す服もおっぱいを程よく強調していて、エロ可愛かったな。緊張で胸がドキドキするけど、一応仕事しないと)

 内心はスケベ心一杯で、ヒルデ嬢のことを四六時中見守っているフィヨルド。だが、王子様のような金髪碧眼とイケメン補正で、クールな出来る小間使いとしてヒルデから信頼を勝ち得ていた。実際に彼は小国の第4王子なのだが、ビジュアル面でも王子様しているのだ。
 最初は友達という関係だった気がするが、フィヨルドが雷撃に頭を撃たれた辺りから、女王様と下僕というマニアックな関係が定着してしまった。おそらく、頭の中に埋まっている雷のせいで、フィヨルドのマゾ気質が強化されているのだろう。

 プルルルッ、プルルルッ!
 内部電話の発信音は、ときめくフィヨルドの鼓動のように楽しく踊っていた。

「ヒルデ嬢、ジークさんが現在客間でお茶を飲んでおります。なんでも、ヒルデ様との婚約が決定したことを聞きつけて、いそいそと足を運んだ次第のようです。なんか、鼻の下が伸びていた気がします」
「何ですってぇ! 毎日毎日、血の繋がらない義理の妹や姉、幼少期に数日間しか遊んだことのない自称幼馴染みと、イチャコラしてる癖にっ。一体、どのツラ下げて我がルキアブルグ邸で、お茶なんぞしばいておりますのっ。一刻も早く追っ払って下さいなっ! あぁ本当に気分が悪いっ」
「ヒルデ嬢、畏まりましたっ。では、風邪気味で気分が悪いため面会出来ないと、伝えておきますゆえ」

 プツッ。ツーツーツー。

(あぁ! 今日はいい日だ。オレみたいな田舎者が、ヒルデ嬢の怒声を浴びることが出来て。この国に、留学してきて良かった。ジークさんが阿保みたいに来訪してくれたおかげで、ラッキーだったよ)

 僅かな幸せを噛みしめながら、メイドにそっとメモを手渡して、『ヒルデは面会出来ない』ということをジークに伝えるよう促がす。

「実は、ヒルデお嬢様は体調を崩されておりまして。今日は、面会が出来るかどうか。当主様も用事で外出されておりまして、今は使用人とお嬢様しかこの屋敷にはいないのでございます」
「そうか、ヒルデは病気、ルキアブルグ公爵までお留守とは。それならば余計に心配だ。近い将来、僕とヒルデは夫婦になる身。是非、お見舞いさせていただくよ」

 仕方なく、ジークには少しだけお屋敷で休んでから、帰ってもらうことにしたかった使用人達だが。ドラゴンを倒したと言われているだけあって、一介のメイドが何を言おうと聞く耳なんぞもたない。黒いサラサラとした前髪を揺らして、スッとソファから立つ姿は若いとはいえ王者の仕草だ。

「えっ? お言葉ですが。ヒルデお嬢様は、風邪で相当具合が悪い様子で、きちんと面会出来るか否か。先ほど、使いの者が様子を伺ったところ『気分が悪い』と仰っていたそうで」
「気分が悪い、とは。吐き気とかムカつきとか、かな?」
「さ、さぁ? けれど、今日は大層寒かったですし。風邪であれば、そういう症状もあるのかも、知れませんね」

 おそらくヒルデの言う気分が悪いと言うのは、ジークがノコノコとルキアブルグ邸に訪れたことについて、批判しているのだろう。メイドも馬鹿ではないので、それくらいの察しはつくが、ここは敢えて体調不良で押し通す。
 だがハーレム勇者ジークの脳内設定は、予想の斜め上を行っていた。

「気分が悪い、いや気持ちが悪いのか。つまり、悪阻だ。ふむ、もしかするとヒルデは僕との婚約が決定して、喜びのあまり想像妊娠しているのではないだろうか?」
「えっっっっ?」

 まさかの想像妊娠設定。
 このまま、風説の流布と誹謗中傷で裁判に持ち込めば、本当に婚約破棄が出来るかも知れない。

 何言ってるんだ、この男は。とメイドも半ば呆れかけたが、どうやらジークは本気と書いてマジの様子。スラスラとアホな戯言を、蕩けるようなイケボで語り始めた。

「いるんだよね、実際。僕に耳元で囁かれただけで妊娠しちゃう人とか、目があっただけで妊娠しちゃう人とか」
「それは。ただ単にその女性達が、もともと他の男性の子を、懐妊されていただけなのでは?」
「いやいや。他の女性はそうだとしても、ヒルデ嬢は箱入りの純血処女だからね。おそらく、僕と婚約した喜びと驚きで、想像妊娠を起こしかけているんだろう」

 まさか、気分が悪いイコール想像妊娠まで話を発展するとは、思いもよらず。メイドは、話をどう誤魔化していいのか、分からなくなってしまう。

「では、万が一のことを考えて、お医者様をお呼びしなくては。やはり、ジーク様には、このままお帰りになられてもらって……」
「馬鹿なことを言うなっ! 僕がこのまま帰ってしまったら、ヒルデが恋煩いで、死んでしまうかも知れないじゃないかっ」
「えっっっっ。恋煩いで死ぬのですか、お嬢様が? では、ジーク様とご一緒になるのは危険と言うことで、やはりお帰りに……。もしかすると、万が一の確率で、ジーク様の思い違いの可能性もありますが」

 延々と終わらないジークのモテ妄想についていけなくなったのか、メイドがチクリと嫌味を一言。

「分かっていないな、キミは。ヒルデは僕にだけ、異様に反応している。はっきり言って彼女はオレに惚れている、惚れないはずがない。万が一の可能性で、仮に今惚れていなくても、近い未来にはおそらくメロメロになるはずだ」

 一体どこから、その自信は湧いてくるのだろう。半ば呆れかけていると、メイドの手を取り至近距離にまで接近。ついに、最終手段として頑なに閉じていた門……メイドの心を開く行動に移る。

「ねぇ今日は、ご神託が正式に下りた日だろう。多分、ヒルデはマリッジブルーなんじゃないかな。だから、余計に未来の夫である僕が、いろいろと慰めなくては。万が一、他の男の手が『僕の可愛いヒルデ』へと伸びる前に、ねっ」

 悪びれもせず、メイド相手に見るものが眩むような華やかな表情でニッコリと微笑み、無理にでも面会を進める様子は権力者そのもの。流石のメイド達も何人かは職務を忘れ、ジークの麗しい笑顔に見惚れてしまう。

 先ほどまでは、ちょっぴりジークのことを馬鹿にしていたメイドさえ、彼のイケメンぶりにクラクラしてしまった。
 戦意喪失、現場崩壊、即ち門は開かれた。

「でっでは。ヒルデ様のお部屋まで
ご案内致します」

(あぁヒルデお嬢様。お美しいばっかりに、あなたはなんという危険な男性に見染められてしまったのでしょう。このお方は、ジーク様は生来の魔性の男ですっ!)

 果たして、ヒルデはこの稀代の美青年から逃げ果せることが、出来るのだろうか。


 ――ヒルデとジークの恋の攻防が、静かに幕を開けた。
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