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序章
第00話 Re:二周目の公爵令嬢
しおりを挟むわたくしの名は、ヒルデ・ルキアブルグ。最近までは十七歳の乙女であったはずだったのですが、いろいろありまして、今は小学二年生の女の子です。
公爵令嬢という選ばれしポジションに生まれたわたくしは、人間関係の悪さも手伝って癇癪をたびたび起こすようになり、『御伽噺に出てくる悪役令嬢のようだ』なんて、世間に囁かれるようになっていました。
ですから、悪評の末に婚約者の王子様に婚約破棄されても、可笑しくないはずでした。
大抵の物語だったら、きっと。
『ヒルデ・ルキアブルグ! お前との婚約を破棄するっ』
とかなんとか言って、ハイスクールの卒業パーティーあたりで、王子様から破局を言い渡されてしまうのでしょう。
もしくは、悪役令嬢が逆転する話であれば、他国の国のイケメンがわたくしを見初めて来て、こう言ったかも知れません。
『あなたがヒルデを要らないと言うのなら、俺が彼女を頂こう! この隣国の王子が……』
と言った感じの展開で、他国へと駆け落ちしてハッピーエンドかも知れません。
けれど、わたくしの物語はそのどちらにも該当しておりませんでした。
わたくしの王子様……フィヨルド・リヒテンベルクはとても優しく純粋で……本当の意味でわたくしの王子様でした。金髪碧眼の見るからに御伽噺から出て来たような美青年で、白皙の王子様と呼ぶのに相応しいお方です。
「オレは、何があってもずっと。ヒルデの味方だよ。神様がオレ達を神の雷で引き裂こうとも、オレは必ずキミを妻にするから」
「ありがとうフィヨルド。わたくしもずっとあなたのことが、大好きよ。一生……一緒にいましょうね」
こんなわたくしに、悪役令嬢なんて虐められているわたくしに。素敵な王子様が、生涯共にいてくれるなんて。
まさに、夢のような話でした。けれど、彼の存在は夢ではありません。その宣言通り、フィヨルドは何度神の雷に撃たれて記憶を失っても、必ずわたくしの手を取りプロポーズしてくれたのです。
えっ? それじゃあただの、幸せなご令嬢の物語なのではないかって。いえいえ、わたくしを取り巻く人間関係は、フィヨルドだけが中心ではありませんでした。
もう一人、わたくしには婿候補となる男性がいたのです。
――彼の名は、ジーク・ヘルツォーク。
英雄王の血を引く黒髪青目の彼は、稀代の美青年と謳われてとにかく女の子にモテるのです。その実績は血筋のみならず、煉獄のドラゴンと呼ばれる古龍を撃退するほどでした。いわゆる『勇者様』と呼ばれる存在です。
たびたび花嫁候補として名前が挙がるわたくしは、ジークが囲っている女性陣から嫌がらせを受けて、揉めることもしょっちゅうでした。
我が神聖ミカエル帝国において、次期国王候補であり勇者様であるジークに好かれることは、嫉妬と羨望を一身に集めます。
ここまでの話を聞いたみなさんは『だったら、相思相愛のフィヨルド王子と早く結婚すれば良いじゃないか』と思われるでしょう。そう単純にいかないのが、我が神聖ミカエル帝国のおそろしいところなのです。
神聖ミカエル国民の貴族の子女子息に関する最終的な結婚相手は、神殿がご神託により決定する。それが、この帝国の絶対的な法律でした。
例外的に、十六歳のうちに婚約契約書とお布施を納めた場合のみ、免除されます。ですが、神の雷により何度もフィヨルドと引き裂かれた結果、婚約契約書の提出は間に合いませんでした。
結婚相手を指定するお告げによると、わたくしの相手は予想通り勇者ジーク・ヘルツォーク。ですが、わたくしは如何にかして彼から逃れようと、フィヨルドと共に足掻きます。
絶対にジークのことを好きにならないように、フィヨルドだけに気持ちを傾けるように。足掻いて、足掻いて……けれど、ジークの切なげな瞳に一瞬だけ心を奪われてしまい。
「この勝負、惚れた方が負けだよヒルデ」
自身ありげなジークの宣戦布告。蕩けるような熱い口付けは、罪の果実そのものでした。
(どうしよう? このままでは、ジークに堕ちてしまう。わたくしが心に決めた相手は、優しいフィヨルドなのに)
一周目のわたくしは、善戦虚しくジークに敗北してしまったのです。本音と違う相手を選択することを、神は決して赦しませんでした。
そして、神の怒りに触れて……もう一度人生をやり直す羽目になりました。それが現在のわたくし、小学二年生のヒルデ・ルキアブルグです。
「はぁ一体、これからどうすれば良いのですの? ジークに誑かされたのが原因で、まさかもう一度人生をやり直す羽目になるなんて」
鏡の向こうにはふっくらほっぺに大きな瞳の愛くるしい少女の姿。まだ、『悪役令嬢』なんて、悪口を言われる前のピュアなわたくし。
「あぁ。この頃はまだ、見るからにピュアでしたのね。まずは一周目を振り返り、対策を練ることから始めないと。ジークになんか騙されるからあんなことになったのです」
物思いにふけるわたくしを嘲笑うかのように、突然機械的な音声が部屋に鳴り響きます。
「ユーガットメール!」
ふと気がつくと、設置したてのパソコンに一通のメールが届いておりました。
(おかしいな、まだこのメールアドレスは誰にも教えていないのに。業者かしら?)
おそるおそるメール画面を開くと、差出し人は『神殿の神』。
「まぁ! もしかすると、誰かの悪戯メールかしら? まったく……えっ」
メールのタイトルは『二周目の公爵令嬢』とだけ書いてあり、肝心の中身は健闘を祈るとだけ。
「誰ですのっ? こんなタチの悪い悪戯をっ。わたくし、小学生に戻ってしまって本気で悩んでいるのに……本気で……あれっ?」
残念ながら、このタイムリープの記憶を持つ者はわたくし以外誰もいないはずです。本当はいるのかも知れないけれど、確認出来る範囲では、わたくしを取り巻く人々からはその話は聞かれない。
背筋が思わずゾクッとしながらも、わたくしが二周目であることを知るメールの主に思わずこんな内容で返信を出しました。
『Re:二周目の公爵令嬢。王子様と勇者様、どちらが運命の相手ですの?』
もちろんメールの返事なんて返って来るはずもなく、わたくしは再び運命の三角関係に身を投じることになるのです。
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