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第40夜 地下実験室
しおりを挟む化石研究者のクーロン博士がカラス氏から預かった化石の解析作業を区切りのいいところまで進め、一息いれるために古代文化研究所のカフェラウンジに向かうと見覚えのある金髪ポニーテールの女の子が風水師に連れられて研究所内を歩いていた。
(おや、あの女の子は)
今日の昼間私の研究室を訪ねてきたカラス氏の助手の女の子だ。
個人的な感情で助手の千夜君という少年が連れていたミニドラゴンに気持ちがいってしまい、カラス氏の機嫌を損ねたんだっけ……。
伝説と謳われたミニドラゴンの本物が突然自分の研究室にやってきたため年甲斐もなく興奮してしまった。
生きたミニドラゴンは研究室の廊下に飾ってある剥製と異なり、澄んだ美しい瞳に生き生きとした赤い鱗をしていた。
剥製よりも尻尾が長かったな。
もしかしたら尻尾はトカゲのように生え変わるとか秘密があるのだろうか?
この化石の解析作業を終えればあのミニドラゴンを借りることが出来るという。
本当はずっと自分の研究室に置きたいが向こうにも事情があるようだ。
レントゲンを撮る約束にはこぎつけたのであと少しの辛抱。
本業の化石の研究を放り投げようとしてまでミニドラゴンに夢中になってしまったのは反省しよう。
そうだ、なんの用事か知らないがあの助手の女の子がまだここにいるということはまだあのミニドラゴンもこの研究所内にいるかもしれない。
クーロン博士は風水師のとシャルロットに感じよく近づいていった。
「やあ、昼間は悪かったね。化石の解析作業は順調に進んでいるから安心してくれ給え! 今度は風水師に何か用なのかな?」
「…………」
クーロン博士が話しかけるもシャルロットは無言である。
金髪を僅かに揺らし何か言おうとしているようだが……声が出ないのか?
目に生気もない。
大丈夫だろうか?
「あの、お嬢さん具合が悪いなら早く休んだほうが……」
クーロン博士がシャルロットを心配し肩に触れようとすると風水師が
「この少女は悪霊に取り憑かれた可能性があります。私が露店街で保護しました。 心配いりませんよ……そうだこの猫預かってもらえませんか? 」
どうやらこの猫、私のこと警戒しているみたいです……と風水師が紫色の猫をクーロン博士に抱かせた。
「ニャアニャア!」
猫は怒っているようだ。
ふわふわした毛並みを逆だたせて風水師に何かを言っている。
「では私は除霊の準備がありますので……」
そう言って風水師は少女を連れて地下実験室に行ってしまった。
(ここの研究所の呪いのアイテムでも触ってしまったのだろうか?)
博士はカラス氏に言われた
「この研究所で魔導実験を行っているという悪い噂」
という言葉を思い出し、少女の身を案じたが風水師の治療を受けた人たちは皆生きているし、少なくとも今のような生気のない状態よりマシにはなるだろう。
(可哀想に……)
クーロン博士は複雑な心境でシャルロットの猫を抱えたまま自分の研究室に戻った。
カチャリ……とカギを開けてふわふわの猫を研究用の動物ケージに入れる。水に猫砂、キャットフード……研究所にはたまに小動物を調べることがあるので一通り必要なものが揃っている。
気づかなかったがこの猫、どうやら普通の猫ではないようだ。
そもそも紫色の毛並みというだけで相当レアな猫である。
背中にくぼみがあり本来は羽根が生えているような雰囲気である。
(羽根をしまって普通の猫に扮しているのか?)
クーロン博士は今まで興味のなかったこの猫を調べたかったが、取り敢えず化石の解析作業を終わらせることにした。
博士が化石の余分な部分を調べていると何やら貴石が埋まっている。
コツコツと音を鳴らす。
化石を壊さないように取り出すと貴石は美しいグリーンに輝いている。
(何の石だろう?)
以前、この町の露店街で購入した魔法の腕輪に貴石がはまるような気がして博士は腕輪の空いている穴に嵌めてみた。
「いい魔法石が見つかったら腕輪に嵌めてごらん」
露天商人はそう言っていた。
これも実験だ。
実験と自分に言い聞かせながらもクーロン博士はこの腕輪で魔法が使えるようになるんじゃないかと一瞬期待したのも事実である。
博士が作業に戻ると
「お願い……シャルロットを助けて」
と美しい女性の声で話しかけられた。
後ろを振り向くが誰もいない。
いるのは猫だけである。
おかしいな。
「お願い博士! カラス大尉達に連絡して! シャルロットの命が危ないの! シャルロットは私の世界で一番大切なご主人様なの……」
シャルロットは私のご主人様……。
シャルロットとがさっきの少女の名前である。
あの少女が連れていたのはこの猫だ。
「……キミ、人間の言葉を話せるのかい?」
「違うわ! あなたが私の言葉を理解できるようになったのよ……私の名はアイリーン……魔法を操る特別な猫よ……聡明な学者の魔導師様……お願い……シャルロットを助けてあげて」
聡明な学者の魔導師……この猫……アイリーンが話していることが本当なら私自身に魔法のチカラが備わったということか? この魔法の腕輪を身につけることで……。
「いいかい? 猫ちゃん、シャルロットさんは霊媒師に除霊してもらうだけだ。心配いらないよ」
猫を宥めようと近づくと猫の首輪にアイリーンと名前が刻まれた銀の美しいチャームが付けられている。 この猫の名前は本当にアイリーンのようだ。 アイリーンは訴えるような瞳で懇願してくる。
「このままではシャルロットの魂まで抜き取られてしまう……助けて……」
どうしたものか……。
小動物に勘は当たるという。
もし本当に噂通り魔導実験が地下で行われているにならあの少女の魂が抜き取られるのも時間の問題か……?
いや、あの実験室は入った人間は除霊が終わるまで1年間出てこない。
だとすると、長時間かかる実験なのだろう。
クーロン博士は、しばらく考えて
「オーケー、アイリーン。キミをさっきのカラス氏たちの元に連れて帰ろう。この町の宿屋は一軒しかないから、電話連絡しなくてもいいだろう。おいで」
クーロン博士は何事もなかったように猫を移動用ケースに入れて自室を出た。風水師達に見つからないように研究所を出たいものだが……。
「クーロン博士、今日はもう研究終了ですか? 新しい依頼はどうなりました? その猫は……」
研究所のホールで口うるさい助手のアイリスに見つかってしまった。
「ははは……この猫ちゃん、アイリーンっていうんだ。 助手の君と似た名前だし何か親近感が沸いてね! ちゃんとケアをするために一度外へ連れて行くことにしたんだよ。 ここじゃ充分なケアをしてあげられないから……じゃあまた!」
「はあ……」
助手の質問を猫の話題で振り切って研究所の門を出る。
時刻は夜の8時。
本来はもっと研究室に長居するが今日は特別だ。
博士は足早に宿屋に向かった。
◆
その頃シャルロットは地下室に連れて行かれて鍵のかかった部屋に閉じ込められていた。
小さな部屋でベッドとデスクが置いてあり必要最低限の生活はできるようだが、閉じ込めた人間を生かしておくためだけの空間に感じられた。
「あのお方がいらっしゃるのは明日になるそうです……新しい若い子が入ってきたので忙しくなるでしょう」
黒いローブを着た魔導師らしき男がシャルロットを見て風水師に告げる。
風水師は無言で小さなデスクに食事を置き、立ち去って行った。
(あの魔導師……どこかで見たような……?)
シャルロットはあの方というのは一体誰なのか不安になったが助けが来ると信じて休むことにした。
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