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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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しおりを挟む風がそよそよと、神殿周辺に漂っていた民衆達の熱気を醒ますように吹く。既に集会に参加していた民衆達は殆どが解散したようで、神殿周辺に残る人々の姿は少数だった。
なんせ今日はクリスマス。おそらく自宅へ戻ったか、港周辺の賑やかなマーケットへ繰り出したかのどちらかだ。
(良かった……この様子なら、民の目に触れないように移動出来るわね。けど、ついに神殿から……ううん国から追放される日が来ちゃったか)
神殿の裏口の前には締め出された虚しさに胸をキュッとしつつ、今後のことを考えるアメリアの姿。儀式直後のアメリアの服装は、古びたグレーの布地と裸足という下働きのようないでたち。まずは裏口の靴箱からいつもに靴を取り出して、履き替えなくてはならない。
汚れた素足を見てふと、聖女は異母妹という設定で自身は影に徹して欲しいと頼まれた時のことを思い出す。
『アメリアお姉様。貴女には霊能力を隠し、全ての予言はこの私、聖女レティアが行っていることにして欲しいの。そっちの方が民もついて来るだろうって。国のお偉いさんもそういうご意見よ』
『……レティア、貴女……そこまでして聖女になりたいのね。本当の霊力すらなくても嘘でもいいなんて……分かったわ。私が影に徹することで、民が救われるなら本望です!』
(あぁ。聖女の影というその役割すら降りる日が来てしまった。いつしか私の心も傷ついて、この足のように汚れてしまっていたのかも)
幸い、神殿の裏口には『浄化の泉』が設置されているため、素足の汚れを取ることは可能。
(そうだ……この泉で、心の汚れも落としてしまおう。綺麗に洗い流せば、まだ歩ける)
ため息を吐きながら足湯代わりの泉に足を浸していると、いつの間にかアメリアの前に人影が立った。
「おやまぁ……お嬢さん、ついに追放されてしまったようですね」
「えっいつの間に? 貴方は一体……」
「あははっ。通りすがりの錬金術士ですよ……なんて! 百聞は一見にしかず、証拠に貴女にぴったりの靴くらいを錬金して差し上げましょう。さあ、その靴を前に揃えて……貴女が足を清めている間に、すっかり新しい靴を作ってご覧にいれますよ」
人の良さそうな笑顔で優しくアメリアに接する金髪碧眼の男は、非常に端正な顔立ちをしていた。魔道士用の黒いローブを着ていなければ、何処かの国の王子様か何かと勘違いしてしまいそうだ。
突然追放されてしまい着替えも所持金も不安定な立場のアメリアとしては、靴を錬金してもらえるのはありがたい話。イチかバチか、男を信じて手持ちのシンプルな靴を床に置くと、みるみるうちに男の魔法の粉の錬金術で小洒落たリボン付きの靴に変化していく。
「凄い、本当に錬金術ってあるのね。そうやって、魔法の粉を振りかけると、効果を発揮するのかしら」
「えぇ、かなり簡易版なら。少し難し目の錬金はフラスコを使いますし、本格的な錬金の場合は、伝統に則って大釜を使うこともありますが。今回は初歩の装備錬金ですから、魔法の粉を振りかけるだけで充分なんですよ。足を清めたら早速、このセットの靴下と履いてみてください……お嬢さん」
跪いて完成した靴を差し出す男の勧めるがままに、アメリアは泉で清潔にしたばかりの素足を拭き、清楚なレースの白靴下と靴を着用してみる。
「ありがとうございます。ふふっ時節柄、まるでクリスマスプレゼントね。以前よりもぴったりフィットするし、ヒールも少しアップしてスタイルも良く見えるみたい。それに、凄く歩きやすいわ。本当にいいんですか?」
「えぇもちろん! この錬金靴は、これまで神殿で、陰ながら予言のお仕事をしてくれていた貴女へ……。それから、このワンピースも私からの感謝の品ですよ」
さらに男が練金の粉をアメリア自身に振りかけると、古びたグレーの布地が新品の洒落たライトグリーンのセットアップワンピースに。髪型は年齢より老けて見えるひっつめヘアから、上品なハーフアップヘアに早変わり。
――泉に映る姿を確認すると……あっという間に、ナチュラルメイクの素敵な女性が完成した。
「わぁ! 服がセットアップのワンピースに。髪型も……実はずっと普通の令嬢みたいなヘアをしてみたかったの。お化粧だって、レティアの引き立て役という足枷がなければ、挑戦したかったから嬉しい。これなら新しい靴ともぴったりだわ。けど初対面なのに、こんなに良くして頂いて……」
「長く神殿で、予言活動を支えてくれた……いわば退職祝いですから。それに、クリスマスプレゼントも兼ねてね。これでも僕、神殿の管理に関わる仕事をしているもので。普段は白いフードを目深に被ってますし、殆ど顔を出さないので、認識されにくいんですけれどね」
『神殿管理人一族代表、錬金術士ラルド・クライエス』
手渡された名刺には、ここの神殿の聖なるマークが刻印されており、彼がれっきとした神殿管理業務の錬金術士であることが確認出来た。真の聖女として予言を受ける立場のアメリアだが、運営について詳しいわけではない。神殿管理は『本物の神』が行っていると聞いていたため、きちんとした立場の人間がいるとは想像していなかったのだ。
「そうだったんですか……ラルドさんがここの管理を。そういえば就任時に、遠巻きで挨拶だけした方によく似ているわ。白いフードの偉い錬金術師、あの方が実はラルドさんだったのね。せっかくお会いできたのに、私……この国を出ていくことになってしまって。残念だわ」
初対面であるにも関わらず、早速お別れムードを作るアメリアに焦ったのか、ラルドは慌てて自分の置かれた立場を再度説明する。
「いやいや、それがですね。実は、聖女レティアお付きの新たな管理人を雇うつもりらしく、僕も今日限りでこの神殿からお役御免なんです。再就職先は隣国になりそうなので、出来ればアメリアさんと同行したいと思うのですが……どうですか? 一応、男ですのでボディガードになりますよ!」
「ふふっ。旅は道連れってヤツかしら? 是非、喜んでご一緒させてくださいな」
思ったよりも幸先の良い旅の始まりになり、ひと安心のアメリア。まずは、船の行き交う港を目指すことに。
「さっ……外は冷えます。この上質のコートを羽織ると良いでしょう」
「こんな品の良いものを私に? 素敵……」
アメリアの肩が冷えないように小洒落た白のフリル付きコートをラルド自らの手で羽織らせてくれる。まるで突然、可愛がられているお嬢様かお姫様のような扱いを受けて、アメリア思わず頬を赤らめた。
本来はそのような扱いを受けても良い立場にも関わらず、異母妹レティアのために阻害されていたのだが、きっとこれからは変わっていくのだろう。
(神殿の神様、辛いこともあったけど今まで助けて下さって、ありがとうございました。アメリアは、隣国で頑張ります!)
長く世話になった神殿の神に心の中で感謝の気持ちを告げて、二人で丘を降りる。
気さくで親切な男の正体が、まさかアメリアをかねてよりを見初めていた『神殿の神本人』だとは夢にも思わずに。
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