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イベントストーリー【温泉ミステリー編】

07:朝もやの出発〜おきつね喫茶KON

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「おはよう、アルサル、紗奈子。結局、アルサルが運転手をしてくれることになっちゃったけど。キツかったら途中で僕が代わりに運転するからね」

 見事福引きで当てた『あやかし温泉旅館・お稲荷様こんこん支店』への旅行初日。待ち合わせ場所はアルサルと紗奈子が暮らす魔法庭園管理の館で、移動の車もアルサルのものを使うことになった。

 今朝のヒストリア王子は、賢者ルックでもなければ王子ルックでもない。ごく普通の白いシャツに黒いズボン、靴は秘境に行くために珍しくスニーカー。そして、身分を隠すためか運転のためかは不明だが、サングラス装備のラフなファッションだ。
 立ち姿や仕草までいい男だとはアルサルも紗奈子も彼のことを常日頃感じているが。金髪を朝の風に揺らして颯爽と現れるその姿に、超美形俳優が主人公の海外実写映画の冒頭部分のような錯覚までしてしまう。
 いつも麗しいと女性陣の目を釘付けにする大きな碧い眼がサングラスで隠れているにも関わらず、思わず目を惹くオーラ。彼が王子だからなのか、それとも美形の宿命で、顔を隠してもパーツの1つ1つが美し過ぎてかえって目立ってしまうのか、理由は謎である。

(げっ……ヒストリアの完全な私服ってほとんど見たことなかったけど、なんだか地球の兄貴に似てるな。年齢はヒストリアの方がずっと若いし別人なんだけど、向こうの兄貴も白人ハーフでモデル並みの美形だったし、そんなもんなのか……)

 見慣れぬヒストリアのカジュアルモードに戸惑いを覚えつつも、アルサルは平静を装いながら挨拶を返す。


「おはよう、ヒストリア。まぁ気持ちはありがたいけれど、オレ的にはナビゲーション役に徹してほしいかな?」
「ヒストリア王子、おはよう。そっか……今日行く温泉地は秘境だから、運転するだけでも大変なんだよね。私も運転免許取ろうかしら。身分証明書にもなるし」

 自分だけ車の運転が出来ないことを申し訳なく感じているのか、紗奈子が運転免許の取得検討を呟く。深い意味はないのかも知れないが、地球時代から方向音痴気味の彼女をよく知るアルサルからすると不吉感を感じてしまい、やんわりと止めることに。

「えっ……紗奈子、将来免許取って運転する気なのか。自由だけど免許取るのって結構金がかかるし、さらに自動車も欲しいってなると、今からゴールド貯めとかないと。身分証明書が欲しいだけなら、マイナンバーカードとかって……おっとここは地球じゃなかった。ごめん、つい地球にいるような気になっちゃって……。そろそろ出発しないと……」

 紗奈子を止めるためとはいえ、この異世界では実装されていないマイナンバーカードの話題を出してしまったことに思わず謝る。今日はヒストリア王子もカジュアルモードのせいか地球の兄と似た風貌だし、まるでアルサルは地球に還ってきたような錯覚をしてしまうのだ。

「ううん。しょうがないよ、私もたまにここが地球と同じのような気になることあるし。文明が同じように発展しているから、余計にね。行きましょう!」


 3人が車に乗り込むと、周囲に立ち込めていた『霧』と『もや』がさらに増えた気がした。もう少し時間が経てば、きっとこの朝もやは晴れるだろう。そんな風に、アルサルは都合よく考えていた。

 まさか、この朝もやが地球でもなくゼルドガイアでもない……もっと『霊的』な遠い別の異空間への移動を誘っているとは3人とも思わないのだった。


 * * *


 出発から、すでに2時間。途中で1度どこかの休憩エリアで休む予定が見当たらず……困っているところで峠の茶屋を発見。

「おっ……ようやく休憩出来そうなお店が出てきたな。おきつね喫茶KONだってさ。もう名前からして、お稲荷様のオーラを感じるけど他に休むところもないし……」
「そうだね、アルサルもいい加減休んだ方がいいだろうし。ちょっと休憩して、次は僕が運転するよ」

 赤い屋根の喫茶店は小さいながらも店内は清潔感が溢れていて、可愛らしい白狐の置物がカウンターテーブルの上にズラリと並んでいた。だが、店員さんはアルサルの予想とはひと味違っていた。

「いらっしゃいませ~。お好きな席に座ってくださいコン!」
「あっはい……」

 狐だ……狐が現れた。体長は猫よりも大きいくらいで、毛並みはいわゆる狐特有のふっさりしたもの。ウェイトレスさんなのか、手には銀色のトレーを持っていて、マメな雰囲気は出ている。そして、その後ろでは無言でコーヒー豆を挽く黒い狐さんの姿もあり……渋いイケボで「いらっしゃい……」とひとこと。

 アルサルは心底焦ったが、ここは異世界だし狐さん達が運営する喫茶店もあるのだろうと納得しようとするが、そこでガーネットが気になるセリフ。

「うわぁここの店員さんって和装なのね。大正モダンっぽくて、こういう衣装も素敵だわ。たまには、私も和装してみようかしら?」
「いいんじゃないかな? 僕もあのマスターさんみたいな落ち着いたファッションをしてみたいものだね。んっ……アルサルどうしたのかな? 小倉トーストとゆで卵のコーヒーセット、モーニングで安いみたいだよ」

(紗奈子もヒストリアもここの店員さん達が人間に見えているのか。和装も何も、もふもふした狐さんがナチュラルな姿で接客しているのに……はっ! まさかもう2人とも狐につままれている?)

 本当に温泉旅館まで辿り着けるのか……アルサルの不安をよそに、過去の因果と向き合う旅がスタートした。
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