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第3章
第10話 女神様の温泉で休息を
しおりを挟む薄暗い雲は暗雲という呼び名が相応しいほど重苦しく、まるで私達がこれ以上山道を進むのに反対しているかのよう。昼食のおにぎりを無人の休憩小屋で食べたのち、再び外に出るとますます雲が重くなっていてがっかりする。けれど、休憩小屋で一泊するほどの天気でもないため、そのまま足を進めることにした。
『ケロケロ。ケロロンッゲコゲコ』
途中、木々の隙からぴょこんぴょこんとアマガエルが数匹で通せんぼして来て、道を塞いでくる。ただのアマガエルと思うなかれ……流石は異世界というべきか、一匹ずつが猫くらいの大きさなのだ。
そして偶然なのだろうが、赤・黄・青の信号機カラー三匹組となっており、私の前とフィード様の前にそれぞれ三匹ずつ、合計六匹が目の前を塞いでいた。
『ケロン、ケロロン』
三匹組のうちの黄色カエルが一匹、私の前に一歩出てきて。ケロケロと何かを訴えかけている。よく見るとつぶらな瞳が潤んでいて、涙を流しているようだ。
『ケロケロゲコゲコ、ゲーコ。ゲココッゲコゲコゲーコ!』
フィード様の前には赤色カエルが一匹、ガラガラ声で手をパタパタとしつつ必死に訴えてきて、何やら不吉な雰囲気。赤色の信号にはストップの意味があるし、何となくフィード様の方に危険が迫っている予感。
(まるっきり、信号機で通行止めに遭っている気分……このままカエレと言いたいのかしら)
「おや、アマガエルの軍団か。一匹ならともかく、集団に道を塞がれちゃ、ちょっと困るね。凶悪なモンスターとは違うから、倒すわけにもいかないし。紗奈子、このエサをカエル君達に与えて、何とか引いてもらえないかな」
不吉なサインを読み取ってルート変更を検討するのかと思いきや、意外と現実的な考えの守護天使フィード様。バトル回避アイテムの『守護天使特製モンスター用のクッキー』で、カエル達に撤退を促すようだ。対モンスター用のアイテムだから、泉の女神様へのお供えにも使えなかったものだし、この機会に使うしかない。
「ごめんね、ケロちゃん……はい、これ安全なモンスター用の食べ物よ。あなた達の縄張りを荒らす気はないのだけれど。私達、薬草を取りにその先にある里まで、行かなければいけないの」
『ケロン! ゲコゲコ』
まるで何かを訴えるように必死に通せんぼするカエル達だったが、エサのプレゼントに根負けしたのか、渋々道を開けてくれた。小さな手にそれぞれ
モンスター用のクッキーを持って、巣の方へと帰宅する後ろ姿からは哀愁すら感じる。
「うぅ……せっかく何か教えてくれようとしてたのに、ケロちゃん達ごめんね。本当は一旦、さっきの休憩小屋に戻った方がいいのかも……けど、今も呪いで苦しむヒストリアのことを考えると、そうも言ってられないわよね」
「まぁあのカエル達もエサが確保出来れば、それなりに満足するさ。呪いを解く薬草はもっと奥の秘境でしか採取出来ないし、回復薬だって里の人しか煎じられないという噂……先を急ごう」
やがてシトシト雨は、大粒の雨になり、いよいよ本格的に降り始めた。
ポツ、ポツポツ、ザ、ザー。
山の天気は変わりやすいという話は本当のようで、目的地まであと僅か、というところだったのに。やはりカエル達の言うことを、素直に聞いておけば良かったのだろう。自慢の赤い髪はあっという間にぬれてしまい、フィード様の亜麻色の髪に至っては、濡れたカラスのように黒っぽくなっていた。
「きゃっ! 嫌な雰囲気はあったけど、いよいよ降って来たわね。さっきのカエル達は、この雨を予想して先に進むのを止めてたのかしら。どうする?」
「あいにく、雨を防げそうな小屋が見当たらないよ。マップが合っていれば、目的地まですぐのはずだし。雨具を着て、進んでしまおう」
「うーん。そうするしかないのかしら、仕方ないわね。えぇと、レインコートは……」
足元がぬかるんでいる関係で走るわけにもいかず、水溜りを避けながらようやく里の入り口まで辿り着いた。
* * *
観光客を歓迎する看板の矢印に従って、道を進むと大きなログハウス。俗に言う観光案内所の役割を果たしているようで、おそらく今回の採取クエストの窓口も兼ねているはず。一階は受付、パンフレット置き場、お土産コーナー、食堂スペース、そして温泉への渡り廊下へと繋がる構造。二階は宿泊施設として機能しており、登山客や薬草採取に訪れた冒険者が寝泊まり出来るようになっていた。
「すみません、薬草採取クエストで予約を入れている紗奈子・ガーネット・ブランローズと教会派遣員のフィード・エクスレイですが……」
「今朝、伝書鳩精霊でご予約承ってますよ! ようこそ、最後の輪廻で訪れる里【雨宿りの里】へ。雨に降られて可哀想だけど、実は女神様からの歓迎の雨なんだよ。多分、一時的な雨だから、明日の採取クエストは大丈夫だと思うわ。身体が冷えると良くないから、まずは温泉で温まってくるといいよ」
おそらく雨が降りやすい地域であることから、里の名称が雨宿りの里というものになったのだろう。フレンドリーなログハウスの受付女性が、手早く温泉用のタオルと館内着のセット、ロッカーの鍵を用意してくれた。ここの温泉は案内によると源泉掛け流しで、露天風呂ではないものの本格的な仕様だ。
「へぇ……この里には、温泉があるんですか。女神様の泉をモチーフにした名物温泉、身体に良さそう。オレ、温泉ってほとんど入ったことがなくて、何だか緊張するな」
「先に掛け湯をしてから温泉に浸かるのがマナーだけど、それ以外はそんなに難しくないわよ。雨に降られて体調を崩しやすいし、温泉で身体の芯までリフレッシュ出来るのはありがたいわ。まずは女神様の温泉で休息を取りましょう!」
大きな荷物を受付に預けてから温泉スペースへと移動し、男湯と女湯にそれぞれ分かれた。女神様の泉をモチーフにした源泉掛け流しの内湯は心地よく、冷えた身体を回復させるのにはうってつけで、明日の採取は万全の状態で挑めそうだ。
(はぁ……良い湯加減。何か起きるんじゃないかと警戒しすぎていたのね、きっと)
内湯から見える大きな窓の向こうでは、雨が降り続ける様子が確認出来る。だが一時的と聞かされていた雨は、その後も止む様子はなく……ついに、山道が崩れて外部との道が塞がれるのであった。それはつまり、私とフィード様はスローライフ系乙女ゲームのシナリオ通り、この里に閉じ込められることを意味していた。
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