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時を超える手紙
03
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「馬鹿な男」
それがクルスペーラ王太子と一夜を明かした後に出たフィオナの最初のセリフだった。けれど、王太子は久々の女遊びに満足したのか、随分と安らかな表情で眠りについていた。
(このまま永遠に目が覚めなければ良いのに)
ふと、フィオナは自分の隣で眠る男を見て、そのように思ったが、流石に口に出しては言わなかった。
かつて、フィオナがまだ赤毛の魔女になる前の純粋なフィオだった頃。タイムリープの加減で当の王太子は忘れているようだが、フィオにとってはクルスペーラ王太子は憧れのお兄さんだったはずだ。
優しく聡明で話しやすくて、もしかすると自分にもこの人のお嫁さんになるチャンスがあると思うと勉強にも精が出た。しかし、繰り返されるタイムリープは彼との思い出も、ヒメリアとの思い出も無かったことにしてしまう。
因縁の果てに悪魔に魂を売ったフィオナへの代償は、全ての思い出を捨てて赤毛の魔女として囚われて生きること。彼女の居場所は暗くて狭い牢獄のような塔の中で、鉄格子の窓からわずかに見える青い空が憧れだった。
『赤毛の魔女はいつしか断罪されなければならない。殺されたくなければ、憎き聖女ヒメリアを亡き者にしなくてはならない。分かるな? フィオナ』
牢獄の鍵が開けられた時、引き換え条件と言わんばかりに聖女を殺すようにと命じられる。この四回目のタイムリープでは、フィオナは運命に負けるわけにはいかなかった。
(ヒメリアはタイムリープの間も、何事も欠損なく繰り返しを過ごしているようだけど。赤毛の魔女である私は、繰り返されるごとに新たな屈辱と非業の時間を味わう。閉じ込められて虐げられて、ようやく外に出られた時には残された時間はわずか)
足枷の跡をタトゥーで誤魔化して、ボロボロの爪は艶やかな付け爪とネイルアートで覆い隠された。パサパサだった赤い髪をココナッツのオイルでケアして、肌はシアバターで滑らかに整えていく。
傷だらけの醜い魔女は、少し手を加えるだけで色香のある美女へと変貌していく。
『おおっ想像していたよりずっといいじゃないか。やはり、お前には素質がある。これならば、あの王太子のことも堕とせるだろう』
フィオナ自身は何度かのタイムリープで自分がどのようにすれば美しくなるか知っていたが、彼女を差金としようとしている魔術団体はタイムリープのことを覚えていないらしい。
ただ、『このペリメライドという島は呪いの影響でタイムリープという幻想に取り憑かれている島民が何割かいる』という噂話があるに過ぎなかった。
(くだらない、くだらない人達。この島の豊かな富と王宮の権力を狙い、私を駒として使おうとしている魔術団体も。渦中の人物なのに何もかも忘れて、いつも助けてくれない王太子も。私と同じ立場だったのにタイムリープをすればするほど差がつくヒメリアも。みんな、みんな大嫌い……!)
フィオナは自分だけがタイムリープの因果に苦しめられていると感じ、このくだらない世界を壊したいと考えるようになった。それは、この島に根付く赤毛の魔女の魂とフィオナを完全に同一のものとし、混ざり合い離れられなくなる合図でもある。
『それで良いのよ、フィオナ。さあ、その馬鹿な王太子を貴女の下僕に変えてみなさい。そして、憎き女神の生まれ変わりヒメリアに私と同じ屈辱を味合わせるのよ』
何処からともなく頭の中に響いて来た声は、フィオナを駆り立たせる原動力となっていく。
(聞こえる、聞こえてくる。この島に根付く、古い古い因果の象徴たる魔女の憎しみが。いいわ、全部、全部受け止めてあげる)
本当の意味で味方のいないフィオナは、全てに復讐するために魔女の憎しみを自分の中に全て取り込んでいくことにした。
* * *
「ヒメリア、お前に王宮から呼び出しがかかっているのだが。何か、良からぬことでもしたんじゃないだろうな」
普段は優しいヒメリアの父が、怒りの形相でヒメリアの部屋のドアを叩いた。
「お父様、この手紙。一定期間の拘束ののち、公開裁判? なんなのこれは。身に覚えがないわよ」
「最近、聖女に就任されたフィオナ様にお前が失礼なことをしたんじゃないかと。メイドも使用人も噂しているぞ。このままじゃ、王太子様と婚約破棄どころか、どんな憂き目に遭うか」
「フィオナ様……? 彼女はいつの間にそんな絶対権力者になってしまったの。彼女が王宮に出入りするようになって日も浅いし、お会いしたのだってまだ一回だけだわ」
呼び出しというオブラートに包んだ表現だが、父が握るヒメリア宛ての手紙の中身は身柄を拘束するための令状だ。理由は聖女に対する悪質な嫌がらせとのこと。全くもって身に覚えのない罪状で、呼び出されていることになる。
「会わずとも誹謗中傷の類は出来るとの見解が一般的だそうだ。とにかく、今すぐに王宮まで足を運ぶようにとのことだ。まったく、これで王太子様とは事実上の婚約破棄。私の代で由緒正しい網元の一族も終焉か……」
ガックリと肩を落とす父は家の没落を予感して気が気ではない様子。だがヒメリアも父も、予想より激しい残酷な断罪が待ち受けているとは夢にも思わなかった。
それがクルスペーラ王太子と一夜を明かした後に出たフィオナの最初のセリフだった。けれど、王太子は久々の女遊びに満足したのか、随分と安らかな表情で眠りについていた。
(このまま永遠に目が覚めなければ良いのに)
ふと、フィオナは自分の隣で眠る男を見て、そのように思ったが、流石に口に出しては言わなかった。
かつて、フィオナがまだ赤毛の魔女になる前の純粋なフィオだった頃。タイムリープの加減で当の王太子は忘れているようだが、フィオにとってはクルスペーラ王太子は憧れのお兄さんだったはずだ。
優しく聡明で話しやすくて、もしかすると自分にもこの人のお嫁さんになるチャンスがあると思うと勉強にも精が出た。しかし、繰り返されるタイムリープは彼との思い出も、ヒメリアとの思い出も無かったことにしてしまう。
因縁の果てに悪魔に魂を売ったフィオナへの代償は、全ての思い出を捨てて赤毛の魔女として囚われて生きること。彼女の居場所は暗くて狭い牢獄のような塔の中で、鉄格子の窓からわずかに見える青い空が憧れだった。
『赤毛の魔女はいつしか断罪されなければならない。殺されたくなければ、憎き聖女ヒメリアを亡き者にしなくてはならない。分かるな? フィオナ』
牢獄の鍵が開けられた時、引き換え条件と言わんばかりに聖女を殺すようにと命じられる。この四回目のタイムリープでは、フィオナは運命に負けるわけにはいかなかった。
(ヒメリアはタイムリープの間も、何事も欠損なく繰り返しを過ごしているようだけど。赤毛の魔女である私は、繰り返されるごとに新たな屈辱と非業の時間を味わう。閉じ込められて虐げられて、ようやく外に出られた時には残された時間はわずか)
足枷の跡をタトゥーで誤魔化して、ボロボロの爪は艶やかな付け爪とネイルアートで覆い隠された。パサパサだった赤い髪をココナッツのオイルでケアして、肌はシアバターで滑らかに整えていく。
傷だらけの醜い魔女は、少し手を加えるだけで色香のある美女へと変貌していく。
『おおっ想像していたよりずっといいじゃないか。やはり、お前には素質がある。これならば、あの王太子のことも堕とせるだろう』
フィオナ自身は何度かのタイムリープで自分がどのようにすれば美しくなるか知っていたが、彼女を差金としようとしている魔術団体はタイムリープのことを覚えていないらしい。
ただ、『このペリメライドという島は呪いの影響でタイムリープという幻想に取り憑かれている島民が何割かいる』という噂話があるに過ぎなかった。
(くだらない、くだらない人達。この島の豊かな富と王宮の権力を狙い、私を駒として使おうとしている魔術団体も。渦中の人物なのに何もかも忘れて、いつも助けてくれない王太子も。私と同じ立場だったのにタイムリープをすればするほど差がつくヒメリアも。みんな、みんな大嫌い……!)
フィオナは自分だけがタイムリープの因果に苦しめられていると感じ、このくだらない世界を壊したいと考えるようになった。それは、この島に根付く赤毛の魔女の魂とフィオナを完全に同一のものとし、混ざり合い離れられなくなる合図でもある。
『それで良いのよ、フィオナ。さあ、その馬鹿な王太子を貴女の下僕に変えてみなさい。そして、憎き女神の生まれ変わりヒメリアに私と同じ屈辱を味合わせるのよ』
何処からともなく頭の中に響いて来た声は、フィオナを駆り立たせる原動力となっていく。
(聞こえる、聞こえてくる。この島に根付く、古い古い因果の象徴たる魔女の憎しみが。いいわ、全部、全部受け止めてあげる)
本当の意味で味方のいないフィオナは、全てに復讐するために魔女の憎しみを自分の中に全て取り込んでいくことにした。
* * *
「ヒメリア、お前に王宮から呼び出しがかかっているのだが。何か、良からぬことでもしたんじゃないだろうな」
普段は優しいヒメリアの父が、怒りの形相でヒメリアの部屋のドアを叩いた。
「お父様、この手紙。一定期間の拘束ののち、公開裁判? なんなのこれは。身に覚えがないわよ」
「最近、聖女に就任されたフィオナ様にお前が失礼なことをしたんじゃないかと。メイドも使用人も噂しているぞ。このままじゃ、王太子様と婚約破棄どころか、どんな憂き目に遭うか」
「フィオナ様……? 彼女はいつの間にそんな絶対権力者になってしまったの。彼女が王宮に出入りするようになって日も浅いし、お会いしたのだってまだ一回だけだわ」
呼び出しというオブラートに包んだ表現だが、父が握るヒメリア宛ての手紙の中身は身柄を拘束するための令状だ。理由は聖女に対する悪質な嫌がらせとのこと。全くもって身に覚えのない罪状で、呼び出されていることになる。
「会わずとも誹謗中傷の類は出来るとの見解が一般的だそうだ。とにかく、今すぐに王宮まで足を運ぶようにとのことだ。まったく、これで王太子様とは事実上の婚約破棄。私の代で由緒正しい網元の一族も終焉か……」
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