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時を超える手紙
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「何か手紙が届いているぞ。この紋章は……王宮からじゃないか? どれどれ、これは……!」
最後通告が届いたヒメリアとは対照的に、王宮ゆかりの人々の元へお祝い会の招待状が届いていた。招かれたのは、ルーイン家以外の他の貴族や、税と糧食を納めている大農夫、大陸との取り引きを行う貿易商などである。
『聖女フィオナ王族入りを祝う会のご招待』
常識的に考えれば王族入りを果たす方法として、王族との婚姻が挙げられる。だが招待状にはフィオナが具体的にどのような方法で王族入りをするのかは触れておらず、国民の前で発表したいという趣旨が書かれているのみだった。
「どういうお考えなのだろう? 聖女フィオナ様をお妃様にしたいのであれば、素直に結婚発表といえば良いのに」
「ほら、ヒメリア様がまだ婚約者として残っているからじゃない? 確か正式には婚約破棄していないはずよ」
「またいつかみたいに、体裁の良い理由を作って自然と婚約破棄されるんじゃないか。ヒメリア様がまだ年頃になる前は、宝石商のご令嬢カシス嬢が婚約者だと囁かれていたし」
これまで通りなら、婚約話がなくなるとそれらしい言い訳をして、角が立たないように身を引かせるのが暗黙のルールである。
だから、招待を受けた貴族も大農夫も貿易商も、そして王宮に勤める大半の人間もヒメリアの身に危険が迫っているなんて思いもしない。
ただひたすら、ヒメリアとその家族だけが危機感を覚えているのだった。
* * *
馬車の中でヒメリアは、自分に待ち受ける宿命に震えながら神に祈りを捧げる。祈る時間が長かったのか、同行するメイド目を瞑るヒメリアに声をかけて来た。
「ヒメリアお嬢様、随分と長くお祈りをしていたようですがそろそろ王宮に着く時間です」
「えっ……もう? ごめんなさい。私、考え始めると長くなってしまうの」
「そのロザリオは、お祈りの時にいつもお持ちですね。確かクルスペーラ王太子様も似たようなものを持っておられましたが。王宮関係者の話によると最近手放したそうで、博物館に寄贈されたとか」
風の噂でクルスペーラ王太子が大事なロザリオを手放したという話は、先にヒメリアの耳にも入っていた。だが、王宮経由の話だとすると噂ではなく確実な情報だ。
「そう。クルスペーラ王太子の中には私と同じ信仰はもう残っていないのかしら。だから、私のことを縁切りしようと?」
「そのロザリオは何か意味があるものなのですか」
「これは、私が教会に本格的に通い始めた時に中央大陸の教会本部からいただいたものなのよ。クルスペーラ王太子は、レオナルド公爵から正式な形で貰っていたはずよ。大切なものなのに……ううん、良くない方に考えてしまうのは悪い癖ね。行きましょう」
美しい王宮の入り口が、今では恐怖の門に見えてしまう。すれ違う人々も心なしじゃ冷たい態度で、既に次期王妃候補から外されたであろうことは肌で感じ取られた。
「用の無いものはこれ以上の侵入は禁止だ」
「私は王宮に招かれてここに来たのよ。何故、分かっていてそのような物の言い方をするの」
「そっそうです。ヒメリアお嬢様は、次期王妃候補として今まで何度も王宮に出入りしています。突然手のひらを返すなんて可笑しいわ」
温暖な気候の島国で、こんなにも冷たい空気を感じるとは、人間の心とは残酷なものだとよく分かる瞬間だ。
王宮のロビーを抜けて一般市民が立ち入れる場所を越えようとした時、衛兵が槍を片手にサッとヒメリアの進路を塞ぐ。
「ふんっ。我々は聖女フィオナ様の護衛も兼ねて雇われている。怪しげな輩を近づけさせないようになっ」
「まぁ! つい最近までクルスペーラ王太子のためにと忠誠を誓っていたのに。最近の騎士道はこんなにも脆い物なの」
「うるさいっ。クルスペーラ王太子は、フィオナ様が王族入りするための駒にすぎないっ。実質この島は近いうちにフィオナ様の所有物になるであろう」
まだフィオナとクルスペーラは正式な婚約発表すらしていないはず。そもそも現在の婚約者は未だにヒメリア・ルーインのままだ。が、フィオナの場合は婚約者を通り越して、この国を統べる女王になるかのような言い方にヒメリアもメイドも驚いてしまう。
だが、血相を変えて狂ったようにフィオナへの忠誠を誓う衛兵達の暴走は止まらない。
「そうだ! フィオナ様がっフィオナ様こそがこの島の支配者に相応しいお人だっ」
「嗚呼、フィオナ様のためならなんだって出来る! フィオナ様がっフィオナ様がこの世界の真実の支配者なのだぁあああっ」
「帰れっ! フィオナ様を脅かすものは帰れっ」
ついに衛兵のうちの一人が興奮のしすぎで狂乱状態になってしまい、他の王宮の勤め人達も注目し出す。
「あ、頭がおかしいわこの人達。ヒメリアお嬢様、日を改めてお伺いした方が良いのでは」
「ええ、そうね。面会が叶わなかったのは明らかだし引き返しましょう」
「申し訳ございませんでした、ヒメリア様。最近は、フィオナ様に狂い出す者が増えておりまして手に負えないのです。今のうちに馬車へ……」
まだ正気を保っている衛兵のうち数人が、狂った者を押さえつけている間に馬車まで戻る。
こうしてヒメリアは正式な婚約破棄が出来ないまま、王宮からルーイン邸へと帰ることになってしまう。次に呼び出しがかかったのは、あろうことか聖女フィオナの王族入りお祝い会の当日だった。
最後通告が届いたヒメリアとは対照的に、王宮ゆかりの人々の元へお祝い会の招待状が届いていた。招かれたのは、ルーイン家以外の他の貴族や、税と糧食を納めている大農夫、大陸との取り引きを行う貿易商などである。
『聖女フィオナ王族入りを祝う会のご招待』
常識的に考えれば王族入りを果たす方法として、王族との婚姻が挙げられる。だが招待状にはフィオナが具体的にどのような方法で王族入りをするのかは触れておらず、国民の前で発表したいという趣旨が書かれているのみだった。
「どういうお考えなのだろう? 聖女フィオナ様をお妃様にしたいのであれば、素直に結婚発表といえば良いのに」
「ほら、ヒメリア様がまだ婚約者として残っているからじゃない? 確か正式には婚約破棄していないはずよ」
「またいつかみたいに、体裁の良い理由を作って自然と婚約破棄されるんじゃないか。ヒメリア様がまだ年頃になる前は、宝石商のご令嬢カシス嬢が婚約者だと囁かれていたし」
これまで通りなら、婚約話がなくなるとそれらしい言い訳をして、角が立たないように身を引かせるのが暗黙のルールである。
だから、招待を受けた貴族も大農夫も貿易商も、そして王宮に勤める大半の人間もヒメリアの身に危険が迫っているなんて思いもしない。
ただひたすら、ヒメリアとその家族だけが危機感を覚えているのだった。
* * *
馬車の中でヒメリアは、自分に待ち受ける宿命に震えながら神に祈りを捧げる。祈る時間が長かったのか、同行するメイド目を瞑るヒメリアに声をかけて来た。
「ヒメリアお嬢様、随分と長くお祈りをしていたようですがそろそろ王宮に着く時間です」
「えっ……もう? ごめんなさい。私、考え始めると長くなってしまうの」
「そのロザリオは、お祈りの時にいつもお持ちですね。確かクルスペーラ王太子様も似たようなものを持っておられましたが。王宮関係者の話によると最近手放したそうで、博物館に寄贈されたとか」
風の噂でクルスペーラ王太子が大事なロザリオを手放したという話は、先にヒメリアの耳にも入っていた。だが、王宮経由の話だとすると噂ではなく確実な情報だ。
「そう。クルスペーラ王太子の中には私と同じ信仰はもう残っていないのかしら。だから、私のことを縁切りしようと?」
「そのロザリオは何か意味があるものなのですか」
「これは、私が教会に本格的に通い始めた時に中央大陸の教会本部からいただいたものなのよ。クルスペーラ王太子は、レオナルド公爵から正式な形で貰っていたはずよ。大切なものなのに……ううん、良くない方に考えてしまうのは悪い癖ね。行きましょう」
美しい王宮の入り口が、今では恐怖の門に見えてしまう。すれ違う人々も心なしじゃ冷たい態度で、既に次期王妃候補から外されたであろうことは肌で感じ取られた。
「用の無いものはこれ以上の侵入は禁止だ」
「私は王宮に招かれてここに来たのよ。何故、分かっていてそのような物の言い方をするの」
「そっそうです。ヒメリアお嬢様は、次期王妃候補として今まで何度も王宮に出入りしています。突然手のひらを返すなんて可笑しいわ」
温暖な気候の島国で、こんなにも冷たい空気を感じるとは、人間の心とは残酷なものだとよく分かる瞬間だ。
王宮のロビーを抜けて一般市民が立ち入れる場所を越えようとした時、衛兵が槍を片手にサッとヒメリアの進路を塞ぐ。
「ふんっ。我々は聖女フィオナ様の護衛も兼ねて雇われている。怪しげな輩を近づけさせないようになっ」
「まぁ! つい最近までクルスペーラ王太子のためにと忠誠を誓っていたのに。最近の騎士道はこんなにも脆い物なの」
「うるさいっ。クルスペーラ王太子は、フィオナ様が王族入りするための駒にすぎないっ。実質この島は近いうちにフィオナ様の所有物になるであろう」
まだフィオナとクルスペーラは正式な婚約発表すらしていないはず。そもそも現在の婚約者は未だにヒメリア・ルーインのままだ。が、フィオナの場合は婚約者を通り越して、この国を統べる女王になるかのような言い方にヒメリアもメイドも驚いてしまう。
だが、血相を変えて狂ったようにフィオナへの忠誠を誓う衛兵達の暴走は止まらない。
「そうだ! フィオナ様がっフィオナ様こそがこの島の支配者に相応しいお人だっ」
「嗚呼、フィオナ様のためならなんだって出来る! フィオナ様がっフィオナ様がこの世界の真実の支配者なのだぁあああっ」
「帰れっ! フィオナ様を脅かすものは帰れっ」
ついに衛兵のうちの一人が興奮のしすぎで狂乱状態になってしまい、他の王宮の勤め人達も注目し出す。
「あ、頭がおかしいわこの人達。ヒメリアお嬢様、日を改めてお伺いした方が良いのでは」
「ええ、そうね。面会が叶わなかったのは明らかだし引き返しましょう」
「申し訳ございませんでした、ヒメリア様。最近は、フィオナ様に狂い出す者が増えておりまして手に負えないのです。今のうちに馬車へ……」
まだ正気を保っている衛兵のうち数人が、狂った者を押さえつけている間に馬車まで戻る。
こうしてヒメリアは正式な婚約破棄が出来ないまま、王宮からルーイン邸へと帰ることになってしまう。次に呼び出しがかかったのは、あろうことか聖女フィオナの王族入りお祝い会の当日だった。
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