雪と月

𝓐.女装きつね

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理由。

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「……住んでいたからかな、そこに」

 何やらBARをオープンさせたと唐突に始まった話から、コンセプトはどうするだとか “ 私はお酒が苦手なんだ ” とか『普通オープン前に話すんじゃないですか、そうゆう事』喉元まで出かっかった言葉を呑み込んだ。

 随分と小慣れたのだろう、ヘタな流れになれば誰も居ないカウンターでグラスを拭くはめになるのが容易と想像に至ったのだから。

「やっぱり赤い様相にしたんですね、店内」

 眼を泳がせながらサービス労務を逃れようと安直、話題をそらしていた。ついでと言ってはなのだが、以前から小骨のようにひっかかっていた事を聞いてみたんだ “ なぜ赤い色が好きなのか ” と。

 情熱を感じるとかゴシックでカッコいいからだとか耽美的だからとか、そんなモンでは無いのだろうと返ってきた答えは、まるでトンチを待つよう構えていた後頭部をくすぐられたようだ……アマゾンあたりの原住民がマシュマロを食べたらきっと僕の気持ちが分かるだろう。

「いやだからね、住んでいたんだよ。昔は赤く無い方が短くてさ、1日にたった2時間くらいしかなかったんだ」

 いわく色弱も疑ったらしいが、判別も出来るし常時でないのなら別の原因だと18歳の時に調べたらしい。ホラー、ミステリー、心霊……それとは違う、時折僕を震え上げさせるのは、雪乃さんは “ 物理的理論 ” を前提とした考察を踏まえた上で不可解な事項を物語ることだ。

「アリス症候群のひとつかとも思ったんだけれど、どうやらきっと違うみたいでさ」

 “ 不思議の国のアリス症候群 " 。随分とふざけたネーミングだけれど、正式な医学名称だ。物の質量認識が狂う、いわゆる脳のエラー。だけれどそのほとんどは幼少の一時期だけで、雪乃さんのように大人になってからも、しかも頻繁にというのは至極稀らしい。

「大人になってからはせいぜい2日に1時間くらいなんだけれどね、……あぁ、でも眠っている時の夢の世界は今だ赤いままなんだよ。もしアリス症候群が原因ならさ、睡眠時に現れるのは道理が無いんだ」

 言葉ない僕を余所目に続いた話だと、どうやら赤いというのは “ 空 ” だけのようだ。

「光源が全て赤、って言ったら分かりやすいかな。違うのはソコだけなんだけれど、何か細かい所が違うんだよね。スマホの形であったり道路標識であったりが」

 だからと、どうやらこの人は赤に親しみすぎていて、赤ければ落ち着くと言う事らしい。色弱を調べてもらったのは『君の身体は興味をそそる、検体にサインをしてくれたら無料で全て調べよう』という流れがあったようだ。だけれどいつも最後には『困ってもいないし悩んでもいない……のが困りものなんだよ、私は』とケラケラと煙草に火を灯す。

「お酒は苦手なんだよ、ただでさえのアリス症候群が揺れ幅を広げてくるから。……だものなんだからさ、酔い役はさ、ひとつ任せたいんだけど」

ーーあぁ、悔しいなぁ、そうきましたかっ。
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