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傀儡。
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踏歌節會ノトキ舞妓、新大夫ト大典侍ノ侍女ト二人出ル事也。差障アレハ舞妓一人モ出ル事也。右件々持三御物語承之。
ーー
ヒューイッ!
手平に後ろ腰を支えられた雪乃さんは竹林を揺らす苔段に立ち止まると徐に口笛を唱う。
「口笛がマナー違反なんてのはね、精霊や神様への挨拶だからなんだよ。シロウトがやるモンじゃないのさ」
あぁ、なるほどそうなんですかと成る余裕は無い。背中に子女二人分の荷を背負い、かれこれ三十分は階段を登っているんだ。
まして手ぶらで先をいく背中が崩れるのではというほど海老背をしたのだからたまったモンじゃない。
『そうだね……人形様との結婚式をしようか』
のたまった猫の唇は、合わせるように沙也加さんと眉を曲げさせた翌日の事だ。
ーー
願うのはね、“ 幸せになってほしい” それだけなのだけれどね。
幸せになろうとしない人を " 幸せ ” になんて耳が疑ってしまうんだよ。
だからと甚だしく差し伸べてもさ、まるで阿呆うな事だと思うんだ。
それは “ 成る ” モノではないのだから。
「囚われていると薄くなるよ? 髪の毛」
ーー
朱みたけた月、木曜日の夜だった。
鎖骨までの髪、紺のブレザーと朱いネクタイ。
カウンター席で尻を浮かせ慣れぬグラスを滑らす様相はおおよそ中学生なのだと一見させる。
『制服相手にお酒って、雪乃さんいったい何を……』
運ばせたカウンターの雪乃さんは、唇踊るやもなく未成年相手に惜しぐ紫煙を揺らし佇んでいた。
年端もいかぬ来客者。対となる雪乃さんと二人きりであったであろう空重は落ちかけたスプーンの首のよう床に脚を捻らせる。
ましてその横顔は僕の……
「あ、あのぉ私帰ります。お金は……」
「もういただいているから大丈夫。そうね、どうか気をつけてお帰りなさい」
からからと天岩戸なよう消えたモノに呆然倦ねていると背首越しでヨイショとカウンターに腰を乗せた雪乃さんが轆轤の如く空を仰いだ。
「やっぱりねぇ。随分と待っていたんだよ、彼が来る日を」
「えっ、知っている子なんですか? それならもう少し愛想というか……待ち焦がれていたのなら尚更じゃないですか」
「そうだね……私がお店を作った理由なのだからね “ 彼の来店 " が」
続くよもやま話はまるで戯言、シェイクスピアもスプーンを床に落としてしまうほどだ。
だけれど、僕の左眼はしかりと証明してしまっていた。
間違いようが無いのだもの、あの横顔を。
ーー雪乃さんから聞いた話だ。
自分の “ サガ ” を理解していなかった中学時代に恋愛感情なんてのは尚更理解不能でね。
おかげ男女関係無く告白に頷いては不可解にフラれていたのだけれど
正にフラれた夜になんだよ、飛び込んだのは。
最初はね、誰も居ない夜の公園でブランコに乗って泣いてみようと試したのだけれど、
どうにも成りきれなくてね、これは如何せん華でも添えなくてはと繁華街に繰り出してみたんだよ。
だけれど持ち合わせがあるでなし。慣れもナニもと意気腑抜けていたらさ、ネオン灯りの隙間に朧薄影に棲んでいた隠り世。まるでそれに掴まれるよう爪先を留めたんだ。
やも狂ったお茶会、白兔とアリス様の登場さながらだよ。水飴を潜ったような漆黒あいらしい迎賓しきりと伏せる女郎蜘蛛を思わせるような引き手。
きっとすかり惹かれたのだね。呆気の如く朱い女郎蜘蛛に私は当然と指を引いたのだから。
「いらっしゃ……」
まったくそうだと思ったよ、制服姿の子供が深夜のバーに独り訪れたのだもの。
他所よそしく椅子を引いて飲み込んだ当時の私にはさ、朱い照明と揺らぐ紫煙、香木の匂いが随分と鮮明だったのだけれど。
その朧で静か三日月のよう微笑むカウンターの女性は口数も無いままスッと私にお酒を差し出したんだ。
月の波紋のよう慎んだ女性の唇は微睡みに幾つ針を打ったのか……そして何も言えずに座っていた水飴が溶け切った時、
私はね、ブランコの上だったんだよ。
まるで過ぎ越しかたの幻想、夢なのだと思っていたさ。独りで訪れた制服姿の中学生に酒を出す店、かような事を通り謂れるハズがないのだもの。
……でもね。このお店を作った時にようやく気がついたんだ。
『あ、……此処だったんだあの場所は』って。
だもの、口数踊らせるワケにはいかないじゃない。たった誰かのひと言で未来は変わるのだから。
それは夏の夜さながら、“ 水無月の夏越の祓する人は 千歳の命延ぶといふなり ” くらいで十分なんだよ。
ーー
“ マジナイ ” と “ 呪い ” は同意なのやもと雪乃さんは言った。あの天岩戸を追っていたら僕はどうしていたのだろう。
「今夜は閉店だね。今夜は一緒にご飯を食べようよ白兔君。明日は兵庫まで遠出なのだからさ」
わ、忘れていなかったのですね雪乃さんっ。
ーー
ヒューイッ!
手平に後ろ腰を支えられた雪乃さんは竹林を揺らす苔段に立ち止まると徐に口笛を唱う。
「口笛がマナー違反なんてのはね、精霊や神様への挨拶だからなんだよ。シロウトがやるモンじゃないのさ」
あぁ、なるほどそうなんですかと成る余裕は無い。背中に子女二人分の荷を背負い、かれこれ三十分は階段を登っているんだ。
まして手ぶらで先をいく背中が崩れるのではというほど海老背をしたのだからたまったモンじゃない。
『そうだね……人形様との結婚式をしようか』
のたまった猫の唇は、合わせるように沙也加さんと眉を曲げさせた翌日の事だ。
ーー
願うのはね、“ 幸せになってほしい” それだけなのだけれどね。
幸せになろうとしない人を " 幸せ ” になんて耳が疑ってしまうんだよ。
だからと甚だしく差し伸べてもさ、まるで阿呆うな事だと思うんだ。
それは “ 成る ” モノではないのだから。
「囚われていると薄くなるよ? 髪の毛」
ーー
朱みたけた月、木曜日の夜だった。
鎖骨までの髪、紺のブレザーと朱いネクタイ。
カウンター席で尻を浮かせ慣れぬグラスを滑らす様相はおおよそ中学生なのだと一見させる。
『制服相手にお酒って、雪乃さんいったい何を……』
運ばせたカウンターの雪乃さんは、唇踊るやもなく未成年相手に惜しぐ紫煙を揺らし佇んでいた。
年端もいかぬ来客者。対となる雪乃さんと二人きりであったであろう空重は落ちかけたスプーンの首のよう床に脚を捻らせる。
ましてその横顔は僕の……
「あ、あのぉ私帰ります。お金は……」
「もういただいているから大丈夫。そうね、どうか気をつけてお帰りなさい」
からからと天岩戸なよう消えたモノに呆然倦ねていると背首越しでヨイショとカウンターに腰を乗せた雪乃さんが轆轤の如く空を仰いだ。
「やっぱりねぇ。随分と待っていたんだよ、彼が来る日を」
「えっ、知っている子なんですか? それならもう少し愛想というか……待ち焦がれていたのなら尚更じゃないですか」
「そうだね……私がお店を作った理由なのだからね “ 彼の来店 " が」
続くよもやま話はまるで戯言、シェイクスピアもスプーンを床に落としてしまうほどだ。
だけれど、僕の左眼はしかりと証明してしまっていた。
間違いようが無いのだもの、あの横顔を。
ーー雪乃さんから聞いた話だ。
自分の “ サガ ” を理解していなかった中学時代に恋愛感情なんてのは尚更理解不能でね。
おかげ男女関係無く告白に頷いては不可解にフラれていたのだけれど
正にフラれた夜になんだよ、飛び込んだのは。
最初はね、誰も居ない夜の公園でブランコに乗って泣いてみようと試したのだけれど、
どうにも成りきれなくてね、これは如何せん華でも添えなくてはと繁華街に繰り出してみたんだよ。
だけれど持ち合わせがあるでなし。慣れもナニもと意気腑抜けていたらさ、ネオン灯りの隙間に朧薄影に棲んでいた隠り世。まるでそれに掴まれるよう爪先を留めたんだ。
やも狂ったお茶会、白兔とアリス様の登場さながらだよ。水飴を潜ったような漆黒あいらしい迎賓しきりと伏せる女郎蜘蛛を思わせるような引き手。
きっとすかり惹かれたのだね。呆気の如く朱い女郎蜘蛛に私は当然と指を引いたのだから。
「いらっしゃ……」
まったくそうだと思ったよ、制服姿の子供が深夜のバーに独り訪れたのだもの。
他所よそしく椅子を引いて飲み込んだ当時の私にはさ、朱い照明と揺らぐ紫煙、香木の匂いが随分と鮮明だったのだけれど。
その朧で静か三日月のよう微笑むカウンターの女性は口数も無いままスッと私にお酒を差し出したんだ。
月の波紋のよう慎んだ女性の唇は微睡みに幾つ針を打ったのか……そして何も言えずに座っていた水飴が溶け切った時、
私はね、ブランコの上だったんだよ。
まるで過ぎ越しかたの幻想、夢なのだと思っていたさ。独りで訪れた制服姿の中学生に酒を出す店、かような事を通り謂れるハズがないのだもの。
……でもね。このお店を作った時にようやく気がついたんだ。
『あ、……此処だったんだあの場所は』って。
だもの、口数踊らせるワケにはいかないじゃない。たった誰かのひと言で未来は変わるのだから。
それは夏の夜さながら、“ 水無月の夏越の祓する人は 千歳の命延ぶといふなり ” くらいで十分なんだよ。
ーー
“ マジナイ ” と “ 呪い ” は同意なのやもと雪乃さんは言った。あの天岩戸を追っていたら僕はどうしていたのだろう。
「今夜は閉店だね。今夜は一緒にご飯を食べようよ白兔君。明日は兵庫まで遠出なのだからさ」
わ、忘れていなかったのですね雪乃さんっ。
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