月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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一章 新たな人生が動き出した

3 まず、お互いを知ることから

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 ベッドに横になる僕の隣に腰掛けて、彼は僕の頬を手の甲で撫でる。愛しそうに薄く微笑んで。

「う……」

 恐怖で強く目を閉じた。いい人そうだけど、彼をなんにも知らないんだよ。ベルント様の話は聞いてたけど「穏やかで感情はあまり出さない」とか「優秀な魔法使いで、国でも一目置かれる人」とか。時々微笑むのがかわいいんだよって。
 学生の頃から今とあまり変わらずだそうで、乱暴な俺を大切にしてくれたんだって。どのエピソードも僕の見たまんま聞いてたまんまで、新しいことは全然出てこない。昔から普遍の人のようでなに考えてるのかすら分からん。ベルント様は、

「世間での評価、俺から見た彼の穏やかな愛。番にならなくてもわかるだろうが、彼はとても愛情深いんだ」

 ベルント様は表現が下手で僕にはそんな感じは伝わらず、好きになってと言われたけど、彼が亡くなった後も関わりがなさすぎてなにも分からん!

「怖いか?」
「ご、ごめんなさい……」

 ならばこれからゆっくり仲良くなろうと、僕の横に寝転んだ。

「俺はお前を初めて見かけた時、お皿いっぱいの食べ物をこの世の春とばかりにニコニコ頬張っててな」
「あはは……はしたなくてすみません」

 だって、うちの質素な食事では出て来なさそうなお肉や魚、果物に生クリームやチョコレートのデザート……いま食わなけりゃいつ食うんだよ!って「クルト」は思っていたんだ。緊縮財政を良しとしていた父様なんだ。うん、「クルト」の気持ちはよく分かる。僕はこの屋敷に来るまで無理やり食べてたからね。
 
 前の世界より単調な味付けで、旨味がしない。塩コショウくらいの味で素材を楽しむと言えば聞こえはいいが、美味しくなくて食欲が落ち痩せたまま。化学調味料に馴染んでたせいもあるのだろうと今は思う。でもこの屋敷は野菜とかの使い方が上手いのかとても美味い。ニンニクとかハーブとかの使い方がいいみたいでね。だから怪我の前くらいまでふっくらしたんだ。だからそこは嬉しいと思ってた。

「貴族の子どもなのにこんなに幸せそうに食べるのかと、俺は感心して…目が離せなくなった」

 エッチの恐怖とは違う変な汗がダラダラ……「クルト」のせいで冷や汗が出るだろ。彼には貧乏そうに見えたんだろうなあ。

「食事も仕事と思っている俺とは違う……ベルントもそうでな。あれも変なやつだった」
「そうですか?いい人でしたよ。僕は好きでした」
「ありがとう。あいつを好きになってくれて」

 布団の上から僕の体にそっと腕を回す。自然にされたけど、ビクッとしてしまった。

「無理にはしないから」
「はい……」

 長い期間ひとりにして悪かった。俺も時間を作ろうとはしたが、夕食すら難しくてなってなと困り顔。

「気にしてません。僕の存在は慣例にないものでしたし」

 まあ普通は婚約だけして結婚まではしないんだが、家で一緒に住むにはこれしか方法がなくてなって。

「ベルントが俺の次の奥さん見たいと言って急いだんだ。あれとはずいぶん前に番も解消していて、もう番としては夫婦ではなかったんだ」
「そうなんですか」

 ベルント様がそう望んだそうだ。新しいお嫁さんと楽しく生きて、いつかふたりで俺のところに来て欲しいと……うん、言ってたね。

「僕はベルント様が好きでした」
「ああ」

 彼はいい腕の武器職人だったよって。明るく元気で言葉遣いは悪いがいつも周りに人がいた。俺とは正反対ではあったがいつも尊敬してたよと、懐かしそうに話す。

「ごめんなさい……本物の「クルト」じゃないし舞踏会で見てたと思いますが、僕もクルトと一緒で社交はあまり得意ではありません」
「ふふっ食べてるか、知り合いと少し踊るくらいだったな。同じか」
「はい……」

 「クルト」と僕は中身は似ている部分がけっこうあったんだ。僕も前の世界で友だちは少なく、恋人の諒太がいればそれで良かった。彼がいれば幸せだったんだ。そんな話をした。

「そうか……好きな人がいたか」
「はい。前の世界で僕は二十五でした。大人なのに子どもっぽくて……「クルト」になったら余計幼くなった気がします」
「ふふっそうだな。十七らしい…かな」
「グッ……ごめんなさい」
「気にするな」

 この世界は十五で成人だ。クルトの世界は?と問われた。

「二十歳が成人ですね」
「なら、立派な大人だったのだな」
「はい……」

 嫌味だなと思った。こんな僕の幼さを責めてるんだろう。いい大人が初夜に怯えて固まるとかねえもん。僕は天井を見つめ、彼を見ることが出来なかった。

「リョウタ……だっけ?まだ好きか?」
「あー……それはこの世界に来た時点で諦めました。ですが心残りがないかと言われれば嘘になります」
「そうだよな」

 この世界では番を解消すると心残りすらなくなる。妻を求める激しい愛は消えるそうだ。

「こういった場合のノルンは番を解消すると妻を人として愛しいが、家族と同等くらいの愛しさに変わる。例えば別れて実家に返したら他人くらいに思う人もいるんだ。心の繋がりが後腐れなく切れる」
「なんでですか?」

 そうだなあって微笑む横顔を僕は首を横にし見た。

「この番はとても強い絆が二人の間に生まれる。他が見えなくなるほどにな。特にアンはノルン以上に相手を求めてしまう」
「へえ……」

 軽く習った記憶にもある。でも体感としては理解できないな。

「お前のうなじを俺が噛むと番が成立する。相手は複数持てない。別れて人を変えようがひとりだけだ」
「はい」

 年取って死ぬまで番は変えないのが普通だそう。相手が亡くなったり、犯罪でも犯したとか特別なことがない限り。

「俺は……番の解消がベルントの死を早めたと思っている」
「え?」

 アンにとって番の解消は辛いものなんだ。喪失感が強く襲って体調を崩す者が多い。亡くなっても辛いが、離縁などでの解消は深く心を抉り、癒えるまで時間がかかるんだ……と黙った。

「僕のせいですか?」
「違う。もうベルントに時がなかったのは確かなんだ。それを少し早めたと俺は思ってる」

 これはお前には関係ない。俺とベルントの問題だから気にするなって、腰の手がポンポンと。いや、気にするでしょうよ。

「俺はベルントを愛していた。幼馴染でずっと見てきたからな。俺と正反対のあれに心惹かれたんだ」
「はい」

 後妻ってさ……前の人の影が付きまとうものなんだと実感するね。どう言葉にしたらいいか分からないけど辛い。どんなにこの人を愛しても、ベルント様を彼も僕もずっと気にすることになる。妻って恋人とは違うんだ。そんなことが頭を駆け巡った。

「……ごめんなさい」
「ん?なにがだ」
「僕をもらわなければベルント様は……」

 それは関係ないんだと微笑む。あれが強く望み、俺は解消はしなくとも妻は探せると言ったが聞き入れなかったそう。
 番システムはノルンからしか解消できなくて、アンゼルム様にベルント様は泣きながら解消してくれって言ったそう。そうしないと本当にいい人を見つけられないって言ったそうだ。

「次のお嫁さんをベルントは見たかったんだ。クルトを見て「俺と違いすぎるがかわいい」と言ってた」
「そうですか」

 ベルント様は、結婚式の頃はギリギリ短い式典なら耐えられる体力があった。アンゼルム様が僕を見初める一年程前に番を解消したらしくて、そのあと少ししてから彼は目に見えてやつれ始めた。

「ベルントはそれこそ殴ったくらいじゃ弱らない、強いアンだったが病には勝てなかった」
「……はい」

 初夜の話じゃないんだろうが、僕らには必要な気がした。ベルント様との生活で今の彼を作っている部分はきっとあるはずだから。

「あなたはベルント様がお好きだったということは……その……僕じゃ物足りないのでは?」
「そんなことはない」

 僕は元気いっぱいとは無縁なんだ。剣術は小さい頃からしてるけど、ノルンに匹敵なんてない。魔法もそこそこ人並みで、なにも秀でたものはない。アレス様は「白の賢者」にしてくれたけど使うところもない。それにこの「白の賢者」の力をどこまで活用出来るかも不明。ついでに公爵夫人としてやって行けるかどうかも不明だ。

「あの……僕のどこが好き?」
「かわいい……なにとは言えないが全部好みと言えばいいかな」
「そうですか……」

 僕は歳もずいぶん下だし、本来の蓮としての年齢でも彼は三つ上。僕は仕事もそれほど優秀でもなかったけど「クルト」はとても愛らしい外見ではある。  
 金の長い髪、深い緑の目、多分一六〇くらいで細身。昔のイギリスの……薔薇戦争の頃のような絵画に描かれているような、フリルたっぷりの襟のシャツがよく似合う青年だ。アンゼルム様は背は一八〇弱くらいで細マッチョ。白に近い金髪、濃い青の瞳で彫刻のように整ったイケメンだ。長い髪は貴族に多いように思う。髪留めとかリボンなんかを楽しむのが貴族流。ならば!

「アンゼルム様はなんのお仕事をしてるのですか?魔法省とはなにするところ?」

 不思議そうに僕を見つめたけどそうだなと考え込んだ。

「魔法の研究や魔石に物理防御、上昇などの付与、効果的なポーションの開発研究の薬学研究所。騎士たちとの魔物の討伐の同行や手配など、国の指揮官としての立場で調整するのが俺の仕事だな」

 他は領地の運営か。これは側近のエルムントたちにほとんどやらせているが、たまにだなって。
 彼の領地は完全なる農地と牧畜。牛、豚、鳥となんかいる。「クルト」の記憶にもない食べられるイノシシっぽいのと、鹿っぽい魔獣数種(これ高級品で他国で大人気)後はポーションとか薬湯の薬草だね。それが広大な敷地で行われている。僕はあんまりにも暇で、つい近くを視察と言う名の見学に行ったことがあって驚いたんだ。さすが公爵領、うちの倍以上の広さでやってるんだ。

「大変?」
「そうだな……大変だが楽しくもある」
「ふーん。お肉好き?」
「好きだが、好き嫌いはないな」
「お酒は?」
「泥酔するほど飲むことはない。適度に嗜むくらいか」
「舞踏会とかお茶会とか集まりは好き?」
「あんまり…だな」

 矢継早に質問。グダグダ言っても変わらないなら仲良くならなくちゃ。ベルント様の話では分からないもの。

「弟のクヌート様は好き?」
「まあ好きだが」
「王様のハルトムート様は?」
「敬愛してる」
「魔物の討伐は楽しい?」
「いや…俺はほぼ行かない。たまに様子を見に行くくらいか」
「他の大臣とは仲良くするの?」
「あー……どうだろうか。仕事によるがそこそこ上手くやってるつもり」

 嫌な顔もせず僕の質問に答えてくれる。

「お答えありがとう存じます。でもこんな質問ではあなたがどんな方かは分かりませんね」
「そうだな」

 ならば俺から質問だと僕を見る。

「クルトの国は魔法がなくてどうやって生きるのだ?代わりがあるのか?」

 そっか。前の世界は全部石油がエネルギーだな。火力、原子力、風力、ソーラーパネルとか電気。後ガス。それ以外からもあるけど……

「魔法の代わりはたくさんの地下エネルギーを使い機械がします。こちらにはないような高度なものです。石油という燃える黒い水?油?、ガスって燃える気体が動力源に当たります。それで情報は本もありますが……説明しにくいんですが、大きな機械に本の内容を覚えさせる……というか書き込む?それを手元の端末……魔道具みたいなものかな?それに引き出す。遠くの国の映像なんかも手元の端末やモニターで見れて、自宅にいながら旅行気分とか。仕事も手紙は手書きは少なくて端末に書き込んで瞬時に……」
「クルト待て。何にも分からん」

 僕はすみませんと謝った。説明出来ないんだよ。こちらとあちらの互換が出来ねえ。

「少し待て」
「はい」

 すると彼は横の照明のサイドテーブルの引き出しから小さなナイフを出した。僕の手を取り指をシュッと素早く流れるように切った。その指を僕の額に当てて血を塗る。

「ヒール。すまぬ記憶を見せてくれ」
「はい?そんなこと出来るの?」
「ああ。俺だけの、黒の賢者の力だ」
「へえ」

 ニヤッと笑って僕を抱きしめると僕の額の髪をよけて自分の額を僕のつける。そして何やら呪文を唱えた。

「俺がいいと言うまでじっとしててくれ」
「はい」

 僕は抱かれたまま静かにしていた。なにが見えてるんだろう。僕の辛い記憶とか「クルト」のも見えるのかな?少し嫌だなとか。
 そのうち彼の体温があったかくて眠いなあって思った頃、腕の力が緩んだ。

「なんだ…あれは。なにも理解が出来ぬ。クルマ?デンシャ?……あの…なんだ……字が読めぬから…建物も大きく石でガラスが……あの大きさはおかしい。それにあの建築技術は魔法なくして建築出来るのか?……変な箱に文字を書いてて見たことない紙の食器も……」
「はい。あんな世界から来ました」
「そうか……」

 彼は僕らの感情に関わるところは排除して景色や、家やビルの中を見ていたそう。そこは見られたくなかろうと思ったそうだ。いい人だね。

「山も何もなく……食べ物も見たことがないものばかりだし、街は色と光に溢れていた。すごいな」
「ええ。ここと変わらない世界からほんの数百年でああなりました」
「え?」
「賢い人が色々発明して、馬車の代わりや空を飛ぶ大きな鳥を鉄で作りました」

 沢山の人を一気に運ぶものもたくさんあるんだと、見た景色にあるだろうものを説明した。

「魔法がなければないなりにか」
「ええ、人はどんな世界でも便利を求めますから」
「ああそうだな」

 彼が見た景色の説明を丁寧にしてたら朝になっていた。嘘でしょ!初夜なのに。おおぅ

「まあよい。少しでも寝よう」
「はい」

 布団を掛けてふたりで並んで寝る。……あのね、抱っこされたいと思った。記憶を見せてた時抱かれてたのがよくて、いい匂いだし気持ちよかったんだ。

「あの……えっと…アンゼルム様」
「なんだ?」
「ゔっ……その抱っこ…して欲しい……」

 ふふっと笑いおいでって腕枕してくれた。人のぬくもりがいいなあ。あったかくて……

「気が付かず悪かった」
「い、いいえ!」

 額にチュッとしてくれて……なんかいい。

「少しずつお互いを知ろう」
「はい」

 結局何もしないで初夜は終わった。













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