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一章 新たな人生が動き出した
8 不穏な天啓
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僕は今年十九になった。夫婦になって二年、毎日幸せだ。
特別僕らの国に変わったことはないけど、世界は更に不安定になっていっている。シュタルクに負けが込んでいるんだ。戦力の増強は間に合わず、奪い取った国の反乱が目立つようになっている。その制圧に侵略させるより戦士が取られるからだ。
傭兵を貸し出していた隣国バルシュミーデ、ヘルテルの二国は、シュタルクから戦士を引き上げ始めた。内乱の制圧は退路のない人々が相手、命がけの意味合いが違う。そんな者と戦うことに戦士に疑問が出て志気が下がったためもある。
……溢れる……森が溢れる……
頭に突然声がした。ティモとのお茶会の時間、
突然澄んだ美しい声がしたんだ。なんだろうと意識を集中、一点を見つめるように動かなくなった僕にティモは、
「どうされました?お具合が悪く……」
「ちょっと待って!」
僕はその声に耳を傾ける。なぜかいつもは澄んだ声で明瞭に聞こえる神の声が、途切れ途切れで雑音も混じる。聞き取りづらい。
……シュタルクが……獣が溢れる……討……支度を……早く……
同じ言葉を何度か繰り返すと声は聞こえなくなった。なぜこんななんだ?声を潜めて内緒話みたいな声なんだ。でも僕はアルテミス様の天啓で間違いないとなぜが思った。聞いたことないくせにね。ならば!
「ティモ、今天啓が降りた。それもいい話じゃない。夜まで待っていいことか分からないから、アンジェに会いに行きたいんだ。だから馬車の支度をして欲しい」
「は、はい。今すぐに!」
ティモはまず執務室に向かいエトムントたちに報告。その後急いで僕を着替えさせるとふたりで玄関に向かった。すると玄関の車止めにはすでに馬車が用意されていて、ふたりで乗り込み御者のヒューリックに急がせた。
アンジェに伝えないとダメだって思いが強くなるし、不安で胸がギューっとなった。獣が溢れるってなに?シュタルクがって、あの国は森になにかするのか?あの森は魔獣やアンデッドとか魔物もたくさんいるんだ。それが溢れるって……不安で口も聞かず、ティモの付き添いでそんなに時間もかからず到着。
僕は馬車を降りると城の正面の階段を駆け上がり、玄関の大扉の衛兵に声を掛けて説明をした。お待ちください今聞きに行きますねって丁寧な対応。もーっ急いでるのに!すると筆頭執事が近づいて来て何ごとですか?と声を掛けてくれた。
「アンジェ!アンゼルム様に会いたいんだ。急いで話したいことが!早く!」
「落ち着いて下さいませクルト様。こちらへどうぞ」
慌てている僕に執事は落ち着いた微笑みで、こちらですよとアンジェの元に連れて行ってくれた。
この城は広く、アンジェのいる魔法省は東の最奥にあるらしい。僕は働いたことがないから城の中は舞踏会で使う場所しか知らない。初めて行く廊下を早足に歩いた。
執務関係の部屋しかない役人の棟だから、すれ違う人が「クルト様だ」「何ごと?」「仕事場に公爵夫人がなに用か?」とかヒソヒソ聞こえたけど、気にしている場合ではない気がして執事の背中を見つめティモと歩いた。
「クルト様こちらでございます。どうぞ」
「ありがとう」
扉の上には「魔法省」と金色のプレートが付いていた。彼が扉を開けてくれると、たくさんの机と文官。奥にはいろんな理科の実験のような機材もたくさんある。窓側のカウンターでは、なにか握りしめてウンウン唸ってる魔道士も見えた。そして一番奥の少し高くなってる場所にアンジェの大きな机と、真剣な眼差しで仕事をしている彼が見えた。
「すみません。アンゼルム様を呼んでいただけますか?」
扉から一番近くにいた文官の一人に声を掛けた。アンジェまで遠すぎてここで大声で叫ぶのは非常識って広さの部屋でね。少し面倒臭そうに顔を上げた彼。
「は~い……ん?あれ、クルト様だ。同じ教室で学んだ男爵家のサルトルですよ。覚えてますか?」
よく見れば知ってる顔だった。
「ああ!久しぶりだね。今ここで働いてたのか。あのねサルトル、積もる話をしたいところだけど、急ぎなんで旦那様をお願いします。また今度ゆっくり会おうね」
「ああ!どこかの催しででもな。待ってて」
「はい」
一番手前にいたのはサルトル。僕の同級生だった男爵家の子なんだ。彼は土地なし男爵家の子で城の文官になっていた。そう言えばノルンの同級生とは、結婚してからはお茶会とかでは会わないなあ。未婚の方はあんまり会わないんだよね。だから舞踏会とか夫婦同伴のお茶会くらいか。
そんなことを考えて待っていると、優雅に歩いて来るアンジェ。家では見たことのない魔道士の上着だろうか、銀色のフード付きのローブを羽織って、うわあ、カッコいい。
「なんだクルト。こんなところまで来て」
彼は不思議そうにしたけど迷惑とは言わなかった。そんなアンジェがやっぱ好きだなあ。じゃねえよ。
「ちょっと来て!」
「あ、ああ」
アンジェの腕を掴んで外に出ると、僕は左右をキョロキョロ。さっき来る時に見かけた廊下の一休み用なのかな、壁に備え付けの長椅子に来てって引っ張って、彼を座らせ僕も隣に座った。
「こんなところまでごめんなさい。不安な天啓があったんだ」
「誰からでどんな内容だ?」
彼は余裕のある顔をしていたけど、天啓と話した途端、目が真剣に。
「僕の加護はアルテミス様だから彼だと思う。それで森が溢れる、シュタルクが、獣が溢れる、支度を。途切れ途切れ繰り返されて聞こえたんだ」
アンジェは目を見開き絶句して固まった。そしてゆっくり眉間にシワを寄せてうーんと唸る。
「こんな天啓は初めてだな。戦や獣の大群は対峙してから対処方法の啓示があったり、こちらが祈ってお力を借りるのが普通。それが前もってとは……」
顎を擦りながら目は更に厳しさが増す。その様子にこんな天啓はないのかと、不安になった。
「よくないこと?」
「ああ…シュタルクが暗黒の森になにかする啓示かもだな」
「そうなのかな。やっぱり」
不安な目でアンジェを見上げると、優しく微笑み、ありがとうと僕を抱き締めて声を潜め耳元に唇が触れる位置で、
「森が溢れる。ということは大群で来る可能性が高いんだ」
ささやいてはあってため息。そしてすまんって先に謝っておくって。ん?
「お前の手助けが必要になる可能性がある。お前はその、「白の賢者」をきちんと引き継いでいるのか?突然もらった加護でそれもアンだ。お父上は指導してくれてるのか?」
「ああ、触りだけで加護がなくても使える護身的なものだけだね。広域にシャイニングアローを放つとかかな」
「そうか……」
アンジェは難しい顔をして考え込む。僕の「クルト」の記憶では、白の賢者としての攻撃の術はそれくらい。後は治癒のヒール、まとめて治癒のエリアヒールくらいだ。
アンジェはごめん、戦場に出なくてはならないかもしれないから、残りを全部頭に叩き込んで来てくれないかと言われた。なにが必要になるか不明だから、大変だろうが頼むと。
「分かった。今から行ってくるね。いっぱいあるだろうから屋敷には帰れないかも?」
「ああ分かっている。気を付けてな」
「うん」
アンジェは見たことない怖い顔になって立ち上がり、僕の腰をグイッと引き寄せて、ブチュウってキスをすると執務室に戻った。呆然とアンジェを見送り、ハッと我に返った。立ち尽くしてる暇などないッ僕も急いで玄関に向かいティモと実家に向かう。城から実家までは遠く、数時間掛かって家に到着。客間に通されて待っていると、父様が突然なんだよって現れた。父様は珍しいなあ、お前から来るなんてと楽しそうに席について、話はなんだと微笑んだ。僕は焦る気持ちを抑え、先程の話を父様に伝えた。
「それは……待ってろ。私が用意してやる」
「はい。父様」
父様が真剣な面持ちで急いで部屋を出ていくと、メイドにお久しぶりですねってお茶を淹れてもらい待っていた。ティモも懐かしいのか、アンジェの屋敷での話に花を咲かせていた。
長い時間待っていると、父様が分厚い本を何冊か、それと羊皮紙の巻物を少し、腕いっぱい抱えて戻った。
テーブルに本を置くとメイドとティモに外に出ろと声を掛け、扉が閉まると僕の隣の席に座った。
「お前に教えたのはほんの少し、簡単に発動出来る魔法のものだけなんだ。シャイニングアロー、広範囲を光の矢で撃ち抜く術だ。中型魔獣くらいならこれが役に立つ。これは加護があるかないかで範囲が変わるだけで、私の血脈なら使える術なんだ」
「はい」
お前が今世の白の賢者とは思わなくてこの部分は適当に触りだけだった。お前の護身になればと考えてな。足りなくてすまぬって。
「いいえ。僕も賢者は兄様だと思ってましたから」
「俺もだ」
本来アン属性に賢者の力は来ないのが普通。お嫁に行くからね。当主にノルンの子がいなくて、婿を取る時の一時的なものでもなければ、この力はアンに来ることはないんだ。父様は天啓があったことを誰にも言わず力も試してて、自分が白の賢者と知っていたそうだ。今の時代誰でもいいからなって。
「俺が弱る頃にアルバンに伝えて確認するつもりだったんだ。あはは……神とは分からんもんだな」
だが、お前になったのなら仕方がない、これを全部覚えろ。いつ溢れるかは分からんが、アンゼルム様の役に立って国を守れ。父様は真剣に言う。
「加護がなくとも我らにも使えるものがあって、アルバンと共に負傷者の治癒や浄化に参戦するからな」
「はい!」
父様と兄様は子供の頃から読み込んでいて全て覚えているそうだ。このぶ厚いのを全部か。すげえ。
「それが当主の務めなんだ。嫁に出たお前に背負わすなど……それもアンなのに。なんと神は無慈悲か」
「父様……お気持ちが嬉しゅうございます」
こんな言葉をもらえることが嬉しくてふふっと笑みが漏れた。でも父様はなんでお前なんだろうと、悲しそうにがっくり肩を落としてしまっている。この世界は男尊女卑思想があってね。奥さんや貴族の未婚のアンには、基本政治にも家業にも携われないのが一般的。本当に過去の時代の考え方があるんだ。まあ、人による……なんてのもあるのは事実。ベルント様や母様のように家業を手伝う人もいる。未婚の頃から働いてる人は継続してたりね。
そして僕は家族にとても愛されていた。一見両親は僕の教育に興味なさそうだったけど、それはお嫁に出るから。賢者の対象でもない僕に一族の秘密に触れさせても、万が一の時は戦や討伐に無理矢理参戦させられるだけ。知らない方が僕を守れると思ってたからだそう。家業を手伝わせず花嫁修業ばかりだったのもそんな理由だ。それに甘んじてたのは「クルト」だ。
「お心遣いありがとう存じます。父様たちの気持ちが分かってとても嬉しいです」
「ああ。守れはしなかったが……頑張れよ」
「はい」
それから全部読んで……は時間的に無理だから、魔物に有効な部分だけを父様に教えて貰った。それとシュタルクが絡んでいるなら対人の魔法も少しなって。
「戦や討伐は人の心を蝕む。お前は……そんなに心は強くないと私は思っている。気をしっかり持つんだ。目の前の惨状に折れない心を持て」
「はい」
父様は隣で必要なところにしおりを挟んでいく。
「あの、父様お仕事は?」
「そんなもん。魔物の群れで壊滅するのならばこちらが優先だ。他にやらせるからお前は気にするな」
「はい」
賢者の魔法は基本的に呪文などはないようだ。どんな武器、術を発動させるかを心に思い浮かべることだと、父様は僕の肩をポンと叩く。
「これは過去の賢者が使用した術を記したものなんだ。普通この世界では加護がなければ個人の魔法の属性なんてない。どの魔法も普通の人は努力で極めればそこそこ使えるんだ」
ほうほう。僕はこの世界に来て花嫁修業の時に練習したけど、なにも極めないどころか全部貴族とは思えないほどの出来栄えだったけどな。「クルト」の訓練不足か?と問うと、いいや違うと、父様は言う。
「お前はアルテミス様の加護があるから光魔法の属性があるからだ。他はいくら訓練したところでたいして身には付かない。アルテミス様の力を元にしないとなにも極められないんだ」
「はー……そっか」
そう言うと一冊積んだ本から抜いて、僕に広げて見せてくれた。
「これを見ろ、魔物図鑑だ。攻撃や致命傷になる体の部位、有効な魔法がなにかが載ってる。黒い森はいい魔石が取れる冒険者の飯の種の場所。だが、深い場所には竜以外の未知のモノがいる可能性もあるからな」
「はい」
せめて載っている魔獣は覚えろって。ここの資料は門外不出で、例え公爵家であろうと持ち出せない。それがしきたりだそう。覚えるまでここにいろって。この資料、城では魔獣の本は禁書庫にあるくらいの貴重本で、他は内特有のものなんだってさ。
「ありがとう父様」
「気にするな。ほらどんどん読め」
「はい」
二週間ほど実家に泊まり込み、資料を頭に叩き込んだ。そして術の実践をしたらね、僕もやればできる子だったんだと嬉しかった。前の世界でもこちらでも中くらいの、よくも悪くもない成績でさ。でも追い詰められれば出来るもんなんだよ。ちなみにこの期間もアルテミス様は天啓をくれた。
「溢れる……獣たちが……時が近い……急いで」
単語のような言葉で途切れ途切れのか細い声。僕はあの白い世界でアルテミス様には会ってはいない。アレス様と「クルト」が会ったハーデス様の顔しか知らない。
間違って僕を殺したおまけに「白の賢者」の加護をくれた。アルテミス様はこのことに納得してたのか不安には思ってたけど、イレギュラーな天啓をくれるほどには僕を気にしてくれていたのかな。
「父様、兄様ありがとうございました。帰ります」
「ああ。我らでは城の治癒師より少しマシな治癒が出来るくらいだ。ことが起こればお前がたぶんやらねばならぬ」
「はい。覚悟はしてます。アンジェが側にいればきっと……大丈夫です」
ああと返事は返してくれたけど、父様は辛そうな、なんとも言えない表情をした。本当はあんな場所にお前をやりたくはないと顔に書いてある。それでも父様は顔を引き締しめ、
「あそこの家は黒の賢者と言われる「なにか」があるはずなんだ。たぶん我が家と対になるようなものが。記録はないが私はあると踏んでいる」
父様は自分に天啓があった時に調べたそうだ。城の図書館とか、だけど新たなものは何も出てこなかったそう。だけど気になるのはあったよって。
「この土地はこの国が出来るまであの暗黒の森のような地だったんだ。それを公爵家の先祖とうちがなんとかしたと記録がある。物語ふうになっているがな」
「はい」
「力を合わせ、主のような魔物を討ち取ったとあった。それに近いモノがいるとその魔法が必要になるやもだ。うーむ…禁書庫辺りに記録があるかも知れぬが、我らでは見れぬ」
時が残っているなら王に直談判してみるのもありだろうって。
「はい。やってみます」
「ああ。次は戰場で会おう」
父様と兄様は少し僕を憐れんでいるような顔をしてた。でもね、それは僕を気遣ってくれてるからだと思うんだ。僕は白の賢者の術を覚えながらも家族の優しさに触れた二週間を過ごし、ティモとアンジェの待つ屋敷に馬車に揺られ戻ったんだ。
特別僕らの国に変わったことはないけど、世界は更に不安定になっていっている。シュタルクに負けが込んでいるんだ。戦力の増強は間に合わず、奪い取った国の反乱が目立つようになっている。その制圧に侵略させるより戦士が取られるからだ。
傭兵を貸し出していた隣国バルシュミーデ、ヘルテルの二国は、シュタルクから戦士を引き上げ始めた。内乱の制圧は退路のない人々が相手、命がけの意味合いが違う。そんな者と戦うことに戦士に疑問が出て志気が下がったためもある。
……溢れる……森が溢れる……
頭に突然声がした。ティモとのお茶会の時間、
突然澄んだ美しい声がしたんだ。なんだろうと意識を集中、一点を見つめるように動かなくなった僕にティモは、
「どうされました?お具合が悪く……」
「ちょっと待って!」
僕はその声に耳を傾ける。なぜかいつもは澄んだ声で明瞭に聞こえる神の声が、途切れ途切れで雑音も混じる。聞き取りづらい。
……シュタルクが……獣が溢れる……討……支度を……早く……
同じ言葉を何度か繰り返すと声は聞こえなくなった。なぜこんななんだ?声を潜めて内緒話みたいな声なんだ。でも僕はアルテミス様の天啓で間違いないとなぜが思った。聞いたことないくせにね。ならば!
「ティモ、今天啓が降りた。それもいい話じゃない。夜まで待っていいことか分からないから、アンジェに会いに行きたいんだ。だから馬車の支度をして欲しい」
「は、はい。今すぐに!」
ティモはまず執務室に向かいエトムントたちに報告。その後急いで僕を着替えさせるとふたりで玄関に向かった。すると玄関の車止めにはすでに馬車が用意されていて、ふたりで乗り込み御者のヒューリックに急がせた。
アンジェに伝えないとダメだって思いが強くなるし、不安で胸がギューっとなった。獣が溢れるってなに?シュタルクがって、あの国は森になにかするのか?あの森は魔獣やアンデッドとか魔物もたくさんいるんだ。それが溢れるって……不安で口も聞かず、ティモの付き添いでそんなに時間もかからず到着。
僕は馬車を降りると城の正面の階段を駆け上がり、玄関の大扉の衛兵に声を掛けて説明をした。お待ちください今聞きに行きますねって丁寧な対応。もーっ急いでるのに!すると筆頭執事が近づいて来て何ごとですか?と声を掛けてくれた。
「アンジェ!アンゼルム様に会いたいんだ。急いで話したいことが!早く!」
「落ち着いて下さいませクルト様。こちらへどうぞ」
慌てている僕に執事は落ち着いた微笑みで、こちらですよとアンジェの元に連れて行ってくれた。
この城は広く、アンジェのいる魔法省は東の最奥にあるらしい。僕は働いたことがないから城の中は舞踏会で使う場所しか知らない。初めて行く廊下を早足に歩いた。
執務関係の部屋しかない役人の棟だから、すれ違う人が「クルト様だ」「何ごと?」「仕事場に公爵夫人がなに用か?」とかヒソヒソ聞こえたけど、気にしている場合ではない気がして執事の背中を見つめティモと歩いた。
「クルト様こちらでございます。どうぞ」
「ありがとう」
扉の上には「魔法省」と金色のプレートが付いていた。彼が扉を開けてくれると、たくさんの机と文官。奥にはいろんな理科の実験のような機材もたくさんある。窓側のカウンターでは、なにか握りしめてウンウン唸ってる魔道士も見えた。そして一番奥の少し高くなってる場所にアンジェの大きな机と、真剣な眼差しで仕事をしている彼が見えた。
「すみません。アンゼルム様を呼んでいただけますか?」
扉から一番近くにいた文官の一人に声を掛けた。アンジェまで遠すぎてここで大声で叫ぶのは非常識って広さの部屋でね。少し面倒臭そうに顔を上げた彼。
「は~い……ん?あれ、クルト様だ。同じ教室で学んだ男爵家のサルトルですよ。覚えてますか?」
よく見れば知ってる顔だった。
「ああ!久しぶりだね。今ここで働いてたのか。あのねサルトル、積もる話をしたいところだけど、急ぎなんで旦那様をお願いします。また今度ゆっくり会おうね」
「ああ!どこかの催しででもな。待ってて」
「はい」
一番手前にいたのはサルトル。僕の同級生だった男爵家の子なんだ。彼は土地なし男爵家の子で城の文官になっていた。そう言えばノルンの同級生とは、結婚してからはお茶会とかでは会わないなあ。未婚の方はあんまり会わないんだよね。だから舞踏会とか夫婦同伴のお茶会くらいか。
そんなことを考えて待っていると、優雅に歩いて来るアンジェ。家では見たことのない魔道士の上着だろうか、銀色のフード付きのローブを羽織って、うわあ、カッコいい。
「なんだクルト。こんなところまで来て」
彼は不思議そうにしたけど迷惑とは言わなかった。そんなアンジェがやっぱ好きだなあ。じゃねえよ。
「ちょっと来て!」
「あ、ああ」
アンジェの腕を掴んで外に出ると、僕は左右をキョロキョロ。さっき来る時に見かけた廊下の一休み用なのかな、壁に備え付けの長椅子に来てって引っ張って、彼を座らせ僕も隣に座った。
「こんなところまでごめんなさい。不安な天啓があったんだ」
「誰からでどんな内容だ?」
彼は余裕のある顔をしていたけど、天啓と話した途端、目が真剣に。
「僕の加護はアルテミス様だから彼だと思う。それで森が溢れる、シュタルクが、獣が溢れる、支度を。途切れ途切れ繰り返されて聞こえたんだ」
アンジェは目を見開き絶句して固まった。そしてゆっくり眉間にシワを寄せてうーんと唸る。
「こんな天啓は初めてだな。戦や獣の大群は対峙してから対処方法の啓示があったり、こちらが祈ってお力を借りるのが普通。それが前もってとは……」
顎を擦りながら目は更に厳しさが増す。その様子にこんな天啓はないのかと、不安になった。
「よくないこと?」
「ああ…シュタルクが暗黒の森になにかする啓示かもだな」
「そうなのかな。やっぱり」
不安な目でアンジェを見上げると、優しく微笑み、ありがとうと僕を抱き締めて声を潜め耳元に唇が触れる位置で、
「森が溢れる。ということは大群で来る可能性が高いんだ」
ささやいてはあってため息。そしてすまんって先に謝っておくって。ん?
「お前の手助けが必要になる可能性がある。お前はその、「白の賢者」をきちんと引き継いでいるのか?突然もらった加護でそれもアンだ。お父上は指導してくれてるのか?」
「ああ、触りだけで加護がなくても使える護身的なものだけだね。広域にシャイニングアローを放つとかかな」
「そうか……」
アンジェは難しい顔をして考え込む。僕の「クルト」の記憶では、白の賢者としての攻撃の術はそれくらい。後は治癒のヒール、まとめて治癒のエリアヒールくらいだ。
アンジェはごめん、戦場に出なくてはならないかもしれないから、残りを全部頭に叩き込んで来てくれないかと言われた。なにが必要になるか不明だから、大変だろうが頼むと。
「分かった。今から行ってくるね。いっぱいあるだろうから屋敷には帰れないかも?」
「ああ分かっている。気を付けてな」
「うん」
アンジェは見たことない怖い顔になって立ち上がり、僕の腰をグイッと引き寄せて、ブチュウってキスをすると執務室に戻った。呆然とアンジェを見送り、ハッと我に返った。立ち尽くしてる暇などないッ僕も急いで玄関に向かいティモと実家に向かう。城から実家までは遠く、数時間掛かって家に到着。客間に通されて待っていると、父様が突然なんだよって現れた。父様は珍しいなあ、お前から来るなんてと楽しそうに席について、話はなんだと微笑んだ。僕は焦る気持ちを抑え、先程の話を父様に伝えた。
「それは……待ってろ。私が用意してやる」
「はい。父様」
父様が真剣な面持ちで急いで部屋を出ていくと、メイドにお久しぶりですねってお茶を淹れてもらい待っていた。ティモも懐かしいのか、アンジェの屋敷での話に花を咲かせていた。
長い時間待っていると、父様が分厚い本を何冊か、それと羊皮紙の巻物を少し、腕いっぱい抱えて戻った。
テーブルに本を置くとメイドとティモに外に出ろと声を掛け、扉が閉まると僕の隣の席に座った。
「お前に教えたのはほんの少し、簡単に発動出来る魔法のものだけなんだ。シャイニングアロー、広範囲を光の矢で撃ち抜く術だ。中型魔獣くらいならこれが役に立つ。これは加護があるかないかで範囲が変わるだけで、私の血脈なら使える術なんだ」
「はい」
お前が今世の白の賢者とは思わなくてこの部分は適当に触りだけだった。お前の護身になればと考えてな。足りなくてすまぬって。
「いいえ。僕も賢者は兄様だと思ってましたから」
「俺もだ」
本来アン属性に賢者の力は来ないのが普通。お嫁に行くからね。当主にノルンの子がいなくて、婿を取る時の一時的なものでもなければ、この力はアンに来ることはないんだ。父様は天啓があったことを誰にも言わず力も試してて、自分が白の賢者と知っていたそうだ。今の時代誰でもいいからなって。
「俺が弱る頃にアルバンに伝えて確認するつもりだったんだ。あはは……神とは分からんもんだな」
だが、お前になったのなら仕方がない、これを全部覚えろ。いつ溢れるかは分からんが、アンゼルム様の役に立って国を守れ。父様は真剣に言う。
「加護がなくとも我らにも使えるものがあって、アルバンと共に負傷者の治癒や浄化に参戦するからな」
「はい!」
父様と兄様は子供の頃から読み込んでいて全て覚えているそうだ。このぶ厚いのを全部か。すげえ。
「それが当主の務めなんだ。嫁に出たお前に背負わすなど……それもアンなのに。なんと神は無慈悲か」
「父様……お気持ちが嬉しゅうございます」
こんな言葉をもらえることが嬉しくてふふっと笑みが漏れた。でも父様はなんでお前なんだろうと、悲しそうにがっくり肩を落としてしまっている。この世界は男尊女卑思想があってね。奥さんや貴族の未婚のアンには、基本政治にも家業にも携われないのが一般的。本当に過去の時代の考え方があるんだ。まあ、人による……なんてのもあるのは事実。ベルント様や母様のように家業を手伝う人もいる。未婚の頃から働いてる人は継続してたりね。
そして僕は家族にとても愛されていた。一見両親は僕の教育に興味なさそうだったけど、それはお嫁に出るから。賢者の対象でもない僕に一族の秘密に触れさせても、万が一の時は戦や討伐に無理矢理参戦させられるだけ。知らない方が僕を守れると思ってたからだそう。家業を手伝わせず花嫁修業ばかりだったのもそんな理由だ。それに甘んじてたのは「クルト」だ。
「お心遣いありがとう存じます。父様たちの気持ちが分かってとても嬉しいです」
「ああ。守れはしなかったが……頑張れよ」
「はい」
それから全部読んで……は時間的に無理だから、魔物に有効な部分だけを父様に教えて貰った。それとシュタルクが絡んでいるなら対人の魔法も少しなって。
「戦や討伐は人の心を蝕む。お前は……そんなに心は強くないと私は思っている。気をしっかり持つんだ。目の前の惨状に折れない心を持て」
「はい」
父様は隣で必要なところにしおりを挟んでいく。
「あの、父様お仕事は?」
「そんなもん。魔物の群れで壊滅するのならばこちらが優先だ。他にやらせるからお前は気にするな」
「はい」
賢者の魔法は基本的に呪文などはないようだ。どんな武器、術を発動させるかを心に思い浮かべることだと、父様は僕の肩をポンと叩く。
「これは過去の賢者が使用した術を記したものなんだ。普通この世界では加護がなければ個人の魔法の属性なんてない。どの魔法も普通の人は努力で極めればそこそこ使えるんだ」
ほうほう。僕はこの世界に来て花嫁修業の時に練習したけど、なにも極めないどころか全部貴族とは思えないほどの出来栄えだったけどな。「クルト」の訓練不足か?と問うと、いいや違うと、父様は言う。
「お前はアルテミス様の加護があるから光魔法の属性があるからだ。他はいくら訓練したところでたいして身には付かない。アルテミス様の力を元にしないとなにも極められないんだ」
「はー……そっか」
そう言うと一冊積んだ本から抜いて、僕に広げて見せてくれた。
「これを見ろ、魔物図鑑だ。攻撃や致命傷になる体の部位、有効な魔法がなにかが載ってる。黒い森はいい魔石が取れる冒険者の飯の種の場所。だが、深い場所には竜以外の未知のモノがいる可能性もあるからな」
「はい」
せめて載っている魔獣は覚えろって。ここの資料は門外不出で、例え公爵家であろうと持ち出せない。それがしきたりだそう。覚えるまでここにいろって。この資料、城では魔獣の本は禁書庫にあるくらいの貴重本で、他は内特有のものなんだってさ。
「ありがとう父様」
「気にするな。ほらどんどん読め」
「はい」
二週間ほど実家に泊まり込み、資料を頭に叩き込んだ。そして術の実践をしたらね、僕もやればできる子だったんだと嬉しかった。前の世界でもこちらでも中くらいの、よくも悪くもない成績でさ。でも追い詰められれば出来るもんなんだよ。ちなみにこの期間もアルテミス様は天啓をくれた。
「溢れる……獣たちが……時が近い……急いで」
単語のような言葉で途切れ途切れのか細い声。僕はあの白い世界でアルテミス様には会ってはいない。アレス様と「クルト」が会ったハーデス様の顔しか知らない。
間違って僕を殺したおまけに「白の賢者」の加護をくれた。アルテミス様はこのことに納得してたのか不安には思ってたけど、イレギュラーな天啓をくれるほどには僕を気にしてくれていたのかな。
「父様、兄様ありがとうございました。帰ります」
「ああ。我らでは城の治癒師より少しマシな治癒が出来るくらいだ。ことが起こればお前がたぶんやらねばならぬ」
「はい。覚悟はしてます。アンジェが側にいればきっと……大丈夫です」
ああと返事は返してくれたけど、父様は辛そうな、なんとも言えない表情をした。本当はあんな場所にお前をやりたくはないと顔に書いてある。それでも父様は顔を引き締しめ、
「あそこの家は黒の賢者と言われる「なにか」があるはずなんだ。たぶん我が家と対になるようなものが。記録はないが私はあると踏んでいる」
父様は自分に天啓があった時に調べたそうだ。城の図書館とか、だけど新たなものは何も出てこなかったそう。だけど気になるのはあったよって。
「この土地はこの国が出来るまであの暗黒の森のような地だったんだ。それを公爵家の先祖とうちがなんとかしたと記録がある。物語ふうになっているがな」
「はい」
「力を合わせ、主のような魔物を討ち取ったとあった。それに近いモノがいるとその魔法が必要になるやもだ。うーむ…禁書庫辺りに記録があるかも知れぬが、我らでは見れぬ」
時が残っているなら王に直談判してみるのもありだろうって。
「はい。やってみます」
「ああ。次は戰場で会おう」
父様と兄様は少し僕を憐れんでいるような顔をしてた。でもね、それは僕を気遣ってくれてるからだと思うんだ。僕は白の賢者の術を覚えながらも家族の優しさに触れた二週間を過ごし、ティモとアンジェの待つ屋敷に馬車に揺られ戻ったんだ。
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これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
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