月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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二章 討伐とその後

1 魔獣討伐参戦、直前の緊張

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 森の異変に警戒しながらも日常を過ごしていて、昨日の夜もアンジェといたして気だるく、僕はうつらうつらとしていた。朝の鳥の声にそろそろ起きなきゃだなと、まだ寝てるアンジェの頰を撫でてた。

「本当に美しい……男がここまで美しいとか犯罪だよね。お肌はツルツルでヒゲも薄めでね」

 あんまりなイケメン具合いに、ナデナデしたりチュッチュッとか触りまくってた。見た目に関しては現世の神を恨むね。前世の僕は可もなく不可もなく、どこにでもいるようなモブ青年だった。この世界は老人ですらイケメンなのに。恨みがましいことをブツブツ言いながら、キレイねとアンジェをナデナデうっとり。

「……男とはノルンのことか?」

 アンジェはゆっくり目を開けてチュッとしてくれた。

「うん。僕はアンだから、女の人に当たるんだ。そんでね、あちらの女性は柔らかいお肌でツルツル。そしてなんにもしてなくてかわいい。なのにあなたは男なのに同じようで……人種の違いにモヤモヤしてた」

 僕の記憶を見てるからアンジェはすぐ理解してくれる。ついでにこの世界の人はイケメンが多い。見目麗しくない人は横に大きくなった人くらい。まあ、元はいいんだろうけどね。
 それにこれだけイケメンが多い中でもアンジェは際立つイケメン。いや、僕の好みかもだけど。「クルト」のお嫁に来たくないってのも、見た目や年齢じゃなくて、彼の無口っぷりだったしね。

「そうか」

 優しい微笑みで僕を見つめる……死ぬ。何年経ってもアンジェの微笑みは僕を殺そうとする。

「普段あんまり笑わないから余計かわいい。大好き」

 僕はアンジェの頬をナデナデと続けていた。

「俺けっこう笑ってるぞ?」
「分かんないんだよ。アンジェのは」
「そう?」

 まあ起きようとアンジェとふたりでお風呂入って朝食を取り、仕事に行くまでの朝の短いお茶の時間。

「アンジェ」
「うん?」
「抱っこして」

 ああと僕を膝に乗せて抱いてくれる。毎日ここで別れると夜まで会えない。間違うと数日会えないんだ。

「寂しいの。もっと一緒にいたい。アンジェと一緒にいたいんだ」
「ごめん……クルト」
「わかってる。わがまま言ってみただけ」

 そんな感じで抱き合ってチュッとかしてると、いきなりものすごい音が頭に響いた。あの携帯に鳴り響く、地震警報のような音が割れんばかりに頭に響く。

「アンジェうるさいんだけど!これなに?」
「なにが?なんの音もしないが?」
「え?」

 僕が激しい音を聞いているのに、アンジェは不思議そうに僕を見つめる。これヤバいぞ、天啓だ!僕にわかり易くアルテミス様が僕に伝えてるんだよ。僕は深呼吸してアンジェの顔を見つめる。

「アンジェ、よく聞いて森が溢れた。頭にすざまじい音がするんだ。アンジェ」

 ビクッとアンジェの体に力が入り険しい顔になる。その言葉にアンジェは深い呼吸をすると冷静に答えた。

「お前はここにいろ。お前の出撃が必要なら、その時迎えにくる」
「うん」

 アンジェは立ち上がり僕を下ろし頷くと、すぐに走って部屋を出た。彼はエトムントと叫びなから、みんなに指示しているようだ。アンジェの怒鳴り声が遠ざかると、屋敷はザワザワしだした。隣の部屋からはティモが何ごとですか?と入って来る。ローベルトも未知のことに恐怖で固まったまま動けない。

「ティモ、森が溢れた」
「うっ……とうとう……」
「ああ。僕に戦闘服を着せてくれないか」
「はい」

 最初の天啓からひと月弱、この日が来てしまった。間違いならいいのにとずっと思ってたけど、その願いは神には届かなかった。

 その頃森では、シュタルクの従魔士が術に失敗し、森の主「火竜」が暴れ森を焼いていた。周りの獣、魔獣、魔物さえこれは危険だと逃げていたが、僕らはその兆候も気が付かず、天啓があるまで気が付きもしなかった。

「これは人の業のようなもの。自然現象ではありませんから、願いが届いてもなにも神はなにもしてくれませんよ」

 戦闘服を着せながらティモは優しい声で言う。着替えてからいつでも出られるように自分の部屋で待機。出来るだけいつも通りと本を読んだりしたけど、目が滑って内容なんか入ってこない。
 お昼の食事が終わり部屋にいると、ローベルトが執務室にいてくれと呼びに来て移動した。

「すみません。ここならアンゼルム様の連絡をすぐにクルト様に伝えられますから」
「うん」

 僕らの領地は海に近いが他領が間にあり、海はない。城は隣の直轄地にある立地だ。数ある公爵家は、城のある直轄地を囲むように広がる。国の中心より海に近い方に城はあるんだ。
 だからここは城を含め森から遠く、戦闘の音など聞こえない。ついでに近いくせに城からなんの情報も入ってなかった。

「領地の屋敷にはそういった連絡は遅れてくるものです。来た時にはもうってことが多く、慌てるんです」
「うん。理解してる」

 アンジェは領地に関することは既に彼らに伝えていたようで、商人や農夫、その家族の避難に文官たちは出払っていた。ここにいるのは側仕えのローベルトやエトムント、ヴィルフラム、フォルカー。領地運営を任されてる者たちのみ。

「どうなるのでしょうか。森からこんなに離れている場所にも被害が出るのでしょうか?」
「分かんない。でも天啓で知らせるくらいだから……」
「ですよね」

 僕も何もわからない。天啓は細かくは教えてくれなかった。「誰がなんの目的で、いついつ森に出かけてこれをする」と教えてくれれば、対応も楽なのにね。でも、それは神が人の営みに介入になるんだろう。
 人の輪廻を正しく行い、気まぐれで天啓を授け、力の一部を貸してくれるだけ。それが神なんだろう。人も自然の一部でしかないって考えが神にはあるのかもね。

 屋敷は不安と怯えが蔓延していた。みんな魔獣の襲撃など歴史で習ったくらいの知識しかない。それが現実に起きているんだ。今生きている人は、誰ひとり経験したことのない恐怖が迫っていた。

「出来ることをしよう」
「はい。屋敷の私兵団は外に配置して警戒しております」
「うん」

 僕もどうなるか分からない。もしかしたらシュタルクも魔獣もここには来ないかもしれない。正常バイアスかもだけど、私兵以外の屋敷の者たちは普通に過ごせと指示。なにか起きたら避難用の地下施設に誘導を頼むとエトムントにお願いした。長い緊張は不安が増すし、本当になにか起きた時動けないじゃ困る。

「たぶん、その時が来たら僕もアンジェもここにはいない。エトムントやみんなが頼りだ」
「はい。お任せください。誰一人死なせなはしません」

 エトムントも他も余裕の笑顔を見せたけど、余裕なんかある訳ないんだ。未知のことを怖がらない人はいない。でも……この世界の人は強いね。嘘でも笑顔を見せたんだ。いや、こんなことが起きれば前の世界も同じか。彼らは頼もしかった。

 アンジェはあの天啓の日から家を出たまま三日帰ってこなかった。万が一のために僕はいつも戦闘服で待機。昼下がりにお茶を飲みながら、

「連絡が来ないということはなんとか出来たのでしょうか?クルト様は出撃しなくてもいいのでしょうか?」

 ティモは心配そうにお茶の給仕で隣に跪き、僕の顔を覗き込む。

「ならいいけどね」

 奥様が戦地に行くことをよしとしないティモは神に祈ってくれていた。僕が行かなくてすみますようにとアルテミス様に。
 ティモは彼のお父上がうちの領地の文官で、僕が幼い頃は遊び相手だったんだ。そして大人になってそのまま側仕えになった、幼馴染みのふたつ上のお兄様だったんだ。僕を誰よりも知ってて、今回のことをとても嫌がっていた。一緒に術を考えたりしてくれたけど、それは最悪を想定していたに過ぎない。

 昼過ぎに玄関から激しい金属の擦れる音と足音が、ガシャガシャ近づいてくる。バンッと執務室の扉が開くと、息を切らした兵のひとりが駆け込んで来て、

「上空に小型のワイバーン他翼竜発見!少なめの群れがいくつも飛んでます!森を抑えきれてないようです!我らは近隣の領地の兵士と連携し警備をしつつ、一班が他領の兵士と行き先を確認すべく、翼竜を追います!」
「分かった。頼む」

 エトムントは騎士にそう答えると、彼は会釈して出ていった。一気に部屋は緊迫感にピリピリ。
 こんな森から遠くの領地に魔獣が出てくるということは、アンジェの迎えが間もなく来るはずと思って、僕は気持ちを鎮めた。
 イメージトレーニングはたくさんした。こんなゲームもあったじゃないか。諒太とよく遊んだものがね。現実は違うだろうけど、昔の賢者の資料とかも読み込んだ。ダメなら土地は犠牲にしようと考えてるやり方とかは、追い詰められたら使おうと心に決めていた。目を閉じてすーはーすーはーと深呼吸。

「さすが白の賢者……アンゼルム様の伴侶ですね」

 そんな感嘆する声が聞こえた。僕は目を開けてみんなを見たけど、膝の手は小刻みに震える。

「違うよ。怖くて仕方ないんだ。僕は魔獣をちゃんと見たこともなくて、襲われた時にちらっとでね。でも……アンジェが側にいてくれるならきっと出来るってそう思うようにしてる」

 ソファに浅く座って背筋をのばし、僕は微笑んだ。

「いえ、こんな時に笑えるなど、私たちはあなたを見くびっていた。ベルント様とは違う強さがあなたにはあります」
「ありがとう」

 うちの文官たちは僕と元の身分はあまり変わらない。土地なし貴族たちなんだ。その人たちに初めて「奥様」以外の僕を認められた気がして、こんな時なのに嬉しかった。この後はみんな無言で、アンジェの使いが来るだろうと固唾をのんで待っていたんだ。

 コンコンと扉が鳴り、筆頭執事のユルゲンが入って来る。

「クルト様、旦那様のお迎えが参りました」
「はい。今参ります」

 やはり来たかと僕が立ち上がると、ティモが僕の両腕を強く掴んで見上げる。

「行って欲しくない……クルト様はお家にいればいい……」
「そうするとみんな死んじゃうよ」
「隠れていれば……」

 僕は首を横に振った。ティモは今にも泣きそうだった。

「魔物だらけの土地には住めない。それに僕らだけ生きていても嬉しくはないでしょう?」
「ですがクルト様……」

 泣きそうな真っ赤な目で僕を見上げる。またあのようなことがあったら僕はと……

「ティモ。対策も取ったし前の事故とは違うよ。僕らはきっと魔物に勝って帰って来る。あなたやみんなのところに帰って来るから」

 ぷるぷると震えて首を横に振り、我慢出来なくて泣き出したティモを僕は抱きしめた。

「行って来る。待ってて」
「ううっ……ご武運を……クルト様」

 僕はティモを椅子に座らせてぐるっとみんなを見渡し、屋敷を、みなを頼むと一礼して部屋を後にした。





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