月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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四章 戦とアンジェ

6 敵はどこだ!

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 僕は敵の残りがいないか探した。ひとりでも残したら僕らの命が危ないんだ。出てこいよ殺してやる!隠れるな卑怯者!

「クルト様!もう終わりです!おやめ下さい!」

 んふふっなに言ってんの?ラムジーバカだなあ。敵を残してたら僕らが危険なんだよ?きちんと始末しなきゃね?と振り返った。

「クルト様、敵はもういません。みんな死にました。あれだけの矢を飛ばしたんです。もういません!」

 ラムジー甘いな。矢が探しきれてないかもしれないじゃん。なんでそんな顔するの?これからのためにきちんと殺さないとね。

「ここからじゃ見えないかもだろ?どこかにいるかもじゃん。敵はちゃーんと殺さないとなんだよ」

 僕は最後の一人まで逃さないともっと矢を放つ。絶対殺してやる。もう誰の声も聞く気はない。敵を殺すんだよ。うはは!




 アンゼルムはクルトの様子に、これはクルトが言っていた暴走ではないかと感じていた。アルテミスの予言はこれかもと。

「アンゼルム様、たぶんクルト様は力に飲まれてます」
「ああ、アルテミス様の警告通りだな。ラムジー地上に向ってくれ」
「ハッ!」

 クルトは正気を失っていた。アンゼルムはたぶん死の恐怖に飲まれたんだと思い、やはりクルトに戦場は無理だったんだと思うと視界が滲んでくる。俺が泣いたらダメだろ!クルトの心は強くはないんだ。人を思いやれる優しい……俺の妻なんだとクルトを不憫に思いながら、アンゼルムは地上に降りた。アンゼルムは自分の騎獣から急いで降りて、暴れるクルトをラムジーから受け取り抱き締めた。強く強く抱き締めた。

「クルト!終わったんだ。もういいんだ!」
「アンジェ?なーんで下に降りるの?そっか!歩いて探すんだね!よし!僕がんばるよ!んふふっ行こ!」

 クルトは目が血走って焦点が合ってない……みんなを守りたくて、自分を守りたくて……なんてことだと、クルトを見つめアンゼルムは呆然としてしまった。

「クルト!」
「なあに?早く行こうアンジェ!」

 アンゼルムの手を引き行こうよとクルトは笑う……この愛しい者は……ここまで追い詰められてと、アンゼルムの心は締め付けられた。

「クルトもういいんだ。敵はいない」
「うん?いるでしょ?ここから見えないだけだ。ほら早く!」

 見上げるクルトは興奮して別人のようだった。魔力が漏れてうっすら光ってまでいる。……ごめんなと心でアンゼルムは謝罪しながら、

「クルト愛してるよ。もういいんだ」

 アンゼルムはクルトの腕を引き、強く抱き締めて唇を合わせた。いつものようにクルトが喜ぶキスをすれば正気になるかもと、自分のキスをことの外喜ぶクルトならと考えて。

「ア、アンジェ!キスはいら……敵を……離して!」
「少ししてからでもいいだろ」
「やめて!敵を!殺すんだよ!こんなことしてる場合じゃないんだ!やめて!」
「いいから俺を感じてくれ。俺を見てくれよ」

 アンゼルムはジタバタと暴れるクルトを押さえつけ続けていた。愛してるよ、俺の大切な宝物のクルトと声を掛けながら。戻って来てくれクルト、俺を愛してるって言ってくれ。どのくらい締め付けていただろう。クルトがぐったりして地面にずり落ちた。効果はあったかと地面に座るクルトの前にしゃがんだ。

「アンジェ……もっとして……怖いの……僕死んじゃうかも…アンジェ……」

 目に涙をためてクルトはアンゼルムを見上げる。

「クルト。俺が分かるか?」
「うん。アンジェ怖いの……僕また死んだらアンジェと離れちゃうの……ヤなの」

 もう大丈夫だ。敵はいないよとアンゼルムは微笑んで見せた。クルトが好きだと言ってくれる微笑みを無理して作っていた。

「んふふっアンジェかわいいね……え?」
「クルト?」

 

 僕いつの間に地上にいるの?キョロキョロと周りを見たけど、味方のヘルテルの騎士しかいない。敵は?僕は頬に矢が当たって血が出て……術を展開……シャイニングアローを敵に向けても阻まれて当たらなくて……その後の記憶がない?

「よかった」

 アンジェは包み込むように僕を抱いてくれる。

「アンジェ……あの、僕どうしたの?」
「後でな。とりあえず陣営に戻ろう」
「うん……」

 アンジェに肩を抱かれて歩き出したけど、なにがあったの?周りの騎士も終わってよかったねとしか言わず、クルト様ありがとうと陣営に向かい撤収する。これは不自然だ!

「ラムジー僕はなにを……ねえ?」

 少し後ろを歩くラムジーを見上げると、頑張りましたねと微笑む。

「立派に戦いました。素晴らしかったですよ」
「そう?本当に?」
「ええ!」

 ギーたちも立派な戦いでした。大丈夫、なにもおかしなことはなかったですよって。
 んふふ「おかしなことはなかった」ってことは僕おかしかったんだな。記憶にはないけどアルテミス様の忠告が現実になった臭い……かな。

「ごめんアンジェ。僕はやっちゃったんだよね?被害は?」
「敵の殲滅だけだ。お前の性格だろうな。かわいい暴走で済んだよ」
「おぅ……暴走」

 暴走とは……思い出そうとしたけど恐怖で矢を放ちまくったところまでしか思い出せず。なにしたんだろうか?と考えていると、膝が折れて扉がドンッと落ちるように意識がなくなった。






 クルトが魔力切れを起こして寝ている間、ヘルテル参謀本部は、クルトは危険すぎると首脳陣は唸っていた。

「クルト様の敵意が……敵にしか向いてなかったからいいものの、自分で力を制御出来ないなど……」

 今回の戦の大将であるサミュエルは、渋い顔で机を指でコンコン。あの様子じゃ味方にまで攻撃を仕掛けないとは言い切れないなと。いやそれはとアンゼルムが言いかけると、そのサミュエルの言葉にヨルクが先に激昂した。

「ふざけるな!白の賢者の民への思い、国への思いの暴走だ!私も若い頃……あれほどかわいいものではなかったが、起こしたことはある。それほど白の賢者はみなの安寧を願うものなんだ!クルト様は悪くない!」

 白の賢者は敵にしか攻撃をしない。自分を、周りを守りたい。それだけの思いで戦うのだ。それを危険人物のように……お前らが死ななかったのはクルト様のおかげなのに感謝もないのか!と怒鳴る。

「そ、それはすまぬ。私はお前の若かりし頃を知らぬのだ」
「若造が!黒の賢者のくせに戦いもせず、テントでふんぞり返りおって!」

 サミュエルはヨルクの言葉に声が小さくなり、しょんぼりと項垂れた。

「そ、それは仕方なかろう。みんな出払って私まで出撃したら、誰が作戦遂行を命令すんだよ」

 フンと腕組みしてサミュエルを睨み、ヨルクは怒りが収まらないとばかりに鼻を鳴らした。白の賢者はみな有事には参戦が当たり前で、戦場で死ぬのが当たり前か!と声を張り上げる。

「そんなことは言ってはいない。大体お前は簡単には死なないだろ!」
「死ぬ時はあっけなくなんだよ!民に寄り添いすぎるのが悪いクセでな!」

 アンゼルムは口を出さず見守っていた。彼は本当の意味で白の賢者がどんなものなのか、理解しきれてはいなかった。我が国はヘルテルのように戦が多い訳でもなく、賢者が生きていることに意味がある。生きていることに重きがある国では、賢者の本当の思いなど知らなくても生きてていけるのだ。

 アンゼルムは黒の賢者で白とはセットのように言われるが、全く違う。攻撃により国を守るのが本分で、加護の神も違う。攻撃は最大の防御を地で行くのが彼の加護だ。守りや癒やしは得意ではなく、クルトのような民への慈悲の心などは薄く、力で未来を切り拓く。

「アンゼルム様、見苦しいところをお見せしました。私の浅慮で不快になられたでしょう。申し訳ございません」
「いや、クルトには天啓はあったのですよ。ああなるかもとね。ですから私は隣から離れなかったのです」

 ええ?って。暴走の心配の天啓?聞いたことないぞって。ヨルクが身を乗り出した。

「まことかアンゼルム殿。なんとまあ……クルト様は神に愛された方なのか。私はそんな気遣いなど受けたことはない。何世紀ぶりの寵愛の賢者か」

 アンなのに白の賢者を立派に勤め上げる。寵愛があろうとも、なんとお強い方だろうとヨルク様は涙ぐむ。それはアンゼルムも思っていた。どれだけの覚悟でここに立っているのだろうかと。いくら異世界から来たとはいえ、戦など体験もないのに戦場に立った。優しく強い俺の番なんだと、誇らしい気持ちが湧いていた。

「サミュエル!クルト様のお力は我らが敵にならぬ限り向かぬ!感謝せよ!」
「してるよヨルク!しまくってんの!ヘルテルの戦死者一桁なんだよ!すげぇんだよ!」
「足りぬ!お前の気持ちは足りぬのだ!言葉に心がこもってない!」

 唾を飛ばしてサミュエルを責め立てているが、感謝はしてくれてるのだろう?とヨルクは表情を変え、ニヤニヤサミュエルを見つめる。

「ヨルク……俺たちの国に金ないの!感謝はしてても難しいの!あったら戦場なんて出ないよ!」
「ふん!なら私財を出せ」
「ねえよ!食うのに精一杯なのは貴族も一緒!俺を殺す気か!」

 ふふっとアンゼルムは笑ってしまった。クラネルト王国を含めてこの三国の貧乏は本当だ。国としてみたら他国と比較して本当に貧乏。でも、足るを知り、金は生きるだけあればいいと考えている。

「サミュエル様、ヨルク様。今回はこれで済みましたが、敵は諦めないと思われます。次回のためにクルトが言っていた味方の選別についてですが……」

 アンゼルムはクルトがチート技って言っていたものを、なんとか実現出来ないか相談した。あれが正気で出来ていれば、クルトの暴走など起きなかったはずと考えたのだ。

「あー……出来ないことはないと思いますね。鎧にではなく、判別付与の魔石を皆に持たせばそれで済む」
「ヨルク、敵が奪ったら?」

 そうですなと考える。アンゼルムも魔法省の大臣であるため、そこまでは出来るのは知っている。だが、奪われた時に無効に出来ないと意味はない。人種としてはこの三国は同じ民族だ。だからそれでも構わないが、他国から嫁や婿に来るものもいる。人種固定は意味がない。

「個人の識別にするしかないですな。国の識別の登録、個人の登録。書き換えられない守り関連のの三つを魔石に付与する」

 やっぱりか……この間の討伐の魔石は全部売ったんだ……クソッ残しておけばよかったと、アンゼルムは悔しく思った。

「そちらには上質の魔石の予備はどのくらいありますか?」
「あはは……ないね」

 ヨルクはサラッと。あー……貧乏国はこういう時に困るな、まだ戦は始まったばかりなのに。アンゼルムが呆然としていると、ヨルクが含みのある感じで広角を上げた。

「アンゼルム殿、これは今すぐ私が決めることは出来ませぬが、やり方はあるんですよ」
「本当ですか!」
「ええ。ですがこれは我が国の技術でして、王に相談ですな」

 サミュエル様はうん?と悩む。そんなものあったか?と。

「これは白の賢者の技だ。たぶんクルト様も出来るがな」
「ほほう。隠し事が多いな、魔法省は」
「当たり前だ!なんでも開示してたら国が滅びる!」

 定年しているが、ヨルクは元々魔法省の大臣だ。そう言えば子供の頃舞踏会とかで見かけてたななどと、アンゼルムは子供の頃を思い出していた。すごいイケメンだったが年取るとこうなるか。ほほう。うっ……クルトみたいなことを!あはは……夫婦は似るのかと、アンゼルムは下向いて笑ってしまった。

「なにかおかしいか?」
「いいえ、私はクルトを本当に愛していて、夫婦は似るものだなと……クックッ同じようなことを考えてしまって……すみません」

 だろうなとヨルクたちふたりは微笑んだ。暴走してる妻と人前であれだけの抱擁が出来るのだから、目に毒だよと。

「他に思いつかず、見苦しいところをお見せしました」
「いいや、若い夫婦なら当然だ。懐かしいのう」

 ヨルクの妻はとうに亡くなっている。流行病であっけなくだ。後妻はいるが若い頃のような激しい愛はなく、穏やかに過ごしている。

「もうクルト様のところへ。そろそろ目を覚ましますよ」
「ありがとう存じます」

 対策は明日以降になと、ヨルクが早く行ってあげなさいとアンゼルムを促す。彼は立ち上がり、一礼してクルトの寝かされているテントに急いだ。







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