月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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四章 戦とアンジェ

14 気がつけば簡単(アンゼルム視点)

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 そろそろ俺が病院に入院してひと月が過ぎようとしていた。季節は夏の盛りでセミがうるさいし、部屋の冷気の魔石が冷た過ぎる。体が冷えたなと外に出たが、今度は苛つくくらい暑く日差しは眩しい。俺は木陰を探して歩いて、適当な花壇の縁に座った。なにも回答が浮かばない。過去を振り返ると、ベルントとの辛い記憶しか蘇らず、鬱々とする。

「眩しいな」

 真っ青な空に強く照りつける太陽。はあ……

「クルト……困らせるつもりはなかったんだ。ただ愛しくて、俺だけのクルトでいて欲しかっただけ」

 たった五年一緒にいただけなのに、彼の考えごとすると口に出すクセが似てしまっていた。

「どれほど俺はクルトしか見てなかったのだろうな」

 俺は失笑した。クルトはかわいくてベッドでは淫らで……賢く強い。彼はこんな知らない世界に放り出され苦労はしているのに、俺がいれば頑張れると健気で、俺の方がずっと弱いと今は思う。はあ……セミがうるせえぞ。

「旦那様ですか?」
「え?」

 顔を上げると以前視察した、城下の宿屋の店主。聞けばもう余命いくばくもないそうだ。

「色々治療はしたのですがね。ベルント様と同じ病だそうです。気がつくのが遅くてですね。仕事中に倒れて発覚でして、もうね……」
「そうか…残りを大切にな。悔いが残らぬようにしてくれ」
「ありがとう存じます。旦那様はなぜここに?」
「うん……」

 恥だが俺はサラッと説明した。彼は真剣に聞いてくれて、旦那様も普通の人でしたなあって笑う。

「旦那様、クルト様はあなたではないんですよ。別人です」
「そんなのは分かってるさ」

 賢いと評判のあなたらしくないと彼はさらに笑う。

「分ってません。子どももそうですが、あなたの所有物と考えるからおかしくなる」
「はあ?そんなことは思ったことも……いや…」

 俺のものになれと言ったかも。俺に染まれといったも同然で、俺の言うことを聞けと同じか?

「番にそう思うのは当たり前。ですが、一歩引かねばなりません。番同士は同化したような気分になり、同じ方向を向きがちです。ですが、同じ目標でも、たどり着くまでの道のりは違うんですよ。相手の選ぶ道を尊重しないとね」
「あ、ああ……」

 クルト様の活躍は素晴らしい。敵をなぎ倒しこの平穏を勝ち取った。ですがもし、前の白の賢者のフリッツ様が現役で、あなたと参戦してたら同じでしたか?クルト様と同じ動きをフリッツ様はしたでしょうかと問われた。

「しないな。義父上ちちうえは隙のない見事な戦いをしただろう」

 店主はそうでしょうともとウンウンと頷く。

「結果は同じでもやり方は違うんです。クルト様は別人で、あなたの半身だけど違う考えで動く。そこを番の本能に任せて無視してはいけません」
「うん……俺はクルトの足かせになったのか」

 旦那様、それは卑屈過ぎる考え方ですよと笑われた。

「そこまでは言いませんが、クルト様の行動の制限は多かったのでは?視察でもあの時以来見かけませんし」

 そういや農地も俺と行きたいと言ってたな。戦、お茶会、実家帰省くらいか、クルトが外に出るのは。他所はどうなんだろうな。そんなことを話すと店主は、

「私のお付き合いのある伯爵様の奥様は、街にもお付きの方とよく見えてますよ。お店の者を屋敷に呼べば済むが、他も見たいからって。服やお菓子など買い込んでますよ」
「そうか……」

 クルトは髪飾りを上げた時喜んでたな。街の者とも楽しそうだった。俺がその機会を奪ってたのか?でも嫌なんだ。クルトは俺ので……

「俺のじゃないんです。俺のだけど違うんですよ」
「分からん」

 ゆっくり考えましょう。お時間が許す限り。旦那様にはきっとこの時間が、この先の人生に必要なんですよと店主は言う。番に関しては貴族も民も関係ない。愛しいから旦那様のように暴走する方はいます。ひどい人は隠したくて監禁してしまう。それは違うと私は思うと。
 長々失礼しました今生の別れですねと、俺の手の甲にキスして店主は去っていった。後は家で死ぬまで過ごすそうだ。

「監禁するやつの気持ちしか分からん。どうしよ」

 俺の考え方がマズいのだけは分かったが、心から納得が出来ない。見せたくなくて監禁したいだろ?俺だけを見て欲しくて、死の近くには行かせたくない。本来戦、討伐なんてもっての外だ。いくらクルトが強くてもな。

 クルトと自分が別けられないのか?いやいや、違う人だと思うから愛してるし、クルトの言葉が嬉しいんだ。束縛を減らし……自由に……ブルッと武者震いがした。コワッ!クソ暑いのに寒気がする。家に帰りたいがこれでは帰れない。なんにも考えが変わってないんだよ。マズいのだけは今の会話で理解出来たけど。

 それからも時々うちの領地の民に会った。治って家に帰る者、亡くなるのが数日だと迎えが来る見舞客、理由は様々だが、俺を見かけると嬉しそうにあいさつしてくれた。

「旦那様も普通の人だったんですね」
「当たり前だ。身分と魔力の差しかないよ」
「ふふっでしたね」

 俺の領地の外れの農家の老人。彼はアンで、番はとっくに天に帰ったそうだ。

「もうすぐ会えますし、やり残したことはありません。子どもには孫も見せてもらいましたし」
「そうか」

 旦那様の気持ちは痛いほど分かるが、クルト様の人生は彼のものだ。手を取り合うのはいいことだが、縛って檻にいれるのは違うと、またもや同じことを言われる。だが、何度聞かされても俺は納得がいかない。

「だがなあ……」
「旦那様。こうなった人たちを「運命の番」たちなんて民は言うんですよ。そこまで相手に執着する人のことをね」
「へえ…初めて聞いた」

 彼はそんな夫婦が村にもいて、妻は夫の隙を見て逃げ出した。相手を愛しているがこれは違うんだと。陽の光も見ずに一生は終えたくないと、親のところにボロボロになって帰った。そして親や村の人に無理やり番を解消させられて、落ち着いた頃、どちらも別の人と結婚。適切な距離で仲良く暮らし、二組とも今も農家で幸せに暮らしてますと微笑む。

「俺に別れろと?」
「嫌ですよ。民と違ってあなたは賢い。きっとそんなことしなくても気が付きますよ」

 部屋に戻ると老人は立ち上がった。病は治ったが、この年だから旦那様に会うのもこれが最後。ありがとうと頭を下げる。

「いいや、長生きしてくれよ。また村に視察に行くからさ」
「ええ。旦那様のお子様が領主になるまで頑張りますかね。無理でも頑張りますよ」
「そうしてくれ」

 こんなことを俺は繰り返していた。医者も民も同じことを言う。この激しく求める気持ちを抑えるにはどうすれば……番の解消が早いが、とんでもない。しろと言うやつを殴る自信がある。ならばどうするかだな。悶々と毎日過ごしていた。

 そんな行き止まりに息苦しくなっていた秋の初め、長雨で外に出れない日が多く、部屋で腐っていたある夜、夢を見た。

「アンジェ。いつ帰ってくるの?僕寂しいよ」
「ごめん。まだ分からないんだ」
「そう……」

 俺の部屋のソファでクルトを膝に乗せていた。クルトは俺の頬を両手で挟み、

「アンジェ……僕はあなたが好き。あなたが僕に執着するのは僕を信じてないから」
「え?そんなことは……」
「ベルント様と僕は違うと認識してないから」
「お前とベルントは違うだろ!」

 クルトは悲しそうに首を横に振る。

「ベルント様は番になろうが昔のままで、あなたに背を向けた。いつまでもライバルのままで、妻にはなってくれなかった」
「そうだけど……」

 クルトはそっと唇を重ねてくれる。彼の甘い香りがして……クルトの舌が俺の舌に触れた。彼が欲しい。そう思ったら唇が離れた。

「僕はあなたの妻だ。逃げも隠れもしない。それを認めれば変わるよ」
「それは……」
「僕はベルントじゃない。他のノルンなど目に入らない。あなた以外いらない」

 そうだけど、心変わりがあるのを俺は知っている。自分がそうだから。だから……

「僕はあなたじゃないしベルントでもない。信じて。僕はあなたにウソをついたことはない」

 これは……以前クルトが俺に言ってた言葉だ。今まで俺以外に笑顔を見せても友達のような笑顔で、他人には俺に向けるような愛しそうな笑顔はなくて。
 ああそうか。あいつは白の賢者だ。誰にでも親切なのは当たり前なんだ。慈愛の賢者でもあるんだよ。アルテミスも、アレスの失敗のお詫びだけで加護をくれるはずはない。それなりの資質がなければ賢者の役目は務まらないんだ。力だけもらっても、心のない力の行使は、きっとその人の能力以下しか発揮出来ず、戦など参戦するはずもないんだよ。自分のことだけで、国や民のことなどどうでもいいと思うから。俺は知ってたはずなのにな。

「ごめん。俺はお前が他人に向ける博愛の心を忘れてた。俺だけではなく他人にも与えるんだよな」

 クルトは俺を頬を染めて幸せそうに見つめる。俺はこの表情のクルトが本当に好きなんだ。俺を愛してるって伝わるから。

「ふふっ白の賢者を長くやると父様みたいになる。家族を民をと愛の範囲が広がるんだ。だから戦では他国の騎士も守ったんだよ」
「ああ……そうだったな。フリッツはお前を自分の子だと言った。本当の子と同じだと」

 でしょうアンジェと、クルトは父様は本当に素敵な人なんだよと、嬉しそうにした。

「でもね。一番はアンジェだけ。世界にふたりだけ残るのならアンジェを選ぶよ。アンジェだけでいい」
「うん」

 俺が今欲しい言葉だけを話すクルト。俺の妄想と願望だ。だけどそうなんだ。俺は彼を本当の意味で信じてなかった。だから屋敷に閉じ込めたくなったんだ。必ず俺の下へ帰ってくると、本心で信じることが出来なかった。番の絆の負の部分も脆さも知ってたからいつか帰ってこないかも、俺を見限るかもと。ふふっ相手を信じずになにが夫婦だよな。自分も相手も信じなくてはならないんだ。

「クルトキスを。もうすぐ帰るよ」
「うん。待ってるよアンジェ」

 優しく重なる唇に涙が溢れた。たぶん自分自身も信じてなかったんだ。自分が不誠実だと知ってるから、相手も同じと考えた。
 クルトは俺じゃないんだ。俺じゃないんだよ!クルトはクルトなんだ!

「愛してるよクルト」
「うん。アンジェ」

 スーッと夢から覚醒した。外はもう明るいな。伸びをして頬に触ると濡れている。夢で泣いてたかと思ったんだが体もか。はは……簡単なことだったんだ。俺がダメだったんだな。クルトを信じきれないってクルトにも失礼だ。

「あーあ。なんかスッキリした。帰ろ」

 俺は朝食後に医師の診断を受けた。

「早かったですねアンゼルム様。これは他人が言っても心に響かず、ご自分で気が付き納得しないと治りません。アンゼルム様だけではなく、民も貴族も多くいらっしゃる病なんですよ」

 医師はニコニコと、さすが高位の貴族は優秀だと。いやいや……これに関しては関係ないだろ。

「まあ気がつけば大したことはないが、中々気が付かないもんだな」

 俺の言葉に医師は、番の本能では消せない辛い記憶、悲しみ、誰かに裏切られた経験などがあるノルンに出やすいんですよって、一応なのか手首の脈を取る。

「運命の番なんてロマンスのように民は揶揄しますが、現実は相手を信じ切れない、もしくは隷属を求めるからですね」
「いや…俺は隷属なんて……」

 アンゼルム様は苦労されたから、人を素直に信じられないだけですねって。私もあなたが隷属なんて考えを持ってるなんて、考えてませんと笑う。それに強く愛されると、アンの方もノルンと同じ考えになり自滅すると言う。ああ、クルトが言ってたツルだな。相手が愛しすぎて、その場を去れなくて死んでしまう……

「帰っても大丈夫な自信はごさいますか?」
「ああ、多少不安定にはなるかもだが、理解したから、なにがあっても自力で解決出来るはずだ」
「ならば退院の許可を出します」

 医師にお墨付きをもらい、いつ帰ってもいいといわれた。たが、一日頭を整理するために今日は残り、自分を振り返ることにした。ベルントのこと、クルトのこと、自分自身を振り返るために。

「俺は辛い苦しいと思いなから、それを打ち明けようと誰にも助けを求めなかったからだ。根本原因はこれなんだろうな」

 公爵という地位、やれて当たり前という周りの反応、そして自分自身を過大評価していたんだ。弱さなんて見せてはならないって、自分に言い聞かせて、他人に失望されたくなくて、見栄を張っていた。

「助けてって言える者は本当は強んだよ。助けを求めることは、甘えじゃないんだな」

 それを言えなかったから、クルトに変な執着をしたんだろう。全て自分でなんとかするって思って、癒しがクルトだけになってしまったんだ。分かった今でも強く愛しているが、前とは違う。肩の荷が降りたような気分だ。

 翌日直轄地の管理に馬車を出させて、昼過ぎに屋敷に到着した。誰にも連絡せずに帰宅したから、馬車の音に執事のユルゲンが玄関に出て来て、俺が窓から軽く手を振る。ビクッと目を見張り、

「ギャア!旦那様が!アッアッ…クルト様ぁ!」

 と、走って消えた。相変わらずうちの人間は突然の対処がおかしいな。俺は変な笑いが出てしまった。車止めに馬車が止まり、俺が降りると大扉からクルトが走って来る。

「アンジェ!アンジェ!」

 俺は片手を上げただいまと手を振った。すると嬉しそうに笑い、駆け寄るクルト。

「アンジェおかえり!」
「うん。ただいま」

 ドンと胸に飛び込む愛しい妻だ。俺に抱きついてわんわん泣いてくれる。

「寂しかった。病院からはなんの連絡もなくて、聞けば待てとしか。よかった」
「ごめんな」

 みんなゾロゾロ出て来てよかったと。

「すまなかったな!」

 声を張ってみんなに手を振った。グレゴールはお昼の食事は?と聞くからまだだと答えると走り去る。みんなも支度をとバタバタと中に走って行く。本当に我が屋敷は落ち着きがないなあ。

「アンジェ……」

 見上げる俺のクルトはやはりかわいく愛しい。

「俺が悪かったんだ。自分の心を無視して、お前が愛しいばかりに目がいった。自分を過信してたんだ」
「なにそれ?」
「まあいい。ゆっくり話そう」

 見上げるクルトの肩を抱き、中に入ろうと俺は歩き出した。





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