月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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五章 平穏から一転

10 やはりというか……だな

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 アンゼルムはラムジーの騎獣に並走し、クルトが彼の腕の中でぐったりしているのを確認した。

「クルトは気を失ったのか」
「はい。体の光も消えました。神の力は全て放出したものと思われます」
「クルトはなにか言ってたようだが?」

 アンゼルムの言葉にラムジーは、含みのある笑みを浮かべた。

「それはクルト様が目覚め、お話になればですかね。ですが、聞かない方がよろしいかと存じます」
「フン」

 アンゼルムは先程の戦場に戻ることにし、ラムジーたちを急がせた。もうこれ以上彼らが出来ることはない。こちらの王が正気になって、なにを考えるかは自由で、クラネルトらは関知しない。
 宣戦布告もされず目的も想像でしかないし、こちらはこの国をどうこうしたい理由もない。危険がなければそれでいいから、城に乗り込んで王たちを捕縛するつもりもなかった。そもそも、この王をどうにかした所で、また新たな誰かが来るだけだから無意味だ。
 
 だが不安は解消せねばと、この戦の前にクラネルトの議会はその境遇に紛糾したが、現在まで旧シュタルクとの対話が成立していない。あちらが攻めてくる前から、何度もクラネルトの王は使者も親書も届けようとしたが、門前払いに受け取り拒否。

「まだ国としてなにも制定しておりません。近隣諸国の王には大変失礼かと存じますが、整いましたらこちらから、王にお目通りさせて頂きたく存じます」

 あちらの門番はこの言葉を繰り返すのみ。城門から王都にクラネルトの使者を入れてはくれなかった。だから仕方なく、行商人のふりをして密偵を潜入させたが、元シュタルクの民はなにも知らず、暫定王に着いてきた民は口を割らない。かん口令でも敷かれているのか、衛兵の目も厳しく、なにも分からなかった。
 
 この土地に来た彼らの見た目は、白金の髪と赤や紫の瞳で、北の地からと判断は出来たがそれだけ。酒の席でならと、食堂や酒場などで密偵は聞き込みをした。それでやっと口を滑らせた者から、指導者はキルステンから来たと分かったくらいだ。
 ここまで隠そうとするならば、こちらは魔物の襲撃と同じ対策にならざるを得ない。我が国は前例を過信して危機感が薄かったと、今更だが反省もした。そんなことをつらつらと考えながら飛んでいたアンゼルム。

 そろそろ着くかと騎獣隊は前方を確認。遠くからでも魔力の牢がドーム状に張られているのが視認出来た。地面には魔法の縄で縛られ、座ったり横になったりで、微動だにしない敵の姿があった。アンゼルムは騎獣が地上に降りると、すぐに鞍から降りてハンネスに駆け寄った。

「ハンネス戻った」
「おお!アンジェおかえり」

 アンゼルムがはっきりと目視出来る場所までハンネスと向うと、敵は俯いたり正面を向いたまま、目が虚ろで焦点が合っていない。不審な様子にハンネスに問う。

「これはどういうことだ?」
「うん。クルト様の術はすでに解けたようだが、誰も動かないんだ。一応縄で括ってるけど、逃げる素振りもないし、話しかけても生返事くらいなんだよ」
「なんだそれ」
「なんだろうな」

 アンゼルムはクルトを抱えたまま、近くの戦士に声を掛けようと近づいた。人の気配には反応するようで、虚ろな目でアンゼルムを見上げる。

「おい、聞こえるか?」

 声を掛けたがああ……と、やはり生返事で反応は薄い。仕方なくアンゼルムは手前の捕虜を見つめていたが、ひとりと目が合った気がして、なんだ?と見つめていると、捕虜はビクッとして、

「ギャアア!お許しください!殺さないでぇ……うわーっ許してぇ!仕方なかったんですぅ、やらないと俺が殺される!……ウウッ」

 捕虜は怯えて頭を抱え、お許し下さいと繰り返す。

「アンジェなにをした!」
「なにもしてない!声を掛けようと近づいただけだ!」

 アンゼルムはハンネスに怒鳴ったが、あまりに怯えるし仕方なく彼は下がった。だが、ひとりの叫びに次々と目に生気が戻り、辺りを伺ってアンゼルムを見つけると怯えて震え、許してと叫び出す。なぜだ!とアンゼルムは憤慨した。
 だが、彼が様子を伺っているうちに、視線が自分にではなく、彼の腕にいる「クルト」に怯えてると分かった。

「クルト様が怖いんだな」
「ああ。ちょっと抱いててくれ」
「うん」

 彼はハンネスにクルトを渡してから、ドーム近くの者に膝を付いて訊ねた。

「なぜそんなにクルトを怖がる?」

 捕虜は少し頭を上げて、怯えた目をアンゼルムに向けた。そして、体を震わせながら。

「あ…頭に声が聞こえたんです。王に与する者たちよ手を引けと。其方らの国に帰れって。澄んだ声で、きっと先ほどの彼の声だと思います。こんなことが出来るのは神だけです!我らの浅慮を彼は!神は怒っているんです!」
「……ふむ」

 アンゼルムは顎を擦りながら、怯える捕虜から離れた。

「ハンネス。だ、そうだ」

 ハンネスはなんだそれと唖然としているが、んーっと天を仰ぎ、アンゼルムに声を掛けた。

「あのさ。ちなみにクルト様は神になったり?」
「なる訳ねえだろ。アルテミス様に力を借りたんだよ」
「あれそうなんだ。詳細は?」
「後で会議で聞け」
「了解。はいクルト様をどうぞ。後は俺たちが聞く」
「ああ」

 ありがとうとアンゼルムはクルトを受け取り、テントで寝かせてやれと言うハンネスに、礼を言ってその場を後にした。騎獣の側に待機していたラムジーにクルトを託し、近くの本陣に飛んでくれと頼み移動。到着するとアンゼルムは補給部隊の兵士に案内され、貴族用のテントにクルトを寝かせた。

 よかった……元に戻ったなと、アンゼルムは光の消えたクルトに安堵した。なんでもないよって加護を受けた時クルトに声を掛けたが、アンゼルムもクルトに畏怖の念が湧いていた。あの力はまごうことなき神の力。それを受け取る力がクルトにある。そのことに彼は純粋に白の賢者の力に、恐怖にも似た感情を持ったのだ。

「クルトはすごいな。初代の白の賢者くらい力があるんじゃないのか。なあ?」

 アンゼルムは、青白い顔で眠るクルトの頭を撫でた。あれだけの力を使ってなお、こうして生きてるのはお世辞ではなく脅威だ。あの金色の光は神の力の色。俺にはきっと無理だと失笑が漏れた。彼は、クルトのようにアテナ神に愛されてはいないことを分かっていた。この戦の間、その前も、彼には天啓が一度も降りては来なかったからだ。

「お前はこんなことをしに、この世界に来たんじゃないだろうに。勇者になんてなりたくないのにな」

 クルトは神の失態でここに来た。ただこの世界の住人として魂の輪廻に組み込むために、神にこの世界の住人になれと言われただけ。なのに……

「俺はクルトがどんなでも愛しているよ」

 アンゼルムは外の護衛騎士にクルトを頼むと声を掛け、外に歩き出した。

 天空を見上げれば太陽はとっくに沈み、欠けた月が東の空に見える。このあたりは何もなく岩砂漠が広がる荒野だ。魔物も動物も見かけず、草木もほとんどない場所。それが今や人で溢れかえり静寂とは程遠く、松明が焚かれ煮炊きの煙が上がる。騎士たちが動く甲冑の金属音がガチャガチャと響き、戦が終わった安堵のせいか笑い声もする。

 確かにクルトが戦に関われば数日で戦自体は終わる。だが、このやり方はクルトに負担ばかり。史実でも白の賢者は無理をしがちで国の、王の正義を実行する。当たり前のように皆の命を守るために奮闘する。分かってはいるが、自分も含め釈然としなかった。

「ラムジー、ハンネスは戻っているか?」
「ええ、お戻りになっています」
「そうか。ありがとう」

 アンゼルムは本陣のテントの幕をくぐると、ハンネスはお茶を飲んで騎士たちと談笑していた。

「ハンネス捕虜はどうだ?」
「ああうん。クルト様に赦しを乞いたいって騒いでいる。謝罪しないと国に帰れないってさ」

 ハンネスは軽い調子でアンゼルムに答えた。捕虜はある意味みな大人しく、すでに敵意はない。尋問にも素直に答え、自分が知る全てを話すんだと、変な熱気に溢れているそうだ。小国からの奴隷戦士は開放予定なのだが、ハンネスはどこか嫌そうだ。なんだ?とアンゼルムは不思議に思った。すると、

「あいつら尋問が終わると飯は?クルト様は?と見張りに詰め寄って埒が明かない。飯かクルト様を出せしか言わないんだ」
「そうか。クルトに飯ねえ」

 防壁張って閉じ込めてるが、そこをドンドンと叩き早く会わせろ!腹減った飯くれ!と叫んでいるらしく、アンゼルムは呆れてしまった。

「生き神だと手を合わせて祈ってる者までいるが、先に飯をくれって。あいつら図々しいんだよ」
「ふーん」

 クルトはこれに耐えると神に言ったようだが、本当に耐えられるのかアンゼルムは不安しかなかった。
 彼は、クルトはそんなに心は強くないと感じていて、アンゼルムが隣にいるからあいつは強いんだと、自惚れた考えを持っている。エルムントたち家臣も、アンゼルムがいる時といない時では、明らかにクルトの様子は違うと言う。ティモとふたり庭を散歩してたり、彼の帰りが遅い日など、歩いている姿すらどこか儚い感じに見えるそうだ。そんな話を聞くと不謹慎だが、アンゼルムは嬉しいと微笑んでいたくらい。

「この数の飯は無理だろ?」
「ああ。人数分など用意はないから、このイェリネク領からかき集めてな」
「それで外の大鍋か」
「うん」

 自国分にしては鍋が多いなあと、彼は思っていた。確かに腹は減るかと。

「非常食を配ろうかとも思ったが、あれ高栄養食でそれなりに高価でさ。美味しく作ってるから手間がかかるんだ。そんで着いて来た文官からやめてくれと言われた」
「ふーん。たいして美味しくないがな」
「なにを!」

 馬の上でもどこでも補給出来て、一食分の栄養が取れる優れものなんだぞと、ハンネスは声を大にした。見た目はねっとりしたヌガーのようだが、薬草臭いくせに激甘。だが腹持ちはいい。
 ハンネスによると、本来非常食は安価で栄養価だけを求め、味は二の次が普通。だがハンネスは美味しさまで追求したらしい。こいつは変なところにこだわりがあるんだなと、アンゼルムは感心した。

「他国のは食えればいいだろって味で不味いんだよ。粉の塊みたいでさ。俺はそれが嫌だからこだわった」
「ふーん。確かにヘルテルのよりは美味しいかな」
「だろう?俺の力作だからな」

 もうここはいいからお前はクルト様の側にいてやれ。後は俺たちでやるからとアンゼルムはテントを追い出された。
 彼は感謝を伝え本陣のテントを後に歩き出したが、ふと立ち止まり空を見上げた。

 ここは星がよく見える。戦場で夜空を見上げるのは何度目だ?こんな短期間に何度見上げた?と、満天の星を見つめた。

「ベルントとは生活が戦場のようで、クルトとは本当の戦に参戦するのか」

 俺の人生は戦いばかりだなあ。まあ、加護がアテナ神だし、この神も争いは好きだから、平坦な道を穏やかに歩ける加護ではないのは分かっているが、それにしてもな。
 俺はいつもなにかに立ち向かってばかりだが、新たな挑戦は俺の知識欲に火を付けるのも確かだ。そんなことをアンゼルムは思った。

「ああそうだ。だからクルトが好きなんだな」

 俺とは違う知識に思考回路。日常の些細なことすら見る角度が違うのを俺は楽しんでいて、俺には最良の妻だ。楽しみも心の安らぎもくれる妻。神に感謝を……アンゼルムはつい口に出していた。

「相分かった」

 久しぶりにヘルメス様の返答が聞こえた。心からの言葉には返事が聞こえるんだったなあ。優しげな声、なんだか今夜は感情的になるなと、口元が緩んだ。

「俺らしくもないな」

 アンゼルムは天空から視線を戻し、クルトの待つテントに歩き始めた。




     
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