緑の竜と赤い竜 〜僕が動くと問題ばっかり なんでだよ!〜

琴音

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二章 緑の精霊竜として

11 ユアン様の求愛

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 ロベールの勧めで孤児院に定期的に慰問に向かうことにしたんだけど、なんて子どもってかわいいんだ。

「なあリシャール、俺もう面倒臭いんだけど?」
「ベルグリフもう少し耐えて」
「ええ~俺はどちらかと言うと、戦闘用の魔獣なんですけど?」
「わかってるよ!お前も自分の一族のひよこはかわいいでしょ!同じだよ」

 まあなあとブスッとしながらだけど、フェニックスのベルグリフは、子どもたちを乗らせたり触らせてくれる。するとひとりの神官が近づいて来た。

「リシャール様、いつもありがとうございます。子どもたちは次いつ来るの?って楽しみにしてましてね」
「そうですか。なら来る甲斐がありますね」

 彼はユアン・ホーンハイム。子爵家の三子の方で、王家に忠誠を誓う一族の方だ。彼のお家も宮中で重要な役職を担うんだけど、彼は文官は向かないと修道士になった。日々火竜を祀りこの国の平穏を祈っている。

「もうたいぶ相手をしましたから、そろそろお茶にしませんか?」
「そうしろリシャール。俺は散歩に出たい」
「分かったよ。ホーンハイム様よろしくお願いします」
「はい。でもユアンとお呼び下さいませ。リシャール様」

 にっこりと彼は微笑む。でもねえ、教会の司祭は神官も身分は高くなってるんだ。聖職者は特別で、王族と並ぶ高位なんだ。僕は彼を見上げ。

「いいえ、対等の立場です。ではユアン様とお呼びしても?」
「ええ。リシャール様」

 彼は頬を染めて幸せそうに笑った。彼も僕と同じ細い部類だけど、とても美しく神殿のアイドルみたいな方なんだ。街の人は彼を目当てに来るほどで、彼が表に出ない日とわかるとアンの方は帰るくらい。人当たりもよくて子どもにも人気で、こういう人を聖職者と言うんだろうって見本のような方でね。
 僕は子どもたちをフェニックスから降ろすと、彼はブワッと飛び立ち、あっという間に見えなくなった。ごめん、辛かったか。

「みんなフェニックスとの触れ合いは終わりだ。お部屋に戻って勉強の時間だよ」
「「ええ~つまんない」」

 彼らは日々の生活ばかりではなく、読み書きと手に職をつけるために勉強もする。ある意味街の子より教育は手厚い。なぜなら、親が早くになくなったりした子がほとんどで、後ろ盾がないから。読み書きなど、親がない分の武器は多い方がいいんだ。子どもたちはブツブツ文句を言いながら、施設の者とまたねと僕に手を振り戻っていく。

「今何人くらいいるの?」

 ユアン様は今は二十人くらいです。以前の流行り病の時にたくさん孤児が生まれてしまったが、これでも減ったそうだ。みんな成人し街に働きに出たそうで、たまにお土産持って遊びに来てくれるそう。

「みんな大変だと言うけど、妻をもらったとか聞くと嬉しくなりますね」
「そっか。みんな頑張ってるんだね」

 そんな話をしながら神殿の客間まで歩き、お茶をいただく。
 この孤児院の慰問は騎士の護衛だけで来てるから、ミレーユはいない。
 実はね、貴族はこうした庶民と関わる公務を嫌う人もいるんだ。一見貴族との垣根は低いように見えるけど、魔法学園に入学出来るほどの才能がある人以外とは、付き合いたくないと考える貴族は多い。結局下に見てるんだよね。

「仕方ありませんよ。貴族には貴族の矜持がございます。明確な線引きをするのは当然ですよ」
「うん……」

 僕は手に持ったお茶をコクリと飲み込む。僕は、そのへんの垣根を感じることはなくここまで来た。魔法学園での平民の友だちはみな優秀で、視察に出た時に話す街の人も、多少ガサツだけど仕事にプライド持ってやってるしね。冒険者は言わずもがな。

「そんなふうに思う方は少ないんですよ」
「でも同じ人なのにね」

 ここで見かける民は、同じ神を信仰して手を合わせる人々と、僕たち貴族との違いは見当たらない。自分の役割をきちんとしてくれ、僕ら貴族を支えてくれるんだ。民を大切にしないと僕らの存在意義はないのにな。

「それとこれは違うのですよ」
「そう?同じでしょう」

 あなたのお家の方は、みなそんな考えですねえって笑う。お兄様も街では民と楽しそうに話しているのを見かけますし、ご両親もね。あなたの領地は他とは雰囲気が違いますから、ある意味異常ですと言われた。そっかな、それしか知らないから、そんなもんだと思ってたけどなあ。

「あなたのお家がおかしいだけですよ。でもそれがリシャール様の魅力ですね」
「あ、ありがとうございます」

 褒められてちょっと照れた。それと、なにか……彼の視線に違和感を感じる。なにと言われると分からないけど。すぐに世間話に代わって忘れてしまい、楽しくおしゃべりして帰宅した。

「楽しかったかリシャール」
「うん。ベルグリフは疲れたと文句言ってたけどね」
「あはは。あれは子どもと遊ぶような性格じゃないからなあ。でもよくお前に懐いてるな」
「それはもうね。僕の場合魔獣を押さえつけるやり方ではないからね」
「そうなの?」

 まあ術者によって違うんだけど、力で従わせるやり方と、術者の人柄で契約して貰うやり方とあるんだ。僕は後者だ。命令で動かしてると言うより、お友だちにお願いしてる感じに近い。

「ふーん。だから慰問に使えるのか」
「うん。ひよこも出したんだけど人気なくてね。乗れないし飛べないなら、猫とか犬でいいもーんと言われた……悲しい」

 あははとみんなに笑われた。子どもは正直だなあって。ミレーユはついて行かずごめんなさいと頭を下げた。私が粗相をしてあなたの足を引っ張りたくないと思ってのことだから、許してくれと。

「気にしなくていいよ」
「ありがとうございます。その分クソジジィたちを牽制します!」
「あはは。ありがとう」

 当然と言えば当然なんだけど、定期的な慰問とは、なにをしてるんだ妃殿下はと、ヒソヒソどころか面と向かっても言われた。お前の仕事は公務と社交。民に媚びを売る必要などないと、他国の大使の歓迎の舞踏会でジジィどもにね。

「リシャール様、お暇ならお子様を産まれてはいかがです?側室も持ってたくさん産まれればよろしいのに。あなたの家柄なら魔力も多いでしょう?」
「いえ。僕は子どもが好きですが、そんなには産めませんよ」

 ならロベール様に側室をバンバン持ってもらえと。ふう……

「誰だそれ。俺がブチのめす」
「しなくていいです」

 王太子妃が慰問するのは分かるが、お前はしなくていいってのが、宮中に勤める貴族の気持ちらしい。それお前の気持ちだろって思ったけど、僕はにっこりしただけ。偉い。そしてそんな声も無視して、僕は月に一度くらい通っていた。

「リシャール様本日は兄上様まで。ありがとうございます」
「いいえ。僕がなにしてるか見たいって着いてきたんです」

 アルフォンス兄上はフェンリルを出してモフモフ天国だあ!って子どもたちに大人気。子犬もついでにと呼んで、子どもたちは絶叫して喜んだ。僕の時と反応が違うんですけど……

「あはは。やはり犬系は人気ですから。毛皮は人気になりますね」
「ああ……そうですね」

 ユアン様は、私はあなたのフェニックスの方が好きですよと慰めてくれる。いやね、分かってるんだよ。犬系人気なのは。父上も毛皮系と契約してた気がする。僕はフェニックス家族だけだからなあ。

「リシャール、俺たちだけでさみしい?」
「そんなことないよ。ミュイ」

 ひよこのミュイは悲しそうに肩の上で僕を見上げる。ミュイはひよこだから、ふかふかでかわいいのになあと撫でた。

「俺はいつか父ちゃんより凄くなって、金色のフェニックスになってやる。それまで待てる?」
「あはは。待てないなあ。僕の寿命が来ちゃうから、僕の子どもや孫に仕えてね」
「そっか間に合わないのか」

 当たり前だよ。僕ら人はそんなに生きれないからね。まあ、孫でも難しいかもね。兄上も毛まみれになって、子どもたちと遊んでくれた。彼も子どもいるから他所の子もかわいがるんだよね。

「ふふっ兄上のあんな笑顔いつぶりに見ただろう」
「仕方ありませんよ。警護の責任者ですからね」

 ユアン様は僕をいつも庇うような発言をしてくれて、なんだかくすぐったくて。でも嬉しい。そんな感じで一年過ぎた頃。

「なんだろ?」

 ユアン様からお手紙が来て、ちょっと来てくれないかって。相談したいことがあるから?ふーんなんだろ?まあいいかと、暇な日はと予定を調べて護衛と出かけた。慰問じゃないから護衛も少なくてすんでね。
 客間に通されて待つと、ユアン様が入って来た。なんか雰囲気がおかしいような気もするけど、まあいいか。

「お忙しい中お呼びだてしまして、申しわけございません」
「いえ構いませんが、どんなご相談ですか?」

 彼の話では、ここに動物を飼う場所を作りたいってことだった。子どもたちが僕らと触れ合うことで情操教育になっているように感じて、ぜひ小さな動物園のようなものが欲しいらしい。でも、そんな予算はついてないし、世話をする者がいなくて、ボランティアでは責任が持てない。寄付をしてもらえないかと。

「数匹なら孤児院の者でもやれますが、長い目で見るときちんとした物が欲しいとなりました。司祭もならリシャール様に頼んでは?と」
「ああ」

 牛とかニワトリなども飼えば、食料にもなるから無駄ばかりでもない。卵も肉も取れるし、今の孤児は商人のところに行くばかりだけど、農業にも目がいくかもねって。確かに。街の子は地方には行きたがらないからなあ。

「僕だけのお金では賄えないかもしれないから、王太子妃にも聞いてみるね」
「お願いします」

 ラウリル様は元々寄付してたよなあ。ってことは無理か。オリバー様は……予算少なめだから頼みにくい。王妃かな?とか考え込みながらお茶を飲んでたら、手元が狂って落とした。

「熱い!」
「リシャール様!」

 焦ってユアンが僕の体を拭いてくれてヒールと唱えた。

「火傷は?痛いところはありませんか?」
「あ、うん。平気です。ごめんなさいボーっとしてしまって」

 はあってため息を吐きながら、僕の横に座り頬を撫でた。え?

「リシャール様のおきれいなお肌が……」
「はあ」

 どこも火傷はありませんねと撫で回す。ん?

「あの、もう平気ですよ。ありがとう」
「ええ……」
「あの……?」

 もっと早くに出会えていたら、私があなたの目に入っていたらと後悔してますと、僕を抱きしめた。はい?

「好きです。リシャール様」
「ええ!」

 ロベール様と別れて私の妻になりませんかと。いやいや、なれませんよ。王族に離縁はありませんよ!僕を抱きながらふふっと笑う。

「なら私を側室に迎えてくれませんか?」
「はあ?無理ですよ!」

 あなたのお側にいられるのならば、どんな肩書でもいい。私を愛してと顔が!顔が近い!

「む、むむむり……っ」
「つれないお言葉ですね。側室や愛人は王族の嗜みでしょう?」
「そ、そそそうかもですが、僕は純粋な王族では……あはは?」

 どんどん顔が近づくんですけど!怖い!軽く唇が触れた時、コンコンと扉から音が。スッと彼の体は離れ「どうぞ」と。

「ユアン様、こちらなのですが……」
「ああ、ありがとう」

 彼は扉の方に向かい、なにかの書類を受け取ると向かいの席に座った。よかった……怖かった。

「こちらが先ほどの話しの提案書です。ご一考を」
「あ、ああはい」

 受け取って読んだけど、なにも頭に入らない!もう読んたフリしてるような状態で、

「帰ってロベールとも話し合います」
「ええ。私の側室の話しもね」
「ふぐッ」

 手に力入って書類握っただろ!あーあくしゃくしゃに。僕はテーブルで伸ばしていて、あ、そっか。彼は「今の僕が好きなんだ」とひらめいた。でも「今の僕」はロベールがいるからなんだよ。彼が愛してくれて、側で支えてくれてるから「この僕」が存在してる。いなけりゃ……ステフィンに振られた時の僕しかいなくなる。たぶんね。
 後ろ盾もなく、一人ぼっちの僕にはなんの価値もない。ただ見た目のいいだけの……自分で言ってて嫌だな。

「あのねユアン様。あなたは今の僕が好きなんでしょう?結婚前の僕の評判はご存知ですか?」
「いえ……見目麗しい方としか。私はここに魔法学園以降ずっといますから、世間には多少疎いです」

 やはり。歴代の彼氏に「つまんねえ」と振られてたのを知らなかったか。ならばと恥を話した。詳細にね!

「ふふっそんなのは気にしません。きっとあなたは本来はこんな方なのでしょう。事件がなければこのようにお育ちになったはず。問題はありませんよ」
「ゔっ……」

 あの、いつからそんなことを思ってたの?と聞けば、出会ってすぐに好ましいと感じてたそうだ。いつも笑顔で子どもたちと遊んで、魔獣とも友だちのように会話していた。あの強い魔獣があのように振る舞うのはきっと、僕の心根が優しいのだろうって。そこから好意を持ち、慰問の時は自分が担当になると申し出た。ああ、それで他の人は近くに来なかったのか。

「笑顔なのは楽しいからもありますが、王族だからです。僕も人並みに浅ましい部分もあります。ここに来てるのも、他の妃殿下より役立たずと思ったからです。王族として貢献したかったのです」

 脚を組みふふんと不敵な笑みを浮かべ、膝で頬杖を付く。ムカつくくらい絵になるな。

「ほら、そんな優しさや思いやりに惹かれました。私を受け入れて下さいませ。神官に……未練がないと言えば嘘になりますが、あなたといられるのならば、後悔などありません」

 ああ、この方は恋愛が初めてなのかも知れない。僕を初めて好きになったのかも。

「えっと、恋愛のご経験は?」
「うーん。ほとんどありません。もちろん誰かと肌を重ねることもありませんでした」

 貴族の指導はありましたが、それ以外はないそうだ。清い方なのだろう。考え方が子どもみたいで……そうだ、これお嫁に行く前の僕だ。目の前の好きな人しか見えなくて、お嫁に行くことが目的になってる時の。

「あのね。側室ってそんなにいいものじゃないですよ。屋敷は与えられますが、僕はそんなにいかないと思います。だって……あなたが好きですが、好きの意味が違うんです」
「ふむ。ならこれから好きになって下さい」

 めげないな。彼の賢さは知ってるけど、それ以外の個人的なことはよく知らない。僕の表面しか見てなくて好きと言ってるんだよね。

「僕はあなたの愛に応える気はありません。ロベールを心から愛してて、彼しかいらないんです。あなたは純粋過ぎて、人の負の部分を見ていない」
「ふふん。ここにいて純粋にいられるとお思いか」

 え?神殿はそういうところでしょ?火竜の人を思う気持ちを信仰し、国の安寧を祈る場所だ。ここは総本山で、今ではユアン様のように身分の高い師弟が多い場所。不思議に思ってると、あなたの方が純粋だと笑う。ここは貴族の身分を振りかざす者も多く、私など下っ端ですとユアン様は話す。

「以前の悪い風習がなくなったと思っておられるのか?そんな訳ない。隠れていくらでもですよ」

 あの子どもたちの中に、実はここの神官の子もいる。そういった汚れた子もいる。本人は知らないが、親は放逐されて売られたりしている。王族は甘いなあって高笑い。嘘でしょ!汚れた子なんて言うな!そんな呼ばれ方する子は……

「それは失礼いたしました。まあ、以前よりは少ないですけどね。アンの神官は娼婦のようなことをさせられている者もいる。そんな者の子ですからね」

 さも当然そうに話すんだよ!僕は怒りが湧き、

「なんであなたは止めないんだ!規律を守らせないんだ!」

 僕の怒りを呆れたように、聞く耳があるはずないでしょう?若造がうるさいと言われ、私の居心地が悪くなるだけですよと平然としている。話がそれましたが、ここはあなたが考えるような場所とは違う。不心得者も存在してるのですよと、冷たい目をした。

「なら、あなたがいつか偉くなって変えて下さい。僕はそのお手伝いはいたします」
「そうですねえ。ですが、私はあなたに愛されたいですね」

 ゔっ……そこにたどり着くのか。ここはどうでもいいのか。もう彼は周りを気にすることもなくなったのか?そう問えば、

「そうは思っていませんが、私にも幸せになる権利はあるように思いますが?」
「今は幸せではないと?」

 それとこれは違う。人は色々な幸せを持っているものだ。その選択肢のひとつにあなたに愛されたいが加わり、それを私は選択した。それだけだと言い切る。

「僕はあなたを愛することはありません。あなたとの子が欲しいとは思いません」
「なぜ?私はロベール様と見た目や能力に関してはさほど差はないはずです。竜になれないだけ」

 しれっと話すこの感じはかわいくない。ロベールはどこかかわいいんだ。強く叱られても、彼は僕の納得出来る物を持っているんだ。言われれば反省もするし、愛しさは増す。彼にはそんな気持ちを持てそうにないと感じる。要するに合わないんだ。友だちとしてならいいのだろうけど、それ以上はない。
 結婚前の僕なら飛びついただろうけど、ロベールを愛している今心は動かない。僕はそう話した。

「ふむ。今日話してすぐにはあなたも変わりませんよね。ゆっくり考えて下さいませ。私は待てますから」
「待っても変わりません」

 人の心なんていかようにも変わる。私の気持ちを知ってから慰問に来て、私と関わっていけばきっと伝わりますよと笑った。変わらないもん!僕はシワシワの書類を掴み、帰る!と、立ち上がった。

「どれだけ待とうが変わりません。僕はロベールさえいれば……ロベールだけを愛しているです」
「はい。気長に待ちますよ」

 なにか悟りを開いたような物言いにムカついた。どんだけ自分に自信があるのか。僕はあなたのファンでもなんでもない。あなたの取り巻きと同じだと思わないでくれと言い残し、部屋を後にした。






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