真紅のダリアは闇夜に開く 〜本能のまま好きに生きてたら奇跡が起きた〜

琴音

文字の大きさ
19 / 35

19 エルがいなくなった後 3

しおりを挟む
 アレッシオとベルベルトは店にいることが辛く、隣のイノシシ亭に日参していた。

「毎日来るな。ここんとこ」
「うん。どこを見てもエルの姿が思い浮かんで頭おかしくなりそうなんだ」
「俺も」

 会おうと思えば会えた王宮とは違う。警戒のために離れていたのとは違う。心が落ち着かず、ふたりは常に不安が胸にあり重くのしかかる。死んじゃったらどうしよう。死ななくても返さないなどと言われたら?耐えられないんだとベルベルトは辛そうにする。

「まあな……なんと言っていいやらだな」

 イノシシ亭の主カルロは慰めの言葉すら浮かばなかった。彼の店にはエルヴィーレの店の子たちも来る。この店は近くの娼館の子たちの憩いの場でもあるのだ。

 王都は東西南北で景色が変わる。王宮の城が東にあり、その城下が本当の王都と言われ三人の店はここにある。城を仰ぐ一等地にあるのだ。

 この地区に店があるのは四大貴族から野に下った貴族由来の本店とその支店。それと王族のお墨付きのある店のみで、この地区は子どもを夜入れないために城壁で囲われた特別なエリア。城の近くは一般的な店や宿屋、劇場、公園や広場など健全な商売の街で、子どもも安心して遊べる。

 その端の西南北に隣接した地域に娼館や、そういった目的の宿屋や兼業の食堂が並ぶ。ここらもは夜は子どもは出禁。同じく石造りの壁と門もあり、夕方六時を過ぎると子どもを追い出すのだ。店の値段で壁があり、あちこちに門がある細かく分かれているのもこの国の王都。

 当然この作りは敵からの防御のため。外の大きな城壁もそうだが、島民が戦わず逃げるための策でもある。当然だが、他の四貴族の土地も屋敷を中心にこのような作りになっていて、城や屋敷の後ろから港に一直線に逃げられる作りになっている。普段は衛兵が立ち、立ち入り禁止の通路となっている。

「帰ってくるさ。なにも感じないんだろ?」

 カルロの言葉にふたりは頷く。でも不安は尽きないとふたりは苦笑い。

「今度は返さないって言われそうで怖いんだ」
「ああそっか」

 王宮から手紙が来て「魔女が作ったとされる核ではエルヴィーレに子は出来ない」そこは安心しろって来た。ふたりは食事をしながらカルロに説明する。

「あれね。北の民族の男女にしか有効じゃないらしい。まあ、普通のベータ同士なら有効が正しいらしい。エルフの特別な魔法のもので、他の魔法でどうにか出来るものじゃないんだってさ」
「よかったじゃねえか」
「うん」

 魔女は他のことで捕まっていた。その尋問の中で伯爵を騙したのが発覚し処分は魔法省に一任。この先は分からないと手紙にはあった。そんなのはどうでもいいとふたりは思っていた。エルヴィーレの帰宅だけ。それだけしかない。

 ベータのように妻の貞操が!などと思う気持ちはこの島の人にはない。番以外との逢瀬は遊びでしかないのだから。誰を抱こうが抱かれようと気にもしない。愛が相手にあればそれでいい。

「他は?」
「まだ調査中だって」
「へえ。でもさ三週間過ぎたよな」
「うん。王侯貴族はなにするにも裏取りが必要で、言い逃れが出来ない事実が固まんないとなーんにも出来ねえんだってさ」
「また……面倒くせえな」

 ベルベルトはカルロにユリシーズから聞いた話を伝えた。

「噂の検証ときちんとした証人。事実を積み上げて罪を確定させるそうだ」
「罪なら誘拐があるだろ。それも王宮から拐ったんだぞ?」
「うーん。そうなんだが友好的に連れ出したと証言されたら終わり」
「はあ?なんだよそれ」

 嘘がまかり通るのが貴族。それを覆させないための調査なんだとベルベルトは説明した。貴族の犯罪の基本と教わったと話した。それを聞いたカルロは、イライラしたように白髪混じりの短い髪をワシャワシャと搔く。

「面倒くせえ!民ならそく処罰だろ。なんだよそれはよお」
「なんだろね」

 理不尽がまかり通る貴族社会に民である三人は理解しがたいと憤慨するだけ。したところでなにも出来はしないのだ。

「このまま待つしかねえのか」
「ああ。手も足も出ねえ。よくしてもらっても身分には深い谷があるんだよ」

 それでもとふたりはなにもしないよりいいだろうと、本土の王都や伯爵の領地に聞き込みに出かけたりもした。しかし、ユリシーズの話や島の噂程度しか収穫はない。仕方なく友だちの王宮の騎士たちにも話を聞きに行ったりもした。

「俺たちが見たり聞いたりしたことはお前たちの調査と同じだな」
「そっか」

 非番の近衛の騎士や衛兵の四人を捕まえて、夜に城下の飲み屋で話し合う。

「それにしてもエルヴィーレ、あのスタンレー伯爵に目をつけられたのか。きっついなあ」
「ああ。俺がエルヴィーレの番ならと子どもの頃から期待してたくらいモテモテだったしなあ。当然か」
「だな。僕ならと夢見ててさ。仲良くなりたくてよく迫ったもんだよ。キスしてくれてにっこり微笑んくれてさ。俺フル勃起よ。相手はしてくんなかったけどさ」
「そうそう。先はお店に来てねってな。あいつそんなとこしたたかだよな」

 四人も同世代でエルヴィーレと近い学年。今でも彼の友だちでもある。

「さすがに今スタンレー前伯爵は評判が悪いから殺しはしないだろうけど。手放すかは別問題だな」
「やっばり?」

 四人は頷いた。貴族が愛人を持つのは当たり前。後継ぎの問題や、領地の運営に身内をって領主は多い。家臣は裏切るものって認識があって、重要なポストは身内で押さえるなんて人が多いと、四人はアレッシオたちに説明する。

「島の人みたいに一人で七~八人産むなんてのはなくてな。妻の数で何とかしたりだな。正式な妻は第三夫人までは申請すればだ」
「そうそう。でも普通は第二夫人までかな。それで子どもは賄える」
「ふーん」

 体が弱い奥様とか、女腹とか嫌味を言われる姫しか産まない妻とかだと愛人なんて人もいる。その程度だよって四人はふたりに教えた。

「核がダメならエルヴィーレの存在価値は伯爵にはないな。なんで返さないんだろ」
「俺もそれは不思議なんだ。核のことを知らないか、気に入って傍に置いてるかだな」
「一番嫌なパターンだろ。それ」

 ふたりは騎士のサナタスの言葉にげんなりしながら鶏ももを掴みかぶりつく。

「美味いだろ」
「うん。島でも鶏だけはたくさん飼ってるけど、肉の旨味が違うな」
「だろ?これ特別な茶色の鶏なんだ。肉用のでな。島ではあんまり出すところないはずだ。高いから」
「ふーん。すごく美味い」

 ふたりが美味そうに鶏ももを楽しんでいると、衛兵のミゲルが変な噂を耳にしたんだと口を開いた。ふたりはなに?とミゲルを見つめる。

「あのな。伯爵のメイドは島の人って話だ」
「「え?島の人?」」
「うん」

 みんなも驚いてミゲルを見つめた。俺たちも初めて聞いたぞって。

「その彼は幼い頃に誘拐っていうか、買われたと言うかで屋敷に連れ帰ったとかなんとか。今三十前後と聞いてる」
「へえ」

 ミゲルの情報は、今元当主の伯爵のいる別荘近くの町の友だちから。その彼は愛人のようで屋敷で愛し合ってるらしいとの情報。出入りの業者が見たことを聞いたらしい。なにそれ?とみんな話に食いついた。

「どうも伯爵は……耳貸せ」

 聞かれると困るからと顔を寄せ合うと、ミゲルは小さな声で、

「元々男しか愛せない人らしいって噂だ」
「え?」
「ベータだよね?伯爵は」
「うん。島にもそんな人来るだろ。男だけどケツでしかイケないやつとか。女装してる人とか」
「うんうん」
「そのたぐいだとさ」

 ほええと、みんな感嘆の声を上げて顔を離した。マジか?本当に?と懐疑的だが、エルヴィーレを狙うならありそうだなって。メイドとして島の人を近くに置くなら余計だなと、何となくみんな納得した。

「帰って来ないかも」
「やめてくれ」
「だがさあ。メイドが本妻でエルヴィーレが愛人か第二夫人扱いだろうよ。無理かもな」
「やめろ」

 ふたりはみんなの話に不機嫌を隠さない。帰らないってなんだよと怒った。

「でもさ。友達の話だと、庭で抱き合ってキスしてんの見かけた町の人もいるって話だしさ」
「え?隠れてないの?」
「うん。エルヴィーレが誘拐されたあたりからだってさ」

 うわッこれ本格的に不味くね?エルヴィーレ帰ってこないんじゃ……と四人。バカ言うなとふたりは声を荒げたが、店の客の煩さにかき消えた。

「エルヴィーレは俺たち世代では美姫で花形だ。それを返すかね」
「それに床上手で有名だし」
「アルファすらメスにすると有名だし」
「俺なら返さないね」

 ふたりは立ち上がりやめろ!って叫んだ。が、この店は激しくうるさくて誰も気にしないし、怒鳴り声はあちこちにあった。食事は美味いがうるさい店である。

「止めてくれ……心が折れそうだ」
「うん。僕耐えられない」

 そうだろうなあ。誰を抱いても子は出来ねえし物足りない。あの震えるような心の満足感が足りないんだよなあって四人。ミゲルは分かるよってアレッシオの肩を叩く。

「店の子とか女とかとは違うんだよな。体がいくら気持ちよくても心の満足が足りない。ウンウン分かるよ」
「そうだよなあ。俺たちはそうなんだよ。番以外の逢瀬は遊びだから。島はそれしか娯楽ねえし」
「まあねえ。僕もそう。妻は愛しく堪んないもん。この間の祭りの時帰れなかったけど、妻を抱き潰して満足だった」
「死ね!ライムンド!」
「ヤーダよーだ。妻が妊娠するかなと楽しみなんだから。そろそろ分かるんだ。んフフッ」

 そんな結果でふたりは余計落ち込んだ旅だった。それをカルロに話すと眉間に深いシワとため息。

「返してくんないんじゃ……そんな気もする」
「やめろよカルロまで」
「そうだぞ。隣同士なんだしエルの兄貴みたいな存在なんだろ」
「そうだけどさあ。俺が伯爵なら返さないかもしれないもん。エルヴィーレだぞ?年取ってもアイツならかわいいまんまよ。それを返すかね」

 ふたりはすでに食べ終わっていて悲しげに肩を落とした。そしてベルベルトはそうかもと震え、目尻からしずくが一筋こぼれ落ちる。

「僕が伯爵なら返さないかもしれない。妻と愛人に囲まれて幸せだもん。僕……クッ」
「泣くな。ベルベルト」

 俯くとテーブルにポトポトと涙がこぼれ落ちる。それを見たカルロはごめん!悪気はなかったんだ。思ったことを口にしただけでごめんねってベルベルトの頭を撫でた。

「カルロ、エル帰ってくるよね?」

 ベルベルトは涙でぐちゃぐちゃになりながら、カルロを情けない顔で見上げた。カルロは言い過ぎたな。ごめんなと鼻から息を吐く。

「ふたりが信じなくて誰が信じるんだ。俺も心を入れ替えて一緒に信じるさ。待ってろ今デザート出してやる。本土から珍しい果物が入ってな」

 この日以降もエルヴィーレの朗報は届かず、ふたりは静かに帰りを待っていた。













しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~

水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。 「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。 しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった! 「お前こそ俺の運命の番だ」 βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!? 勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...