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19 エルがいなくなった後 3
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アレッシオとベルベルトは店にいることが辛く、隣のイノシシ亭に日参していた。
「毎日来るな。ここんとこ」
「うん。どこを見てもエルの姿が思い浮かんで頭おかしくなりそうなんだ」
「俺も」
会おうと思えば会えた王宮とは違う。警戒のために離れていたのとは違う。心が落ち着かず、ふたりは常に不安が胸にあり重くのしかかる。死んじゃったらどうしよう。死ななくても返さないなどと言われたら?耐えられないんだとベルベルトは辛そうにする。
「まあな……なんと言っていいやらだな」
イノシシ亭の主カルロは慰めの言葉すら浮かばなかった。彼の店にはエルヴィーレの店の子たちも来る。この店は近くの娼館の子たちの憩いの場でもあるのだ。
王都は東西南北で景色が変わる。王宮の城が東にあり、その城下が本当の王都と言われ三人の店はここにある。城を仰ぐ一等地にあるのだ。
この地区に店があるのは四大貴族から野に下った貴族由来の本店とその支店。それと王族のお墨付きのある店のみで、この地区は子どもを夜入れないために城壁で囲われた特別なエリア。城の近くは一般的な店や宿屋、劇場、公園や広場など健全な商売の街で、子どもも安心して遊べる。
その端の西南北に隣接した地域に娼館や、そういった目的の宿屋や兼業の食堂が並ぶ。ここらもは夜は子どもは出禁。同じく石造りの壁と門もあり、夕方六時を過ぎると子どもを追い出すのだ。店の値段で壁があり、あちこちに門がある細かく分かれているのもこの国の王都。
当然この作りは敵からの防御のため。外の大きな城壁もそうだが、島民が戦わず逃げるための策でもある。当然だが、他の四貴族の土地も屋敷を中心にこのような作りになっていて、城や屋敷の後ろから港に一直線に逃げられる作りになっている。普段は衛兵が立ち、立ち入り禁止の通路となっている。
「帰ってくるさ。なにも感じないんだろ?」
カルロの言葉にふたりは頷く。でも不安は尽きないとふたりは苦笑い。
「今度は返さないって言われそうで怖いんだ」
「ああそっか」
王宮から手紙が来て「魔女が作ったとされる核ではエルヴィーレに子は出来ない」そこは安心しろって来た。ふたりは食事をしながらカルロに説明する。
「あれね。北の民族の男女にしか有効じゃないらしい。まあ、普通のベータ同士なら有効が正しいらしい。エルフの特別な魔法のもので、他の魔法でどうにか出来るものじゃないんだってさ」
「よかったじゃねえか」
「うん」
魔女は他のことで捕まっていた。その尋問の中で伯爵を騙したのが発覚し処分は魔法省に一任。この先は分からないと手紙にはあった。そんなのはどうでもいいとふたりは思っていた。エルヴィーレの帰宅だけ。それだけしかない。
ベータのように妻の貞操が!などと思う気持ちはこの島の人にはない。番以外との逢瀬は遊びでしかないのだから。誰を抱こうが抱かれようと気にもしない。愛が相手にあればそれでいい。
「他は?」
「まだ調査中だって」
「へえ。でもさ三週間過ぎたよな」
「うん。王侯貴族はなにするにも裏取りが必要で、言い逃れが出来ない事実が固まんないとなーんにも出来ねえんだってさ」
「また……面倒くせえな」
ベルベルトはカルロにユリシーズから聞いた話を伝えた。
「噂の検証ときちんとした証人。事実を積み上げて罪を確定させるそうだ」
「罪なら誘拐があるだろ。それも王宮から拐ったんだぞ?」
「うーん。そうなんだが友好的に連れ出したと証言されたら終わり」
「はあ?なんだよそれ」
嘘がまかり通るのが貴族。それを覆させないための調査なんだとベルベルトは説明した。貴族の犯罪の基本と教わったと話した。それを聞いたカルロは、イライラしたように白髪混じりの短い髪をワシャワシャと搔く。
「面倒くせえ!民ならそく処罰だろ。なんだよそれはよお」
「なんだろね」
理不尽がまかり通る貴族社会に民である三人は理解しがたいと憤慨するだけ。したところでなにも出来はしないのだ。
「このまま待つしかねえのか」
「ああ。手も足も出ねえ。よくしてもらっても身分には深い谷があるんだよ」
それでもとふたりはなにもしないよりいいだろうと、本土の王都や伯爵の領地に聞き込みに出かけたりもした。しかし、ユリシーズの話や島の噂程度しか収穫はない。仕方なく友だちの王宮の騎士たちにも話を聞きに行ったりもした。
「俺たちが見たり聞いたりしたことはお前たちの調査と同じだな」
「そっか」
非番の近衛の騎士や衛兵の四人を捕まえて、夜に城下の飲み屋で話し合う。
「それにしてもエルヴィーレ、あのスタンレー伯爵に目をつけられたのか。きっついなあ」
「ああ。俺がエルヴィーレの番ならと子どもの頃から期待してたくらいモテモテだったしなあ。当然か」
「だな。僕ならと夢見ててさ。仲良くなりたくてよく迫ったもんだよ。キスしてくれてにっこり微笑んくれてさ。俺フル勃起よ。相手はしてくんなかったけどさ」
「そうそう。先はお店に来てねってな。あいつそんなとこしたたかだよな」
四人も同世代でエルヴィーレと近い学年。今でも彼の友だちでもある。
「さすがに今スタンレー前伯爵は評判が悪いから殺しはしないだろうけど。手放すかは別問題だな」
「やっばり?」
四人は頷いた。貴族が愛人を持つのは当たり前。後継ぎの問題や、領地の運営に身内をって領主は多い。家臣は裏切るものって認識があって、重要なポストは身内で押さえるなんて人が多いと、四人はアレッシオたちに説明する。
「島の人みたいに一人で七~八人産むなんてのはなくてな。妻の数で何とかしたりだな。正式な妻は第三夫人までは申請すればだ」
「そうそう。でも普通は第二夫人までかな。それで子どもは賄える」
「ふーん」
体が弱い奥様とか、女腹とか嫌味を言われる姫しか産まない妻とかだと愛人なんて人もいる。その程度だよって四人はふたりに教えた。
「核がダメならエルヴィーレの存在価値は伯爵にはないな。なんで返さないんだろ」
「俺もそれは不思議なんだ。核のことを知らないか、気に入って傍に置いてるかだな」
「一番嫌なパターンだろ。それ」
ふたりは騎士のサナタスの言葉にげんなりしながら鶏ももを掴みかぶりつく。
「美味いだろ」
「うん。島でも鶏だけはたくさん飼ってるけど、肉の旨味が違うな」
「だろ?これ特別な茶色の鶏なんだ。肉用のでな。島ではあんまり出すところないはずだ。高いから」
「ふーん。すごく美味い」
ふたりが美味そうに鶏ももを楽しんでいると、衛兵のミゲルが変な噂を耳にしたんだと口を開いた。ふたりはなに?とミゲルを見つめる。
「あのな。伯爵のメイドは島の人って話だ」
「「え?島の人?」」
「うん」
みんなも驚いてミゲルを見つめた。俺たちも初めて聞いたぞって。
「その彼は幼い頃に誘拐っていうか、買われたと言うかで屋敷に連れ帰ったとかなんとか。今三十前後と聞いてる」
「へえ」
ミゲルの情報は、今元当主の伯爵のいる別荘近くの町の友だちから。その彼は愛人のようで屋敷で愛し合ってるらしいとの情報。出入りの業者が見たことを聞いたらしい。なにそれ?とみんな話に食いついた。
「どうも伯爵は……耳貸せ」
聞かれると困るからと顔を寄せ合うと、ミゲルは小さな声で、
「元々男しか愛せない人らしいって噂だ」
「え?」
「ベータだよね?伯爵は」
「うん。島にもそんな人来るだろ。男だけどケツでしかイケないやつとか。女装してる人とか」
「うんうん」
「そのたぐいだとさ」
ほええと、みんな感嘆の声を上げて顔を離した。マジか?本当に?と懐疑的だが、エルヴィーレを狙うならありそうだなって。メイドとして島の人を近くに置くなら余計だなと、何となくみんな納得した。
「帰って来ないかも」
「やめてくれ」
「だがさあ。メイドが本妻でエルヴィーレが愛人か第二夫人扱いだろうよ。無理かもな」
「やめろ」
ふたりはみんなの話に不機嫌を隠さない。帰らないってなんだよと怒った。
「でもさ。友達の話だと、庭で抱き合ってキスしてんの見かけた町の人もいるって話だしさ」
「え?隠れてないの?」
「うん。エルヴィーレが誘拐されたあたりからだってさ」
うわッこれ本格的に不味くね?エルヴィーレ帰ってこないんじゃ……と四人。バカ言うなとふたりは声を荒げたが、店の客の煩さにかき消えた。
「エルヴィーレは俺たち世代では美姫で花形だ。それを返すかね」
「それに床上手で有名だし」
「アルファすらメスにすると有名だし」
「俺なら返さないね」
ふたりは立ち上がりやめろ!って叫んだ。が、この店は激しくうるさくて誰も気にしないし、怒鳴り声はあちこちにあった。食事は美味いがうるさい店である。
「止めてくれ……心が折れそうだ」
「うん。僕耐えられない」
そうだろうなあ。誰を抱いても子は出来ねえし物足りない。あの震えるような心の満足感が足りないんだよなあって四人。ミゲルは分かるよってアレッシオの肩を叩く。
「店の子とか女とかとは違うんだよな。体がいくら気持ちよくても心の満足が足りない。ウンウン分かるよ」
「そうだよなあ。俺たちはそうなんだよ。番以外の逢瀬は遊びだから。島はそれしか娯楽ねえし」
「まあねえ。僕もそう。妻は愛しく堪んないもん。この間の祭りの時帰れなかったけど、妻を抱き潰して満足だった」
「死ね!ライムンド!」
「ヤーダよーだ。妻が妊娠するかなと楽しみなんだから。そろそろ分かるんだ。んフフッ」
そんな結果でふたりは余計落ち込んだ旅だった。それをカルロに話すと眉間に深いシワとため息。
「返してくんないんじゃ……そんな気もする」
「やめろよカルロまで」
「そうだぞ。隣同士なんだしエルの兄貴みたいな存在なんだろ」
「そうだけどさあ。俺が伯爵なら返さないかもしれないもん。エルヴィーレだぞ?年取ってもアイツならかわいいまんまよ。それを返すかね」
ふたりはすでに食べ終わっていて悲しげに肩を落とした。そしてベルベルトはそうかもと震え、目尻からしずくが一筋こぼれ落ちる。
「僕が伯爵なら返さないかもしれない。妻と愛人に囲まれて幸せだもん。僕……クッ」
「泣くな。ベルベルト」
俯くとテーブルにポトポトと涙がこぼれ落ちる。それを見たカルロはごめん!悪気はなかったんだ。思ったことを口にしただけでごめんねってベルベルトの頭を撫でた。
「カルロ、エル帰ってくるよね?」
ベルベルトは涙でぐちゃぐちゃになりながら、カルロを情けない顔で見上げた。カルロは言い過ぎたな。ごめんなと鼻から息を吐く。
「ふたりが信じなくて誰が信じるんだ。俺も心を入れ替えて一緒に信じるさ。待ってろ今デザート出してやる。本土から珍しい果物が入ってな」
この日以降もエルヴィーレの朗報は届かず、ふたりは静かに帰りを待っていた。
「毎日来るな。ここんとこ」
「うん。どこを見てもエルの姿が思い浮かんで頭おかしくなりそうなんだ」
「俺も」
会おうと思えば会えた王宮とは違う。警戒のために離れていたのとは違う。心が落ち着かず、ふたりは常に不安が胸にあり重くのしかかる。死んじゃったらどうしよう。死ななくても返さないなどと言われたら?耐えられないんだとベルベルトは辛そうにする。
「まあな……なんと言っていいやらだな」
イノシシ亭の主カルロは慰めの言葉すら浮かばなかった。彼の店にはエルヴィーレの店の子たちも来る。この店は近くの娼館の子たちの憩いの場でもあるのだ。
王都は東西南北で景色が変わる。王宮の城が東にあり、その城下が本当の王都と言われ三人の店はここにある。城を仰ぐ一等地にあるのだ。
この地区に店があるのは四大貴族から野に下った貴族由来の本店とその支店。それと王族のお墨付きのある店のみで、この地区は子どもを夜入れないために城壁で囲われた特別なエリア。城の近くは一般的な店や宿屋、劇場、公園や広場など健全な商売の街で、子どもも安心して遊べる。
その端の西南北に隣接した地域に娼館や、そういった目的の宿屋や兼業の食堂が並ぶ。ここらもは夜は子どもは出禁。同じく石造りの壁と門もあり、夕方六時を過ぎると子どもを追い出すのだ。店の値段で壁があり、あちこちに門がある細かく分かれているのもこの国の王都。
当然この作りは敵からの防御のため。外の大きな城壁もそうだが、島民が戦わず逃げるための策でもある。当然だが、他の四貴族の土地も屋敷を中心にこのような作りになっていて、城や屋敷の後ろから港に一直線に逃げられる作りになっている。普段は衛兵が立ち、立ち入り禁止の通路となっている。
「帰ってくるさ。なにも感じないんだろ?」
カルロの言葉にふたりは頷く。でも不安は尽きないとふたりは苦笑い。
「今度は返さないって言われそうで怖いんだ」
「ああそっか」
王宮から手紙が来て「魔女が作ったとされる核ではエルヴィーレに子は出来ない」そこは安心しろって来た。ふたりは食事をしながらカルロに説明する。
「あれね。北の民族の男女にしか有効じゃないらしい。まあ、普通のベータ同士なら有効が正しいらしい。エルフの特別な魔法のもので、他の魔法でどうにか出来るものじゃないんだってさ」
「よかったじゃねえか」
「うん」
魔女は他のことで捕まっていた。その尋問の中で伯爵を騙したのが発覚し処分は魔法省に一任。この先は分からないと手紙にはあった。そんなのはどうでもいいとふたりは思っていた。エルヴィーレの帰宅だけ。それだけしかない。
ベータのように妻の貞操が!などと思う気持ちはこの島の人にはない。番以外との逢瀬は遊びでしかないのだから。誰を抱こうが抱かれようと気にもしない。愛が相手にあればそれでいい。
「他は?」
「まだ調査中だって」
「へえ。でもさ三週間過ぎたよな」
「うん。王侯貴族はなにするにも裏取りが必要で、言い逃れが出来ない事実が固まんないとなーんにも出来ねえんだってさ」
「また……面倒くせえな」
ベルベルトはカルロにユリシーズから聞いた話を伝えた。
「噂の検証ときちんとした証人。事実を積み上げて罪を確定させるそうだ」
「罪なら誘拐があるだろ。それも王宮から拐ったんだぞ?」
「うーん。そうなんだが友好的に連れ出したと証言されたら終わり」
「はあ?なんだよそれ」
嘘がまかり通るのが貴族。それを覆させないための調査なんだとベルベルトは説明した。貴族の犯罪の基本と教わったと話した。それを聞いたカルロは、イライラしたように白髪混じりの短い髪をワシャワシャと搔く。
「面倒くせえ!民ならそく処罰だろ。なんだよそれはよお」
「なんだろね」
理不尽がまかり通る貴族社会に民である三人は理解しがたいと憤慨するだけ。したところでなにも出来はしないのだ。
「このまま待つしかねえのか」
「ああ。手も足も出ねえ。よくしてもらっても身分には深い谷があるんだよ」
それでもとふたりはなにもしないよりいいだろうと、本土の王都や伯爵の領地に聞き込みに出かけたりもした。しかし、ユリシーズの話や島の噂程度しか収穫はない。仕方なく友だちの王宮の騎士たちにも話を聞きに行ったりもした。
「俺たちが見たり聞いたりしたことはお前たちの調査と同じだな」
「そっか」
非番の近衛の騎士や衛兵の四人を捕まえて、夜に城下の飲み屋で話し合う。
「それにしてもエルヴィーレ、あのスタンレー伯爵に目をつけられたのか。きっついなあ」
「ああ。俺がエルヴィーレの番ならと子どもの頃から期待してたくらいモテモテだったしなあ。当然か」
「だな。僕ならと夢見ててさ。仲良くなりたくてよく迫ったもんだよ。キスしてくれてにっこり微笑んくれてさ。俺フル勃起よ。相手はしてくんなかったけどさ」
「そうそう。先はお店に来てねってな。あいつそんなとこしたたかだよな」
四人も同世代でエルヴィーレと近い学年。今でも彼の友だちでもある。
「さすがに今スタンレー前伯爵は評判が悪いから殺しはしないだろうけど。手放すかは別問題だな」
「やっばり?」
四人は頷いた。貴族が愛人を持つのは当たり前。後継ぎの問題や、領地の運営に身内をって領主は多い。家臣は裏切るものって認識があって、重要なポストは身内で押さえるなんて人が多いと、四人はアレッシオたちに説明する。
「島の人みたいに一人で七~八人産むなんてのはなくてな。妻の数で何とかしたりだな。正式な妻は第三夫人までは申請すればだ」
「そうそう。でも普通は第二夫人までかな。それで子どもは賄える」
「ふーん」
体が弱い奥様とか、女腹とか嫌味を言われる姫しか産まない妻とかだと愛人なんて人もいる。その程度だよって四人はふたりに教えた。
「核がダメならエルヴィーレの存在価値は伯爵にはないな。なんで返さないんだろ」
「俺もそれは不思議なんだ。核のことを知らないか、気に入って傍に置いてるかだな」
「一番嫌なパターンだろ。それ」
ふたりは騎士のサナタスの言葉にげんなりしながら鶏ももを掴みかぶりつく。
「美味いだろ」
「うん。島でも鶏だけはたくさん飼ってるけど、肉の旨味が違うな」
「だろ?これ特別な茶色の鶏なんだ。肉用のでな。島ではあんまり出すところないはずだ。高いから」
「ふーん。すごく美味い」
ふたりが美味そうに鶏ももを楽しんでいると、衛兵のミゲルが変な噂を耳にしたんだと口を開いた。ふたりはなに?とミゲルを見つめる。
「あのな。伯爵のメイドは島の人って話だ」
「「え?島の人?」」
「うん」
みんなも驚いてミゲルを見つめた。俺たちも初めて聞いたぞって。
「その彼は幼い頃に誘拐っていうか、買われたと言うかで屋敷に連れ帰ったとかなんとか。今三十前後と聞いてる」
「へえ」
ミゲルの情報は、今元当主の伯爵のいる別荘近くの町の友だちから。その彼は愛人のようで屋敷で愛し合ってるらしいとの情報。出入りの業者が見たことを聞いたらしい。なにそれ?とみんな話に食いついた。
「どうも伯爵は……耳貸せ」
聞かれると困るからと顔を寄せ合うと、ミゲルは小さな声で、
「元々男しか愛せない人らしいって噂だ」
「え?」
「ベータだよね?伯爵は」
「うん。島にもそんな人来るだろ。男だけどケツでしかイケないやつとか。女装してる人とか」
「うんうん」
「そのたぐいだとさ」
ほええと、みんな感嘆の声を上げて顔を離した。マジか?本当に?と懐疑的だが、エルヴィーレを狙うならありそうだなって。メイドとして島の人を近くに置くなら余計だなと、何となくみんな納得した。
「帰って来ないかも」
「やめてくれ」
「だがさあ。メイドが本妻でエルヴィーレが愛人か第二夫人扱いだろうよ。無理かもな」
「やめろ」
ふたりはみんなの話に不機嫌を隠さない。帰らないってなんだよと怒った。
「でもさ。友達の話だと、庭で抱き合ってキスしてんの見かけた町の人もいるって話だしさ」
「え?隠れてないの?」
「うん。エルヴィーレが誘拐されたあたりからだってさ」
うわッこれ本格的に不味くね?エルヴィーレ帰ってこないんじゃ……と四人。バカ言うなとふたりは声を荒げたが、店の客の煩さにかき消えた。
「エルヴィーレは俺たち世代では美姫で花形だ。それを返すかね」
「それに床上手で有名だし」
「アルファすらメスにすると有名だし」
「俺なら返さないね」
ふたりは立ち上がりやめろ!って叫んだ。が、この店は激しくうるさくて誰も気にしないし、怒鳴り声はあちこちにあった。食事は美味いがうるさい店である。
「止めてくれ……心が折れそうだ」
「うん。僕耐えられない」
そうだろうなあ。誰を抱いても子は出来ねえし物足りない。あの震えるような心の満足感が足りないんだよなあって四人。ミゲルは分かるよってアレッシオの肩を叩く。
「店の子とか女とかとは違うんだよな。体がいくら気持ちよくても心の満足が足りない。ウンウン分かるよ」
「そうだよなあ。俺たちはそうなんだよ。番以外の逢瀬は遊びだから。島はそれしか娯楽ねえし」
「まあねえ。僕もそう。妻は愛しく堪んないもん。この間の祭りの時帰れなかったけど、妻を抱き潰して満足だった」
「死ね!ライムンド!」
「ヤーダよーだ。妻が妊娠するかなと楽しみなんだから。そろそろ分かるんだ。んフフッ」
そんな結果でふたりは余計落ち込んだ旅だった。それをカルロに話すと眉間に深いシワとため息。
「返してくんないんじゃ……そんな気もする」
「やめろよカルロまで」
「そうだぞ。隣同士なんだしエルの兄貴みたいな存在なんだろ」
「そうだけどさあ。俺が伯爵なら返さないかもしれないもん。エルヴィーレだぞ?年取ってもアイツならかわいいまんまよ。それを返すかね」
ふたりはすでに食べ終わっていて悲しげに肩を落とした。そしてベルベルトはそうかもと震え、目尻からしずくが一筋こぼれ落ちる。
「僕が伯爵なら返さないかもしれない。妻と愛人に囲まれて幸せだもん。僕……クッ」
「泣くな。ベルベルト」
俯くとテーブルにポトポトと涙がこぼれ落ちる。それを見たカルロはごめん!悪気はなかったんだ。思ったことを口にしただけでごめんねってベルベルトの頭を撫でた。
「カルロ、エル帰ってくるよね?」
ベルベルトは涙でぐちゃぐちゃになりながら、カルロを情けない顔で見上げた。カルロは言い過ぎたな。ごめんなと鼻から息を吐く。
「ふたりが信じなくて誰が信じるんだ。俺も心を入れ替えて一緒に信じるさ。待ってろ今デザート出してやる。本土から珍しい果物が入ってな」
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