殿下のやることを全面的に応援しますッ 〜孤立殿下とその側近 優しさだけで突っ走るッ〜

琴音

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前編 ユルバスカル王国編

59 居場所がなくなって?

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 どうにかつわりも過ぎて待ちに待った出勤日が来た。いつ楽になるか指折り数えていたの。気持ちは焦るし、日中ひとりぼっちの寂しさはなかった。ロッティたちはいるけど、やっぱり違うと感じてしまった。

 ほんのりお腹も大きくなったし、ダチョウのエサ代は今は稼げない。でも執務室で書類整理くらいなら出来るもん。それにみんなに腫れ物のように扱われるのも辛かったの。そして玄関の車止めで見上げる旦那様は渋いお顔。

「ティナ来るの?」
「行っちゃいけませんか?」
「いいけど……不安」

 なにしに来るの?の言わんばかり。お家にいてよって態度が言ってます。

「動いた方がいいってショルツ先生も言ってたもん」
「うん。屋敷でも散歩出来るだろ?」
「私が行くと不都合でも?」
「そんなのはない。楽になるし」

 ものすごく屋敷から出したくない感じ。でも一緒に出勤。馬車も揺れの少ないのをお城から借りた。快適に到着してお城に入ると、なんだか懐かしい気分までする。んふふっ心配そうな旦那様は無視してスタスタ。ジョンが扉を開けてくれて、

「おはようございますッ」
「あっおはよ。ティナもういいの?」
「うん。書類整理くらいなら出来るから」
「そっか……」

 あまり喜んでいないみんな。うん?と見渡すと知らん女性が私の席におる。誰?目が合うと立ち上がり、

「お初にお目にかかりますティナ妃殿下。私は北の領地シルテ伯爵家三女のマリアと申します。見習いとしてお手伝いに参りました。よろしくお願いいたします」
「はあ……」

 グリンと後ろを振り返ると、だからいらないと言ったのにとサイラス。どこか面倒くさそうな雰囲気を出しながら、

「人手は足りてるんだよ。君には静かに過ごして欲しくてさ」
「ふーん」

 マリア様はキラキラした若いお嬢様で、二十歳にもなってなさそう。カール様の説明では文官になりたいから父親に頼んでここに来た。働くとは何ぞやを指導して欲しいらしい。殿下のところなら丁度私ががお休みしてるし、お父上の伯爵様には普段世話になってるしで断れなかった。まあ人がいれば楽なのは確かだから雇ったそうです。さようで。

「ティナ様が子育てに専念されるのであれば、私はずっとここいにて頑張りますので、なにも心配はありません。きっと役に立ちますから大丈夫です」
「はあ……ありがとう」

 彼女は軽く会釈すると座り直しお仕事を始めた。私はここでなにするの?席もないし。セフィロト様も産まれるまではいいんじゃないか。君は忙しすぎたし、自分の妻を考えれば君は不憫だと。不憫?そんなことは考えたこともなかった。仕事楽しいし、サイラスとみんなと頑張れるのは嬉しかったのに。サイラスもカールの隣は空いてるから手伝うならそこねって。え……自分の席にも座れないの?席に座り当然と言わんばかりに、

「メインで動けないんだ。仕方ないだろ」
「うん……」

 カール様もフレッド様もその言葉におろおろ。

「あのねティナ。殿下は心配なんだよ。悪気があってじゃない」
「そうそう。今は元気な赤ちゃんを産むことを……その、ね?」

 サイラスを庇ってるの発言か。そうよね私の臣下じゃないもんね!

「いやいや君の臣下だよ俺たちは。だから心配なの」
「ふーん」

 三人は働いてる妊婦近くにいなかったから怖いの。分かれってうたうだ言ってるとサイラスが無理して欲しくない。城はどこに行くにもたくさん歩かなければならないからなって。

「散歩の代わりになります」
「散歩って量じゃないし、省庁回りなんかさせたくない」
「でも」
「でももへったくれもない。俺が嫌なんだ。そこらで転んでも困る」

 そうだけどとうつむいていたら、マリアにさせるから君はここで書類だけしててくれって。領地の仕事はみんなに割り振った。術の使えない君は依頼にも応えられないだろ?って。

「はい……」

 私の心は急速に冷えていった。やる気に満ちた心はしぼみ、冷たく、冷たくなっていく。この部屋が知らない場所のように感じた。色がなくなり白黒に見える気までする。

「帰る」

 振り返ってジョンに目配せして部屋を出た。みんなに声をかけることすら出来なかった。部屋を出て後ろで扉がパタンと音を立てる。この扉の奥には私の居場所はない。もうないのね。下を向けば涙がぽとぽとと落ちた。

「姫……泣かないで」

 冷えた心は悲しみでいっぱい。知らないうちに泣いていた。涙は止まらない。

「お仕事頑張ってたから、グズッまさかいらないなんて言われるとは思わなくて。ジョン少し胸貸して」
「はい」

 見えないようにしますねって腕を回してくれる。ありがと。ポロポロと目からこぼれ落ちる。赤ちゃん出来たらもう用なし?術も使えないから必要ないの?ねえジョンと見上げた。ジョンは優しい微笑みで、

「違いますよ。殿下はあなたに無理させたくないからです。産まれるまではって考えてるだけですよ」
「でも……」

 するとジョンの肩を掴む人。驚いて腕を解いた。後ろからサイラス。

「ティナ」
「サイラス嫌い。ジョンと帰る」
「ハッ」

 ジョンの手を取って歩き出した。もうここに私の居場所はない。あんなに何年も頑張ったのに赤ちゃん出来たらいらないなんて。涙は止まらず前が滲んでる。スタスタ歩いているとつま先が床石のすき間に取られてよろけた。

「姫!」
「ごめんなさい」

 腕を掴まれて転ばずに済んだ。びっくりした。態勢を整えて歩こうとすると手を掴まれた。

「ティナ!」
「触んないで!」
「そんなこと言うなよ。俺は君が心配で仕事させたくないんだ」
「しばらくあなたの顔は見たくありません。さようなら」
「お、おいティナ?」

 待てよと手を掴まれたけど乱暴に振りほどいた。深い悲しみは激しい怒りに変わる。どれだけ私が仕事が好きかあなた知ってるでしょ!どれだけ頑張ってたか!こらえきれずに叫んだ。人目のある廊下で。何事かとみんな見てるけど悲しくて辛くて我慢出来なかった。怒りにサイラスを睨んだけど、収まりきれずうわーんと子どものように声を上げてしまった。一度泣き出したら止まらない。自分の存在意義を否定された気になった。君には価値がないと言われたと感じた。

「ティナ……」

 哀しそうに見つめているサイラス。怒りと悲しみで訳分かんない。うわーんと泣いているとスッと抱かれ近くの部屋に入れられた。ソファに下ろされて、

「ティナごめん。気を使ったつもりなんだ」
「うわーん!」

 どこかの客間のようだ。ごめんねって隣に座って抱かれたけど押し戻した。今は抱かれたくない。

「サイラスは全然私の気持ちが分かってない!あれだけ話し合ったのに!」
「そうだけど俺の気持ちも分かれよ。心配なんだよ」
「分かんない!領地に行けないのも辛いのに。術も使えないのも辛いのに!せめてあなたの役に……それも否定するのね!なんでなの!うわーん」

 わあわあと騒いでいたらいきなりフラッとした。首に冷たい何か……あれ?興奮が抜ける?目眩のような感じがしてくたっとした。

「殿下なにしたのです。妊婦をこんな状態にするなんて」
「先生……すみません」

 ショルツ様の声?声の方を向いた。涙でぐちゃぐちゃで鼻をすする。怖い顔というかなんというか困った顔をしている。

「姫興奮はダメ。お腹の赤ちゃんもお母様と同じく悲しくなるから」
「でも……」

 ジョンが先生の後ろで手をヒラヒラ。そっかジョンが呼んだのか。胸からハンカチを出して拭いてくれる。そしてほらこれ握ってとなにかくれた。

「これ魔石だから。姫みたいな術者にはよく効く副作用のない安定剤になるから」
「うん」

 手のひらには黄色い透き通ったイチゴくらいの石。原石のままの形で特に宝飾的なカットはされていない。初めて見た。魔石ってこんななのね。特に光ったりはしないけど興奮は取れた。悲しみや怒りを抑えられるくらいには。

「殿下。妊婦は心が不安定になるの。意地悪してはダメです」
「してませんよ。俺は気を使って働かなくてもいいように人を雇っただけで……」

 ほほう?と先生の口元はにっこり。でも目はサイラスを睨んでるようにも見える。

「この姫から仕事を奪ったと?」
「奪ったとは人聞きの悪い。俺は心配なだけです」

 ふむと目を閉じ先生は腕組み。この姫の気持ちを無下にしたんだふ~んと。私は今でも姫の父親の代わりの気分でいます。彼女の父亡き後、私は城に姫がいたから、いつでも助けられるよう侍医を退官しなかった。ふ~んと嫌味っぽく。

「いやいや先生。妊婦は危険でしょ?城は以前より敵は少なくなったとはいえ今でも多い。俺は憎まれてるんですよ。だからティナもなんですよ」
「気持ちは分かるけどそこまで心配?護衛もつけてて?」
「いやあの……」

 殿下が仕事させたくないのなら姫、領地に行きませんか?別荘で暮らすのはどう?と。私がついていきますよって。屋敷でひとりでいるよりいいでしょ。領地にも行けるよって。

「いいの先生?」
「わたは非常勤扱いですから自由は利く。行こうよ姫」
「うん」

 慌ててやめてくれってサイラス。俺が寂しくて死ぬからって。はあ?私から全部取り上げてて?ひとり寂しく屋敷にいろと?ムカついたから睨んだ。

「違うから。本当に違うんだ」
「でももう私の席は執務室にはないでしょ?今後もないの?」
「バカ言うな。君がいないと領地が困る。俺の話など誰も聞かないんだよ」
「ふーん。彼女にしてもらえばいいでしょ」
「はあ?彼女は書類だけの人だよ。領地には行かない」
「行かせれば?」
「なに言ってんの?」

 まあいい。仕事ないなら私と行こうねって。うん先生。少し殿下と離れて考えればいい。私は姫が落ち着くまで近くにいるよって。

「殿下もその過保護行き過ぎだからね」
「はあ。でも」
「私はいつでも姫の味方だから。そこをお忘れなきよう」

 さあ姫帰って支度しよう。私は後からお家に行きますからねって。うん!待ってます。サイラスは呆気に取られ動けない。

「ジョンお願いします」
「はい。なら俺も支度をしてきますから少し馬車でお待ちを」
「うん」

 我に返ったサイラスは勝手に決めんなと。はあ?

「そっちが先に私をのけ者にしました」
「たから違うって。俺は君が」

 いい切る前にジョン行くわよと部屋を出る。先生家で待ってますと声を掛けてスタスタ。先生がいるせいか彼は追ってはこなかった。んふふっロッティも連れて行くもんね。おーほほほッ


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