聖女と魔女

蘭爾由

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2.聖女と魔女のプロローグ

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建国から約3000年を迎えるアトレスリーズ帝国と、手と手を取り合うように同じく、世襲によって統治してきたシャングリラ王国。

二つの島国の周りでは季節台風が大海を荒らした。

海を隔てた大陸では、近代化とともに精霊が減少、魔法を中心としていた世界が大変革期を迎え、科学と金融の経済社会へと変わる、世界大恐慌の真っ只中。

そんな大陸の、事情も情報も正確には届かない二つ国。

今も精霊が多くの国民と契約を交わす、魔法と豊穣の封権社会。

建国神の依代とされる三種の剣璽を、二つ国で分けて保管している事から、二つ国は精霊から愛され授かる祝福を、祝福の儀式にて剣璽で認証する、それ故に二つ国の平和は保たれてきた。

噴火したマグマから生まれた赤い瓊瓊勾玉ニニギノマガタマと、退治された化け物の骨を玉鋼のようにたたら鍛治できたえられた黒い叢雲剣むらくものつるぎは、剣璽なので二つ国で分けられた。

残るひとつ。
人差し指と中指を添え広げた親指までの長さを測る仕草「あた」は、今も魔法を使う際に構える型として普及しているが、「あた」の8倍の大きさがある事から名付けられた青い「八咫鏡やたかがみ」は、シャングリラ王国に生まれる巫女が、八咫鏡を通ってもうひとつの剣璽の所へ瞬時に移動出来る、神話の時代に作られた魔道具である。

剣璽がある限り、二つ国の同盟が揺るぐことは決して無い。

八咫鏡は瓊瓊勾玉とともにシャングリラ王国で保管され、叢雲剣はアトレスリーズ帝国が保管していた。

しかし近年アトレスリーズ帝国では、珍しく聖女が生まれてくる。

聖女といえば、神話時代にシャングリラ王国で栄華を極めた、巫女の帝国での呼び名だが。

シャングリラでは長らく巫女は生まれなくなり、アトレスリーズで聖女が生まれてくるようになった。

それに伴って八咫鏡も、シャングリラからアトレスリーズへと贈答された過去がある。

現在、瓊瓊勾玉をシャングリラ王国が保管、八咫鏡と叢雲剣をアトレスリーズ帝国の教会が保管している。

しかし、問題が起きた。

聖女が生まれてくるようになったこの約300年のアトレスリーズ帝国では、聖女を持て余していた。

聖女が生まれるのは、帝国の建国時から忠臣派の頂点に立つバルドー公爵家。

バルドー公爵家は代々その娘を皇太子妃としてきた。

しかし国としては隣国に嫁がせたい、聖女を巫女として送り、隣国に貸しを作りたいという新興派が増えていた。そこには、バルドー公爵家の聖女を排除し、皇太子妃の座を手に入れるという思惑も透けて見える。

バルドー公爵家を目の敵にしている、シャクター侯爵家もまた、何やら不穏な動きをみせている。

シャクター侯爵家とは、代々医学博士を輩出する忠臣派であるが、爵位を継いだロバート・シャクター卿は、教会に従事し、枢機卿でありながらギデオン魔法学院理事も務める野心家である。

バルドー公爵家に娘が生まれなかった時代は、忠臣派の侯爵家から皇太子妃が選ばれる格式があるのだが、勿論、野心家のシャクター卿が大人しく黙っているはずも無く、幾度となく手を回しことごとく裏目に出るという結果に。そこに明らかなシャクター家排除の何らかの力が向けられているであろう事は軽く推測できるものの、誰一人、得体の知れない影に怯えて口にする事は無い。

ある子爵家では、ある伯爵家の茶会から帰った後、夫人は原因不明の高熱に意識不明となり一週間寝込んでいた。またある伯爵家では、次男が訓練中の事故で指を3本切断かと思われたが皮一枚残して何とか接合、原因には、「真剣」の祝福を持つ騎士副団長の暴発によると収められた。そのどちらも、娘でなくて良かった、嫡男でなくて助かった、と噂された。

そうして、事の核心には誰もが口を閉ざす中。

忠臣派でありながら一度すら選ばれる事が無かったシャクター侯爵家は、バルドー公爵家の陰謀だ職権濫用だと騒ぎ、逆怨みで小さな嫌がらせを繰り返し迷惑をこうむっている貴族の苦情が、バルドー公爵の耳にだけでなく皇帝の手元にも寄せられる数が増えた。まこと、迷惑な小物だったが無視出来ない事情も存在した。

さて、私怨を拗らせるシャクター卿をどうするかと思案する、公爵と皇帝の元へ、感情の読み取れない細い目の使者が現れ、一通の、カモミールが香る手紙を置いていったのである。
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