聖女と魔女

蘭爾由

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04.聖女は魔女と入れ替わる

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クレア・ゴールドマン公爵令嬢は生まれながらにして王太子妃であった。

専属侍女は選抜された貴婦人から7人、格付けは上位から裁縫、料理、清掃となっており、朝の身支度が女の戦争である事から裁縫侍女には三人選ばれている。

この3人の花形の侍女を、皆は憧れて「花組」と呼んだ。

それに対抗意識を燃やしたのが料理侍女だった。朝のお茶は福を呼び災難を遠ざけると好まれ、アーリーモーニングティーを用意する料理侍女こそが至高にしてとうとむべきと。

この2人の料理侍女は、福を招く「星組」と呼ばれた。

一方、清掃侍女は貴族位でも下層から選ばれるので、下層階級から熱烈なファンが2人を支持し、「虹組」と呼ばれた。

虹組にはクレアの幼馴染みだった子爵令嬢のウララ・デルタバイオレットが選ばれている。

デルタバイオレット家は代々王家の清掃業を一手ににない、先王陛下の弟であるゴールドマン公爵もまたデルタバイオレット家から清掃人を雇っていた。

クララ・ゴールドマン公爵夫人のお茶会にはいつも、エレナ・デルタバイオレット子爵夫人の姿があった。

「じゃ。エレナ、あとはよろしくね。」
クララ夫人のお茶会はいつもこの言葉で締めくくられた。お茶会の片付けをエレナ夫人に押し付ける為だ。

「……はい。クララ夫人はどうぞお先に。」
そうエレナ夫人に言わせるまで待つクララ夫人は、その言葉を聞いてから腰を浮かせるので、他の客人もクララ夫人のお茶会でだけはエレナ夫人を侍女扱いし、クララ夫人とともにテーブルを離れていく。

片付けを押し付けるといっても、実際には公爵家の侍女に指示を出し監督する程度の事だったが、それは誰がどう見ても単なる嫌がらせであることは公然の秘密だった。

どうしていつもいつも……。
エレナは悲しくて悔しくて、けれど何故自分だけがクララからこんなに嫌われているのか訳も分からず、悶々とした感情を押し殺して耐えていた。

けれどついに、クララが自分の悪口を言っている場面を目撃し、エレナは愕然とした。
「あの子の紫髪生意気なのよ」。

デルタバイオレット家の女系は紫髪が必ず生まれる。紫色の髪は魔力量が多い事が研究で証明されているので、デルタバイオレット家の女は人気がある。エレナはデルタバイオレット家の遠縁の娘だったが、濃い紫の髪を子爵が気に入って正妻に迎えていた。

ただそれだけの事が気に入らないという理由だった。
生まれながらの紫髪は自分では変えられない、どうしようもない事実。エレナは今まで何故虐められるのか分からず悲しくて泣いていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。

なんてくだらない事で泣いていたんだろう、私は何も悪くない、あんな女に負けるもんか。それ以来エレナはジッと我慢していつか来る復讐のチャンスを待っている。

ゴールドマン公爵夫人は何かとデルタバイオレット子爵夫人を呼びつけて、他の夫人の前で小間使いの侍女扱いをするので、それを見て育った公爵夫人の娘クレアもまた、子爵夫人の娘ウララを当たり前のように侍女として扱ってきた。

「じゃ。ウララ、あとはお願いね。」

「お気遣いありがとうございます。」
クレアの専属侍女にウララが任命されたのはクレアの希望だ。

紫髪で一人っ子のウララは、デルタバイオレット家の後継者を産む事が決まっているので、侍女になって外で働く必要など無い。

けれどクレアの我儘で、ウララが結婚するまではクレアの侍女として働く事が決められてしまった。

しかもウララの婚約は破談になっている。ゴールドマン公爵に潰されたんだろうと誰もが同情するが、ウララに求婚する貴族は現れない。

そんなだから当然、ウララもクレアが大嫌いだったが、顔や態度に出さない母譲りのポーカーフェイスが役立った。

薄々お気付きだとは思うが、デルタバイオレット家一女ウララの名付けもクララが無理矢理押し付けている。その為、デルタバイオレット家の後継者であるウララは家族で呼び合う名前は別に持っている。

「ごめんね、エリカ。家の中でしか名前を読んであげられなくて。」
エリカが泣いて帰って来た日はいつも母エレナが抱きしめて慰めていた。

「大丈夫よ、ママ。人生には転機が三回訪れると歴史家の先生から習ったの。その機が来たら絶対に見逃さないわ。」
いつかゴールドマン家と手を切って名前を変えてやる、とその機会がくるのをエリカもジッと待っている。


どん!
絢爛けんらんな花の背景を背負って並び立つのは花組の三人。
「甘ったるい匂いに胸焼けがすると思えば星組のお二人がいらっしゃったのね。」

ばん!
宝石のような夜空の綺羅星を背負って立ち塞がる星組の二人。
「厚化粧のせいで誰だか分からなかったけれどよく見れば花組の方達じゃない。」

「「ふん!」」
二組は毎朝すれ違うたびに互いの悪口を言い合っている。

星組が寝起きのホットタオルとお茶を用意して令嬢を起こし、その後花組が身支度を整え、朝食を済ませる間に部屋を掃除するのが虹組、というルーティーンが毎朝繰り返される。

だがこの日はいつもとは違っていた。
目覚めれば窓の外はジトジトと雨が降っていて、いつもならスッキリと気分が晴れるお茶の香りを嗅いでズキリと頭が痛い。

化粧ノリが悪く、髪は癖がなかなかほどけず編み込む為に髪を引っ張るのでまたズキリと頭が痛んだ。

「もう髪は結わなくていいわ!」
ガシャン!
クレアは苛立ちを隠す気も無く花組を押し退けると、押された花組は調度品が並べられたカートにぶつかって倒れた。
ぷっ。それを見たクレアが意地悪そうに笑った。
「鈍臭いわね。」
そう言いながら立ち上がったクレアの手が、さっきまで座っていた椅子の背もたれを強く握った。

クレアが食堂に向かった後、部屋に入った虹組のウララはぽかんとした。試着が多かったのか脱ぎ散らかされたドレスや、寝具は乱れ、カーテンは剥がされて落ち、割れたティーセットは床に散らばり、椅子を投げたのか鏡台は倒れ宝石がこぼれている。機嫌が悪い時のいつものクレアの所業ではあるが、朝からとは珍しい、とウララは倒れた椅子を立たせた。

朝食を家族ととり、大抵はその場で公爵からその日のスケジュールを告げられ、気に入らない指示を受けた時に部屋が荒らされる。

そしてそれは大抵週明けに繰り返された。

週明けはいつも、付き合いのある貴族が公爵家にやって来てはご機嫌伺いの挨拶回りという程の密会があり、クレアと養子の少年がその対応をさせられているのは、この邸の使用人なら誰でも知っている事実だ。

応接間は防音になっていて、出入り口に警備員も立ち、中で何が行われているのか使用人は誰も知らない。

ただ、暗い顔で入って行った客が、出てくる時は厄が落ちてスッキリしたような明るい笑顔で帰っていくのに、たまに呟くセリフが不可思議だった。

「なぜここに来ていたのか分からない。」や、
「気が付いたらここに来ていた。」と言う。

ウララは通路の掃除の最中にそのような呟きを聞き取る事があり、いつかこの秘密が明かされる時が復讐するチャンスかもしれないと思っている。

虹組のもう一人、男爵家のリビアはウララの目を盗んですぐサボる。
ゴールドマン公爵家には配偶者候補を探しに来ているのかと思うほど、あっちやこっちで色んな人とお喋りしている。

うち男爵家は商人だから新規顧客の開拓をしてるんだ。」
リビアの人懐っこい性格は確かに商人に向いている。ブサイクでもなく美人でもなく、痩せてもなく太ってもおらず、よく喋るが聞き上手でもある為ついつい何でも話してしまう。

この間ウララは三日間、戸棚の下の奥に入り込んだ猫の為に、水を入れた皿を置いたという話をリビアにした。出てこないから心配で三日目に引っかかれるのを覚悟して手を突っ込んだら、丸まった白いエプロンだったというオチだ。

話してから気付いたが、こんな話を言いふらされたら恥ずかしすぎる、と。でもリビアは口も固かった。さすが商人、信用第一の心構えもリビアが人に好かれる魅力のひとつなのだろうと、少しくらい仕事をサボってもしょうがないなあで済ませてしまうウララ。

リビアはお喋りしながら、黙々と掃除するウララを盗み見て「正直者が馬鹿を見る」と呟いていた。
「え?何?」と無駄話し相手の低級侍女に不審がられて何でもないと微笑んだリビアの背後では、ウララが一生懸命一人で掃除していた。

この日、クレアを突如襲った頭痛が、人生の転機であると気付いた者は一人もいなかった。
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