壊れた玩具と伝説の狼

すずひも屋 小説:恋川春撒 その他:せつ

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春のススキと白い息4ー7

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視界が一気に開いて、開いたのに目の前の人間以外見えなくなった。
この見え方は、狩りの時の、獲物を捕まえる瞬間に似ていると思った。
しかし、腹は空いていない。
あぁ、何て良い匂いなんだ。
残り香の時から思っていたが、直接嗅ぐといっそう堪らない匂いだった。
じわりと、狼の下っ腹がまた疼いた。
もっとこの匂いを嗅ぎたい、否、舐めたい。
狼は、感情の赴くままに、一心に人間を舐め回した。
「ぁあっ。くすぐったいよぉ」
狼が何を思っているかなんて、知りもしないセイラは、キャッキャとはしゃぎながら狼をなで回していた。
「ひゃー。ふかふかぁー可愛い!大型犬好き!抱き締め甲斐があって良いよね!あはははは。ぁんっ。耳!耳は止めて、みみはぁっ」
人間が抵抗しないのを良いことに、狼は、夢中でこのやたらといい匂いのする人間を舐め回した。
ヴォルルル
夢中で舐めている内に、つい、本来の狼の音程で唸り声を上げてしまった。
「今、お前、お腹鳴った?」
「オゥン?」
唸り声だと気付かれなかったのを良いことに、惚ける事にした。
「そうかぁ。そうだよね!こんだけなつっこかったら、何処かの家の子だもんねぇ。迷子じゃお腹空いてるよねぇ。
 犬って生肉与えて良いのかな?まぁいいか。
 食べる?」
ご機嫌のセイラは、持っていた生肉をドン、っと狼の前に置いた。
驚いたのは狼だ。
「アゥ?!」
野生動物にとって、赤ん坊以外の者に食料を与えるという行為は、明確な求愛行動、則ち、プロポーズだ。
『に、人間からプロポーズされてしまった』
人間と狼が番う等聞いた事が無い、山の王ならばいざ知らず。
しかし、肉は上等で旨そうだし、何より狼はこの人間をもっと舐めて可愛がりたかった。
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