壊れた玩具と伝説の狼

すずひも屋 小説:恋川春撒 その他:せつ

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春のススキと白い息4ー6

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死んで花実が咲くものか。
(犬に成り済ますくらい何だ、なぶり殺しにされて死ぬよりマシだ。)
若い狼に葛藤は無かった。
野生動物たるもの生きてなんぼなのだ。
(イヤ、成り済ますからには狼のプライドにかけて完璧に、本物の犬よりも犬らしく成り済ましてやる!)
若い狼は、成長期特有の意味不明なモチベーションを生誕史上最大に発揮して犬のフリをした。
「キューン」
大人になり始め、凛々しくなりつつあった目をクリクリと見開いて、上目遣いに人間を見上げ、目一杯可愛い子ぶりっ子をすると、人間は大層喜んで狼に向かって両腕を広げた。
「迷子かなぁ?どうしたん?おいでー」
「クイーン」
ハッハッハッハッ。山に来た飼い犬達がよくやっている、口を大きく開けてテンポ良く短い呼吸を繰り返す真似までした。
尻尾をブンブン振って人間の腕の中に身を委ねた。
人間の腕の中に収まったとたん、狼の肺はこの人間の匂いでいっぱいになった。
(後で水浴びをしないといかんな)
体中なでくり回されて、たっぷり人間の匂いが付いてしまった。コレは水浴びでもしない限り絶対仲間に気付かれる。
そんな事を思いながら、自分だって人間の体に自分の額を、体を擦り付けた。
そうすると、何故か気分が高揚して気持ち良かった。
(それにしても)
顎を肩にのせると、人間の真っ白な毛の無い首が鼻先に着いた。
嗅ぎ慣れた、あのいい匂いがいっそう濃くなって狼の中を満たした。
(それにしても、何て芳しい匂いなんだ)
考えるよりも先に舌が出てた。
狼は気がついたら、ベロリと人間の首を舐めていた。
「あんっ」
人間が子犬の様な声を上げた。
その甲高い鳴き声を聞いて、狼は何だか、何故だか興奮した。
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