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出会い編
11, 君の瞳に変してる (攻登場回)
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一枚の扉の前で、ルパートさんは振り返った。
「こちらが旦那様の書斎です。すでに研究室からこちらにいらしていますので、お入り頂きお話しください。私はこちらに控えておりますので、何かあればお声がけくださいませ。」
ルパートさんがドアノブに手を掛ける。
「あの、ルパートさんは入らないんですか?」
「ルパートとお呼び捨てください奥様。そうですね。ひっっっっじょうに旦那様の様子を見物したくはありますが、私旦那様の忠実な僕でございますので野暮なことはいたしません。」
ニコリといい笑顔で笑う。
この人なんかちょっと変なんだよな。
「ささ、どうぞ。」
ギッと重厚な扉が開いて空間が繋がった。
僕の考えたイメージでは、リリック伯爵は気弱で儚げだけど繊細でプライドが高い青年という感じだ。
エドヴァル様に頼まれて断れずに僕と結婚し、僕がすっかり忘れて挨拶にも来ないことに腹を立ているんだろう。
扉の向こうにはそんな気難しくて線の細い貴族の青年が……
いなかった。
代わりにデスクの前に白旗が垂れ下がってる。
じゃなくて、白衣だ。
何かおっきい人が白衣を着てこちらに背中を向けている。
それがサイズのせいで旗に見えたようだ。
広い背中を上に辿ると、貴族と思えない刈り込んだ黒の短髪頭が乗っている。
あれが伯爵?
部屋に入る前に思わずルパートさんに視線で尋ねた。
ルパートさんは自慢げに頷く。
扉が開いたのに反応して、白衣の人がゆっくりこちらを振り返った。
まず整った鼻筋と凛々しい顎のラインが現れる。
そうして正面を向いた顔は、鋭く切れ上がった目尻に目頭にかけて下に広がるアイライン。
鋭い光を放つ眼光。
見事な三白眼。
え、怖。伯爵、顔、こわ……。
わからないことだらけのこの状況で一つわかったこと。
ルパートさんは多分嘘つきだ。
この軍人みたいにデカくて厳つい怖い顔の人のどこが可愛いって?
思わず衝撃で立ちすくんでいたことに気付き数歩室内に入ると、ルパートさんが扉を閉めた。
また空間が閉ざされ、部屋に二人きりになる。
いや待って、この猛獣みたいな人と二人きりとか待って。
めちゃくちゃ睨んでくるの待って。
リリック伯爵だという白衣の人は、こちらに鋭い視線を向けたまま一言も話さなかった。
僕もどうにか室内に入れたはいいものの、睨まれた蛙のように固まってしまう。
だって腕っ節には全然自信がない。
なんなら腕相撲もたまに女子座員に負けるし。
しばし無言の時間が流れた後はっと思い直す。
僕は彼と離婚の話をするために来たんだ。
怖気付いてる場合じゃない。
怖いけど、いきなり殴られたり噛みつかれたりとかはしないだろ。
人間だし、伯爵だし……。
そうしてキッと気合いを入れて根性で伯爵のいる方へ歩みを進めた。
どうにか目の前に立つ。
ルパートさんの忠告をすっかり忘れて。
「あの、リリック伯爵、初めまして。僕はルネ……フェルナールです。」
久々に結婚前の本名を名乗り、作り笑いで握手の手を差し出した。
やっぱり相手は金も皇帝との繋がりもある貴族だし敵対したら劇団にどんな不利益があるか分からない。
話の通じる人なら出来るだけ友好的に、穏便に、離縁したい。
「……。」
「……。」
あこれダメかも。
伯爵は僕の手を睨んだまま微動だにしない。
いや、一部は動いてるな。
今は鋭い眼光に眉間のシワと更につり上がったたくましい眉が追加されてより迫力あるお顔に仕上がってる。
『ツァウスト』に出てくる悪魔だってまだこれより親しみやすい顔してそう。
だから怖いってば。
「あの、失礼。不躾を……」
平民なんかに触れたくないのかと思い手を引っ込めようとしたら、ゆっくり彼の右手が動いた。
思わず体が手を引っ込める途中の形でこわばる。
伯爵はギギギギっと音でもしそうな固い動きで手のひらを数回自分のズボンに擦り付けた。
えまって何、その動き何?
戸惑う僕にその手をゆっくり伸ばす。
胸ぐらを掴まれる!と本能的に思った。
だって顔に殺意しか感じない。
ぎゅっと目をつぶった。
はしっ
けど、彼の手が触れたのは僕が中途半端に差し出した手だった。
その感触に、薄っすら目を開ける。
案外優しい手付きで取られた手が上に引き上げられていった。
ちゅっ
僕の指先に、リリック伯爵の唇がそっと触れて吸い付き、小さく音を立てて離れる。
なんだ、今の。
予想外の事にまじまじと相手を見つめた。
その先のなんでも刺し貫いてしまいそうな強い瞳が僕の視線と合わさる。
怖いはずなのに反らせなかった。
次の瞬間、子供なら多分泣くくらいの険しい形相が見えた後視界から彼が消えた。
というか、僕の手をばっと離して長い足でザカザカと扉に向かってしまった。
いきなりの事に呆然とそれを見送る。
素早く扉を開いて部屋から出ていってしまう伯爵。
まだ何も話せてないのに。
「まっ、待って!」
慌てて後に続いて部屋を出た。
すでに廊下のだいぶ先まで行ってしまっている。
目を丸くしているルパートさんを尻目に早足で後を追った。
僕が追ってるのに気付いたのか、相手の移動速度がさらにあがる。
結局追い付けず、別の部屋に籠城されてしまった。
「こちらが旦那様の書斎です。すでに研究室からこちらにいらしていますので、お入り頂きお話しください。私はこちらに控えておりますので、何かあればお声がけくださいませ。」
ルパートさんがドアノブに手を掛ける。
「あの、ルパートさんは入らないんですか?」
「ルパートとお呼び捨てください奥様。そうですね。ひっっっっじょうに旦那様の様子を見物したくはありますが、私旦那様の忠実な僕でございますので野暮なことはいたしません。」
ニコリといい笑顔で笑う。
この人なんかちょっと変なんだよな。
「ささ、どうぞ。」
ギッと重厚な扉が開いて空間が繋がった。
僕の考えたイメージでは、リリック伯爵は気弱で儚げだけど繊細でプライドが高い青年という感じだ。
エドヴァル様に頼まれて断れずに僕と結婚し、僕がすっかり忘れて挨拶にも来ないことに腹を立ているんだろう。
扉の向こうにはそんな気難しくて線の細い貴族の青年が……
いなかった。
代わりにデスクの前に白旗が垂れ下がってる。
じゃなくて、白衣だ。
何かおっきい人が白衣を着てこちらに背中を向けている。
それがサイズのせいで旗に見えたようだ。
広い背中を上に辿ると、貴族と思えない刈り込んだ黒の短髪頭が乗っている。
あれが伯爵?
部屋に入る前に思わずルパートさんに視線で尋ねた。
ルパートさんは自慢げに頷く。
扉が開いたのに反応して、白衣の人がゆっくりこちらを振り返った。
まず整った鼻筋と凛々しい顎のラインが現れる。
そうして正面を向いた顔は、鋭く切れ上がった目尻に目頭にかけて下に広がるアイライン。
鋭い光を放つ眼光。
見事な三白眼。
え、怖。伯爵、顔、こわ……。
わからないことだらけのこの状況で一つわかったこと。
ルパートさんは多分嘘つきだ。
この軍人みたいにデカくて厳つい怖い顔の人のどこが可愛いって?
思わず衝撃で立ちすくんでいたことに気付き数歩室内に入ると、ルパートさんが扉を閉めた。
また空間が閉ざされ、部屋に二人きりになる。
いや待って、この猛獣みたいな人と二人きりとか待って。
めちゃくちゃ睨んでくるの待って。
リリック伯爵だという白衣の人は、こちらに鋭い視線を向けたまま一言も話さなかった。
僕もどうにか室内に入れたはいいものの、睨まれた蛙のように固まってしまう。
だって腕っ節には全然自信がない。
なんなら腕相撲もたまに女子座員に負けるし。
しばし無言の時間が流れた後はっと思い直す。
僕は彼と離婚の話をするために来たんだ。
怖気付いてる場合じゃない。
怖いけど、いきなり殴られたり噛みつかれたりとかはしないだろ。
人間だし、伯爵だし……。
そうしてキッと気合いを入れて根性で伯爵のいる方へ歩みを進めた。
どうにか目の前に立つ。
ルパートさんの忠告をすっかり忘れて。
「あの、リリック伯爵、初めまして。僕はルネ……フェルナールです。」
久々に結婚前の本名を名乗り、作り笑いで握手の手を差し出した。
やっぱり相手は金も皇帝との繋がりもある貴族だし敵対したら劇団にどんな不利益があるか分からない。
話の通じる人なら出来るだけ友好的に、穏便に、離縁したい。
「……。」
「……。」
あこれダメかも。
伯爵は僕の手を睨んだまま微動だにしない。
いや、一部は動いてるな。
今は鋭い眼光に眉間のシワと更につり上がったたくましい眉が追加されてより迫力あるお顔に仕上がってる。
『ツァウスト』に出てくる悪魔だってまだこれより親しみやすい顔してそう。
だから怖いってば。
「あの、失礼。不躾を……」
平民なんかに触れたくないのかと思い手を引っ込めようとしたら、ゆっくり彼の右手が動いた。
思わず体が手を引っ込める途中の形でこわばる。
伯爵はギギギギっと音でもしそうな固い動きで手のひらを数回自分のズボンに擦り付けた。
えまって何、その動き何?
戸惑う僕にその手をゆっくり伸ばす。
胸ぐらを掴まれる!と本能的に思った。
だって顔に殺意しか感じない。
ぎゅっと目をつぶった。
はしっ
けど、彼の手が触れたのは僕が中途半端に差し出した手だった。
その感触に、薄っすら目を開ける。
案外優しい手付きで取られた手が上に引き上げられていった。
ちゅっ
僕の指先に、リリック伯爵の唇がそっと触れて吸い付き、小さく音を立てて離れる。
なんだ、今の。
予想外の事にまじまじと相手を見つめた。
その先のなんでも刺し貫いてしまいそうな強い瞳が僕の視線と合わさる。
怖いはずなのに反らせなかった。
次の瞬間、子供なら多分泣くくらいの険しい形相が見えた後視界から彼が消えた。
というか、僕の手をばっと離して長い足でザカザカと扉に向かってしまった。
いきなりの事に呆然とそれを見送る。
素早く扉を開いて部屋から出ていってしまう伯爵。
まだ何も話せてないのに。
「まっ、待って!」
慌てて後に続いて部屋を出た。
すでに廊下のだいぶ先まで行ってしまっている。
目を丸くしているルパートさんを尻目に早足で後を追った。
僕が追ってるのに気付いたのか、相手の移動速度がさらにあがる。
結局追い付けず、別の部屋に籠城されてしまった。
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