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しおりを挟む生まれる前から続いていた、神煌ロワール帝国傘下の諸領邦を二分する戦争が終結を迎える時、私は敵国の捕虜としてクライセン公国の宮廷の一室に幽閉されていた。
領邦の一騎士と言えどツヴァイエルン選帝侯領の君主一族に連なる血筋を持つ私の待遇は悪いものではなく、今日まで客人扱いを受けてはいるが捕虜は捕虜だ。
しかも、私は総督の任にあって我が国の最終防衛線であったダーフェン城塞を無血開城し全面降伏した。どんな扱いを受けても文句は言えない身なのだ。
だがそのおかげで私の部隊や雇っていた傭兵団の身柄は保障されダーフェンは略奪を免れたのだから後悔はしていない。
元々新教派の諸領邦と旧教派の皇帝家と諸領邦の戦いだったこの長い戦争は、クライセンが台頭してきた頃から帝国の支配から逃れたい新興領邦と帝国の権力闘争になっていた。
そうなれば、自己の利権拡大を目論む帝国傘下の領邦君主達がクライセン側につくのは仕方のない事だ。
加えてバックには帝国を統べるロストリア皇帝家を弱体化したくて仕方がないフルドールとノイデルラントもついた始末。
ツヴァイエルンが帝国の樹立からその真摯な一員であり皇帝の忠実な僕であることは誇りに思っている。しかしもはや潮目は私一人にはどうしようもないほど変わっていた。ならば、どうして部下や領民の命を無駄に出来よう。
だからこそ、ダーフェンを包囲していたクライセンの王太子軍に許しを乞うたのである。
王太子はそれを聞き入れてくれた。数代前は単なる騎士団の長だった一族ながら今やここまで諸外国や諸侯の支持を得ているのも納得するほどに、王太子のアルドリッヒはカリスマのある人物と聞いている。
今回の事で私もそれは実感した。
普通、たとえ王太子が命じたと言えど勝った側の軍隊が征服した街や捉えた兵士に無体を働かないなど考えられない。
しかし、アルドリッヒが命じたらそうなったのだ。
私はそれを目の当たりにしていないが、街に残してきた部下からの手紙にはそう書いてある。
『ロズベルト様、悔しいですが我々は負けて良かったのかもしれません。後は和平調印により貴方が一日も早くツヴァイエルンに戻られる事を心からお待ちしています。』
副官のナタンは結びにそう綴ってきた。
そもそもこの大戦がほぼクライセンの一人勝ちで終わろうとしているのはアルドリッヒが成し遂げたことと言って過言ではない。
ツヴァイエルンはクライセンの隣にある親皇帝派だったからその諜報活動も担っていたが、調べてわかるのはアルドリッヒの恐ろしいまでの能力ばかりだった。
古くから王家が世襲していた飛地の穀倉地帯を高値で売っぱらった金を軍事と工業に投資。そうして要所要所の軍事衝突をことごとく勝利で終わらせ、停戦交渉のどさくさでより立地の良い農業地帯を分捕って最初の損失をお釣り付きで回収してしまった。
側から見れば狂気の沙汰だ。代々受け継いできた領地を外国に売っぱらい、農民を練兵し、他領邦のギルドや組合から締め出された商人や職人を呼び寄せるなど。
けどそれらはことごとく当たった。
ついには10年前の停戦協定でクライセンは公領から公国に格上げまでされたのだ。
そうした采配を全て行ったのが、当時若干18歳だった王太子のアルドリッヒである。
協定は間も無く破棄されたが、クライセンは今や帝国下でロストリアに次ぐ最強の領邦と言われている。
私も10年前の停戦会議の場に赴き、夜会でアルドリッヒの姿を見たことがある。
王族にもそういないくらいの美形で、灰色の瞳にプラチナブロンドの頭髪は氷の化身のようだと誰かが言っていた。
こんな傍若無人で生意気な成り上がり国家に、歴史と皇帝への忠誠心だけは負けないツヴァイエルンの人間が腹を見せて囚われているというのは皮肉なものだ。
帝国はこの先どうなるというのか。
あのような国が筆頭に躍り出てきた連合体は。
他にやることもなくてそんな風に悶々と考えていたら、王太子が話があるので来いという伝令を貰った。
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