蛙の唄が聞こえてくるよ

春秋花壇

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大好きな彼

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まさかこんなことが、実際に私の身に起きるなんて……。

気でも狂ってしまったのだろうか?

(おとといまで、雨ばかりだったのに…)

今にも枯れてしまいそうな紫陽花に水を上げながら

どうしてこんなことになってしまったのか

ほつれた糸口を探し求めています。




私の名前は、清水茜(しみず あかね)16歳、高校2年生。

そして、清水良太(しみずりょうた)28歳、会社員。の妻です。

わたしたちは、10年間の婚約期間を終え、私の誕生日4月20日にめでたく籍を入れました。

あれから、3か月、私は夢のような新婚生活を送っていました。

この幸せは、二人が墓に入るまでずっと続くと思っていたのです。

「永遠の愛」

ソールメイトだと……。


「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」



あの恐ろしい異変は、結婚してから3か月。

夏休みが始まったばかりの時に起きました。

「良太さん、わたし、今日から夏休み、嬉しいな」

「そっかー、何かやりたい事でもあるの?」

「うーんとね、水回りの掃除の仕方とアイロンのかけ方をハウスキーパーさんから

教わろうかなと思って…」

「それは、良いことだね。僕の大切な奥さんが掃除や家事の達人を目指してくれるのはうれしい」

「えへ、だってー。だーいすきなんだもん」

「うんうん、ほんとにかわいい僕の世界一のお嫁さん」


ねっ、湯気が出るほど熱々のカップルでしょう。

高校生という事と、良太さんが信仰する宗教の集会に行くために

週に二回ハウスキーパーさんに来ていただいています。

お料理や、お掃除の仕方を教わっているのだけどもっと上手に家事ができるようになりたいと思っていたの。

だって、良太さんのお嫁さんだから。

良太さんに幸せに暮らしてもらいたいから。

良太さんの信仰している宗教は、とても忙しいの。

週に2回の集会の予習も大変なの。

わたしは、まだお祈りも出来ないの。

頭の中では、よく読んで黙想し、生活に適応できるようにって

思うのだけど、思いがさまよってしまって身につかないの。

ちっとも変われない自分に怒ってしまうの。

そんなことを良太さんに呟くと、

「この紫陽花だって、ちっとも育たないって思ってたけど、

水を上げてるだけなのに、ちゃんと花芽をつけてこんなにきれいに咲いているんだよ。

茜ちゃんも、きっと綺麗なお花が咲く時が来るよ。今でさえ、こんなに美しいんだから」

って言ってくれるから、そんなもんかな~って。

わたしと良太さんは、12歳も違うし、好きな曲も尊敬する人も違う。

共通の話題といったら、二人とも植物が好きってことくらいかしら。

でも、わたしは、ちっちゃな時から良太さんが大好きで、

良太さんのお嫁さんになるために、お友達と遊ぶのも我慢して、

お菓子作ったり、お料理したり、トイレやお風呂場の掃除を暇さえあれば

ママに教わって、頑張ってきたのよ。

良太さんのお嫁さんになるために、生まれてきて、

良太さんのお嫁さんになるために生きていると思うくらい

デレだったの。

白いエプロンのよく似合う可愛い奥さんになりたかったの。

良太さんは、そんなわたしをとても大切にしてくれるの。

褒めてくれるの。

頭を撫でてくれるの。

愛してくれるの。

そして、いまだって20歳になるまではと『白い結婚』を守ってくれている。


マリアージュ・ブラン(白い結婚)というのがある。 

滞在許可証やフランス国籍を得るための偽装結婚で、

書類の上では結婚しているが、同じ屋根の下に住んでいるだけで、夫婦をしていない。

『白い結婚』がそんな意味だったなんて、わたしは全く知らなかったんですけどね。



ちゃんと籍を入れたのにね。

「本当に好きな女には、簡単に手を出さないものなんだよ」

って、昭和のおじ様みたいなことを平気で言うの。

だから、二人一緒に暮らしていても、寝室は別々。

まだ、口づけをしたことも、手を握ったこともないの。

ね、不思議な関係でしょう。


幾重にも厚い雲が太陽を覆って薄ぼんやりと白い丸になっています。

さっきまでしおれていた紫陽花は、何事もなかったかのように

ぴんと背筋を伸ばし、お澄まししているのです。

花火のような花弁は水色やピンクや白に染まり、

まるで学校の教室のように華やかに躍りおしゃべりしています。

「さすが、大寒波を耐えた花、強いねー」

周りの花だと思っていたものが萼片で

真ん中のつぶつぶのサフィヤみたいなのが両性花なんですって。

神様って優しいですよね。

こんなにたくさんのお花を作ってくださって。

人間を楽しませるためなのよね。
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