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第1話 白い庭の住人
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第1話 白い庭の住人
庭の門を開けると、白薔薇が咲き誇り、白百合が風に揺れていた。淡い朝の光に花びらが透け、香りが鼻腔を満たす。土の湿った匂いと、花の甘さが混ざった空気は、街では味わえないものだった。
「……ここが、今回の隠れ家、か」
蓮は低くつぶやき、手袋越しに土を触る。指先に伝わる湿り気が、都会のコンクリートでは感じられない安心感をもたらした。
「よく来たな、白い庭へ」
悠が庭の奥から現れる。髪の黒が朝日に照らされ、目元の柔らかさが際立つ。手には長い剪定ばさみ。
「……あんたが、悠か」
蓮は短く返し、視線を逸らす。初対面の緊張感と、互いの性的指向を知っているという奇妙な安心感が混ざり合う。
庭の片隅では、美羽がしゃがみ込み、白百合の根元をそっと触れていた。
「おはようございます、蓮さん、悠さん」
声は清らかで、霧がかった朝の空気に溶け込む。
「……おはよう」
蓮はわずかに口角を上げる。手のひらに伝わる土の温度が、少しだけ心をほぐす。
「梨花はまだかな?」
悠が振り返ると、窓辺でカーテンを整えていた梨花が笑顔を見せた。
「ええ、ここにいますよ」
その明るさは、冬の朝の柔らかい光を反射し、庭全体を包むようだった。
「……それぞれ、何か理由があってここに来たんだろうね」
蓮が小声でつぶやくと、悠は肩をすくめ、軽く笑った。
「理由なんて大げさだよ。逃げ場、ってやつさ」
美羽は白百合の葉をなぞりながら、静かに口を開く。
「逃げ場……でも、少なくともここなら、無理に愛を押し付けられたりはしないわ」
梨花も頷く。
「うん。誰も恋愛しなくても、平和に過ごせる場所って悪くないでしょ」
白薔薇がそよ風に揺れ、淡い香りが四人の間に漂う。庭の匂い、湿った土、花の香り、冷たい風――それらが互いの距離を静かに埋めていく。
「じゃあ、せっかくだし自己紹介でもしようか」
悠が蓮を見つめる。
「……俺は蒼井蓮。庭仕事が好きってほどじゃないけど、土に触れると落ち着く」
蓮は視線を逸らしつつも、わずかに笑った。
「黒川悠。料理が得意……それと、ちょっとふざけるのが趣味。庭は蓮に任せるかな」
悠の声には茶目っ気があったが、蓮の心にささやかな安心感を残した。
美羽は立ち上がり、白百合の花びらを指先でなぞる。
「白石美羽です。植物の名前や育て方を覚えるのが日課です」
梨花は窓際から手を振る。
「橘梨花。家の中のことはだいたい任せて。飾ったり整理したりするのが得意。庭も少し手伝うつもり」
自己紹介を終えると、庭に再び静けさが戻る。しかし、その静けさは孤独ではなく、どこか温かいものだった。風が花びらを揺らし、香りが胸に届き、四人の心を柔らかく包み込む。
「……変な感じだな」
蓮はつぶやく。
「変な感じ、って?」
悠は少し意地悪そうに返す。
「誰も恋愛しないのに、一緒に住むって……でも、悪くない」
「そうかもね」
美羽と梨花も微笑む。笑い声が庭の空気に溶ける。
その時、白薔薇の花弁がひとひら、風に乗って蓮の肩に落ちた。彼は手のひらでそっと受け止める。
「……これも、歓迎の印、かな」
悠が隣で笑う。
「歓迎というか、花が勝手にやっただけだろ」
それでも四人の胸には、微かな共鳴が生まれた。言葉は少なくとも、空気や香り、花びらの感触が、互いの存在を知らせる。恋愛ではない、しかし確かな絆が芽生えつつあった。
白い庭は今日も静かに揺れ、四人の奇妙な同居生活の幕開けを見守っている。
白薔薇は誇らしげに咲き、白百合は清らかに風に揺れる。
そして、愛を知らぬ者たちの微かな心の触れ合いは、花と同じように静かに根を下ろし始めていた。
庭の門を開けると、白薔薇が咲き誇り、白百合が風に揺れていた。淡い朝の光に花びらが透け、香りが鼻腔を満たす。土の湿った匂いと、花の甘さが混ざった空気は、街では味わえないものだった。
「……ここが、今回の隠れ家、か」
蓮は低くつぶやき、手袋越しに土を触る。指先に伝わる湿り気が、都会のコンクリートでは感じられない安心感をもたらした。
「よく来たな、白い庭へ」
悠が庭の奥から現れる。髪の黒が朝日に照らされ、目元の柔らかさが際立つ。手には長い剪定ばさみ。
「……あんたが、悠か」
蓮は短く返し、視線を逸らす。初対面の緊張感と、互いの性的指向を知っているという奇妙な安心感が混ざり合う。
庭の片隅では、美羽がしゃがみ込み、白百合の根元をそっと触れていた。
「おはようございます、蓮さん、悠さん」
声は清らかで、霧がかった朝の空気に溶け込む。
「……おはよう」
蓮はわずかに口角を上げる。手のひらに伝わる土の温度が、少しだけ心をほぐす。
「梨花はまだかな?」
悠が振り返ると、窓辺でカーテンを整えていた梨花が笑顔を見せた。
「ええ、ここにいますよ」
その明るさは、冬の朝の柔らかい光を反射し、庭全体を包むようだった。
「……それぞれ、何か理由があってここに来たんだろうね」
蓮が小声でつぶやくと、悠は肩をすくめ、軽く笑った。
「理由なんて大げさだよ。逃げ場、ってやつさ」
美羽は白百合の葉をなぞりながら、静かに口を開く。
「逃げ場……でも、少なくともここなら、無理に愛を押し付けられたりはしないわ」
梨花も頷く。
「うん。誰も恋愛しなくても、平和に過ごせる場所って悪くないでしょ」
白薔薇がそよ風に揺れ、淡い香りが四人の間に漂う。庭の匂い、湿った土、花の香り、冷たい風――それらが互いの距離を静かに埋めていく。
「じゃあ、せっかくだし自己紹介でもしようか」
悠が蓮を見つめる。
「……俺は蒼井蓮。庭仕事が好きってほどじゃないけど、土に触れると落ち着く」
蓮は視線を逸らしつつも、わずかに笑った。
「黒川悠。料理が得意……それと、ちょっとふざけるのが趣味。庭は蓮に任せるかな」
悠の声には茶目っ気があったが、蓮の心にささやかな安心感を残した。
美羽は立ち上がり、白百合の花びらを指先でなぞる。
「白石美羽です。植物の名前や育て方を覚えるのが日課です」
梨花は窓際から手を振る。
「橘梨花。家の中のことはだいたい任せて。飾ったり整理したりするのが得意。庭も少し手伝うつもり」
自己紹介を終えると、庭に再び静けさが戻る。しかし、その静けさは孤独ではなく、どこか温かいものだった。風が花びらを揺らし、香りが胸に届き、四人の心を柔らかく包み込む。
「……変な感じだな」
蓮はつぶやく。
「変な感じ、って?」
悠は少し意地悪そうに返す。
「誰も恋愛しないのに、一緒に住むって……でも、悪くない」
「そうかもね」
美羽と梨花も微笑む。笑い声が庭の空気に溶ける。
その時、白薔薇の花弁がひとひら、風に乗って蓮の肩に落ちた。彼は手のひらでそっと受け止める。
「……これも、歓迎の印、かな」
悠が隣で笑う。
「歓迎というか、花が勝手にやっただけだろ」
それでも四人の胸には、微かな共鳴が生まれた。言葉は少なくとも、空気や香り、花びらの感触が、互いの存在を知らせる。恋愛ではない、しかし確かな絆が芽生えつつあった。
白い庭は今日も静かに揺れ、四人の奇妙な同居生活の幕開けを見守っている。
白薔薇は誇らしげに咲き、白百合は清らかに風に揺れる。
そして、愛を知らぬ者たちの微かな心の触れ合いは、花と同じように静かに根を下ろし始めていた。
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