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第7話:雪の上の「書かれていない物語」
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第7話:雪の上の「書かれていない物語」
『読まれない物語』
――火は、消えた。
最後の一本。
あたたかいはずの炎が消えたとき、リナの胸に残ったのは“静けさ”だった。
痛みはもう、あまり感じない。
寒さも、遠い。
「……雪、いっぱい……」
視界の端で白い粒が揺れていた。
雪の匂いは、冷たいのにどこか甘い。
鼻の奥がつんとして、胸の奥だけがわずかにチクッと疼く。
リナは、震える手で雪の上に小さな影を落とした。
手からこぼれたのは――燃え尽きたマッチの灰。
黒い粉が雪の上に散らばる。
そのコントラストが、妙にきれいだった。
「……文字、書けるかな……」
呟きながら、灰を拾い集める。
指先に触れた灰は、驚くほど冷たい。
まるで、誰かの残した“忘れ物”みたいに。
リナは雪の上に、指で小さな溝を作った。
そして、そこに灰を並べていく。
――り。
ひらがなの最初の一筆を書こうとして、手が止まった。
自分の名前。
自分の存在。
この世界のどこにも書かれていない言葉。
「……“リナ”って書いたら……読んでくれる人……いるのかな……」
雪の上で灰が震える。
風が頬を撫で、灰がふわっと揺れた。
リナは灰の続きを書こうと、また指を動かす。
――り な は。
“リナは”
そこまで書いて、ふっと笑った。
「……誰も……読まないよね……こんなの……」
笑った唇が、すぐに震えた。
「リナは……なんて? 何を書けばいいの……?」
声がかすれた。
灰で指が黒く汚れていく。
雪の冷たさが手首まで染みて、じんじんしびれ始めた。
「わたしの話……書いたって……」
言葉が、喉の奥で折れた。
「……誰も見ないよ……誰も聞かない……」
胸の奥が、すうっと冷たくなる。
冷たいというより、“空っぽ”に近い。
リナは、雪の上の「リナは」と書いた文字をじっと見つめた。
黒い灰が並んで、かすかに“意味”をつくっている。
けれど、風が吹くたびに、ちょっとずつ崩れていく。
「……消えちゃう……」
指先が勝手に動いた。
その文字を――そっと崩した。
「……消えていいんだよね……」
灰は簡単に崩れた。
“自分の名前”を作ったはずの灰が、雪の上でただの黒い粉に戻る。
リナは、黒い粉の中で自分の指を動かしながら呟いた。
「わたしの話なんて……誰も読まない……
だったら……最初から……書かなくていいよね……」
雪が、落ちてきた。
黒い灰の上に、白い粒が重なり、すぐに隠してしまう。
「こんなに簡単に……隠れちゃうんだ……」
その瞬間、リナの背後から足音がした。
コツ、コツ、コツ。
「……!」
リナは、反射的に雪の山の影へ隠れた。
体は重かったが、恐怖だけが小さな力をくれた。
巡回中の清掃員が、ゆっくりと歩いてくる。
厚手の手袋。
懐中電灯の光。
黒い作業靴の音。
「……このへん、ゴミ多いな……年末だからか……」
男の独り言が聞こえる。
リナの肩がびくりと震えた。
(見つかったら……どうなるの……)
胸が早鐘のように打つ。
でも、その鼓動の速さでさえ、どこか“遠い体の音”みたいに感じた。
清掃員が雪の上の黒い灰を見つける。
「なんだ、これ……灰か……」
しゃがんで触ろうとする。
リナの喉が苦しくなる。
(やだ……来ないで……見ないで……)
清掃員は灰をひとつまみ拾い上げたが、すぐに首をかしげて手を払った。
「……なんだかわからん。
こんな寒い日に焚き火でもしたのか?」
そう呟いて、男はそのまま歩き去った。
コツ。
コツ。
コツ――。
足音が遠ざかり、夜に溶けていく。
リナはようやく息を吐いた。
背中が雪に当たり、冷たさが服を通して骨まで染み込む。
「……気づかれなかった……」
安心、ではない。
ただ――“誰にも見えない”という事実が、もう一度胸に落ちてきた。
「……だよね。
だれも、わたしなんて……見えないよね……」
雪が降る。
白い粒が、また黒い灰の跡を覆い隠した。
「……消えちゃうんだ……」
リナはそっと両膝を抱え込み、ミリエルを胸に押し付けた。
「わたし……もう……書かれなくていい……
読まれなくていい……
……最初から、誰の物語でもないんだもん……」
その声は、雪よりも静かだった。
そして――
その静けさの中で、リナの存在はさらに薄くなっていくように感じられた。
『読まれない物語』
――火は、消えた。
最後の一本。
あたたかいはずの炎が消えたとき、リナの胸に残ったのは“静けさ”だった。
痛みはもう、あまり感じない。
寒さも、遠い。
「……雪、いっぱい……」
視界の端で白い粒が揺れていた。
雪の匂いは、冷たいのにどこか甘い。
鼻の奥がつんとして、胸の奥だけがわずかにチクッと疼く。
リナは、震える手で雪の上に小さな影を落とした。
手からこぼれたのは――燃え尽きたマッチの灰。
黒い粉が雪の上に散らばる。
そのコントラストが、妙にきれいだった。
「……文字、書けるかな……」
呟きながら、灰を拾い集める。
指先に触れた灰は、驚くほど冷たい。
まるで、誰かの残した“忘れ物”みたいに。
リナは雪の上に、指で小さな溝を作った。
そして、そこに灰を並べていく。
――り。
ひらがなの最初の一筆を書こうとして、手が止まった。
自分の名前。
自分の存在。
この世界のどこにも書かれていない言葉。
「……“リナ”って書いたら……読んでくれる人……いるのかな……」
雪の上で灰が震える。
風が頬を撫で、灰がふわっと揺れた。
リナは灰の続きを書こうと、また指を動かす。
――り な は。
“リナは”
そこまで書いて、ふっと笑った。
「……誰も……読まないよね……こんなの……」
笑った唇が、すぐに震えた。
「リナは……なんて? 何を書けばいいの……?」
声がかすれた。
灰で指が黒く汚れていく。
雪の冷たさが手首まで染みて、じんじんしびれ始めた。
「わたしの話……書いたって……」
言葉が、喉の奥で折れた。
「……誰も見ないよ……誰も聞かない……」
胸の奥が、すうっと冷たくなる。
冷たいというより、“空っぽ”に近い。
リナは、雪の上の「リナは」と書いた文字をじっと見つめた。
黒い灰が並んで、かすかに“意味”をつくっている。
けれど、風が吹くたびに、ちょっとずつ崩れていく。
「……消えちゃう……」
指先が勝手に動いた。
その文字を――そっと崩した。
「……消えていいんだよね……」
灰は簡単に崩れた。
“自分の名前”を作ったはずの灰が、雪の上でただの黒い粉に戻る。
リナは、黒い粉の中で自分の指を動かしながら呟いた。
「わたしの話なんて……誰も読まない……
だったら……最初から……書かなくていいよね……」
雪が、落ちてきた。
黒い灰の上に、白い粒が重なり、すぐに隠してしまう。
「こんなに簡単に……隠れちゃうんだ……」
その瞬間、リナの背後から足音がした。
コツ、コツ、コツ。
「……!」
リナは、反射的に雪の山の影へ隠れた。
体は重かったが、恐怖だけが小さな力をくれた。
巡回中の清掃員が、ゆっくりと歩いてくる。
厚手の手袋。
懐中電灯の光。
黒い作業靴の音。
「……このへん、ゴミ多いな……年末だからか……」
男の独り言が聞こえる。
リナの肩がびくりと震えた。
(見つかったら……どうなるの……)
胸が早鐘のように打つ。
でも、その鼓動の速さでさえ、どこか“遠い体の音”みたいに感じた。
清掃員が雪の上の黒い灰を見つける。
「なんだ、これ……灰か……」
しゃがんで触ろうとする。
リナの喉が苦しくなる。
(やだ……来ないで……見ないで……)
清掃員は灰をひとつまみ拾い上げたが、すぐに首をかしげて手を払った。
「……なんだかわからん。
こんな寒い日に焚き火でもしたのか?」
そう呟いて、男はそのまま歩き去った。
コツ。
コツ。
コツ――。
足音が遠ざかり、夜に溶けていく。
リナはようやく息を吐いた。
背中が雪に当たり、冷たさが服を通して骨まで染み込む。
「……気づかれなかった……」
安心、ではない。
ただ――“誰にも見えない”という事実が、もう一度胸に落ちてきた。
「……だよね。
だれも、わたしなんて……見えないよね……」
雪が降る。
白い粒が、また黒い灰の跡を覆い隠した。
「……消えちゃうんだ……」
リナはそっと両膝を抱え込み、ミリエルを胸に押し付けた。
「わたし……もう……書かれなくていい……
読まれなくていい……
……最初から、誰の物語でもないんだもん……」
その声は、雪よりも静かだった。
そして――
その静けさの中で、リナの存在はさらに薄くなっていくように感じられた。
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